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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第1部 絶対、猫が好き!

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13.絶対、猫が好き!



 シンヤが出て行って、一週間が過ぎた。

 真純を攫った男は、あれから二度と姿を見ていない。シンヤに手出しをするのは、懲りたのだろう。

 シンヤからも、何の音沙汰もない。ハッカーを止めたのか、未だに続けているのか定かではない。

 真純は新しいユーザIDとパスワードを発行してもらい、これまで通りに辺奈商事と家を往復していた。

 大声で泣いてスッキリしたせいか、翌日には案外吹っ切れていた。時々シンヤの事を思い出す事はあるが、瑞希を恨んだりする気持ちは湧いてこなかった。

 ただ、たった三日しかいなかったのに、シンヤがいないというだけで、家の中がやけに広く冷たく感じる。いっそ本物の犬を飼おうか、と考えた。

 いつものカフェで犬を飼ってもいいかと切り出すと、瑞希は眉をひそめた。

「また得体の知れない男を拾ったの?」

「違うよ。本物の犬。庭じゃなくて家の中で飼いたいから、大家さんにお伺いを立ててるんだけど」

 瑞希は安心したように笑った。

「いいわよ。どんな犬を飼うの?」

「まだ決めてないけど、大きい犬がいいな」

「小さいのにしときなさいよ。あんたが小さいから散歩の時に引きずられるわよ」

「それは躾ければ大丈夫なんじゃないの? 盲導犬って結構大きいけど、引きずらないよね」

「犬を飼った事ないあんたに、ちゃんと躾けられるかは疑問だけどね」

「うーん」

 確かにそれは不安でもある。うまく躾けられなくて、大きい犬が言う事を聞かなかったら、手に負えないような気がする。

 真純が考え込んでいると、瑞希は小さくため息をついた。

「あんたの好きなようにしていいわ。寂しいんでしょ? シンヤくんって大型犬だものね」

「なんでシンヤが大きい事知ってるの?」

 シンヤの容姿については、瑞希に話した覚えがない。

 途端に瑞希は焦った様子で、しどろもどろに言い訳を始めた。

「あ、ほら、あの事件の時、彼の事色々と調べたから」

 調べたのはハッカーの”シンヤ”の事だったはずだ。

 真純が探るように見つめると、瑞希はそそくさと席を立った。

「じゃあ私、忙しいから、もう行くわね。犬の事は雑誌でも見て検討してからの方がいいわよ」

 引きつったような笑みを浮かべて、瑞希はカフェを出て行った。

 カフェを出た後真純は、瑞希の助言に従って本屋に立ち寄り、犬の飼い方などが書かれた雑誌を買って家に帰った。

 もう少しで家にたどり着くという時、真純はドキリとして立ち止まった。

 家の門の前に、大きな人影がうずくまっている。見覚えのあるその姿に、真純の鼓動は一気に高鳴る。

 夢中で駆け寄り、頭の上から声をかけた。

「何してんの?」

 うずくまっていた大型犬は、真純を見上げて、人懐こい笑顔を見せた。

「どうしても忘れられないから、もう一度拾ってもらおうと思って」

 真純は黙って見つめ返した。

 懐かしい笑顔に、熱いものがこみ上げてくる。けれど素直に喜べずにいた。

 やっと吹っ切れたと思ったのに。もう一度拾う事など、出来るわけないのに。どうしてまたやって来たのだろう。そう思うと、腹立たしさもこみ上げてくる。

 シンヤは立ち上がり、営業口調で話し始めた。

「わたくし、怪しい野良犬ではございません。こういう者です」

 そう言って、俯く真純の目の前に、一枚の名刺を差し出した。名刺に視線を移し、真純は目を見開く。

 見慣れた会社名とロゴマーク。見慣れた部署名。



  株式会社 辺奈商事

  情報システム部 システム開発課

  舞坂 進弥



 名刺を受け取った真純は、思わず声を上げた。

「シンヤって本名もシンヤなの?」

「えぇ?! 食いつくとこは、そこなの?」

 不満げな声に顔を上げると、目が合ったシンヤはニッコリ笑った。

「僕、真純さんの同僚になったんだよ。よろしくね、先輩」

 今日は犬かぶりのシンヤのようだ。

