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9.当然、世界は王道(テンプレ)です。

説明書的な回です。大した進展もないのに、何故ここまで文字数を食っちゃうんのでしょうねー。

事実は小説より奇なり。


いやいやいや。寧ろなんだか小説より遥か王道をいく事実が罷り通っているみたいなんですけど。

やっぱり人間の想像力って偉大だな、と僕は改めて感心してしまいます。


「……つまり、この世界の魔物の親玉《魔王》は不死身で、通常の攻撃は剣も魔法も通じないと。で、唯一女神から授かった伝説の武器……《神使(しんし)》でしたっけ?それであれば、その魔王を滅ぼすことができる。しかし、何故かその神使はこの世界の人間には使うことが出来ない……よって異世界から《勇者》を召喚し聖なる武器を与え魔王を倒させる、と……なにそれ、いつ発売されたドラクエですか」


一頻りこの世界の事情について話し終えた千早さんに、水の入ったグラスを勧め労りながらも、僕は呆れを隠しきれません。


千早さんはまるで自分の生まれ故郷のように淀みなく、この世界イーサについて説明してくれました。


余計なことを言って墓穴を掘りたくない先輩は、興味深く聞くふりをしながらも終始無言で、発想が魔物であるが故に話を脱線させる自信のある僕もほぼ大人しく相槌に徹しました。


もう既に聖域で説明されたという先生と、何の関係もないイチローは夢の中で、花子さんはといえば、緊張感の欠片もなく話の途中で鼾をかく失礼極まりないおっさんに悪夢の呪いをかけています。


というわけで、千早さんによるこの世界についての解説は実にスムーズに行われました。


それによれば、イーサはほぼ地球と変わらない広さと、同じくらい長い歴史をもつ星だということです。

とはいえ現代地球のような、世界を宇宙に浮かぶ「惑星」という単位で括るって概念ではないみたいですけどね。


この世界特有の、毛羽毛羽しく誰にでも腰を振りかねない尻軽な雰囲気の魔力の質が作用してか、神と呼ばれる存在の干渉領域が未だに絶大なことも、現代地球との大きな相違点でしょう。


お陰で未だ前人未踏かつ探知不能な未開の地も存在するらしく、《世界の果て》なんていう御伽な発想が滞りなく地図上に記載されております。


てっきり一番最初に解説してくれるだろうと思っていた太陽が二つある(しかも一つは役をしてない)謎のことは何故か話題にも上がらなかったので不明なままですが、季節の巡り順や、一日、一年、などの時間の感覚は地球とあまり変わらないことは千早さんの話で判明しました。


話の途中でよほどあの赤黒い太陽のことを質問しようかと逡巡しましたが、うん。どうやら宇宙のことなど気を回す暇もないような世界らしいので、後ほどゆっくりこっそり自分で調べることにします。


実を言うと、心なしかさっきから頭の縁で、この件に関しては軽挙妄動な発言は命取りですよ的な警鐘が鳴り響いているような……気のせいですよね。僕の頭の上で寝ているイチローの寝言ですよね。


……とりあえずハッキリするまで、二個目は幻覚、ということで手を打ちましょう。


うん、幻なんて、見せることはしても、見ることは絶対に無かったので新鮮ですね。

実は僕にだけ見えている……なんていうバットエンド系ルートのフラグ立っちゃうよりマシですよ。


さて、しかし太陽が幾つ在ろうとなかろうと、つまるところ、一言で言えばこのイーサという名の世界、期待を微塵も裏切らないファンタジーの舞台ということで間違いは御座いません。


人間でも当たり前のように魔法を使えたり、ホモサピエンス以外の知的生命体(つまりエルフやらドワーフやら竜人やら翼人やら猫耳やら)も国家、部族単位で存在していたり、魔物も地球での哺乳類なみに幅を利かせてたり、寧ろ魔族として人間以上に繁栄していたり、空の上や地の底や、挙げ句に海底までにも国があったり……。さらっと千早さんが話しただけでRPGな単語がでるわでるわ。


そして、そんなひっちゃかめっちゃかな生態系とバラエティーに富んだ数多の文化を有する世界が、平和か否か、なんて聞くまでもないことでしょう。


表向きに知的生命体は世界で唯一人間のみってことになっているあの単純明快な地球ですら、実際あぁだったんですから。


しかもこの世界には、魔法という、ある意味核兵器より厄介な技術が公然と存在しているのですよ?


