10.side:earth“ファミリーアフェア”act1
新キャラ登場!というか新キャラしか登場しない件。
一方その頃……的なお話です。最終的には繋がりますが、暫くちょこちょこ挟んで参ります。
星柳高等学校は都内有数、とまではいかないものの、確かな学力評価を保つ人気の進学校である。十年前に郊外の新興住宅地から程近い、幾つかの高校を合併し新設された。
立地の良さと、OBからの高い評判、浅い歴史ながらも一流大学への進学実績を毎年確かに重ねていることが評価され、徐々に知名度も上がり、近年は他県からの入学希望者も多い。
そして現状、在学中の生徒も口を揃え、充実した高校生活に満足している、と答えるものが大半であった。
高いレベルの学力を保ちながら、この学校は生徒の自由活動にも妥協をしない。
生徒の自主性を重んじる現代風の自由な指導方針に加え、校訓には文武両道を掲げ、部活動や委員会活動の熱心な取り組みを推進していた。
今も、校庭ではサッカー部と野球部が競い合うように声を張り上げ、校内からは吹奏楽の奏でる応援歌が途切れ途切れに響いている。
既に夏休みも始まったというのに、校内の活気は衰えた様子はない。
夏の始めの猛々しい太陽の光が、世話しなく動く若者達に負けてたまるかとでもいうかのように、地面を燃やす勢いで輝いていた。
「あづぅ……会長ぉ〜、これ暴動おきるっすよ、この部屋だけクーラーOKなん……って、あれ?」
「……ダレもイナーイ?」
部活動の自主練習に励む生徒達の喧噪と熱気から逸れた校舎の隅、そこは影の校長室とも囁かれる生徒会役員執務執行室。
その扉を開け広げ、指定制服に身を包んだ少年少女が二人、揃って首を傾げていた。
少年の名は山田陽太郎。ほんの数分前、いつものように何故か絶対に勝てないじゃんけんに負け、資料室から必要なファイルを取ってくる、という任務を請け負い遂行してきたのだ。両手で分厚いファイルと書類の束を抱えている。
そして山田の一歩後ろで首を傾げている金髪の少女は、学園のアイドル、イタリア人美少女留学生、メリッサ・ロレッツォ。勿論、留学生という立場なので生徒会の役職に就いている訳ではない。だが、何故か山田の友人、生徒会副会長に懐いており、夏休みだというのに彼女も毎日のように生徒会室に入り浸っていた。
いつも通り、扉を開けるなり突き刺さる鋭い視線か、もしくは穏やかながら意地の悪い一言か、運が悪ければ欠伸混じりの理不尽な叱咤、運が良ければ労りの言葉と優しい笑顔なんかに迎えられるものと予測していた二人は、ただ無機質に空調から送られる冷風の静かな出迎えに顔を見合わせた。
「……どこいったんだ?」
山田陽太郎は少年とはいうものの、がっちりとした体格と厳めしい顔で、制服さえなければ十代とは到底見られない高校生二年生だ。
いかにも脳味噌筋肉、運動部の主将のような姿なのだが、実際は運動なんて大の苦手、趣味は手芸と園芸、特技はお菓子作り、という繊細で悩み多き少年である。
二年前、今は親友と呼ぶべき友と出会った時、二人してちょっとした騒動に巻き込まれ、現在の会長、生徒会役員だった先輩と関わりを持ってしまったのがきっかけだった。
それからあれよあれよという間、一年と経たずに気がつけば親友と一緒に生徒会役員に就任してしまっていた。
星柳高校で生徒会役員といえば、全校生徒の憧れの存在である。
王室、などと揶揄され、特に生徒会長ともなれば基本的に、成績、人格は勿論、容姿、身体能力に至るまで全てが完璧、エリート中のエリートでしかその席は任されない。
実際、現任の会長も人格さえ除けば、前述通りのスーパーエリート人間である。女子から王子、男子からは皇帝と渾名を頂く、とにかく毎日眩しいほど神々しい男であった。
しかし、例年と違うのは、それが「会長のみ」という事態に陥っている点である。今期の生徒会は注目も憧憬も、王様、つまり会長のみに注がれていた。
会長の抜きん出たオーラで周囲の全てが霞むという特異現象を考慮しても、余りに部下が凡人すぎる。
