↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
110/194

すれ違う日々

111話。ポッキー回ですね笑


いつかのコミカライズ等のメディア化を夢見て只今絶賛更新中です☆

ブックマーク・評価・レビュー・感想 お待ちしています!

翌日。


「真銀!」


朝食の時間。


千乃は嬉しそうに手を振った。


「昨日ね! 魔法も神靴も全部戻っ……」


真銀は足を止めた。


一瞬だけ千乃を見る。


その瞳はいつも通り優しかった。


それなのに。


「……おはよう。」


それだけ言って、席へ向かう。


「え?」


千乃は目をぱちぱちさせた。


「真銀?」


返事はなかった。


真銀はエリシアの向かいへ座る。


エリシアは静かに紅茶を口へ運び、小さく微笑んだ。


---


朝食中。


「真銀、このパン美味しいよ!」


千乃が笑顔で皿を差し出す。


真銀は一瞬だけ視線を向けた。


「……。」


受け取ろうとした手が止まる。


約束。


頭に浮かぶ。


ゆっくりと手を引っ込めた。


「悪い。」


「今日は食欲ない。」


「そっか……。」


千乃はパンを戻した。


「またあとで食べてね。」


笑顔だった。


でも、その笑顔は少しだけぎこちなかった。


---


昼。


中庭。


千乃は神化して飛行の練習をしていた。


「見て!」


「急停止もできるようになった!」


くるり、と一回転して着地する。


以前なら。


真銀が拍手してくれた。


「すごいな。」


そう笑ってくれた。


でも今日は。


真銀は立ち止まらない。


そのまま通り過ぎていく。


「真銀?」


聞こえていないはずがない距離だった。


それでも。


振り返らなかった。


---


夕方。


図書室。


千乃は新しい魔法陣の本を見つけた。


「これ真銀好きそう!」


嬉しくなって本を抱える。


「あ!」


廊下の先に真銀がいた。


「真銀!」


駆け寄ろうとした。


しかし。


エリシアが自然に真銀の隣へ並ぶ。


「真銀様。」


「先ほどの続きを。」


「ああ。」


二人はそのまま歩いていく。


千乃は立ち止まった。


本を抱えたまま。


静かに。


「……。」


---


夜。


ララが首を傾げる。


「ねぇ。」


「最近、真銀おかしくない?」


「うん。」


アイシィも心配そうに頷く。


「千乃さんを避けているように見えます。」


ライは腕を組んだ。


「避けている。」


「だが。」


「嫌っている様子ではない。」


「え?」


「視線だけは、いつも千乃を追っている。」


「なのに近付かない。」


ララは困った顔になる。


「意味分かんないよ……。」


---


その夜。


千乃は城の屋上にいた。


星空を見上げながら。


足をぶらぶらさせる。


「……。」


神靴は戻った。


魔法も戻った。


飛べる。


歩ける。


全部戻った。


なのに。


「なんで……?」


胸だけが苦しい。


「私。」


「何かしたのかな。」


思い返しても。


何も分からない。


真銀は怒っている様子でもない。


冷たいわけでもない。


でも。


近付いてくれない。


話してくれない。


笑ってくれない。


「……。」


千乃は膝を抱えた。


その頃。


少し離れた別の塔の上。


真銀もまた、一人で夜空を見上げていた。


「ごめんな。」


誰にも聞こえない声だった。


「もう少しだけ。」


「耐えてくれ。」


そう呟いても、その願いが千乃に届くことはなかった。


二人は同じ星空を見上げている。


それでも、その距離は今までで一番遠く感じられていた。




数日後。


真夜中。


城の書庫。


「……。」


千乃は一人、本棚の奥にある古い魔導具を分解していた。


「この術式……。」


魔法陣。


記録結晶。


記憶保存。


「……これ。」


千乃は目を細める。


世界修正体との戦い以降。


魔法だけでなく、魔導具や術式の解析も得意になっていた。


「暗号化?」


指先へ真紅の魔力を集める。


「解析。」


幾重にも組まれた術式が、一枚ずつ剥がれていく。


カチ……


カチ……


「見つけた。」


隠されていた記録結晶が淡く光った。


---


映像が映し出される。


