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幼馴染の越境アラート  作者: 空木 遼
境界線上のデッドロック
10/27

灼熱のフェーズと、祭囃子のデッドライン


期末考査が終了した翠鳳高校は、一気に「夏祭り」の浮き足立った熱気へとシフトしていく。


地元の神社で開催される大規模な夏祭りは、校内のカップルたちにとっても、そしてまだ距離を縮められずにいる有象無象ノイズにとっても、最大のイベントだった。校内の至る所で「誰と行く?」「椎名さんはどうするんだろ」という騒がしいパケット(噂話)が飛び交っている。


けれど、私の皮膚のシステムは、連日の「調律」によって、もう外の人間を受け付けないほどに過熱していた。

長袖の制服の下、心臟の真上に刻まれたれんの噛み痕。それは、動くたびに鋭い痛みを放ち、私が誰の所有物ドールであるかを片時も忘れさせない。


「——柚留ゆづる


放課後の下駄箱前。夕日が廊下を赤く染める中、蓮がいつものように清冷な姿で私の前に立った。

彼の右手には、まだ薄い包帯が巻かれている。神条しんじょう先輩を逆ハッキングで制圧し、自宅謹慎を力づくで撤回させたあの日から、蓮の私に対する監視のアルゴリズムは、より精緻で、より狂暴なものへとアップデートされていた。


「蓮。今日の見回りは、もう終わり?」


「ああ。これからはお前を僕の視界に入れる『専属管理』のフェーズだ。……たちばなが、今日の夏祭りで何か仕掛けてくるというログ(噂)を掴んだ」


蓮の翡翠色の瞳が、夕闇の中で濁った黒を孕んで細められる。

「橘くんが……?」


「あいつは僕が役職停止に追い込まれそうになったあの日、お前を連れ去ろうとした。……今日の祭り、全校生徒の視線が紛れるあの混雑の中で、あいつはお前に直接『触れる』つもりだ。……絶対に、僕の側から離れるな、柚留」


蓮の細い指先が、私の制服の袖口の奥で、私の手首を骨が軋むほどの力で強く、強く握りしめた。

滲み出る痛みに、私の心臓はトランス状態のように激しく脈打つ。


「うん……分かってる。私は蓮だけのドールだから。他の誰にも、触らせないよ」


私たちは、白日の下で偽りの平穏を装いながら、夜の祭囃子の裏側で待ち受ける、決定的なデッドラインへとログインしていった。


夜の八時。神社の境内は、無数の赤提燈の光と、浴衣姿の生徒たちの喧騒で埋め尽くされていた。

屋台から漂う甘いソースの匂いと、ドン、ドンと遠くで鳴り響き始めた花火の音が、夏の夜の熱気をさらに押し上げている。


私は、蓮に選んでもらった紺色の落ち着いた浴衣を身に纏い、彼の少し後ろを歩いていた。

蓮もまた、普段の制服とは違う黒い浴衣姿。その凛とした立ち姿は、お祭りの雑踏の中でも異常なほどに目を引き、他校の女子生徒たちからも無数の視線ノイズを浴びていた。


「——柚留、こっちだ。人が多すぎる」


蓮は私の手を引き、人混みを避けるようにして、本殿の裏手へと続く薄暗い木々の小道へと足を進めた。

提灯の光が届かないその場所は、急に静まり返り、虫の鳴き声だけが不気味に響いている。


「……一之瀬いちのせ。やっぱりここに逃げ込んだか」


不意に、暗闇の奥から何人かの足音が響いた。

現れたのは、浴衣の胸元をだらしなくはだけさせた、サッカー部の橘 蒼汰だった。彼の後ろには、体格のいい部員たちが三人、蓮の退路を断つようにして立ちはだかっている。


「橘……。校外での風紀違反、および一般生徒への進路妨害か」

蓮の声から、一瞬にしてすべての温度が消えた。彼は私を自分の背後に完璧に隠し、翡翠色の瞳を完全な「キル・スイッチ」へと切り替えた。


「風紀なんて知るかよ! お前、神条先輩を脅してあの処分を揉み消したんだろ? 汚ねえんだよ、やり方が!」

橘が激昂し、一歩前に出る。「椎名さんはお前のペットじゃねえ。……おい、お前ら! あいつを動けなくしろ!」


橘の合図とともに、三人の体育部員が同時に蓮に向かって飛びかかった。

「蓮……っ!!」


「柚留、動くな!!」


蓮は私の叫びを遮ると、浴衣の裾を翻し、一歩で先頭の部員の懐へと踏み込んだ。

弓道で鍛え上げられた彼の身体操作ロジックには、一ミリの無駄もない。蓮は血の滲む右手をそのまま部員の顎へと叩きつけ、凄まじい衝撃音とともに一人を地面へと崩れ落ちさせた。


しかし、残る二人が背後から蓮の長い両腕を強引に掴み、木々の幹へと激しく押し付けた。

「ドン!」という鈍い音が響き、蓮の右手の包帯から、再び赤い血がじわりと滲み出す。


「捕まえたぞ! 橘、早くしろ!」

「よくやった!」


橘が狂暴な笑みを浮かべ、蓮の背後から飛び出して、私の手首を強引に掴み取った。

「椎名さん、行くぞ! あんな狂った奴から、俺が——」


「——放せ、橘。その汚い手を、僕の柚留から、今すぐ放せぇーーーっ!!」


蓮の、理性を完全に焼き切った絶叫が、暗い森の中に響き渡った。

彼の翡翠色の瞳は、完全に光を失った「漆黒」へと染まり、全身から狂暴なアドレナリンが陽炎のように立ち上る。蓮は自分の両腕を掴んでいた二人の部員の顔面を、自分の頭突きで強引に破壊し、その拘束を力づくで引き千切った。


