ディアナの竜の恋の歌 2
「どうして泣いてるんだ、リリア? おいで、背中に乗せてやろう。あまり何でも思いつめてはいけないぞ?」
幼いころは、リリアが泣いていると、すぐにレーヴェが来てくれた。
いまから思えば、気紛れな竜神は、まだ幼い神だったリリアのことを、何くれとなく気にかけてくれていたのだ。
可愛いお花や、甘い果実をくれたし、背中に乗せて飛んでくれたし、頭を撫でて慰めてくれた。
「レーヴェ。どうしてレーヴェはいろんなところに行くの? どうしてずっとひとつのところにいないの?」
「んん? おもしろいからだよ、リリア。人の大陸を旅して、各地を見て回るのが楽しいからだ」
「レーヴェは人間が好きね。人間が苦手な神もいるけど……」
「ああ、オレは人の子は好きだぞ。見てて、おもしろいからな。でも、なんつーか、たまに人の祈りで成り立ってるのに、人間が嫌いだって神もいてあれは不思議だな。それ、自分の存在ごと否定してないか? て傍から見てると不思議だ」
「レーヴェは、人間の祈りはなくても平気なのに、人間が好きなのね」
神々にもいろいろな神がいて、リリアは人々の祈りから生まれ、人間の想いに支えられて、形を成している。
レーヴェは、太古に自然から生まれた神であり、人の祈りから生まれたわけではないから、とくに存在を維持するのに人の祈りを必要とはしない。
「そうだな。オレは愛すべき小さな隣人として人の子が好きだぞ。……リリアも、人の祈りから生まれた子だから、人間が好きか?」
「……わかんない」
小さなリリアは、レーヴェの腕に抱き上げられながら、ふるふる首を振った。
「そっか? まだそんなのわからんか?」
「人間のことはまだよくわからない。……リリアはレーヴェが好き!」
「あはは。ありがとうな。オレもちいさなリリアが大好きだぞ!」
その昔日の光景を、フェリスが見ていたら何とも言えぬ顔をしたろうし、小さなレティシアも、竜王陛下それはちょっと……あの……その……と言葉に困ったろう。
だが、豊穣と慈愛の神レーヴェとは、もともといろんなものを捨て置けぬ性質であり、長い長い生のなかで、たくさんの神も人も、拾ったり育てたり面倒をみたりしていた。
「リリアはレーヴェが好きだから、レーヴェみたいな神様になりたい」
「んー。んー? オレには似ないほうがいいかもな? リリア、女の子だしな。もうちょっと堅実な奴に似たほうがいいかもしれん……、今度、だれかよさげな女神のとこに、茶にでも連れてってやるからな。オレに似ないで、可愛く育てよー」
「……? 可愛く、育つ。でも、レーヴェに似たい……」
無理な望みだった。
あんな自由さも、あんな磊落さも、もとよりリリアにはない。
それについては、天上も地上も、どれほど探したところで、いつの時代のいかなる神も人も魔も、レーヴェに似てなどいない。
いや、似た者が、ディアナに生まれた。
『どなたかと、お間違えのようですよ。僕は、地上で生まれて地上に還る、一介のディアナの王子です。偉大な力なぞ持ったこともなく、昔、違う誰かを愛したこともありません。……この世でもべつの世でも、僕が愛しいレティシア以外を想うことはない』
レーヴェに貌が似ているというだけでなく、フェリスは竜の神の気を纏っている。
そして、全く違うように見えて、本質もひどくレーヴェに似ている。
もうすぐ、レーヴェに似たフェリスが、あの異界から来た娘レティシアに、永遠の愛を誓うのだ。
あの娘は、レーヴェの神殿で身を清め、名実ともに、フェリスの后、そして、レーヴェの娘となるのだ。
レーヴェの娘。
この世に、そんな羨ましいことがあるだろうか、いったい?
「……レーヴェ……」
リリアが沈んでいても、もうレーヴェは飛んできてくれない。
それはレーヴェの心が何処かに移ったからではなく、幼かった神リリアがあるていどの大人になったからなのだが、もはや頭を撫でて、背中に乗せてあやしてくれる竜の神が飛んできてくれないことは、リリアを途方もなく孤独な堅物の女神へと成長させてしまった。
「レーヴェはあちこちでいろんな方を甘やかしすぎなのです、もちろん僕もその一人なのですが」(from氷の王弟殿下)
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