そこにいたのは。


真銀。


そして。


エリシア。


千乃は思わず息を止めた。


『返せ。』


真銀の低い声。


『神靴。』


『車椅子。』


『……魔法まで封じたのも、お前だろ。』


映像は続く。


そして。


エリシアの言葉が響いた。


『返却には条件があります。』


千乃の表情が変わる。


『今後。』


『真銀様から千乃様へ関わりに行かないこと。』


『千乃様へ話しかけない。』


『自分から近付かない。』


『二人きりにならない。』


『そして。』


『真銀様は、私以外とは話さないこと。』


千乃の瞳が揺れる。


「……。」


映像は最後まで流れた。


『分かった。』


真銀の答え。


その一言。


そのあと。


神靴も。


車椅子も。


魔法も返された。


記録が終わる。


部屋は静まり返った。


---


「そういう……ことだったんだ。」


千乃は俯いた。


「私を避けてたんじゃない。」


「約束を守ってたんだ。」


少し笑う。


涙が一滴落ちた。


「ばか。」


「なんで一人で背負うの。」


その笑顔はすぐに消えた。


代わりに。


静かな怒りが込み上げてくる。


「……エリシア。」


部屋中へ真紅の魔力が広がる。


ゴォォ……


窓ガラスが震えた。


本棚が軋む。


翼が一枚。


また一枚。


広がる。


神化。


「人の大切な人を。」


「脅して。」


「利用して。」


「笑ってたんだ。」


瞳から感情が消えた。


「許さない。」


---


バンッ!!


応接室の扉が勢いよく開いた。


エリシアが驚いて立ち上がる。


「千乃様……?」


その瞬間。


ドンッ!!


真紅の魔力が部屋を埋め尽くした。


護衛たちが一斉に武器を構える。


「皇女様!」


千乃は護衛を見もしない。


視線はエリシアだけ。


「……ねぇ。」


静かな声だった。


「私。」


「全部知った。」


エリシアの表情が固まる。


「何のことでしょう。」


「まだ。」


「しらばっくれるの?」


千乃が一歩踏み出す。


バサッ……


六枚の翼がゆっくり広がる。


真紅の羽根が一枚。


また一枚。


ふわりと宙へ浮かぶ。


護衛たちが息を呑む。


「動くな。」


一人が叫ぶ。


しかし。


千乃は止まらない。


「真銀に。」


「条件を出したよね。」


「私に近付くなって。」


「話すなって。」


「全部返す代わりに。」


「違う?」


エリシアは答えない。


沈黙。


それが答えだった。


千乃の怒りが爆発する。


「ふざけるな!!」


ドォンッ!!


神威が城中へ響く。


窓ガラスが震え。


天井のシャンデリアが揺れる。


「物を盗んで!」


「歩けなくして!」


「魔法まで奪って!」


「車椅子まで隠して!」


「それだけじゃ足りなくて!」


「真銀まで利用したの!?」


「私たちを引き離すために!!」


エリシアは初めて一歩後ずさった。


千乃はさらに近付く。


「簪も。」


「ブレスレットも。」


「神靴も。」


「全部。」


「真銀がくれた。」


「私の大切なもの。」


「それを面白がるように奪って!」


「まだ足りなかったの!?」


部屋の空気が震える。


護衛たちは汗を流していた。


誰一人、動けない。


「千乃!」


真銀が駆け込んできた。


息を切らしている。


千乃は振り返らない。


「真銀。」


「なんで言わなかったの。」


「一人で背負わないでよ。」


真銀は何も言えない。


千乃は静かに笑った。


涙を流しながら。


「私。」


「そんなに弱くない。」


「二人で戦えたのに。」


その言葉に。


真銀は拳を握り締めた。


もう隠す理由はなかった。



部屋の中。


真銀は何も言えず立ち尽くいていた。


千乃は静かに振り返る。


涙を拭き、小さく笑う。


「……ごめんね。」


その笑顔は、どこか寂しかった。


「少しだけ。」


「一人で片付けさせて。」


「千乃。」


真銀が一歩踏み出す。


しかし。


千乃は右手をそっと前へ出した。


真紅の魔法陣が足元へ広がる。


「転移。」


パッ──


景色が変わる。


「……!」


気付けば真銀は千乃の部屋にいた。


ガチャッ。


外から鍵が掛かる音が響く。


「千乃!!」


ドンドン!!


