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猫が好き!  作者: 山岡希代美
幕間

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15/38

お・は・よ

第1部終了後、翌朝の話です。




 ほんわかした温もりに包まれて、脳がゆっくりと目を覚ます。けれどまだ、目を開きたくはなかった。目覚まし時計が鳴るまでの間、もう少しだけこの幸せな微睡まどろみの中に浸っていたい。

 目を開かなくても分かる朝日の光に背を向け、真純は温もりの中に潜り込んだ。

 顔をすり寄せた大きな温もりの壁から、心地よい静かな鼓動が聞こえてくる。

 鼓動――?

 違和感に気付き、パッチリと目を開く。布団の中、目の前に巨大な壁が横たわっていた。恐る恐る顔を上げると、至近距離でシンヤが目を細めた。

「おはよ」

 一気に眠気が吹っ飛んだ。同じ布団の中で、シンヤに抱かれて気持ちよく眠っていたらしい。

「なんで――っ?!」

 慌てて手も足も突っ張って離れようとすると、ベッドから落ちそうになったシンヤが逆にしがみついてきた。

「うわっ! そっちこそ、なんで?!」

 腕を突っ張ったまま、真純はシンヤを凝視する。どうして一緒に寝ているのか、全く記憶にない。

 再び同居する事になったシンヤの就職祝いで、ゆうべ一緒に飲んだのは覚えている。だが、いつ、お開きになったのか、そもそも、どれだけ飲んだのか覚えていない。

 当然、いつの間にベッドに入ったのかも。パジャマに着替えているのが、更に不安でしょうがない。シンヤは飲んでいた時と同じ格好だが。

 シンヤがしがみついていた手を緩めて、小さくため息をついた。

「やっぱ、記憶飛んでるんだ。かなり飲んでたもんね」

「……私、そんなに飲んだの?」

「おまえ弱いから飲むなって、僕の分まで注ぐ端から取り上げて飲んでたよ」

「う……」

 酷い酔っぱらいだ。

 今まで記憶が飛んだ事など、一度もない。シンヤが戻って来た事に浮かれて、調子に乗りすぎたらしい。

「ごめん。ここまで運んでくれたの?」

「ううん。真純さんが自分でここまで来たよ」

 途端に不愉快になり、真純はシンヤを睨む。

「じゃあ、どうして一緒に寝てるの?」

 シンヤもムッとした表情で、真純を睨み返した。

「自分が引きずり込んだんだろ?」

「え……」

 あり得ない。

 正気だったら絶対にあり得ない、自分の暴挙に呆れて真純は絶句する。

 シンヤは表情を緩めて、再びため息をついた。

「本当に全然、覚えてないんだね」

 そして記憶にない、ゆうべの経緯を教えてくれた。

 さすがに飲み過ぎだと判断したシンヤに促され、真純は自分で部屋に戻った。そして自分でパジャマに着替え、部屋を出て行こうとするシンヤを、一緒に寝てくれと布団に引きずり込んだらしい。

 あまりの醜態に、顔から火を噴きそうな気がして真純は俯いた。

「いきなり目の前で脱ぎ始めるし、焦ったよ」

「え……」

 パジャマの下はパンツ一枚だ。確かにいつも寝る時はそうだが、着ていたものは全部脱ぎ捨てたらしい。しかもシンヤの目の前で。

 真純は少し顔を上げて、上目遣いにシンヤを窺った。

「見たの?」

「見てない見てない」

 シンヤは笑いながら手を振って、軽く否定する。その笑顔がウソ臭い。

 探るようにじっと見つめていると、シンヤはヘラリと笑って白状した。

「いやぁ、真純さんって身体もちっちゃいけど、おっぱいもちっちゃいなぁーって」

「やっぱり見たんじゃない!」

「見せられたんだよ」

 平然と言い返すシンヤが小憎たらしくて、叩こうと手を振り上げると、その手首を掴まれた。

 シンヤは余裕の笑みを浮かべて、真純に問いかける。

「その元気なら大丈夫そうだね。気分悪いとか、頭痛いとかない?」

 優しい言葉にすっかり毒気を抜かれて、真純は小さく頷く。

「うん。ちょっと眠いだけ」

「そっか。ホント酒強いね」

 そう言って一層細められたシンヤの目に、邪な光が宿ったように見えた。

 ――黒シンヤ降臨?