「よく入れたね」

「うん。正面から人事を通したら、十中八九書類で落とされるだろうから、ちょっと裏技使っちゃった」

 シンヤは真純から聞いていた、瑞希の所属部署と役職を頼りに、辺奈商事に電話して、直接中途採用の交渉をしたという。

 書類上では実務経験一年未満の新人プログラマだが、シンヤの正体を知っている瑞希は、その技術力も知っている。そこに賭けてみたのだ。

「敵に回すより取り込んだ方が得だ、とか言って脅したりしてないよね?」

「そんな事はしてないけど、むこうにそういう思惑はあったかもしれないね」

 そしてシンヤは、瑞希の口調を真似て言う。

「ネットワーク管理者とかやってみなぁーい? ハルコとタッグを組んだら最強になるわよぉ、って言ってたから」

 最凶の間違いじゃないだろうか。両者ともハッキングの前科者だ。

 瑞希が挙動不審だった理由が分かった。面接でシンヤに会っていたからだ。

「あれ? 真純さん、犬を飼い始めたの?」

 真純が小脇に抱えた雑誌を見て、シンヤが尋ねた。

「ううん。飼おうかなと思って下調べ」

 途端にシンヤは、不愉快そうに眉を寄せる。

「犬なら僕で間に合ってるでしょ。飼うなら猫にしようよ」

「なんで? おまえ、犬嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、僕は絶対、猫が好き。昔実家で飼ってたんだけど、いつもは素っ気ないのに、たまに甘えてひざに乗ってきたりするのがいいんだよね。散歩に連れて行かなくてもいいし」

「おまえ早起きできないから、散歩に行きたくないだけでしょ」

 真純の指摘に、シンヤは絶句する。だが、ふと気付いたようにつぶやいた。

「あ、でも、猫は真純さんで間に合ってるか……」

 そしてニッコリ笑うと、勝手に結論を下した。

「じゃあ、何も飼わなくていいよ」

 その、さりげない強引さに少しムッとして、真純はシンヤを睨む。

「なんでおまえが決めるの。私、まだおまえを拾ってないんだけど」

「え……拾ってくれないの?」

 捨てられた子犬のように、縋るような目で見つめられ、真純はあっさり陥落する。

「別に……拾ってもいいけど……」

 シンヤは満面の笑顔で、軽く拳を握った。

「やったっ!」

 シンヤは笑顔のままジーンズのポケットに手を突っ込み、何かを探り始めた。

 そして――。

「今度はちゃんと用意してきたから、いつでもOKだよ」

 そう言って、探り出した避妊具を、水戸黄門の印籠よろしく、真純の目の前に突き出した。

 フェアリー候補の真純は、それの実物を目にするのは初めてだった。

 物珍しさが先立って、まじまじと見つめていると、頭の上から低い声が降ってきた。

「なんなら、今からでもいいけど?」

 ハッとして見上げると、黒シンヤが口元にうっすらと笑みを浮かべて、見下ろしていた。

 真純は無言で、門を開け中に入る。そして、ついて来ようとしたシンヤの目の前で、門を閉じた。

「ちょっ……! なんで?」

 シンヤは門扉の上を両手で掴み、身を乗り出すようにして抗議する。

 シンヤを睨んで、真純は冷たく言い放った。

「やっぱりおまえが一番危険だ。家に入れるわけにはいかない。警戒しろって言ったのおまえだし」

「冗談だってば」

 冗談にしては、用意周到すぎる。

 再び犬かぶりに戻ったシンヤが、情けない声を出した。

「僕、来週までに住所を固定しろって言われてるんだよ」

「何? おまえ、ここに定住するつもりなの?」

「ダメ?」

 門扉の上に両手をかけて、身を乗り出したシンヤが、小首を傾げる。その姿があまりにも犬っぽくて、真純は思わず吹き出した。

 この大型犬を飼う事は、瑞希もあらかじめ承知していただろう。

 真純は笑いながら門を開き、シンヤを招き入れた。

「おかえり」

「ただいま!」

 シンヤは嬉しそうに笑いながら、元気よく返事をして門をくぐった。




(第1部 完)




Copyright (c) 2010 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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