真銀は勢いよく扉を叩く。


「開けろ!」


「一人で行くな!」


返事はない。


ただ静かな沈黙だけが部屋を満たしていた。


---


その頃。


城の広い庭。


エリシアと護衛たちは突然現れた魔法陣に驚いていた。


「これは……転移魔法?」


「いつの間に。」


その中心へ。


もう一つの魔法陣が静かに浮かび上がる。


パァァ……


光が収まる。


そこに立っていたのは千乃だった。


「千乃様。」


エリシアが口を開く。


しかし。


千乃は答えない。


ゆっくりと目を閉じる。


「…………。」


次の瞬間だった。


ゴォォォォ……


真紅だった魔力が。


ゆっくりと黒へ染まっていく。


空気が重くなる。


風が止まる。


光さえ飲み込むような魔力が庭を覆った。


ライたちも異変を察知し、城の窓から庭を見下ろす。


「何だ……あの魔力は。」


アイシィの顔から血の気が引く。


「まさか……。」


---


千乃の身体が静かに浮き上がる。


ふわり。


地面から数メートル。


さらに。


十メートル。


二十メートル。


空中で静止する。


黒い魔力が渦を巻く。


メタルピンクだった髪は、ゆっくりと色を失っていく。


白。


雪よりも白い髪。


金とピンクだったオッドアイは。


両目とも深紅へ染まった。


純白だった神衣は。


黒へ。


翼も。


純白ではなく。


巨大な黒い翼へ変わる。


ギィ……


翼がゆっくり広がる。


口元からは、少しだけ尖った犬歯が覗く。


そして。


額から。


二本の大きな黒い角がゆっくりと伸びた。


その姿は。


神ではなかった。


まるで。


悪魔。


---


庭は静まり返る。


誰も声を出せない。


空中に浮かぶ千乃は。


表情がなかった。


怒りも。


悲しみも。


喜びも。


何一つ映らない。


ただ。


無機質な瞳でエリシアを見下ろしている。


「……。」


ゆっくり。


右腕が上がる。


人差し指が。


真っ直ぐエリシアを指した。


その瞬間。


黒い翼がわずかに揺れる。


サァ……


一枚。


また一枚。


黒い羽根が翼から離れる。


ヒュン……


ヒュン……


ヒュン……


静かな音を立てながら。


数十枚。


数百枚。


黒い羽根が千乃の周囲へ浮かび始める。


指先の動きを待つように。


整然と並び。


標的だけを見据えていた。


護衛たちは反射的に武器を構える。


だが。


誰一人として踏み出せない。


圧倒的な威圧感が。


身体を縫い付けていた。


エリシアも初めて恐怖の色を浮かべる。


「……千乃、様。」


呼び掛けても。


返事はない。


空中で静止したまま。


感情を失った紅い瞳だけが。


静かに。


エリシアを見つめ続けていた。


庭を覆う沈黙。


誰も動けない。


空中に浮かぶ千乃は、感情のない紅い瞳でエリシアたちを見下ろしていた。


ゆっくりと。


人差し指が、ほんのわずかに動く。


その軌跡をなぞるように。


待機していた黒い羽根が一斉に反応した。


ヒュン……


ヒュン……


ヒュン……


鋭い音を立てながら、黒い羽根が一直線に飛び出す。


「来るぞ!」


護衛が叫ぶ。


全員が武器を構え、防御態勢を取る。


しかし。


次の瞬間。


ヒュンッ!