既にもう二、三回はリセット的な滅亡の危機を経験しているらしく、また魔法の便利さが人の向上心を削いでしまうのも手伝ってか、年号的には地球と同じくミレニアムを迎えている国家も多い癖に、イーサでの文明の進歩はだいぶ停滞している模様です。

洋式ウォシュレットは異世界人を迎えるこの《聖域メイアディーチ》のみの特権だそうですし。


地球と同じく、国や地域、種族によって多少の違いはあるようですが、基本は中世ヨーロッパ風ファンタジーな異世界、で説明は充分っしょ?ってな暮らしぶりだということです。


何より千早さんが語ってくれた軽く百番くらい煎じてあるようなお茶番ファンタジーの極めつけとして、幾度も世界を滅亡の危機に晒した起因とされる《魔王》という存在。

更には、唯一魔王に対抗しうる伝説の武器《神使》と、それと「契約」を交わすことが出来るという異世界から呼ばれた戦士《勇者》。


「……ここまでテンプレだと寧ろ清々しいわね」


要点を纏めておさらいしてみた僕の言葉を詰まらなそうに聞いていた花子さんが、先生に纏わり付きながら皮肉げに微笑みます。

あらあら。おっさんが苦しげに呻いております。いいんですかね、伝説の陰陽師があんなホラー映画の被害者役みたいな有り様で。


因みにイチローは僕の頭で器用に丸まってリラックスモード全開です。ときどき寝惚けて髪を引っ張ってふにふにやっています。地味に痛いんですけど。


「ま、確かに気持ち悪いくらいご都合主義なお約束設定なんですけどね。……見事にそれを台無しにする人選っていうね」


……逢坂先輩は不慮の事故と言えなくもないですが、それ以前に5人中2人は端から生きた人間ですら無かったわけで。


「うーん、その前に、今まで勇者はいつも一人だけだったんだけど……」


千早さんも困り顔で首を傾げます。


エミューウールさんによれば、今回は何故か魔王を倒す為の《神使》が一気に五つも女神様から神殿へ下賜されてしまったそうです。それで、一気に勇者を五人纏めて召喚という荒業に挑戦してみたら、うっかり狂暴な魔物の生息地のど真ん中に僕達を落っことしてしまったと。


いろいろと突っ込み処満載ですが、まぁ、今はそういうことにしておいても構わないでしょう。


千早さんを責めても栓のないことですし。取り合えずは大人しく、へぇ〜そうだったんですかと頷きましたよ、僕は。


そう、うっかり、ですからね。


まぁ、僕もうっかりの常習者ではありますし。気持ちは解りますよ?よくあること、ですよね。


たとえ、時空間なんて高次元な概念を弄くって、あの閉じた魔力の地球っていう密室から、魂を5個も引き抜くことが出来る禁忌の魔術のエキスパートであったとしても、そりゃあ、最後にわざわざうっかり転位先を間違えちゃうことだってあるんでしょう。


地球で僕らを捉えた陣と全く同じに感じるこの波動の、こんなにも安定した聖なる魔力に満ち溢れた、あの召喚陣としっかり共鳴していたとしか思えないこの《聖域》という場所。

この時軸と地脈から何故か大きく逸れた、地図上では真反対に位置している最西の地の、見事狙ったように魔獣の群の真ん中に落としてしまったんだとしても、「ついうっかり」なら仕方がないのかもしれません。


しかし、この僕ですら、もうとっくの昔に死んだこの身でさえなかったら、軽く三回はあの場所で殺された自信がありますけどね。


召喚場所の不備は直接関係ない!と言われればそれまですけど、実際に一人は死んでいますからね。面倒な存在として復活させてあげましたけど。


ちょっと前まで、凍り付いた僕の血が入っていた杯(ちゃんと浄化しましたよ、先生が)で水を飲んでいる千早さんを、複雑な気分で僕は眺めています。


僕の視線には、気付いてない素振りで千早さんは顔を上げず、それでも居心地の悪さの滲む戸惑いの視線を水面に向けています。


程無くして、千早さんはあまり水嵩が減ってない杯をサイドテーブルへことりと置きました。

彼女の瞳が僕へ向くのを待って、僕は穏やかな調子を意識しながら口を開きます。


「にしても、千早さん……もう100回もこの世界に喚ばれて、勇者をやっちゃってるって、やっぱり本当なんですか」


冒険の手引き&異世界マナーハンドブックをぱらぱら捲りながら確かめるように尋ねた僕に、千早さんが頷きます。


「うん。魔王が復活する度に。どうしてか、わたしの前にばかり召喚陣が現れるようになったの」


うん?復活?


