おぉめでとうございまぁぁぁぁすぅっ!
「……。」
「……。」
二人はまだ、指輪を手にしたまま固まっていた。
星空。
静かな夜。
あと少しで、何か大切な言葉が交わされる。
そんな空気だった。
その時。
パチパチパチ……
屋上に拍手が響いた。
「おぉめでとうございまぁぁぁぁすぅっ!」
二人は同時に振り向く。
「……え?」
そこにいたのは。
満面の笑みを浮かべた一人の女性。
「感動しましたっ!」
「長年恋愛を見てきましたが、これはかなり上位です。」
千乃の顔が固まる。
「……ラブリーさん?」
真銀も驚いた表情をする。
「いつからいた。」
その人物は胸を張った。
「最初からではありません。」
「ちゃんと空気を読んで、指輪を出すところまで待ちました。」
「そこは偉いでしょう?」
「待つ場所がおかしい。」
真銀が即答する。
「まぁまぁ。」
彼女は笑う。
恋愛ギルド長。
ラブリー・スミス。
数々の恋を成功へ導いてきた、恋愛の専門家。
本人曰く。
「運命の瞬間を見逃すなんて、恋愛ギルド長失格ですから!」
らしい。
千乃は頭を抱える。
「なんで城の屋上に普通にいるの……。」
「恋の気配を感じました。」
「気配って何!?」
「恋愛感知です。」
「そんな魔法みたいな……。」
「あります。」
即答だった。
---
ラブリーは二人の指輪を見る。
そして。
珍しく少し真面目な顔になる。
「……本当に。」
「色々ありましたね。」
千乃と真銀が静かになる。
「地球での別れ。」
「奈落。」
「世界修正体。」
「この世界での戦い。」
「何度も離れそうになって。」
「それでも。」
ラブリーは微笑む。
「最後には、お互いを選んだ。」
千乃は少し照れながら笑う。
「……はい。」
真銀も頷く。
「ああ。」
すると。
ラブリーは突然ポケットから大きな紙を取り出した。
「では。」
「正式な手続きを。」
「早い!!」
千乃と真銀の声が重なる。
「恋愛ギルドは仕事が早いことで有名です。」
「誰も頼んでない!」
「ですが。」
ラブリーは紙をしまう。
「今日はやめておきましょう。」
「この瞬間は。」
「書類より大切ですから。」
その言葉に。
二人は少し笑った。
遠くの庭では。
ララがこっそり覗いている。
「やっぱり来た……。」
ライは呆れたようにため息をつく。
「予想通りだ。」
アイシィは優しく微笑む。
「でも。」
「千乃さんたちには、必要な人なのかもしれませんね。」
星空の下。
恋愛ギルド長まで見守る中。
二人の未来へ続く、小さな光が灯っていた。
静かな夜。
星空の下。
千乃と真銀は、少し照れながら指輪を見つめていた。
ラブリーはそんな二人を見て。
静かに微笑む。
「……本当に素敵な瞬間ですね。」
「二人が乗り越えてきた時間は――」
「まるで運命に導かれた――」
「――」
数秒。
沈黙。
千乃と真銀は思った。
(……あれ?)
(今日は普通に感動系?)
