閉鎖回路(クローズド・ループ)の檻と、鉄格子のロマンス
廃軌道の暗闇をどれほど進んだろう。冷たいコンクリートの壁を伝う地下水の音と、私たちの荒い呼吸だけが、無機質なトンネルに反響していた。
「——ここまで来れば、大人の索敵プログラム(追跡)も追いつけないはずだ」
蓮はポータブル端末の画面を凝視しながら、翡翠色の瞳を鋭く光らせた。しかし、その画面に映し出されたエリアログは、私たちの希望を無残に打ち砕くように、真っ赤な警告を点滅させ始める。
『電子ロック作動——全セクター、完全閉鎖』
「……っ!?」
トンネルの奥から、ガシャーン!!! という凄まじい金属音が響き渡った。防電磁仕様の重厚な鉄格子が天井から滑り落ち、私たちの唯一の退路を完全に遮断したのだ。
「遅かったね、一之瀬くん。君のハッキングパターンは、すでに生徒会のメインサーバーにすべて登録されているんだよ」
暗闇の向こうから、カツン、カツンと乾いた靴音が近づいてくる。
非常用ライトの白々しい光の中に現れたのは、銀縁眼鏡を冷酷に光らせた生徒会長、神条 律先輩だった。彼の背後には、防犯装備を固めた私設警備員たちが、まるでバグを駆除する防毒プログラムのように整然と並んでいる。
「神条……先輩……っ!」
私は蓮の背中に隠れながら、彼の白い道着の裾を強く握りしめた。
「椎名さん、もうその異常者の隣にいる必要はない」
神条先輩は冷徹に言い放ち、タブレットを操作する。「この廃駅の全出口は完全に物理ロックした。君たちの逃亡劇は、ここで強制終了だ」
「……先輩。あなたがどれだけ巨大なネットワーク(権力)を動かそうと、僕から柚留をデリートすることはできない」
蓮の声から、完全にすべての感情が消え去った。
彼の翡翠色の瞳は、絶望の淵で逆に澄み切った「純黒」の殺意へと変貌していく。右手首の引き裂かれた包帯からは、再び赤い血がじわりと滲み出し、床の冷たいコンクリートにポタポタと落ちていく。
「力ずくで排除しろ」
神条先輩の冷酷な命令とともに、三人の警備員が一斉に蓮に向かって突進した。
「柚留、僕の後ろから絶対に離れるな!!」
蓮は咆哮すると、一歩で先頭の男の懐へと潜り込み、鍛え上げられた体幹でその巨体を壁へと叩きつけた。ドン! という激しい衝撃音がトンネルに響く。しかし、残る二人が蓮の両腕を背後から強引に掴み、冷たい鉄格子へと猛烈な力で押し付けた。
「がはっ……っ!?」
蓮の口から鮮血が飛び散り、鉄格子に不気味な赤いログが刻まれる。
「一之瀬!! お前はもう完全に終わりだ!」
神條先輩が勝ち誇ったように笑い、私の手首を強引に掴み取ろうと手を伸ばした——その瞬間だった。
「——その汚い手で、僕の最高傑作に触るなと言っているんだぁぁぁーーーっ!!」
理性を完全に焼き切った蓮の絶叫。
彼は自分の両腕を拘束していた警備員の顔面を、背後への強烈な頭突きで粉砕し、力ずくでその拘束を引き千切った。血塗れのまま狂暴なアドレナリンを撒き散らし、蓮は神条先輩の胸ぐらを強引に掴み上げると、そのまま大型の配電盤へと叩きつけた。
「ガシャン!!!」「っ……あぁっ!?」
火花が激しく飛び散り、トンネル全体の明かりが一瞬にして完全に消失する。完全な暗黒の世界。
蓮は神条先輩をゴミのように床へ突き放すと、私の手首を掴み、鉄格子のわずかな隙間をこじ開けて、駅施設の最奥にある「旧変電室の密室」へと私を強引に引きずり込んだ。
「ガチャン!」「カチャリ」