いや、先輩、復活はあれが始めての体験ですよね?流石に既に100回も生き返っていたなんてことは有り得ないでしょ。


思わず先輩に向けてしまった声なき疑問符は、見事に険しい顔に弾き返され、僕は慌てて顔を背けました。


「……だが、幾らなんでも100回は多い。断れなかったのか?」


僕にも想像不能な程に恐ろしく複雑であろう心中の先輩が、努めて無表情を装いながら、大人しく黙っていればいいのに、辛抱出来ずに発言します。


言葉を選びすぎて混乱してしまったのか、若干疑問の焦点がずれちゃっています。何回とか数の問題じゃないでしょうに。


「だって……わたしの前に100人も、伝説の武器に適合できなくて、魔王を倒せなくって死んじゃったんだよ?」


いつもよりきつい口調に聞こえてしまう兄の詰問に、千早さんが泣きそうな顔で答えました。


なるほどね。地球人なら誰でも無条件で勇者になれる訳ではない、と。


というか、千早さんが最初に勇者になった時が101代目で、その前に100人死んでるって今の言葉が助長でもなんでもないのならば、千早さんが始めて《魔王を倒した》この世界で最初の勇者、ということになりませんか。


まったく、こんなに忌々しく聖なる空気の満ち溢れた神殿都市の癖に、どうやらここは禄でもない糞共の吹き溜まりのようですね。


えぇ、別に、地球の人間がこの異世界で何百人死のうがそれ自体は実にどうでもいいことですがね。


所詮、ここの住人達は、たとえ己が保身の為に巻き込んだ者であろうとも、役に立たないのであれば躊躇なく見殺しにする、ということでしょ?


そして千早さんのことだって、例に漏れず、魔王を殺せぬならば死ね、と、今まで100回、無責任に死地へと送り出した、ということでしょう?


この際、一万回くらい滅んだほうがいいんじゃないですか、そんな世界は。


「それに、エミューウールさんも業とわたしを毎回召喚してた訳じゃないの。彼女には召喚する人間を選ぶことは出来ないから。どっちにしても一度喚ばれちゃったら、魔王がいる限り魔力の影響が強すぎて帰還の儀式は出来なくて。魔王を倒すまでは帰れなかったんだ」


どこまでがエミューウールさんの本音で、どこまでが千早さんを良いように利用する方便かは、もはや考える気にもなれませんが、なんとなく腸が煮えくり返るのは、今更餓えのせいだけじゃないでしょう。


いつにも増して魔王な思考の僕と、たぶんそれ以上に危険なことを考えている筈の元魔王さんは、赤みがかった瞳を剣呑に細めています。


「……何故、俺に、黙っていた」


思わず千早さんが後退るほどの迫力ある低い声音。秀麗な顔を無自覚な魔王オーラ全開で歪ませた先輩に、僕はハラハラと様子を伺いながら、背中に冷や汗が伝うのを感じます。


「せ、先輩?」


これは場合によっては、僕の言霊で制御してあげたほうがいいかもしれません。今にも怒りに我を忘れてしまいそうな先輩を注意深く見守ります。

お陰様で有り難いことに、僕自身の頭は一気に冷えましたけど。


「千早……」


それでも逢坂先輩はどうにか自力で己を制御してくれました。触れるもの全てを闇の淵に突き落とすような怒りを、辛うじて無言の中に飲み込みます。


先輩は珍しく最愛の妹を省略なしの名前で呼んで、震える指でその存在を確かめるように彼女の髪を梳きました。


「……お兄ちゃん?」


「……無事で、良かった」


前世の自分を殺した後も尚、千早さんが異世界で殺し合いを続けてたなんて、まさかの魔王の魂を持つ先輩でさえも、思いもよらなかったことなんでしょうね。


「……黙っててごめんさい。……心配、かけたくなかったの」


怒りと後悔が混じる先輩の視線を、千早さんはおずおずと潤んだ瞳で受け止め、弁解を言い募ります。


「で、でもね、最初に倒した後は、復活してもそんなに強くなかったし、戦うたびに聖剣もどんどん強くなっていったから、お兄ちゃんが心配するほど危なくなかったんだよ?いつもどんなに遅くても一週間、地球の時間じゃ数分くらいで帰ってこられたんだから」


