↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
107/197

すれ違う思い

建国から数日。


星霜王国の森。


「次、右!」


千乃が空から声を上げる。


「分かった!」


真銀が剣を振るう。


ガキィン!


魔物の爪を弾き返す。


ララとライも左右から飛び込み、アイシィは氷の魔法で援護していた。


順調だった。


……その一体が現れるまでは。


森の奥から、巨大な魔物が姿を現した。


「新種か……!」


ライが目を細める。


魔物は低く唸ると、巨大な腕を振り上げた。


「真銀!」


千乃が叫ぶ。


「避けろ!」


真銀は横へ跳ぶ。


しかし。


地面が砕け、体勢を崩した。


「しまっ……!」


巨大な拳が迫る。


間に合わない。


その瞬間。


千乃の表情が変わった。


「!」


真紅の魔法陣が一瞬で展開される。


透明な結界が真銀を包み込んだ。


ドゴォォォン!!


魔物の拳が結界へ激突する。


結界は砕けない。


しかし。


「……っ!」


離れた場所にいた千乃が苦しそうに胸を押さえた。


口元から一筋の血が流れる。


「千乃!」


真銀の顔色が変わる。


魔物を斬り飛ばし、そのまま駆け寄った。


「何をした!」


千乃は苦しそうに笑う。


「……大丈夫。」


「大丈夫じゃない!」


真銀の声が森へ響く。


「今の結界……!」


「全部お前が受けたんだろ!」


千乃は目を逸らした。


「……。」


「答えろ!」


「……うん。」


その一言で。


真銀の中の何かが切れた。


「なんでだ!」


「俺を守るために、お前が傷付く必要なんてない!」


千乃も負けじと声を張る。


「あるよ!」


「ない!」


「ある!」


「私は真銀を守りたいの!」


「だからって!」


真銀は拳を握る。


「あんな魔法を使うな!」


「嫌!」


千乃は涙を浮かべながら叫んだ。


「私は!」


「地球でも真銀を庇って死んだ!」


「それでも後悔してない!」


「真銀が生きてるなら、それでよかった!」


「だから!」


「私は何回でも死ねる!」


「真銀が生きられるなら!」


バシッ。


乾いた音が響く。


誰も動けなかった。


真銀の手が、千乃の肩を強く掴んでいた。


叩いたわけではない。


それでも、怒りで震えていた。


「ふざけるな。」


今まで聞いたことがないほど低い声だった。


「何回でも死ねる……?」


「そんなこと二度と言うな。」


「……。」


「お前が死んだ時。」


「地球で。」


「俺がどんな気持ちだったと思ってる。」


千乃は言葉を失う。


真銀の目には怒りだけじゃなかった。


恐怖。


後悔。


悲しみ。


全部混ざっていた。


「もう。」


「二度と。」


「お前を失いたくないんだ。」


静かな声だった。


だからこそ重かった。


千乃は俯く。


「……でも。」


「でもじゃない!」


真銀は叫んだ。


「俺は!」


「お前が傷付くくらいなら、自分で傷付いた方が何倍もいい!」


「そんなの嫌!」


「俺だって嫌だ!」


二人とも譲らない。