一本目の羽は、護衛の肩をかすめることなく背後の地面へ。


ドッ。


ヒュンッ。


二本目はエリシアの右横。


ドン。


ヒュンッ。


三本目は左側。


ドッ。


続けざまに。


ヒュンッ。


ヒュンッ。


ヒュンッ。


ヒュンッ。


黒い羽根は誰一人傷付けることなく、正確に地面へ突き刺さっていく。


その精度は異常だった。


わずか数センチでも軌道がずれれば、人へ当たる距離。


それでも。


一本たりとも外さない。


「……当てていない。」


ライが息を呑む。


「いや。」


「当てないように撃っている。」


羽根は次々と地面へ突き刺さり、円を描くように並んでいく。


ヒュン。


ドッ。


ヒュン。


ドッ。


やがて。


エリシアと護衛たちを中心とした、大きな円が完成した。


さらにもう一周。


ヒュン……


ドドドドドッ!


外側にも黒い羽根が突き刺さる。


三重。


四重。


五重。


まるで巨大な檻。


逃げ道を計算し尽くした配置だった。


護衛の一人が恐る恐る一歩踏み出そうとする。


その瞬間。


ヒュンッ!


一枚の黒い羽根が、その足先のわずか数センチ前へ突き刺さる。


ドンッ。


護衛は反射的に足を止めた。


額を汗が伝う。


「……警告か。」


誰も動かない。


いや、動けない。


空では。


千乃が依然として無表情のまま浮かんでいる。


指先がゆっくりと下りる。


それに合わせて、新たな黒い羽根が静かに周囲へ現れ、音もなく待機した。


ヒュ……


ヒュ……


次の指先の動きだけを待ちながら。


庭は静まり返っていた。


黒い羽根の檻。


誰も一歩も動けない。


空中では、魔化した千乃が感情のない瞳で全てを見下ろしている。


その時だった。


エリシアの視線が、ふと城へ向く。


ベランダ。


鍵の掛かった部屋の窓から、真銀が必死に外を見ていた。


「千乃!!」


何度も窓を叩いている。


その姿を見たエリシアの表情がわずかに歪んだ。


「……なら。」


右手をゆっくりと掲げる。


護衛の一人が驚く。


「皇女様?」


淡い魔法陣が展開される。


「おやめください!」


しかし、止まらない。


「これなら……。」


エリシアはベランダを見据えた。


「真銀様は、私だけを見てくださる。」


魔法陣が輝く。


次の瞬間。


一直線に放たれた光が、ベランダへ向かって走る。


「真銀!!」


ララの叫びが響いた。


だが。


その攻撃が届くことはなかった。


ヒュンッ!!


空気を裂く轟音。


黒い影が、誰の目にも留まらぬ速さで空を駆け抜ける。


一瞬。


本当に一瞬だった。


ベランダの前。


真銀の目の前へ、千乃が現れる。


「……!」


真銀が目を見開く。


魔化したままの千乃。


白い髪。


黒い翼。


紅い瞳。


何も言わない。


ただ。


真銀をかばうように両腕を広げ、その前へ立つ。


ドォンッ!!


放たれた魔法が、真正面から千乃へ直撃した。


激しい衝撃が庭中へ響く。


黒い翼が大きく揺れる。


真銀の瞳が震えた。


「千乃っ!!」


攻撃は、真銀には一切届かなかった。


その全てを。


千乃が受け止めた。


一瞬の静寂。


千乃は何も言わない。


ゆっくりと真銀を振り返る。


その紅い瞳が、一瞬だけ揺らいだ気がした。


そして。


翼から力が抜ける。


ふわり、と身体が傾く。


「……。」


黒い翼が閉じる。


そのまま。


重力に引かれるように落ちていく。


「千乃ぉぉぉっ!!」


真銀の叫びが城中に響いた。


ドンッ!!