千早さんは、先輩の怒りの矛先を己が犯した危険に、後悔を家族としての心配に履き違えてしまったようです。

言い訳のように彼女が語った二周目以降からの勇者の実状は、皮肉にも僕と先輩が予測した通りのものでしたけど。


先輩は漸く少しずついつものシスコン兄の顔を取り戻しながら、驚くべき自制心で頷きます。


ちょっと思わず尊敬してしまうじゃないですか。ある程度、先輩の記憶は把握しているからこそ言えますが、例えば同じ立場に立ってしまったら、僕には絶対に不可能ですよ。


「あぁ。だが頼むから、ちぃ、二度と俺に隠し事はしないでくれないか?」


「……うん。お兄ちゃん、本当に、ごめんなさい」


しゅんと萎れて項垂れる千早さんへ、先輩は漸くいつもの病的に優しい視線を注ぎました。


賢くも幽霊らしい存在感を貫いていた花子さんから、けっ、と彼女らしからぬ舌打ちが漏れて、僕も漸く「嫉妬」という健全な感情を思い出します。


「でも、怖〜いお兄ちゃんに言いづらいことなら、まず僕に打ち明けてくれればいいからね?」


ここぞとばかりに、甘ーい調子で囁く僕に、千早さんはありがとう鈴木くんなんて言って、可憐にはにかみます。


「……一人で辛かったでしょう千早。もう、あなたが全てを抱え込むことはないわ」


千早さんの可愛らしさにノックアウトされている間に、花子さんに言いたかった言葉を取られてしまいました。えー、こういう華のある台詞は普通、ヒローがヒロインに囁くやつでしょ。僕に譲ってくださいよ。


無言の抗議をする僕の鋭い一瞥に、花子さんは白々しく不気味な微笑みで応戦します。


「ありがとう……花ちゃん。すごく心強いよ」


結局、千早さんの感謝の眼差しを全部花子さんに持っていかれてしまった僕は、仕方がないからごほんと咳払い。どうにもスマートとは言い難い方法で妥協して、千早さんの視線を奪いました。


何はさておき、ひとつだけ、はっきりさせて置きましょう。


「それで?千早さんは今回もその《勇者》をしてあげるつもりなんだね?」


先生に椅子をとられたので、行儀悪く石のテーブルに座っている僕は、ベッドに腰掛ける兄妹を見下ろしている格好です。

昼ドラな噂すら流れた実績を誇る似ていない兄妹は、揃って僕を見上げました。


兄の方は直ぐに、忌々しげに視線を反らしましたが。


「うん。この世界に来たからには、わたしはそのつもりだよ」


千早さんは思いの他、真っ直ぐな面持ちで迷いなく頷きました。


「勿論、教国の裏側の事情とか、勇者っていう存在の理不尽さとか、そういうこともちゃんと考えなきゃいけないことは分かってる。とくに今回は……わたしだけの問題じゃない。許せないってこともあると思う。でも、だからって、目の前で罪のない人が犠牲になっていくのを見ない振りは出来ないし…………自分が納得いくまでは勇者として戦うよ」


やはり、千早さんも無知で都合のいいだけの操り人形ではないのでしょう。

単なる盲目的な正義や愚鈍なる優しさだけで、今まで茶番に付き合ってきた訳ではないのですね。


僕の知らない大人の顔をする恋人の、悔しくも僕の知らないところでとっくの昔に決着を着けたであろう確かな決意。


それを今更覆す力など僕には無く、かといってその必要性も感じませんでした。


「そっか」


ならば、僕のやることなど一つ。


「じゃ、僕も一緒にがんばろっかな」


えぇ、至極簡単なことです。千早さんを、彼女の選択を否定しない。それだけでいいんですよ。


「……いいの?貴方、どちらかと言えば、魔王サイドなんじゃない?」


「はぁ?まさか。僕はいつでも千早さん側です」


くすくすと笑いを漏らしながら、分かりきったことを聞いてきた確信犯は、僕の言葉に顔を赤らめる千早さんを満足げに眺めています。


「……ふふ、じゃあ仕方がないから、あたしも付き合うわ。勇者……ね。とっても下らなくて面白そう……ほんと、人生何があるかわからないわね……もう死んでるけど」


お決まりの自虐的ネタを披露して、花子さんはにたりと笑いました。どうしても悪霊っぽさに背筋を駆け抜けてしまう鳥肌には、もういい加減に僕も慣れなきゃいけません。


「花ちゃん……」


「……言ったでしょ?千早にだけ背負わせたりしないわ。吸血鬼一匹にばかり格好付けられるのも癪だし。それに、実はあたし、剣と魔法の世界ってちょっと憧れてたの……なんだか血が騒ぐわね」


