白日の断頭台と、終焉の演算回路
夏祭りの狂乱から一夜明けた翠鳳高校は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
神輿庫の暗闇で蓮が私の身体に深く、深く上書きしたあの排熱と痛みの記憶は、制服の長袖の奥でじくじくと熱を持って脈打っている。しかし、朝の登校風景はいつもと完全に違っていた。校門の前には風紀委員の姿はなく、廊下を行き交う生徒たちは、私を見るなりサッと視線を逸らし、ひそひそと不穏なパケット(噂話)を交わしている。
『聞いた? サッカー部の橘くん、大怪我で入院したらしいよ』
『一之瀬くんがやったって噂、マジなのかな……』
システム(学校)の均衡が、完全に崩壊へと向かっている。
私が下駄箱に靴を入れようとしたその時、背後から冷徹な、しかしどこか勝利を確信した足音が近づいてきた。
「——椎名さん。おはよう。昨夜は随分と激しい『バグ』が発生したようだね」
現れたのは、銀縁眼鏡を朝光に光らせた生徒会長、神条 律先輩だった。彼の腕章はいつも通り完璧に整えられているが、その瞳の奥には、蓮に対する冷酷な排除命令が点滅していた。
「神条先輩……。橘くんのことは、私は何も……」
「君が隠しても無駄だよ。橘くんの保護者、そしてサッカー部の顧問から、すでに警察への被害届と学校への処罰請求が出ている。今回は僕がログを操作して揉み消せるレベルじゃない。一之瀬くんの暴走は、もうこの学校の許容量を超えたんだ」
神条先輩は一歩、私との距離を詰めた。
「今、第一応接室で何が行われているか知っているかい? 君の両親、そして彼の両親が呼び出され、臨時の退学処分決定会合が開かれている。……彼はもう終わりだよ、椎名さん。君という『高嶺の花』を檻に閉じ込め続けた報いだ」
「退学……? 蓮が……っ?」
私の頭の中の演算回路が、その言葉を聞いた瞬間に完全にフリーズした。
蓮のいない学校? 蓮の監視がない日常? そんなものは、私にとっては生命維持装置を抜かれるのと同じだ。完璧な女神の仮面が、音を立ててボロボロと剥がれ落ちていく。
「さあ、一之瀬くんの最後の審判を見に行こうか、椎名さん」
第一応接室の重い扉を開けると、そこは冷房が異常なほどに効いた、息の詰まるような「断頭台」だった。
部屋の奥には校長と学年主任、そして神条先輩が用意した生徒会の役員たちが並んでいる。そしてその手前には、私の両親と、蓮の両親が、顔を青白くさせて頭を下げていた。
部屋の中央にぽつんと置かれたパイプ椅子。そこに、一之瀬蓮が座っていた。
彼の右手には、昨夜の乱闘で完全に裂けた皮膚を覆うように、新しい、痛々しいほどに厚い包帯が巻かれている。彼の白い制服のシャツには、まだ橘たちの血の跡が微かに残っていた。
けれど、彼の翡翠色の瞳は、大人たちの非難の嵐を浴びながらも、完全に温度を失ったまま、一点だけを見つめていた。
——私が、部屋に入ってきたその瞬間。
蓮の瞳の奥に、狂暴なほどの「独占欲」と、歪んだ安堵の光が同時に灯る。
大人たちが「一之瀬くん、君のしたことは犯罪行為だ」「椎名さんにどれだけ迷惑をかけたか分かっているのか」と責め立てる声を、蓮は完全にシャットアウト(ブロック)していた。
「柚留」
蓮は立ち上がろうとしたが、学年主任に肩を強く押さえつけられた。
「座りなさい、一之瀬くん! 反省の色が全く見えないようだな!」
「校長先生、大人の皆さん。すべては僕のシステムが引き起こしたエラーです」
蓮は感情の消えた、冷徹な声で淡々と語り始めた。「橘が柚留に触れようとした。神条先輩が柚留の領域に侵入しようとした。だから、僕は風紀委員長として、僕の最高傑作を外敵から排除しただけです。……退学処分でも、警察への通報でも、好きにすればいい。だけど、僕から柚留を隔離することだけは、誰であれ不可能です」
