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ごめん

翌日の夕方。


星氷神城の庭。


真銀は一人、ベンチに座っていた。


左手には、昨日受け取ったブレスレット。


何度見ても、その造りは丁寧だった。


「……。」


その時。


コツ。


コツ。


聞き慣れた足音が近付いてくる。


振り向くと、千乃が立っていた。


神化は解け、いつもの姿。


メタルピンクのゆるふわウェーブ。


右目は金色。


左目はピンク。


髪には、あの日必死に守った簪が留められている。


お互い、少しだけ気まずそうだった。


沈黙が流れる。


やがて。


「……ごめん。」


二人の声が、ぴったり重なった。


「……え?」


思わず顔を見合わせる。


ララならきっと笑っていただろう。


でも今は、二人だけ。


千乃が少し笑う。


「真銀から先に。」


真銀は頭をかいた。


「いや……。」


「俺が怒鳴りすぎた。」


「お前が俺を大切に思ってくれてるのは分かってた。」


「それなのに、感情的になった。」


千乃は首を横に振る。


「違う。」


「私が悪い。」


「『何回でも死ねる』なんて言っちゃった。」


「……あれは、本当にごめん。」


真銀は静かに目を閉じる。


「あの言葉だけは。」


「本当に怖かった。」


「地球で、お前を失った時を思い出した。」


「また同じことになる気がして。」


「……怖かった。」


千乃は俯く。


「ごめん。」


「私、自分のことになると鈍いから。」


「真銀がどれだけ悲しかったか、ちゃんと考えられてなかった。」


少し間が空く。


そして千乃は真銀を見つめた。


「でもね。」


「真銀を守りたい気持ちは、本当。」


「変えられない。」


真銀も頷く。


「ああ。」


「それは知ってる。」


「俺も、お前を守りたい。」


「それも変えられない。」


二人は困ったように笑った。


「つまり。」


「お互い様だね。」


「そうみたいだ。」


---


千乃は左手を見せる。


「ブレスレット。」


真銀も左手を見せた。


「ありがとう。」


「気に入った。」


千乃の表情が少し明るくなる。


「本当?」


「ああ。」


「ずっと付ける。」


「私も。」


二人のブレスレットが、夕日に照らされて小さく輝いた。


---


真銀は少し真面目な顔になる。


「一つだけ。」


「約束してくれ。」


「命を軽く見るようなことは言わないでくれ。」


千乃は少し考えてから、静かに頷いた。


「……うん。」


「約束する。」


「でも。」


「無茶はするかもしれない。」


真銀は苦笑する。


「そこは予想してた。」


「その代わり。」


「俺も無茶をする。」


「だから、その時は止めてくれ。」


千乃は笑った。


「もちろん。」


「全力で止める。」


「お互い様だからね。」


「ああ。」


---


そこへ。


ガサガサッ!


植え込みから何かが飛び出した。


「やったぁぁぁぁぁ!!」


「仲直りしたぁぁぁ!!」


ララだった。


その後ろからライとアイシィも出てくる。


「……。」


真銀は呆れた顔になる。


「聞いてたのか。」


ライは咳払いをした。


「偶然だ。」


ララが即座に突っ込む。


「嘘だよ!」


「三十分前から隠れてた!」


「ララ。」


「ごめん。」


アイシィは苦笑しながら頭を下げた。


「どうしても気になってしまって……。」


千乃は思わず吹き出した。


「あははっ!」


真銀も笑ってしまう。


「まったく。」


ララは勢いよく二人へ飛びついた。


「これでいつものみんなだね!」


「うん。」


千乃は嬉しそうに頷く。


夕焼けに染まる星氷神城。


六日間続いた喧嘩は、ようやく終わった。


そして誰も気付かなかった。


千乃の左手のブレスレットが、一瞬だけ真紅に淡く輝いたことにも。


その奥深くに隠された、小さな秘密が静かに眠り続けていることにも。




数日後。


王国近くの森。


「左!」


千乃の声が響く。


「任せろ!」


真銀が魔物へ踏み込む。


ガキィン!


剣が火花を散らし、魔物を吹き飛ばす。


しかし、その奥から別の魔物が飛び出した。


「真銀!」


ドゴォッ!!


不意を突かれた真銀は、まともに攻撃を受ける。


「くっ……!」


大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。


「真銀!」


ララが駆け寄ろうとする。


しかし。


真銀はゆっくり立ち上がった。


「あれ……?」


自分の体を見下ろく。


確かに、今の一撃はまともに受けた。


鎧にも傷がある。


なのに。


「痛く……ない?」


傷らしい傷が見当たらない。


「おかしいな。」


真銀は腕を動かす。


さっきまであったはずの鈍い痛みも、もう消えている。


その様子を見た千乃は、一瞬だけ表情を固くした。


(……気付いた。)


胸の奥が少しだけ痛む。


(ごめん。)


---


戦闘が終わり。


みんなで森を歩いて帰る。


真銀は腕を見ながら呟いた。


「千乃。」


「ん?」


「俺、さっき結構まともにもらったよな?」


「う、うん。」


「でも傷がほとんど残ってない。」


「前から回復は早かったけど、今回は異常なくらいだ。」


千乃は一瞬だけ目を泳がせる。


「えっと……。」


罪悪感が胸をよぎる。


それでも笑顔を作った。


「あー。」


「ブレスレットにね。」


「自動回復の術式も入れたから。」


「え?」


「ダメージを受けたら、少しずつ回復するようにしたの。」


「魔力を使って治してくれる感じ!」


できるだけ自然に。


いつも通りに笑う。


真銀は感心したようにブレスレットを見つめた。


「そんな機能まで付いてたのか。」


「う、うん!」


「便利でしょ?」


「すごいな。」


真銀は素直に笑った。


「ありがとう。」


その笑顔を見るたびに。


千乃の胸は少しだけ痛んだ。


「……どういたしまして。」


---


その時。


ミルが静かにブレスレットへ意識を向ける。


『ふむ。』


『確かに回復魔法は組み込まれているな。』


『戦闘中にも微量ながら治癒の魔力が流れていた。』


千乃は心の中で小さく息をついた。


回復魔法自体は、本当に入っている。


だからこそ嘘ではない。


……全部を話していないだけ。


ミルは納得したように頷く。


『よく考えられた魔道具だ。』


『さすが主だな。』


「えへへ。」


千乃は照れ笑いを浮かべる。


けれど。


その笑顔の奥には、誰にも気付かれない小さな罪悪感が隠れていた。


真銀の傷は、確かに回復している。


ただ、それだけではない。


本来真銀が受けるはずだった傷の多くは。


誰にも知られないまま。


千乃の身体へと移り、神格の強靭な肉体と回復魔法によって静かに癒やされていた。


その秘密は今日も、千乃の胸の中だけにしまわれ続けていた。



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