ララは泣きそうな顔になっていた。


「やめてよぉ……。」


アイシィも何も言えない。


ライだけが静かに目を閉じる。


「これは……。」


「止められない。」


---


その日は。


誰も口を開かなかった。


帰り道も。


夕食も。


静まり返っていた。


---


翌日。


朝食。


「おはよう。」


アイシィが言う。


「……。」


千乃は小さく頷くだけ。


真銀も黙ったまま席へ座る。


目も合わせない。


会話もない。


---


二日目。


ララが二人を遊びに誘う。


「ねぇ!」


「みんなで街へ行こうよ!」


「私は行かない。」


千乃が立ち上がる。


「俺も遠慮する。」


真銀も反対方向へ歩いていく。


ララはその場に立ち尽くした。


---


三日目。


廊下ですれ違う。


「……。」


「……。」


何も言わない。


そのまま通り過ぎる。


---


四日目。


アイシィがため息をつく。


「長引いていますね……。」


ライも静かに頷く。


「どちらも相手を大切に思っている。」


「だからこそ、折れられない。」


ララはソファに顔を埋める。


「早く仲直りしてほしいよぉ……。」


建国してから初めての、重く静かな空気が流れていた。





喧嘩を始めて、五日目の夜。


星氷神城。


誰もが眠りについた頃。


静かな庭へ、一人の少女が歩いていた。


千乃だった。


神化した姿。


純白の衣。


六枚の光の翼。


右目は金色。


左目は優しいピンク。


夜空には満天の星が広がっている。


「……。」


千乃は空を見上げる。


「少しだけ。」


「飛ぶ練習。」


ふわり。


神靴が地面を離れた。


静かに。


音もなく。


夜空へ溶け込むように舞い上がる。


---


一方。


眠れない真銀は、自室の窓辺に立っていた。


「……。」


眠れるはずがなかった。


喧嘩をしてから、まともに話していない。


窓の外へ視線を向ける。


「千乃……?」


夜空を飛ぶ、小さな光。


真銀は思わず窓を開けた。


---


千乃は空高く舞い上がる。


「もう少し。」


「回転。」


くるり。


一回転。


その瞬間だった。


カチッ。


「あ……。」


髪へ挿していた簪が、わずかに緩む。


するり。


白銀の簪が髪から抜けた。


「えっ……!」


月明かりを受け。


星の飾りがきらりと光る。


くるくると回転しながら。


夜空をゆっくり落ちていく。


「だめ!」


千乃の顔色が変わった。


あれだけは。


絶対に。


失くしたくない。


ヒュンッ!!


翼をたたみ。


真っ逆さまに急降下する。


風が悲鳴のように唸る。


簪はまだ落ちる。


千乃はさらに加速する。


「お願い……!」


あと少し。


あと少し。


指先を伸ばす。


届かない。


さらに加速。


夜空に真紅の軌跡が描かれる。


「……っ!」


パシッ。


指先が簪を掴んだ。


「よかった……!」


その安心も束の間。


「しまっ……!」


地面が目前まで迫っていた。


減速が間に合わない。


ドォォォォォン!!