それでも、親友が副会長に就任したこと関してはまだ、山田も納得していた。平凡だと自称してはいる親友だったが、山田に言わせれば、平凡に服を着せないで風邪を拗らせたような、ただの腹黒変人だ。それに何故かやけに人を惹き付ける不思議な魅力を持っている。
本人は無自覚なのが一番の問題だが、あのハーレム体質は尋常ではないと山田は思う。
反して、山田自身は見た目と嗜好のギャップという、確かに友人の様に平凡とは名乗れない属性を持ってはいるものの、それは取り柄ではなく、残念、と評される部類に入るギャップであると自負している。
何故自分が、名誉ある生徒会の役員に名を連ねているのか、という問題は、山田陽太郎をここ二年程悩ませていた。
実はこれも本人が無自覚な故の悩みであったのだが。山田は勿論知るよしもなかった。
「ヨータ、スーとカイチョーはどこイッタ?」
メリッサが片言の日本語で山田の顔を覗き込むようにして問う。山田は資料室からの帰りに偶々、徒会室に向かう彼女に会ったのだ。
流石に欧米人だけあって発育良好な胴体と、それにしてはちくはぐなほど細い手足。あの蒸せるような廊下を共に歩いてきたというのに、汗一つ見えないその澄ました顔。
日本語が拙いのは当たり前の筈なのに、どこか取り繕ったように感じてしまう片言の話し方と、感情のない人形みたいな翡翠色の瞳を持つこの少女のことを、美しい云々思う以前に、何故かどうにも山田は苦手だった。
「うーん、ちょうど俺と入れ違いで、逢坂さんが来たんだけど……なんかあったかな」
失礼にならないよう自然に彼女から顔を逸らして、山田は部屋に一歩踏み入れる。理由の解らない悪い予感に苛まれながら、静まり返ったもぬけの殻の部屋を見回した。
だが、人がいない以外には特に変わったところは見つからなかった。
カーテンの掛かった窓に代わり、付けっぱなしの蛍光灯が室内を照らしていた。古い応接用の二対のソファーとテーブルとホワイトボード。会議用机とパイプ椅子、一番奥に窓を背にして会長用のデスクがある。
ホワイトボードには悪戯書きにしては相変わらずクオリティーの高い友人作の山田の似顔絵が描かれたままだたった。会議用机には書類が散乱しているが、それも二時間くらい前から散乱していたから異常ではない。
唯一、封の開いてないペットボトル飲料と、会長の机に置かれた食べかけのアイスクリームのカップは山田の見覚えのない物だったが、彼が部屋を出るのと入れ違いに訪れた会長の妹、彼女が持っていたクーラーバックの中身だと容易に判明した。
「あれ?一條までいないじゃんか。どこ行ったんだ?まじで」
部屋を出るまでは確かにソファで鼾をかいて爆睡していた顧問教師すら、消えていることに気が付く。
彼の記憶を裏付けるように、黒い合成皮のクッションには大の男が寝転がっていた後がまだうっすらと残っていた。
室内に入った山田は、取り合えずは抱えていた重たいファイルをテーブルに置こうと身を屈める。
そして、床に落ちたアイスクリームのカップと棒アイスを発見した。
「……?」
なんでアイスが床に落ちているんだろう、という当たり前の疑問を追い掛けて、恐ろしい違和感に襲われる。
誰もが知ってる有名高級アイスクリームの小さなカップは、木目の床にころんと横向きに転がり、坊主少年がトレードマークの青いアイスキャンディは高いところから落とされたようで、砕けて床に散らばっていた。
「え……?」
そう、まだしっかり凍ったまま。
アイスクリームのカップは白く霜が付き、プラスチックのスプーンが刺さったまま床に一滴も垂れていない。
山田は思わず振り返って、未だ少女が佇むドアを見返した。
生徒会役員執務執行室。仰々しい名前のプレートが釣り下がるこの部屋は、学校の別棟である北校舎の三階、廊下の奥の突き当たりにある。
北校舎は将来的にIT関連の学部を増設する為に建てられた校舎であるが、学区内に同じ畑の専門学校が相次いで幾つも出来たこともあり、実現の見通しは未だ立っていない。
