初恋の姫君は、竜の神殿にいる 37
「フェリス様と婚約者の姫を祝って、竜王剣が鳴り響くなんて……、……マリウス陛下のご成婚のおりに、そんなことはあったろうか?」
「……いや、…それは……ないが……」
神殿一年長の九十代のゼノ老師ですら、竜王剣の声を聴いたのは初めてだと感じ入っていた。
「マリウス陛下が偽の王とリリア僧は言ったという。ならば、ディアナの真の王は何処に?」
マテオの視線が、楽しそうにレティシアと微笑むフェリスに注がれる。
まるでその背に翼があるかのごとく、軽々と上空を移動するフェリスとレティシアに。
「……フェリス様こそが……」
「やめろ、マテオ」
「フェリス様こそが、ディアナの真の王なのでは……?」
「黙れ、マテオ。陛下に不敬だ。マリウス陛下に何か不満があるのか」
「……そうじゃない、陛下に不満があるわけじゃない。……僕はただ」
マテオは頭をふる。
ディアナを守護して下さってるのはレーヴェ竜王陛下。
代々のディアナの王冠は、竜王陛下の血を受け継いだ者が引き継ぐ。
「何か……僕には、竜王剣がフェリス様を待ってたように思えて」
現国王陛下に不満がある訳ではない。
陛下とフェリス王弟殿下は、ディアナの双翼と言われ、太陽と月のようにディアナを守護している。
だが、本当は、あの竜王陛下の御姿を映したような美しい人こそが、真のディアナの王なのでは?
何をしてもまるで人ではないようなあの美貌の主こそが?
『竜王陛下の代理人』にあれほどふさわしい人は、他にいないのでは?
まことの王の頭上に王冠がないのは、運命の悪戯なのか?
竜王陛下の気紛れなのか?
それとも、リリア僧が囃し立てたように、誰かが何かの悪意を持って仕組んで……?
「……んむっ、なんだよ、ヨハンっ!」
口にパンを突っ込まれたマテオは仰天している。
「ばーか。馬鹿言ってないで、それでも食え」
パンは柔らかい白パンで、ふわふわとマテオの口のなかでとけていく。
「竜王陛下がお笑いになるぞ。妙な考えになるのは、寝不足か空腹だ。腹を満たしてから考え直せって」
「ヨハン」
「フェリス様はレティシア王女との結婚式の為に禊をしておいでだ。……いらぬ噂を立てて、マテオはフェリス様を困らせたいのか?」
「ち、ちがうっ」
つい先日も、竜王剣の噂の流布などの濡れ衣で、フェリスの謹慎騒ぎがあったばかりだ。
「そりゃあここだけの話、神殿の者なら、たいがいの者が、こっそり思うさ。フェリス様こそが、竜王陛下の……って。だが、言わぬが花よ。フェリス殿下は、兄君への侮辱をお嫌いになる。……めったなことを口にしたら、フェリス殿下から決闘を申し込まれるぞ、マテオよ」
「……わかったよ」
ヨハンがマテオの口に放り込んだ白パンは甘かった。
それは、レーヴェ神殿のパン美味しいです! とレティシアが褒めたパンだとは、レティシア姫のお世話係の栄誉は賜れなかったマテオもヨハンも知らぬところだが。
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