「一之瀬くん、君は……っ! 完全に異常だ!」私の父親が激昂して机を叩いた。
大人たちのロジックでは、蓮のこれはただの「病気」であり、隔離すべき「不審者」でしかない。
しかし、彼らは何も分かっていない。
この飼育箱を望んだのは、私でもあるということを。
「皆さん、静かにしてください」
私は震える声で、けれど明確にその場のノイズを切り裂いた。
神条先輩が「椎名さん、君が発言する必要はない……」と止めようとしたが、私はそれを無視して、真っ直ぐに蓮の前へと歩み寄った。
大人たちの驚愕の視線が集まる中で、私は自分の制服のブラウスの襟元を、両手で強引に引き裂くようにして開いた。
「ブチブチッ」と音を立ててボタンが床に転がる。
「っ……!?!?」「椎名さん、何を……っ!」
神条先輩の眼鏡が驚愕で歪み、母親たちが小さく悲鳴を上げて目を背けた。
夕闇のような応接室の光の中に曝け出されたのは、私の白い鎖骨から胸元、心臓の真上に至るまで、隙間なく刻み込まれた、あの赤紫色にじくじくと熱を持っている蓮の「噛み痕」のすべてだった。
「これを見てください。蓮が私を脅したんじゃない。私が、蓮にこれを刻まれることを望んだんです。……私は蓮のドールです。蓮の印がないと、私は呼吸すらできないように調律されているんです」
私は蓮の前に膝をつき、彼の血の滲む右手を自分の両手で包み込んだ。
「柚留……」蓮の翡翠色の瞳が、私のその姿を見て、トランス状態のように激しく歓喜に震え始める。
「蓮、もう学校なんてどうでもいいよ。大人のルールも、生徒会のシステムも、全部壊しちゃおう。……私を、あんたの部屋の地下に、今すぐ閉じ込めて」
「ああ……、柚留。お前はやっぱり、僕の完璧な最高傑作だ……!」
蓮は大人たちの制止の声を完全に無視し、私を床から強引に抱き上げると、応接室の大型デスクの上に私を仰向けに押し倒した。
「ガシャン!!!」と、校長が持っていた資料や湯呑みが凄まじい音を立てて床へ散らばる。大人たちが慌てて止めに入ろうとしたが、蓮が全身から放つ、理性を完全に焼き切った「純黒」の殺気に圧され、誰も一歩も近づくことができない。
「お前ら全員、僕たちの領域からログアウトしろ……っ!!」
蓮は私の制服のブラウスを完全に押し広げ、昨日神輿庫で新しく刻んだばかりの胸元の傷痕へと、飢えた獣のように再びその鋭い犬歯を深く、深く突き立てた。
「あ、ああっ……! 嗚呼……っ!!」
応接室の冷たいデスクの上で、私の叫びが響き渡る。
大人たちの目の前、白日の下で行われる、圧倒的で、狂暴なまでの所有権の宣言(上書き)。
強烈な激痛の向こう側から、頭の中をドロドロに溶かすような甘い快感が溢れ出し、私の脊髄は完全に麻痺していく。蓮の引き締まった身体が、私の身体をデスクにめり込ませるように強く圧迫し、彼の血の滴る右手が、私の細い腰の肉を、指の形が残るほどの力で強く、強く掐りあげた。
「痛がれ、柚留。この大人たちの前で、お前が誰の物かをその脳に焼き付けろ……。世界が僕たちを拒絶するなら、この学校ごと、すべてをオーバーフローさせてやる……」
蓮は噛みついたまま、私の肌に滲み出た血を、愛おしそうに何度も何度も舌先で舐めとった。
彼の熱い舌が傷口に触れるたび、私の身体は小さく跳ね、口から「あ、んっ……蓮、蓮ぇ……」という、女神の仮面を完全に剥ぎ取られた、淫らで、哀れな悲鳴が漏れ続ける。
神条先輩は青白くなった顔で、ただ呆然と私たちの暴走を見つめることしかできなかった。大人の用意した「断頭台」は、私たちの狂った同期によって、二人だけの絶対的な拘束空間へとハッキングされたのだ。
「……行こう、柚留。僕たちの、新しいセクターへ」
蓮は私を抱き上げると、誰も止めることのできない応接室を後にし、学校のすべてを置き去りにして、二人の本当の檻へと向かって歩き出した。
二人の狂った連鎖は、もう、誰にも止めることはできない。