その為、舎内の教室はほとんどが空き教室である。本校舎から向かうには校庭をぐるりと回らなければならない、という不便さも重なって、先程山田が訪れた資料室と、この生徒会室以外は現在は使用されていない。
当然、未使用の教室は全て鍵がかかり閉ざされている。三階の上の屋上への扉も同じだ。鍵が必要なら本校舎の職員室まで取りにいかなければならない。
何故こんな僻地ともいえる場所にひっそりと生徒会室があるのかといえば、歴代役員達の余りの人気に教室や他の部室が近すぎると彼ら見たさに人が集まり、学業や部活動に支障をきたす、という理由もあったりするのだが、とにかく、北校舎の三階にはこの部屋以外に使われている教室はないのだ。
そして階段はこの部屋から真っ直ぐ進んだ反対側の突き当たりに一つ、二階にも一つだけ。資料室は一階の玄関から真正面の教室である。
山田は自身の行動を振り返る。皆がどこへ行ったかしらないが、資料室からの帰り道はメリッサ以外の誰にも会っていないのだから、彼が出発し、資料室でファイルを物色していた短い時間の間に、皆もこの部屋を出て、校舎の外へ行ったとしか考えようがない。
時計など確認していないが資料室とこの部屋を往復する間、恐らくはまだ10分も経過していないだろう。
本日只今の気温は摂氏38度。7月としては記録的猛暑である。
確かにクーラーのお陰で、教室の外と比べれば、ここは格段に涼しく感じはするが、それは飽くまで外との温度差によるものだ。実際は30度近い室温である。
アイスが溶けるには充分な時間だった。
少なくとも、小さなアイスキャンディの欠片が固形のまま残存できる時間ではない。
実際にそれらは、山田が混乱をどうにか抑え筋道を建てて考えている間にも、次々と氷から小さな水色の水滴へと姿を変えていく。
このアイスは彼が部屋の扉を開く、ほんの数秒前に床に散らばったのだ、と山田は結論付けた。
だとすれば、部屋の中にまだ少なくとも、誰か一人はいる、ということだ。
「じ、次郎だな!勘弁しろよ〜。マジでびひるじゃねーか」
こういう意味不明な悪巧みをするのは、鬼のように堅物な会長ではなく、退屈嫌いの友人である筈だ。山田は業と明るい声でその名を呼びつつ立ち上がる。
普通の教室と同じように、この部屋にも人が隠れられる場所など少ない。精々、掃除用具用のロッカーくらいだ。
山田は部屋の片隅で未だ沈黙を守ってるスチール箱へと駆け寄り、その扉に手を掛けた。
「こら、いい加減にしろっちゅーの!」
「陽太郎!逃げろ!!!」
山田が扉を勢いよく開ける音と、やけに明瞭な発声のメリッサの叫びは同時に響く。
「あっちゃー。こりゃ間に合えへんかったみたいじゃきー」
まるで中から押し開けたかの反動でロッカーは開き、その奥から聞こえてきた酷く適当ななまりの混じった日本語。それは山田自身の声では勿論なく、彼が予測していた友人、鈴木次郎のものでもなかった。
山田は先に聞こえた彼女らしからぬ緊張の警告にも、この緊張感の欠片もない、それでいて危険な響きのバリトンボイスにも答えられぬままに、開け放たれたロッカーへ、唖然と目を見開き口を開ける。
掃除用具ロッカーの中には、吸血鬼がいた。
ロッカーの中には、背の高い外国人風の男が、箒やモップに混じってみっちりと収まっている。
山田は瞬時にこの不審者を吸血鬼だと認識した。
それは男がシルバーブロンドの波打つ髪を肩口に靡かせ、派手に襟を立てた真っ黒いマントに身を包んでいるからではない。
その鋭利にさえ映る高い鼻の整った顔立ちや、彼の友人の病的な白い顔に負けず劣らず白皙の肌、深紅の口紅を引き、黄金と見違う琥珀色の瞳の目尻に紫色のシャドウと塗っているからでもない。
ましてやそのマントの中にチワワサイズの蝙蝠が潜んでいるもなかった。その存在にはまだ山田は気付いてもいない。
にも拘らず、山田の目に、男の姿は完璧な吸血鬼に見えた。
理由は簡単だった。今朝見たのだ。これと全く同じ姿を。
彼の姉と母が執心するテレビドラマの再放送で。
「……ダンキュー」
思わず山田の口から漏れる、知らぬ人が聞けば意味不明な単語は、現在大ブレーク中の昼ドラのタイトルを略したものだ。