その瞬間。
ラブリーの目がカッと開く。
「……って!!」
「何ですかこの最高級恋愛イベントはぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!?」
突然。
屋上に響き渡る大声。
「指輪!?」
「星空!?」
「過去の困難を全部乗り越えた二人!?」
「しかもお互い同時に指輪を出す!?」
「そんな奇跡あります!?」
千乃が一歩引く。
「戻った……。」
真銀も小さく頷く。
「ああ。」
「いつものラブリーだ。」
ラブリーは止まらない。
「恋愛ギルド史上最高記録更新です!!」
「記録って何!?」
「告白成功率ではなく、感動指数です!」
「そんな項目作ってないよね!?」
「今作りました!!」
「作るな!!」
ラブリーは懐からどんどん紙を取り出す。
「まず第一項目!」
「出会い!」
「異世界転生!」
「第二項目!」
「命を懸けた救出!」
「第三項目!」
「すれ違いからの仲直り!」
「第四項目!」
「お互い同時プロポーズ未遂!」
「未遂って言うな!」
千乃が顔を真っ赤にする。
「まだ言葉言ってないから!」
「そこがまた良いんです!!」
ラブリーは両手を握りしめる。
「言葉より先に行動で示す!」
「これぞ真実の愛!!」
「ラブリーさん……。」
千乃が呆れる。
「テンション高すぎ。」
「何を言いますか千乃さん!!」
ラブリーは真顔になる。
「恋愛ギルド長が恋愛案件を前に平静でいられると思いますか?」
「思わないけど。」
即答。
「ですよね!!」
「でも!」
ラブリーは突然空へ向かって叫ぶ。
「緊急案件発生!!」
「恋愛ギルド全員集合!!」
「歴史的瞬間を記録します!!」
「待って!!」
真銀が慌てて止める。
「まだ何も決まってない!」
「え?」
ラブリーが首を傾げる。
「指輪を交換しようとしていたのでは?」
「……。」
「……。」
千乃と真銀。
沈黙。
ラブリーの顔がニヤリと変わる。
「まさか。」
「まだ。」
「正式な言葉を言っていない……?」
「……。」
「……。」
次の瞬間。
「これは大事件です!!!!」
「二人の告白イベント第二幕が必要ですね!!!!」
「いやいやいや!!」
千乃が叫ぶ。
「勝手にイベント化しないで!!」
真銀もため息をつく。
「やはり来るべきではなかったか……。」
しかし。
二人とも。
少し笑っていた。
騒がしくて。
面倒で。
でも。
この人がいると。
なぜか空気が明るくなる。
「……まあ。」
千乃が小さく笑う。
「ラブリーさんらしいけど。」
「最高の褒め言葉です!!」
夜空に。
恋愛ギルド長の声が響き渡った。
翌朝。
王都。
恋愛ギルド本部。
「緊急案件です!!」
「恋愛史に残る案件です!!」
「全員集合してください!!」
ギルド長室に。
ドンッ!!
巨大な鐘の音が響いた。
「……。」
「……。」
「……。」
集まった職員たちは、静かに顔を見合わせる。
一人が恐る恐る手を挙げた。
「ラブリー様。」
「はい!」
「前回の緊急召集は、王族の婚約相談でした。」
「はい!」
「その前は、冒険者同士の告白作戦でした。」
「はい!」
「今回は……?」
ラブリーは満面の笑みで叫ぶ。
「超特大恋愛案件です!!!!」
「やっぱり。」
職員全員が察した。
---
「案件名!」
ラブリーは黒板へ文字を書く。
『千乃様・真銀様』
「対象者!」
「過去最大級の困難を共に乗り越えた二人!」
「現在!」
「お互いに指輪を用意済み!!」
「しかも!!」
バンッ!!
黒板を叩く。
「同時です!!」
「同時!?」
「えぇぇぇ!?」
ギルド内が騒然となる。
「そんな偶然あります!?」
「恋愛神話級では!?」
「記録係!記録係を呼んでください!」
「もう呼んでます!!」
いつの間にか。
大量の記録用紙を持った職員が立っていた。
---
その頃。
城。
千乃の部屋。
「……。」
千乃は嫌な予感で目を覚ました。
「なんか。」
「すごく嫌な気配がする。」
真銀も窓の外を見る。
「……。」
「俺も感じる。」
ララが耳をぴんと立てる。
「何か来るよ。」
ライはため息。
「恐らく。」
「恋愛ギルドだ。」
アイシィが苦笑する。
「なぜ分かるのですか?」
「分かる。」
「長年の経験だ。」
---
数十分後。
城門。
ドォォォン!!