轟音が夜の王国へ響く。


庭の地面が大きく砕ける。


土煙が舞い上がった。


---


「千乃!」


真銀が飛び出す。


庭へ駆け下りる。


土煙の中。


「……。」


静かに立ち上がる人影。


千乃だった。


服は少し土で汚れている。


しかし。


怪我はほとんどない。


神化した身体が衝撃を受け止めていた。


それでも。


千乃が最初に見たのは。


自分の身体ではなかった。


右手。


そこには。


真銀からもらった簪。


「……よかった。」


壊れていない。


傷もない。


千乃は安心したように微笑む。


そして。


そっと髪へ簪を挿した。


「今度は……。」


「落ちないように。」


両手を胸の前で重ねる。


真紅の魔力が静かに溢れ出した。


ふわり。


身体全体が紅い光に包まれる。


その中へ。


金色の光。


淡い桃色の光。


神化した神聖な輝きが溶け合う。


ゆっくりと魔力が髪へ集まる。


簪へ流れ込む。


「固定。」


優しく呟く。


キィン……


澄んだ音が響いた。


簪は髪と一体になったかのように動かなくなる。


夜風が吹いても。


激しく翼を動かしても。


もう外れることはない。


真紅の魔力に包まれながら立つ千乃は。


まるで夜空から舞い降りた女神そのものだった。


---


その時。


砕けていた庭が。


カチッ……


ひとりでに光り始める。


砕けた石畳。


割れた地面。


折れた花壇。


すべてが淡い氷色の光に包まれた。


みるみる元へ戻っていく。


パキ……


カチ……


数十秒後。


庭は何事もなかったように元通りになっていた。


城壁も。


階段も。


草花までも。


完全に修復されている。


「自動修復か……。」


真銀が小さく呟く。


だが。


その視線は庭ではなかった。


千乃の手。


そこには。


大切そうに簪を握っていた名残が残っている。


あんな高さから落ちるより。


簪を失うことの方が怖かった。


そういう行動だった。


真銀は胸が締め付けられる。


「……そこまで。」


思わず漏れる。


千乃はようやく真銀に気付いた。


「……。」


目が合う。


喧嘩をしてから初めてだった。


けれど。


どちらも何も言えない。


沈黙だけが流れる。


千乃は小さく会釈すると、そのまま城の中へ歩いていった。


真銀は引き止められなかった。


ただ一人、夜空を見上げる。


簪を追って迷いなく飛び込んだ姿が、何度も頭の中で繰り返されていた。




喧嘩をしてから、六日目の夜。


真銀は、自室のベランダに立っていた。


夜風が静かに吹く。


星空を見上げても、心は晴れない。


「……。」


その時だった。


ふわり。


庭の上空に、一つの光が現れる。


「千乃……。」


神化した千乃だった。


六枚の翼を大きく広げ、夜空に静止している。


翼がゆっくりと羽ばたくたびに、


バサッ……


バサッ……


柔らかな光の羽が舞い散っていく。


月明かりと星空に照らされたその姿は、まるで夜空そのものだった。


千乃は真銀を見つめる。


言葉はない。


何も話さない。


ただ、右手を胸の前へ。


真紅の魔法陣が静かに浮かび上がる。


キィィィン……


淡い光の中から、一つのブレスレットが現れた。


銀を基調とした細身の輪。


夜空のような深い蒼色の宝石。


その中には、小さな星が閉じ込められているように輝いている。


千乃はもう一つ、同じデザインのブレスレットを左手にはめる。


そして。


「……。」


何も言わずに。


ふわり、と腕を振った。


ヒュン……


放物線を描いて飛んできたブレスレットを、真銀は反射的に受け止める。


「これは……。」


顔を上げた時には。


千乃はもう背を向けていた。


バサッ……


バサッ……


翼を羽ばたかせながら、自室の窓へ向かう。


そのまま静かに部屋へ入り、窓が閉じられた。


また一言も交わさなかった。


---


真銀は手の中のブレスレットを見る。


不思議と温かい。


「魔道具か。」


魔力を少し流してみる。


すると。


宝石の奥へ、小さな文字が浮かんだ。


**《所有者登録完了》**


**M・Y**


「俺のイニシャル……。」


さらに光が広がる。


**機能**


・魔力共有


・位置共有


「……。」


真銀は小さく笑った。


「千乃らしい。」


喧嘩をしていても。


心配だったのだろう。


だからこそ渡した。


そう思えた。


「ありがとう。」


誰にも聞こえないくらい小さく呟く。


そして静かに左手へはめた。


カチッ。


まるで最初からそこにあったかのように、ぴったりと腕へ馴染む。


淡い真紅の光が一瞬だけ流れ、すぐに消えた。


---


その頃。


千乃の部屋。


窓辺へ座り込み、自分の左手を見つめる。


そこには、お揃いのブレスレット。


「……。」


少しだけ安心したように微笑む。


「ちゃんと受け取ってくれた。」


それだけで十分だった。


千乃は誰にも聞こえないよう、小さく呟く。


「ごめんね。」


「……でも。」


「これだけは。」


右手をブレスレットへ添える。


誰にも見えないほど小さな真紅の魔法陣が、宝石の奥で静かに回転する。


「これで。」


「真銀がどこにいても分かる。」


「魔力も渡せる。」


千乃は安心したように目を閉じる。


そして。


心の奥で、もう一つだけ魔法を完成させた。


その術式は、宝石のさらに奥深く。


幾重もの魔法陣で覆われ、神格の魔力で完全に隠される。


誰にも見えない。


誰にも解析できない。


作った本人である千乃だけが知る、最後の仕掛け。


もし、このブレスレットの所有者である真銀が傷ついた時。


その受けるはずだったダメージは、密かに千乃へと流れる。


真銀は気付かない。


ララも。


ライも。


アイシィも。


ミルでさえ、その術式の存在には気付けないほど巧妙だった。


千乃はブレスレットをそっと握る。


「……これなら。」


「少しは安心できる。」


その優しい笑顔とは裏腹に。


誰にも知られない、新たな秘密だけが静かに増えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。