泥沼恋愛模様がお馴染みの昼ドラ枠に、突如飛び込んだ大人向けラブファンタジーは、海外映画のパクリだ、いやその前に往年のドラマのパクリだろうと散々物議を醸し出しながらも、見事主婦達のハートを鷲掴み空前の大ヒットを記録した。
現在「旦那様は吸血鬼」は映画化も決まり、既に制作が着々と進んでいる。
そして主役である吸血鬼「シリウス」を演じたイギリス人俳優で大の日本マニアというサミュエル・ローレンスは、そのミステリアスでセクシャルな容貌と、演技から離れたところで見せるお茶目な素顔とのギャップが主婦達を中心に大いに受け、今や一躍時の人であった。バラエティー番組にも引っ張りダコでその姿をテレビで見ない日はない。
例え母と姉が熱心な「サム様」ファンでなくても、彼の顔を知らない若者も少ないだろう。
特にこの、トレードマークとすら言える吸血鬼メイクの姿は有名だ。
「お、なに自分、ダンキュー見てくれてはるン〜!どや、ワシ、実物は三割増にかっちょえーやろぉ?」
どこからどう見ても「シリウス」つまり、サミュエル・ローレンスにしか見えない男は、特殊メイクで尖った犬歯を覗かせにかりと破顔する。
メイクと鋭い眼光を丸切り無視したこの無邪気な顔には、世界で一番美しいドヤ顔、とかいうキャッチコピーが付いていた筈だ。
確かに母と姉がこの場にいたら失神したかもしれないなと、山田はぼんやりと思う。まずは取り合えず、サインを貰わねば、いや、写メが先か。ズボンのポケットに手を伸ばす。
しかし、山田陽太郎は直ぐに現実に引き戻された。
「てめぇ!何しに来やがった!!陽太郎から離れろ!ぶっ殺すぞ!!」
別人、としか言い様のない流暢以前に男前な日本語を操る金髪美少女、メリッサ・ロレッツォが山田の前に躍り出るように飛び込んできたのだ。
彼女はサミュエルを、否、サミュエルの収まった掃除用具用ロッカーごと蹴り飛ばした。
「ちょっ……まっ……ハニー!落ち着かんかいっ。緊急事態やねんっ……て、ほんと待って!やめて!……ぐえ」
少女の細い足からは想像もつかない勢いで、派手な音を立て倒れた鉄の箱に、メリッサは更に踵落としを決める。中に人間がいる筈の鉄板がばこん、と音を建てて有り得ないくらい凹んだ。
「黙れ!!!誰がハニーじゃっ!変態!!くそったれっ!!!死ね!!灰になれ!変態っ!!!」
メリッサは容赦なく、べこんべこんロッカーを踏み潰す。
金属が変形する音に混じって、箒か、モップか、別の何かが折れる音が響く。
16歳の女の子が、スチール製のロッカーを踏み潰すという行為の可能性について考える余裕もなく、慌てて山田は変貌した留学生に向かって叫んだ。
「メリッサ!!!バカッ。止めろ!殺す気か!!」
「るせぇ!!殺せるもんなら殺してらぁ!!!死にたくなきゃ坊主は黙ってやがれ!!」
激昂する少女相手に、山田は呆気に取られて呆然とするくらいしか出来ない。普通の怒れる女の子相手の態度としては、実に情けない有り様だが、この場合は仕方ないんじゃないかと、漸く冷静になって山田は思った。
メリッサは普通の女の子ではない。
しかし、僅かに取り戻したその冷静な思考すらも、直ぐに再び間に合わなくなった。
山田の背後、それも彼の長身を加味しても少々高すぎる位置から、液晶画面ごしとは言え耳慣れた低い声が響く。
「ほんま、緊急事態やねんてー。堪忍なー、姫」
こういう黒ひげ的な手品ってよくあるよなと、最後の常識を振り絞った思考を山田は試みる。
振り返ると案の上サミュエル・ローレンスは空をふわふわ浮いていて、見なかった振りをして首の向きを戻したら、メリッサ・ロレッツォの足がロッカーの鉄板を突き破ったところだった。
「メリッサ、動くな。命令だ」
「うっ……くっ……ち、くしょうっ!」
急に態度を変えたサミュエルの飾り気のない指示に、メリッサは肩をびくりと震わせ、ロッカーに空いた穴に片足を突っ込んだまま停止した。
「ちっ……っんなふざけた格好で、何が緊急事態だ。ボケじじぃ」
どうやら今の一言でメリッサは、本当に動けなくなったらしい。それでも彼女の口からは飽きず悪態が連なった。