大量の馬車が到着する。
旗。
看板。
装飾。
そして。
先頭に立つラブリー。
「恋愛ギルド!!」
「正式出動です!!」
千乃は頭を抱える。
「やっぱり……。」
真銀は遠い目をする。
「来ると思った。」
ラブリーは胸を張る。
「本日は!」
「お二人の未来を応援するため!」
「恋愛ギルド総力を挙げて!」
「全力サポートします!!」
千乃が慌てる。
「いや、まだ何も――」
「分かっています!!」
「え?」
「まだ正式な言葉を伝えていない!」
「だからこそです!!」
ラブリーが指を立てる。
「最高の瞬間を作る準備をします!!」
「準備!?」
「場所!」
「雰囲気!」
「演出!」
「タイミング!」
「全部任せてください!!」
真銀が小声で呟く。
「……戦闘より厄介かもしれない。」
ライが頷く。
「同意する。」
ララは楽しそうに跳ねる。
「でも面白そう!」
アイシィも微笑む。
「確かに、千乃さんと真銀さんらしいですね。」
そして。
恋愛ギルド総力戦。
相手は魔王でも神でもなく。
たった一つ。
二人の照れ。
その攻略作戦が。
今、始まった。
夕暮れ。
城の庭。
恋愛ギルド総出で準備された特別な場所。
花。
光る魔石。
星空を映す水面。
普段なら魔王討伐の作戦会議でも始まりそうな規模なのに。
今日は違う。
「完璧ですッ……。」
ラブリーは感動で震えていた。
「これ以上ないプロポーズ環境……!」
「恋愛ギルドの全技術を投入しました……!」
遠くでは。
ララがこっそり覗いている。
「ラブリーさん、気合い入りすぎじゃない?」
ライは腕を組む。
「いつものことだ。」
アイシィは微笑む。
「でも、二人には似合っていますね。」
---
庭の中央。
真銀は一人立っていた。
手には小さな箱。
中には指輪。
何度も確認した。
大丈夫。
準備した。
言うことも決めた。
でも。
「……緊張するな。」
剣を握る時より。
強敵と戦う時より。
ずっと。
千乃が歩いてくる。
メタルピンクの髪が夕日に輝く。
右目の金色。
左目のピンク。
いつもの千乃。
真銀は小さく息を吸う。
「千乃。」
「うん?」
千乃が首を傾げる。
真銀は一歩近付く。
「俺は。」
「お前と出会ってから。」
「本当に色々あった。」
「地球で。」
「この世界で。」
「何度も守られて。」
「何度も救われた。」
千乃の表情が柔らかくなる。
「だから。」
真銀は箱を開く。
「これから先も。」
「ずっと隣にいてほしい。」
「俺と――」
その瞬間。
「お待ちください!!!!」
空気が凍った。
「……。」
「……。」
全員の視線が一点へ向く。
城門。
そこに。
見覚えのある人物が立っていた。
「エリシア……。」
千乃の声が低くなる。
近くの王国の皇女。
あの一件以来。
戻ったはずの人物。
なのに。
「真銀様。」
エリシアはゆっくり歩いてくる。
「その指輪。」
「渡す相手を間違えていませんか?」
ラブリーの笑顔が消える。
「……。」
恋愛ギルド職員たちもざわつく。
「え?」
「まさか……。」
エリシアは真銀の前へ立つ。
「真銀様。」
「私は、あなたの隣に立つ資格があります。」
「千乃様よりも。」
その瞬間。
空気が変わる。
千乃は何も言わない。
ただ。
真銀を見る。
真銀は。
ゆっくりエリシアを見る。
そして。
静かに口を開いた。
「……違う。」
「え?」
「渡す相手は。」
真銀は千乃へ向き直る。
「最初から決まっている。」
エリシアの表情が固まる。
真銀はもう一度。
千乃へ指輪を差し出す。
「千乃。」
「俺と。」
「これからも一緒にいてくれ。」
静かな庭。
星が輝き始める。
しかし。
エリシアはまだ諦めていなかった。
「……そんな。」
「認めません。」
その声に。
ラブリーの目が細くなる。
「……。」
「恋愛ギルド長として。」
「ここからは少し、本気で介入します。」
いつもの明るい声ではない。
珍しく——真剣な声だった。
「……認めません。」
エリシアの声が庭に響く。
真銀の手には、まだ指輪。
千乃の前へ伸ばされている。
その光景を見た瞬間。
エリシアの表情が歪んだ。
「どうして……。」
「どうして私ではなく……!」
魔力が膨れ上がる。
「真銀様!!」
護衛が叫ぶ。
しかし。
もう遅かった。
エリシアの手元に巨大な魔法陣が展開される。
「これで……分かるはずです。」
「千乃さんが、どれだけ危険な存在なのか。」
「あなたを守れるのは誰なのか。」
放たれる魔法。
一直線に。
真銀へ向かう。
その瞬間。
ドンッ!!