庭の芝生へ身体が叩きつけられる。


土煙が舞い上がる。


黒い羽根が、音もなく周囲へ舞い落ちた。


真銀は鍵の掛かった扉を力任せに叩く。


「開けろ!!」


「誰か!!」


「開けてくれ!!」


拳が赤くなっても叩き続ける。


庭では、誰も動けなかった。


たった今まで感情を失っていたはずの千乃が。


最後の最後だけは。


何の迷いもなく、自分の身を盾にして真銀を守った。


その行動だけが。


千乃の心の奥底にある想いは、何一つ変わっていないことを物語っていた。


千乃の身体が庭へ倒れ込む。


黒い羽根が、ひらひらと舞い落ちる。


「千乃!!」


真銀の叫びが響く。


その瞬間だった。


ピクリ……


倒れたままの千乃の口が、ゆっくりと開く。


感情のない、機械のような声が庭中へ響いた。


「敵対行動を感知。」


一拍の沈黙。


そして。


「排除に移ります。」


ゾワッ……


護衛全員の背筋に悪寒が走る。


「まずい!」


ライが叫ぶ。


「止めろ!!」


しかし、もう遅かった。


ドクン……


黒い魔力が再び溢れ出す。


地面に散らばっていた黒い羽根が、一斉に宙へ浮かび上がる。


ヒュ……


ヒュ……


ヒュ……


今度は先ほどのような威嚇ではない。


全ての羽根の切っ先が、エリシアと護衛たちへ向けられていた。


千乃はゆっくりと立ち上がる。


俯いたまま。


表情はない。


瞳には感情が宿っていない。


まるで、敵対行動への対処だけを実行する存在になったかのようだった。


護衛隊長が剣を構える。


「全員、防御!」


「回避を最優先!」


誰も攻撃しようとはしない。


あの速度を見てしまった以上、先に動けば終わると理解していた。


エリシアも初めて一歩後ろへ下がる。


「そんな……。」


千乃は静かに右手を持ち上げる。


指先が、ほんのわずかに動く。


ヒュン……


一枚の黒い羽根が、エリシアの頬をかすめることなく髪を一本だけ切り落とし、その背後の地面へ突き刺さった。


ドッ。


続いて。


ヒュン。


ヒュン。


ヒュン。


護衛たちの足元、肩先、耳元、武器のすぐ横へと、寸分違わぬ精度で黒い羽根が突き刺さる。


誰にも当たらない。


だが、一歩でも動けば当たる。


そう理解できる配置だった。


「警告……?」


アイシィが息を呑む。


ライは険しい表情で首を振る。


「違う。」


「完全に制圧している。」


空中には、なお数え切れないほどの黒い羽根が静かに待機していた。


その全てが、次の指先の動きを待っている。


そして千乃は、感情のない声で、もう一度だけ繰り返した。


「敵対行動を確認。」


「対象を監視します。」


指先は、エリシアから一度も離れなかった。


庭に張り詰めた空気。


黒い羽根は微動だにせず、空中に並んでいる。


エリシアは震える足を踏みとどまり、千乃を見上げた。


そして、強がるように笑う。


「フッ!」


「ビビりだから、どうせ当てられないんでしょう!!」


その言葉が庭に響く。


誰も声を発しない。


真銀はベランダから顔色を変えた。


「やめろ……!」


しかし。


魔化した千乃の表情は変わらない。


感情は読み取れない。


ただ、紅い瞳が静かにエリシアを見つめていた。


「対象の発言を確認。」


「脅威レベルを再評価。」


その声は淡々としていた。


ゆっくりと。


人差し指が、ほんの数センチだけ動く。


ヒュン。


黒い羽根が一枚だけ飛ぶ。


「っ!」


エリシアが身構える。


だが、その羽根は肩へ軽く触れる程度だった。


チクリ。


「……え?」


続いて。


ヒュン。


ヒュン。


ヒュン。


護衛たちにも一本ずつ黒い羽根が触れる。


鎧の隙間。


腕。


肩。


どれも致命傷には程遠い、ごく浅い接触だった。


「こんなもの……」


護衛の一人が言いかけた、その時。


「……眠い。」


一人が膝をつく。


「な、何だ……これは……」


もう一人も剣を落とした。


ガシャン。


エリシアも視界が揺れる。


「まさか……毒……?」


「睡眠効果を確認。」


千乃は感情のない声で告げる。


「生命活動に危険なし。」


「対象を戦闘不能と判断。」


次々と。


ドサッ。


ドサッ。


護衛たちが静かに眠りへ落ちていく。


最後にエリシアが千乃を見上げた。


「あなた……」