その少女の姿をサミュエルは天井辺りに浮かび、頬杖をつく格好で眺めている。
山田はワイヤーを探すことは諦め、取り合えず大人しくしていようと、二人の会話に静かに耳を傾けた。
「やー、うんなこと言うちょっともワシ、ロケ中やっんたもん〜。格好直せんくらいの緊急やったんよー。……間に合わんかったけんなぁ」
「……何があった?」
鋭く刺さるメリッサの問いに、んー、とサミュエルは困ったように首を捻った。
「何があったンやろぉなぁー?」
ロッカーの中で、メリッサの足の下にあるモップの残骸が、みしっと軋み音をならす。
「もー、ハニー、怒ちゃやーやでぇ。ほら、そこの人間ちゃんもドン引きやんー」
天井付近で体をくねらせる男。年齢不詳をネタにしている芸能人は多いが、ここまで分からない人間も珍しい。うん、たぶん人間ではないからだろう、などと緊張感のない思案で気を紛らわしていた山田は、慌ててひたすら護身の為にぶんぶん首を横に振った。
だが、サミュエルは山田のことはまるで視界に留めずに、青ざめているメリッサを優しげに眺めている。
「あんなぁ、ワシも仕事やってたら、いきなり、あんのバカ殿の使い魔が転移してきよってからに。もうビックリやで。キスシーン台無しやん。んで、なんか助けろーゆーて連れてこられて、うん、マジでワケわかめっ!ちゅーやっちゃ」
サミュエルのふざけた口調が紡ぎ出す弁明に、メリッサが目を見開く。
「……王が?あんたに?助けを?」
信じられないことを耳にしたと、顔一杯で驚愕した少女に、空を浮く男もうんうんと頷いた。
「なー?よっぽど切迫つまってもまずないやん〜、あいつに限って。メリッサこそなんか知らへん〜?てかこの人間ちゃん、どないしよ?」
急に視線を己に向けられて、山田はびくりと震える。
手の込んだどっきりだとか、幾つか常識と現実が符合する仮説もあるにはあるのだが、既に山田にはどれも納得出来なくなっていた。
「と、殿……とか……王とか……だ、誰の話をしてるんですか?」
逃げるでも叫ぶでもなく、何故か会話に混ざるという選択をした山田を、サミュエルが興味深げに見下ろしている。
メリッサは焦った様子で吸血鬼を睨んだ。
「馬鹿か、どうもできやしねーよ。王の領分では狩りは禁止…………お、おい、なんでてめぇ浮いてんだよ!!」
メリッサは今漸くその事実に気が付いたかのように叫んだ。
宙に浮く、確かにそれは明白に不思議な行為ではあるが、え?そこを今更?と怪訝に思う山田を他所に、天井近くでふわふわしているサミュエルはくつくつと含み笑いを溢す。
「転移もやっちゃったでー。でなきゃワシ、ハニーにミンチにされてたしぃ。あんなー、メリッサやって、ワシに逢えた感激のあまり無意識に使ってるやん、肉体強化」
「なん……で……」
己の足を、怯えたように見つめるメリッサ。山田にも見てとれるくらいその体は小刻みに震えていた。
漸く空中から降りてきたサミュエルは、少女の体を暖めるように己のマントに引き寄せた。
「王の結界が消滅した…………術者の存在ごと」
世の女性達を骨抜きにする、というダンキューの設定通りの深く低い声が、エコーなど利く筈もない室内で、確かにおんおんと反響していく。
ドラマのワンシーンとしか思えないその光景を、山田は未だかつてないほど真剣に眺めていた。毎日二時間はこの吸血鬼に時間を費やす彼の家族にも、まるで遅れをとらない程に。
王、といって連想するのは、星柳高校の現役生徒なら同じ人物だろう。この人間ではないらしい二人でさえ及ばないくらいに美しい男が、この学校には存在するのだ。
だが、何故か山田の口を突いたのは別の名前だった。
「……次郎?」
見慣れた吸血鬼の金色の眼が、始めて狂暴に光って山田陽太郎を捉えた。
寒いくらいに感じるクーラーの風から、溶けたアイスの甘ったるい匂いが運ばれる。遠くに聞こえる夏の喧騒と共に、部屋中を緩かに漂っていた。
後ほど修正するかもです。感想とか貰えると嬉しくて飛び上がるかもしれません。