「騒ぎたくても貴女には流れていませんけどね、一滴も」


悪戯っぽくウィンクをする女性に、ここまで深刻な寒気を感じたことに戦慄すら覚えながら、僕は冷静に事実を指摘しました。


そして、ふと、嫌な予感に思い当たります。


「でも聖なる武器、なんですよねぇ。それ、果たして僕に使えるんですかね……」


「……跡形もなく浄化されるんじゃないかしら。お気の毒様」


ぞっとする微笑みを湛え、お返しとばかりに花子さんが勝ち誇ったように言います。


「うん、それ、どう考えても花子さんも同じですよね」


僕は笑顔という顔の手本を示しながら、花子さんを優しく諭します。しかし、そんな僕らの戯れ言に向かって、青い顔をした千早さんが一生懸命に首を横に振りました。


「だ、駄目だよ!消えちゃうなんて……そんなに危ない目に二人が遭うなら、わたし……」


しまった、と僕らは慌てて今までの軽薄な失言を撤回します。


「はは、冗談だよ、千早さん。そんな柔な存在だったら、こんな無礼な幽霊はとっくの昔に僕に消されてますからねー」


「……そ、そうよ。千早、この吸血鬼、あの晴明の術でも消えなかったんだから。往生際の悪さはゴキブリ並みよ。聖なる武器なんて目じゃないわ」


なんだか不思議なフォローをしあう僕と花子さん。

だけど、ゴキブリはちょっと言い過ぎだと僕は思います。


「……ちぃ、放っておけ。こんな馬鹿どもを心配するだけ無駄だ」


溜め息混じりの呆れ声の先輩に諭されてながも、千早さんは悲しげに眉を潜めています。


「冗談でも、嫌だよ……そんなの」


こらこら、まさか無自覚じゃないんでしょう?頼むから、逢坂先輩の居ないとこでは、絶対にそんな顔しちゃいけませんよ。


「……ったく、面倒臭ぇーが、このままじゃ帰れねーのは確かだしな」


いつのまに花子さんの悪夢に負けたのか、一條先生が眠たげな半眼のまま唐突に呟くから驚きました。


えぇ、僕も、魔王が存在している間は帰れない、なんていう寝惚けた理論を信じたわけじゃないですけど。


ただ事実、この世界の時空は、どうやってこれを地球と繋げたんだよと思わず僕が唸るほど、しっかりきっちりなんの因果もなく閉じきっています。


数千年に渡り膨大な知識と魔力を持て余してきた僕と、タイムトラベルなんて馬鹿げた禁じ手に成功した実績を持つ先生に不可能だというのなら、自力帰還という手段に関しては、今は諦めるしかないでしょう。


