ディアナの美しい妃たち 2
「フェリス、マクダレーナ様にも花冠を作ってね?」
「王妃様に? ……僕が?」
僕が作っても喜ばれないのでは? とフェリスは困った貌をしていたが、母の望みに素直に頷いた。
想えば、子供の頃のフェリスのほうが、まだ感情が顔に出ていた。
十二年の月日は、美しい少年を、竜王陛下と生き写しの美貌の男に成長させ、その美しい貌は誰のどんな言葉にも揺らぐことはなくなり、氷の王弟殿下の渾名が贈られた。
「……可愛らしい、な」
マリウスにもあんな頃があった。マグダレーナの幸福がまだ揺らいでなかった頃のことだ。
「……はい」
マグダレーナの言葉に、深い吐息とともに、イリスは頷いた。
息をするのでさえ、辛いように見えた。
あまり長居をしては、身体に触るな、とマグダレーナは想った。
「して、用件は?」
「マグダレーナ様。……このようなことをお願いできる身ではございませんが、どうか……、私がいなくなりましたら、あの子のことを……、フェリスのことを、……どうか」
言いかけて、途絶える。
苦しかったのか、マグダレーナに頼めた義理ではないと想って、言い淀んだのか。
それもこれも、我が夫ステファンが身勝手で愚かだからだ。
愚かと言っては悪いかも知れぬが、イリスが息子のことを頼める相手が正妻のマグダレーナしかいないというのもあんまりな話だろう。
後ろ盾のない舞姫を愛するなら、その娘に味方する世話役の貴族くらい付けてやるべきだ。ステファンの愛だけで、宮廷で居心地よく暮らせると想っているなら、我が夫ながら、おめでたいにも程がある。
「……聞かぬぞ」
「……、……」
「妾に任せたら、息子は、きっとひどいめにあうぞ。……だから、そなたは生きねばならん。せめて、あの子供が、成人するまでは」
「……あの子が、大人に……なるまで」
夢見るように、イリスは、花冠を編む幼いフェリスの姿を、遠く見つめた。
どれほどに心細いことであろう。どれほどに大人になる息子の姿を見たいことであろう。
「そう、できたら」
「……陛下が、名医と魔導士をやっきになって探して居る。そのうち、そなたを治す腕のいい者が見つかる。それまで無茶をせず、養生せよ。生きよ。……妾は嫌だぞ、恋敵の子の世話なぞ」
「マグダレーナさま……」
恋敵と嘯きながら、もはやステファンと恋など何処かにあったろうか、というくらい他人事だ。
いうて、それは目の前の娘もそうかも知れぬ。
恐らく、いま、このか細い美しいイリスの頭の中にあるのはディアナ王のステファンではなく、たった一人で残していかねばならぬ幼い息子のことだけだろうと、マグダレーナも母として感じていた。
そして、このときは、まだフェリスに竜王陛下の面影などなかったので、マグダレーナはただ、イリスに、弱気にならずに幼い息子の為に生きよ、と言葉をかけていた。
「恋敵などと……、とんでもないことです。陛下は、ずっと、マクダレーナ様とともにあられます」
「それはどうかな」
ともにあるのは、王妃の務めとしても、ともにあらねばならんが、いかようにも、心が遠い。
「母様、できたよ、花冠……!」
薔薇の花びらの降りしきるなかを、あどけない姿の五歳のフェリスが走って来る。
女の嫉妬がどうこうではなく、のちにフェリスが成長していく姿を恐々と見守りながら、マグダレーナはふと思った。
レーヴェ様御本人は后に不実な男はお嫌いだろうが、もしかしたら、ステファンの中に潜む竜の血が、神に舞を捧げたあの美しい舞姫に、何かを望んだのだろうか? と。
より強く力を受け継ぐ者を求めたのだろうか? と。
そして、いつごろから、あの幼かった少年は、マグダレーナにとっての明確な『脅威』となったのだろうか?
「フェリス。……母様と一緒に、王妃様にご挨拶を」
フェリスからイリスと揃いでもらった花冠は、どういう魔法がかかっているのか、いつまで経っても、枯れなかった。そのころは王太后宮ではなく、王妃宮の女官たちがとても不思議がった。
枯れないので、捨てられず、小箱にいれて、保管した。
そのあと、程なくして、イリスは天に還ってしまったので、イリスと揃いで作られた花冠を、マグダレーナは捨てられなかったのだ。
花冠は捨てられなかったけれど、末期のイリスの願いには添えず、マグダレーナはたいそう意地悪な義母になった。
それが、罪悪感なのかどうかわからぬが、晴れた日のディアナの空のような碧い碧いフェリスの瞳に見つめられると、碧い眸の美しい舞姫を思い出して、マグダレーナはどうにも居心地が悪かった。
「ずっと怖かったんだよなあ、マグダレーナは、フェリスが。いや、いまも怖いか」(fromレーヴェじいちゃん)
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