「がはっ……っ!?」

部員たちが鼻血を流して地面に倒れ込む中、蓮は床を血で汚しながら、真っ直ぐに橘へと突進した。


「一之……っ、がはっ!!」


橘が防衛体制をとる暇もなく、蓮の拳が彼の顔面の正中へと正確に突き刺さった。

メキッという不穏な骨折音が響き、橘の身体は数メートル吹き飛んで、境内の古い灯籠へと激しく激突した。


「ひ、ひぃっ……!」

生き残った部員たちが、血塗れで立ち上がる蓮の姿を見て、恐怖のあまり橘を回収して逃げるように去っていった。


静寂が戻った森の中。

蓮は激しい排熱のような呼吸を繰り返しながら、ゆっくりとこちらを振り返った。彼の顔には橘の血が飛び散り、その翡翠色の瞳は、完全に狂気と嫉奮のオーバーフローを起こしていた。


「……柚留。あいつに、触られたな」


蓮の沙啞しゃがれた声が、暗闇の中に響く。

彼は一歩ごとに、自分の右手から滴る血で地面を汚しながら、私との距離をゼロにした。


「蓮、手が……血が凄いよ……っ」


「うるさい! あいつがお前の手首を掴んだ……! あの男の体温が、お前の皮膚に書き込まれたんだ……っ! 汚い、汚すぎる……! 全て僕の熱で、僕の血で、消去デリートしなければいけないのに……っ!!」


蓮は私の言葉を聞く前に、私の身体を本殿の裏手にある、誰も立ち入らない古い「神輿庫みこしこ」の重い木製の扉へと激しく押し付けた。

「ドン!」と壁が鳴り、内側から彼が鍵を掛ける金属音が金属音が響く。


完全な暗闇。窓から差し込むのは、遠くで上がる打ち上げ花火の、一瞬の青や赤の閃光だけだった。逃げ場のない、40°C近くまで達している過熱した密室。


「蓮、待って……ここは神社の……っ」


「関係ない! お前は僕のドールだ……僕の、僕だけの最高傑作だ……!!」


蓮が激昂し、私の着ていた紺色の浴衣の帯を、強引に引き千切るようにして解いた。

サラサラと布地が床に崩れ落ち、花火の閃光の中に、私の白い肌と、これまでに彼が深夜に刻みつけてきた全ての赤紫色の傷痕が、生々しく全て曝け出された。


「蓮、あ、っ……!!」


蓮は私の叫びを自分の唇で強引に塞いだ。

「ん、んん……っ! む……っ」


深く、激しく、互いの舌が絡み合い、呼吸の主導権を完全に奪われる。彼の口内からは、橘との乱闘で切った血の味がした。掴まれた両手首からは、彼の右手から溢れ出た赤い血が私の肌へと移り、ドロドロとした熱い液体が腕を伝って床へと染み込んでいく。


蓮は唇を離すと、激しい息を吐きながら、私の胸元、昨日よりもさらに深い、心臓の真上の一番柔らかい皮膚へと、飢えた獣のようにその鋭い犬歯を深く、深く突き立てた。


「あ、ああっ……! 嗚呼……っ!!」


神輿庫の古い木壁に頭を打ち付けるほどの、強烈な激痛。

けれど、その痛みの向こう側から、頭が真っ白になるほどの甘い、ドロドロとした快感が溢れ出し、私の理性を完全に破壊していく。蓮の引き締まった身体が、私の身体を完全に固定し、彼の手が私の浴衣を完全に捲り上げ、細い太ももの肉を、指の形が残るほどの力で強く、強くつねりあげた。


「痛がれ、柚留。その痛みが、お前が僕の所有物であることの証明だ。他の誰にも、お前のこの熱を見せさせない……」


蓮は噛みついたまま、私の肌にじわりと滲み出た血と汗を、愛おしそうに何度も何度も舌先で舐めとった。彼の熱い舌が傷口に触れるたび、私の身体は小さく跳ね、口から「あ、んっ……蓮、蓮ぇ……」という、女神の仮面を完全に剥ぎ取られた、淫らで、哀れな悲鳴が漏れ続ける。


外からは、まだドン、ドンと大きな花火の音や、お祭りの楽しげな雑音ノイズが聞こえている。

世界中が夏の夜を楽しんでいるというのに、この最果ての神輿庫の中だけは、世界で一番不条理で、一番濃密な、二人だけの絶対的な拘束エラーの空間だった。


蓮は何度も、何度も、私の肌に新しい痕跡マークを刻み続けた。

痛みの向こう側で、私はこの少年の狂気に完全に調律シンクロされていくのを感じていた。全校生徒が憧れる「高嶺の花」は、この暗闇の中で、一人の少年的ためだけに、甘い蜜を滴らせて完全に飼い慣らされていく。


「うん……いいよ、蓮……。私を、あんたの部屋に、ずっと……閉じ込めて……」


花火の光が消え、完全な闇が神輿庫を支配していく中で。

私たちは、誰にも言えない夜のデッドラインをやり過ごし、二度と引き返せない越境の底へと、互いのすべてをログインさせ続けていた。


二人の狂った同期シンクロは、もう、誰にも止めることはできない。

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