言葉は最後まで続かなかった。


そのまま意識を失い、芝生へ静かに倒れ込む。


庭は静寂に包まれた。


千乃は眠る全員を見下ろす。


右手をゆっくり掲げる。


足元に巨大な魔法陣が広がった。


幾重にも重なる転移術式。


「対象の帰還を開始。」


光が庭を包み込む。


眠るエリシアと護衛たちの身体が、淡い光の粒へと変わっていく。


パァァ……


次の瞬間。


全員の姿が庭から消えた。


転移先は、エリシアたちの祖国にある王城の転移広間。


戦闘不能ではあるものの、命に別状はない状態で送り返された。


庭には再び静けさが戻る。


空中に残っていた黒い羽根も、役目を終えたようにゆっくりと消え始めた。


静寂が庭を包む。


エリシアたちの姿は、もうどこにもなかった。


転移魔法の光だけが、ゆっくりと消えていく。


空中では。


魔化した千乃が、まだ静かに浮かんでいた。


黒い翼。


白い髪。


深紅の瞳。


その視線がゆっくりと城へ向く。


ベランダ。


必死にこちらを見つめる真銀。


その少し離れた場所には、ララ、ライ、アイシィもいた。


千乃の瞳が一人ずつを捉える。


まるで確認するように。


数秒後。


感情のない声が静かに響いた。


「仲間の無事を確認。」


わずかな間。


そして。


「確認完了。」


さらに一拍置いて。


「安堵。」


その瞬間だった。


ふっ……


千乃の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


それは戦闘中、一度も見せなかった小さな笑み。


その笑みと同時に。


黒い魔力が、さらさらと霧のようにほどけ始める。


黒い翼は光の粒となって消え。


二本の角もゆっくりと縮んでいく。


白かった髪は、少しずつ本来のメタルピンクへ。


両目の深紅は消え、右は金色、左はピンクのオッドアイへ戻っていく。


黒い衣も光へ溶け。


見慣れた神化の姿を経て、最後には普段の千乃の姿へ戻った。


「……あ。」


小さく声を漏らす。


次の瞬間。


ふらり、と身体が傾いた。


「千乃!」


真銀が叫ぶ。


力を使い果たした千乃は、そのまま空から静かに落ち始めた。


先ほどまで世界を圧倒していた存在はもういない。


そこにいたのは。


仲間の無事を確認して安心し、張り詰めていた糸が切れた、一人の少女だけだった。


「千乃!」


真銀は鍵の掛かった扉へ体当たりした。


ドンッ!!


一度。


二度。


三度。


それでも開かない。


「くそっ!」


拳を握り締めた、その時。


バキィッ!!


蝶番ごと扉が吹き飛んだ。


真銀は迷わずベランダへ飛び出す。


下では。


力を失った千乃が、静かに落ちていく。


「間に合え……!」


ベランダの手すりを蹴る。


真銀の身体が空へ躍り出た。


落ちる千乃。


駆け上がる真銀。


距離が一気に縮まる。


あと少し。


あと少し。


「千乃!!」


ふわり。


その小さな身体が腕の中へ収まった。


「捕まえた。」


真銀はしっかりと千乃を抱き寄せる。


勢いのまま落下していく。


「ライ!」


「任せろ!」


ライが地上から大きく跳び上がる。


その背を踏み台にして、真銀は体勢を立て直す。


さらにアイシィが氷の足場を次々と空中へ作り出した。


真銀はその足場を蹴りながら落下速度を殺していく。


トン。


トン。


トン。


最後の一歩で芝生へ降り立った。


ドサッ、と着地するが、千乃だけは少しも揺らさない。


腕の中では、千乃が静かに眠っていた。


規則正しい寝息。


苦しそうな様子はない。


真銀はそっと前髪を撫でる。


「……おかえり。」


その一言に。


眠ったままの千乃の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。


ララが駆け寄る。


「千乃、大丈夫!?」


アイシィも膝をつく。


「命に別状はありません。」


「魔力を極限まで消耗して眠っているだけです。」


ライは安堵したように息を吐く。


「本当に……無茶をする。」


真銀は眠る千乃を見つめたまま、小さく笑う。


「お互い様だ。」


そう言って、抱き上げたまま城へ向かって歩き出す。


もう、その腕を離すつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。