「一條先生……」


何気に鋭い先生の視線が、品定めするように千早さんを捉えます。


「勘違いすんじゃねぇぞ。俺ぁ、花子や色ボケ吸血鬼どもみてぇに甘かねぇ。俺の信条で『納得』できなかったら、勇者なんて降りるかもしんねーがな」


色惚け呼ばわりを否定できないのは悲しいですが、僕だってね、この世界については、無視できないほどにには疑惑も憤りも苛立ちも感じていますよ。


だけど、そんなのは千早さんの価値を貶める理由にはなりませんから。僕の目的にとって、何ひとつ関係ないんですよ、所詮は。


「勝手にすればいいんじゃないですか。千早さんの敵になるんなら、命なんかないも同然ですけどねー」


「けっ、勇者になる前に浄化される確率99%の化けもんがほざいてやがれ」


僕と先生へ交互に顔を向け、何やらおろおろと小動物な動きで僕を扇情する千早さん。


逢坂先輩が妹を庇いながら、全方位に威嚇を飛ばします。


「ちっ、貴様らなど纏めて浄化されていればいい。ちぃは俺が守る!」


「いやだから、先輩もね、どちらかといえば、真っ先に浄化されますからね」


「おい、逢坂、妖怪どもと一緒にすんな。俺様ぁ浄化する側だっ」


「……自分の汚らわしさを自覚できないのは哀れよ……晴明」


また、懲りずにどうしようもなく馬鹿馬鹿しい僕らの口論を聞きながら、千早さんが一人、悲壮な顔で沈黙していました。


なんだか今にも泣いてしまいそうな千早さんにドキドキしてしまいます。


だけど千早さんのことを、もうか弱いだけの無力な餌だなんて認められません。

僕の飢えた本能でさえも、なんの考えもなしにその肌に齧り付く、そんな愚行はもう簡単には犯さないでしょう。


そう、だって僕の彼女は《勇者》なのですから。


「ううん、そんなことさせない。絶対に鈴木くんも、だれも…………。わたしが守るよ」


……ねぇ、泣いてくれたほうがましでしょ。


「……はっ、愚かな」


不意に恐ろしく響いた僕の声には、千早さんも、息を飲むだけで誰も答えてくれません。


いや、別に千早さん責めてる訳じゃなくて、自問自答が声に出てしまっただけなのですが。この誤解を解くのは困難になりそうです。


あれだけ先輩に自重を偉そうに諭しておいて、花子さんの笑顔に散々怯えておいて、本当に情けないことですが、僕は酷く狂暴な心で微笑んでいました。


一條先生を真面目にし、花子さんの色を薄くし、先輩を強制的に隷属させる微笑み。


……千早さんはどうなりますか?


その効果を確かめる前に、僕は自分自身の愚かさに目眩がして瞼を閉じてしまいます。

喉を鳴らし、込み上げる笑いに逆らうことも叶わず肩を細かく震わせました。頭の上でイチローがむずがっていますがそれ処ではありません。


今更、もはや何を臨もうと大人しく浄化されてやる気も、消えるつもりも、更々ないのですが。


「くっ…ふふっ………っ吸血鬼が思うことか?」


《死にたくない》だって?


今、確かにそう思っちゃった自分に唖然とします。


死にたくても死ねないこの身に、僕は、今までどんだけ苦しんできたか忘れたんでしょうか?


もう、久しくは消えたいという発想すら磨耗して、消滅ってなんだっけ?的な、この無為な存在と何か違いがありますか状態で永劫を享受した、我こそは不死者の王。


吸血鬼が最終的に行き着く虚……《黄昏の吸血鬼》ですよね。確か、僕って。……あれ?


……これだから、人間のふりって止められないんですよねぇ。


急に邪悪な笑いに身を捩らせる僕へ、呆気に取られてる面々に申し訳なく思いながらも、一度嫌なつぼを抉った愉悦は、なかなか治まってくれません。


だけど、タイミングよく扉に向こうに見張り二人以外の人間の気配を感じとります。

過呼吸みたいになりながら必要ない呼吸を身体に強制させ、僕は意識をどうにか外へと向けました。


「……御寛ぎのところ、誠に申し訳御座いません。勇者様方、ささやかながら、お食事の準備が調いましてございます。光糧の聖堂までご案内致します」


控えめなノックの音は、僕のひきつった笑い声に消されてしまいましたが、事務的な案内人の朗々とした声は届きました。


漸くその音が、僕に現実感を取り戻させ、愉快な発作が僅かに落ち着きます。


もちろん、こちらの様子は結界で隠して偽ってありますから、こんな邪悪な笑い声は向こうには聞こえていないのですが。


「クゥュルルルル……ポゥ」


早くも大貫禄を見せつけるイチローは、僕の魔力や気配やオーラや不気味な笑いなんかにはまるで無頓着を貫きました。寝惚けた鳴き声をあげながら、いやいや〜っと僕の髪の中にぐりぐり嘴を突っ込んでいます。だから地味に痛いんですって。


「はーい。すぐ行っきまーす。さ、行こうか、千早さん。お腹すきましたねー」


ささやかな食事じゃ到底治まりませんし、無意味ですけどねーと口の中でぼそりと皮肉り、僕は密かに部屋の結界を解除しました。扉の向こうで跪いているおかっぱ頭の神官さんに声を届かせます。


途轍もなく何かを言いたげな千早さんと、まぁ、お化けを見つけて途方にくれてるような目のその他の3名に向け、しらばっくれて再び鈴木くんの振りを始めた僕も、既に充分、勇者なのかも知れませんね。


せっかくのテンプレ設定も全て台無しにする無茶苦茶な面々を僕は改めて見渡し、何より自分自身を鑑みました。


これから始まる冒険の、その準備だけでも乗り越えなきゃならない絶体絶命の危機をいくつか予測し、溢れてくるかつてない、恐ろしいほどの充実感。


僕は千早さんに手を差し伸べながら、為す術もなくその喜びにこの身を委ねたのです。


次回は新キャラ登場予定。がんばらねば。

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