重い防鉄扉が閉められ、内側からトリプルロックの鍵が掛けられる。もう、誰も入ってこれない、二人だけの最後のセクター。
配電盤の破壊によって、室内は一瞬の火花の残光と、非常用バッテリーの赤い警告灯だけが妖しく回転していた。逃げ場のない、熱気が40°C近くまで達している過熱した密室。
「……柚留、柚留、柚留……っ!!」
蓮は私の言葉を聞く前に、私の身体を古い革製ソファの上へと激しく押し倒した。
「ドン!」とマットレスが沈み込み、彼の引き締まった、けれど狂暴なほどの熱を持った身体が私の上に完全に覆いかぶさる。
「蓮……っ、もうすぐ大人が扉を壊して……っ!」
「うるさい! あの男がお前に触れようとした……お前の綺麗な肌に、あいつの視線が混ざったんだ……っ! 汚い、汚すぎる……! 全て僕の熱で、僕の血で、完全に書き換えなければいけないのに……っ!!」
蓮の呼吸は完全に熱暴走を起こしていた。彼の血まみれの指先が、私の着用していた薄い病衣の襟元へと伸び、布地を中央から乱暴に引き千切った。
ブチブチと音を立てて服が裂け、赤い警告灯の光の中に、私の白い肌と、これまでに彼が刻みつけてきた全ての赤紫色の噛み痕が、生々しく全て曝け出される。
「蓮、待って……あ、っ……!!」
蓮は私の叫びを自分の唇で強引に塞いだ。
「ん、んん……っ! む……っ」
深く、激しく、互いの舌が絡み合い、呼吸の主導権を完全に奪われる。彼の口内からは、神条たちとの乱闘で切った濃厚な血の味がした。掴まれた両手首からは、彼の右手から溢れ出た赤い血が私の肌へと移り、ドロドロとした熱い液体が腕を伝ってソファへと染み込んでいく。
蓮は唇を離すと、激しい息を吐きながら、私の胸元、心臓の真上の一番柔らかい皮膚へと、飢えた獣のようにその鋭い犬歯を深く、深く突き立てた。
「あ、ああっ……! 嗚呼……っ!!」
変電室の冷たい壁に響き渡る、私の小さな悲鳴。
けれど、その痛みの向こう側から、頭の中をドロドロに溶かすような甘い快感が溢れ出し、私の理性を完全に破壊していく。蓮の身体が私の身体を完全に固定し、彼の手が私の細い腰の肉を、指の形が残るほどの力で強く、強く掐りあげた。
「痛がれ、柚留。その痛みが、お前が僕の所有物であることの証明だ。他の誰にも、お前のこの熱を見せさせない……」
蓮は噛みついたまま、私の肌にじわりと滲み出た血と汗を、愛おしそうに何度も何度も舌先で舐めとった。
彼の熱い舌が傷口に触れるたび、私の身体は小さく跳ね、口から「あ、んっ……蓮、蓮ぇ……」という、完璧な仮面を完全に剥ぎ取られた、淫らで、哀れな悲鳴が漏れ続ける。
外からは、まだ扉を斧で叩き切るような激しい大人のノイズが聞こえている。
世界が私たちを異常だと叫んでいるというのに、この薄暗くて、熱気が抜けない変電室の中だけは、世界で一番不条理で、一番濃密な、二人だけの絶対的な拘束空間だった。
「……もう、誰にも見せない。誰にも触れさせない。僕のコードだけで、一生満たされていろ」
蓮は私の耳元でそう囁くと、手首の、そして首筋の傷跡をなぞるように、何度も、何度も、排熱を焼き付けるようなキスと標記を繰り返した。
「うん……いいよ、蓮……。私を、あんたの部屋に、ずっと……閉じ込めて……」
赤い警告灯の光が二人の影を大きく壁に歪ませる中で。
私たちは、誰にも言えない白日の下のアラートをやり過ごし、二度と引き返せない越境の底へと、互いのすべてをログインさせ続けていた。
二人の狂った同期は、もう、誰にも止めることはできない。