 ドキリとして身構えようとした時には、すでに遅かった。掴まれた手首をベッドに押さえつけられ、あっという間に上向きにされた身体の上に、シンヤがのしかかってきた。

 真純を見下ろすシンヤの表情は、明らかに黒シンヤだ。

「おまえ、さっきまでかぶってた犬は?」

「朝の散歩に出かけたよ」

「すぐに連れ戻してきなさい!」

「やだ」

 空いた手で肩を押さえて押し戻そうとするが、真純の抵抗などものともせずにシンヤは距離を詰めてくる。

 目の前まで迫ったシンヤが、静かに言った。

「本当はゆうべの内にって思ってたんだけどね。真純ってガードが堅いから、お酒飲んでリラックスした時ならイケるかなって。まさか、あんなに飲むとは思ってなかったから」

 ゆうべから企んでいたとは、黒シンヤ侮り難し。という事は、拾ってくれたお礼とか言って、ワインを一本くれたのも作戦の内だったのか。

 泥酔どころか酩酊状態だったから、危険を回避できたようだ。

 ん? てことは――。

「一緒に寝ただけなの?」

「うん。ベッドに入った途端、真純眠っちゃったし。多分覚えてないんだろうなって思ったし」

 いつの間にか完全に覆い被さっていたシンヤが、真純の頭を抱きかかえるようにして目を細める。

「やっぱり初めての時は覚えてて欲しいしね」

 真純はドキリとして問い返した。

「なんで初めてだってわかったの?」

 匂いでもするんだろうか? シンヤは少し不思議そうな顔をした。

「え? だってオレ、真純とはまだキスしか……あれ?」

 シンヤが眉を寄せて首をひねる。

「しまった」と思った。いずれ分かる事とはいえ、フェアリー候補である事を、自ら暴露してしまったようだ。

 いやいや、いずれって何だ、いずれって、と自分にツッコミを入れていると、シンヤも気付いたらしく、笑顔で問いかけてきた。

「もしかして真純って、オレが初めて?」

 どう言えばいいのか、返答に困る。三十も近いというのに未だフェアリー候補とは、二十歳の若造からしてみれば、呆れるような事実ではないだろうか。

 実はキスも初めてでしたとは、とてもじゃないが言えない。しかし黙っていても、いずれはバレてしまうだろう。だから、いずれって……!

 目を逸らして悶々と考えていると、耳元で低い声が聞こえた。

「黙ってると手加減しないよ」

 咄嗟に声のした方へ顔を向ける。目の前でシンヤが、意地悪な笑みを浮かべ、首筋に手を滑らせた。

 真純は思わず首をすくめる。そんな事にはお構いなしに、パジャマの中に侵入した手は、鎖骨を撫でて肩を掴んだ。

 撫でられたのは首筋と鎖骨なのに、背中の真ん中から太股の裏側辺りまで、ゾクリと妙な感覚が走り、真純は大声で叫んだ。

「は、初めてだから!」

 シンヤは手を離し、嬉しそうな顔で真純を抱きしめた。

「やっぱりそうなんだ。反応も超かわいい」

 小馬鹿にされているような印象は否めないが、てっきり呆れられると思っていたので、この反応は意外だった。

「じゃあ、今から記念すべき初めてを体験するんだね」

「い、今から?!」

 慌てて逃れようとするが、ガッチリ抱きしめられていて身動きが取れない。

 すでに日は昇り、カーテンは引いてあるものの、部屋が妙に明るいのも落ち着かない。

 記念すべきと言うからには、もう少しシチュエーションを考えてくれても、と変に冷静に考えている間に、シンヤの顔が近付いて来た。

「だって、一晩中生殺しな目に遭って、オレもう我慢限界。ごめん。手加減無理かも」

「えぇ?!」

 ウソつき! と言う前に唇を塞がれた。

 いきなり激しく深く口づけられ、真純の身体は次第に熱を帯びていく。おまけにシンヤの温もりと重みは、なんだか心地よかった。

 酸欠と熱で意識がぼんやりとし始め、真純の身体から力が抜けていくと、肩を掴んでいたシンヤの手がパジャマのボタンにかかった。

 その時、枕元の目覚まし時計が、けたたましいアラームを鳴り響かせた。シンヤは唇を離し、ピタリと動きを止める。

 真純は荒い息を吐きながら、鳴り続けるアラームをぼんやりと聴いていた。

「あーっ、もう!」

 突然シンヤが苛々したようにわめきながら、叩くようにしてアラームを止めた。そしてそのまま身体を離し、隣にごろんと仰向けに転がる。

 重しがなくなったので、真純は身体を起こした。

 目覚まし時計が鳴っただけで、あっさりと退いたシンヤが意外で、じっと見つめる。

 シンヤはふてくされた表情で、吐き捨てるように言った。

「これからって時に、タイムアップかよ」

「タイムアップ?」

「真純のタイムスケジュールを狂わせたら、ごはん抜きなんだろ? それはイヤだし」

 相変わらず妙なところで律儀なシンヤに、真純は思わず吹き出した。

「笑わなくてもいいじゃん」

 不愉快そうに顔を背けて、シンヤは口をとがらせる。

 少ししてシンヤは、大きく息を吐き出しながら身体を起こした。

「ま、いっか。ゆうべ真純さんの本音が聞けたし」

「真純さん」に戻っている。どうやら散歩に行っていた犬が、帰ってきたらしい。

 それはさておき、ゆうべという事は、まだなにか恥ずかしい事をやらかしていたのだろうか。

「本音って何?」

 ドキドキしながら尋ねると、シンヤはイタズラっぽく笑った。

「僕がいない間、寂しかったんでしょ?」

 含みのある言い方に、何を言ったんだか全く記憶にない真純は、益々動揺する。

「別に、そんな事……」

 しどろもどろに否定すると、シンヤはからかうような笑顔で顔を覗き込んだ。

「またまたぁ、素直じゃないよね。酔った時は素直なのにさ」

 動揺は不安に変わり、真純はシンヤに詰め寄る。

「もったいぶらずに教えてよ! 私、何を言ったの?」

「僕が部屋を出て行こうとした時、どこにも行かないで、ずっと側にいてって、半泣きで縋り付いてきたんだよ」

 恥ずかしすぎる!

 あまりの恥ずかしさに、再び顔から火を噴きそうになっていると、シンヤにフワリと抱きしめられた。

「大丈夫だよ。もうどこにも行かない。ずっと側にいるから」

 シンヤの腕の温もりに、テンパっていた心が次第に静まっていく。

「……うん」

 小さく頷いて、真純はぎこちなくシンヤの背中に腕を回した。

 シンヤはクスリと笑い、ギュッと真純を抱きしめた。




(完)




Copyright (c) 2011 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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