空気が震えた。
真銀の前に。
誰かが立つ。
白い髪。
赤い瞳。
額から伸びる二本の角。
鋭く尖った歯。
黒い魔力を纏った姿。
「……千乃。」
真銀の声が震える。
神でも。
天使でもない。
神魔境界。
その中の「魔」。
鬼化した千乃だった。
---
バァン!!
魔法が千乃へ直撃する。
黒い羽が舞う。
赤い血が、空中へ散る。
「千乃!!」
真銀が叫ぶ。
しかし。
千乃は振り返らない。
ただ。
真銀の前に立っていた。
「危険だから。」
「近付かないで。」
エリシアはその姿を見て、さらに声を荒げる。
「ほら!」
「分かったでしょう!?」
「こんな姿になるんです!」
「こんな危険な力を持っているんです!」
「あなたたちを傷付ける存在なんです!」
次の魔法陣。
今度は。
ララ。
ライ。
アイシィ。
そして恋愛ギルドの職員たちへ。
「……!」
千乃の姿が消える。
一瞬。
本当に一瞬。
次々と。
千乃が現れる。
ララの前。
ライの前。
アイシィの前。
職員たちの前。
ドンッ。
ドンッ。
ドンッ。
何発もの魔法を。
全部。
千乃が受け止める。
黒い羽が舞う。
赤い血が落ちる。
それでも。
誰一人として傷付かせない。
「やめろ……。」
真銀の声が震える。
「もうやめろ……!」
---
最後の魔法が消える。
庭には。
静寂が戻った。
鬼化した千乃は。
立っていた。
でも。
さっきまでとは違った。
無敵の存在ではなかった。
小さく。
震えていた。
俯いたまま。
ぽつり。
「……そっか。」
誰にも聞こえないくらいの声。
「私……。」
「周りに迷惑かけてたんだ。」
真銀の表情が固まる。
「千乃……?」
千乃は顔を上げない。
「私が力を持ってるから。」
「私が戦えるから。」
「私が守れるから。」
「……みんな、巻き込んでたんだ。」
その声は。
怒りでも。
憎しみでもない。
ただ。
悲しみだった。
---
その瞬間。
ラブリーが一歩前へ出た。
いつもの笑顔はない。
いつもの大声もない。
恋愛ギルド長。
数え切れないほどの人の想いを見てきた人間の顔だった。
「……。」
ラブリーの瞳に。
静かな怒りが灯る。
「エリシアさん。」
声は低い。
「今の行動。」
「あなたは何を証明したかったんですか?」
エリシアは答えない。
ラブリーは続ける。
「千乃さんが危険?」
「違います。」
「千乃さんは。」
「今、自分が傷付くことで。」
「あなたが傷付けようとした人たちを守りました。」
庭に落ちた黒い羽を見る。
赤い跡を見る。
「あなたが見せたかったものは。」
「千乃さんの危険性ではない。」
「千乃さんが。」
「どれだけ優しい人なのかという証明です。」
ラブリーの怒りは。
誰かを傷付けるためのものではなかった。
ただ。
大切な人の心を踏みにじられたことへの怒りだった。




