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11.テーブルマナーって大切です。

漸くなんとか一話分、投稿までこぎ着けました。舞台はまた異世界に戻ります。相変わらず文字数と内容の密度が比例してないのですが、基本的にしょうもない話なのでしょうがないのです。感想お待ちしております。

僕らの先頭を黙々と歩いていたおかっぱ頭の神官さんが、綺麗な回れ右でくるりと振り向き、深々と一礼しました。


それはもう、座敷わらしとか、あと日曜日の小さくて丸っこい少女とか、海産物な一家の次女並に、さらっさらでかちこちのストレートボブです。


ただね、色は黒じゃなくてびっくりするくらい鮮やかな緑色なんですが。


この世界の人間は魔力の影響でしょうか、髪や目の色素がバリエーション豊かなようですね。特にこの神殿ではエミューウールさん以外は皆さんお揃いの白装束なんで、髪や目のカラフルさが特に際立って見えるんでしょう。因みに目は更に明るい黄緑です。うん、でも、顔立ちは普通なんですよ。可哀想なくらい。


そこは長い長い廊下の突き当たり、おかっぱさんの髪型以上に描写が面倒臭い、如何にもな扉の前でした。


簡単に言えば白い鉱物に金を埋め込んだ彫刻がキラキラと眩しい、昔のギリシャを思い出す、もうこれでもかって扉です。


え、この先って別に、聖なる武器のある聖域とかじゃないですよね?謁見の間でもダンジョンの入口でもないですよね?


食堂に案内されたんですよね?夕御飯、ご馳走して貰うんでしたよね?


「勇者様方、こちらが光糧の聖堂に御座います」


既に頭の中にインプットされている神殿の見取り図を開きかけた僕を遮り、淡々と食事場所の名を告げるおかっぱさん。


彼の背後では、槍を持った厳めしい僧兵さんが二人、おかっぱさんより更に腰を曲げた姿勢をしています。

因みに瞳がピンクなスキンヘッドと、サーモンピンクのモヒカンってペアです。


目の色で人を差別したりしないわ、髪型なんか別に個人の自由よ、てな女神様なんでしょうか。


「おぅ、こりゃまたすっげー趣味だな」


僕の背後では一條先生が必死に堪えていた笑いを漏らしています。扉への感想なのか、人への感想なのか、業と主語をぼかした先生に、僕は同意の印に苦笑いしながら頷きます。


基本、暗色の髪と目しか持たない我ら勇者様一行は寧ろ地味すぎて恥ずかしいくらいです。


いや、とはいえ、一條先生だって、決して人様を笑えるような姿じゃないんですけどね。


断固としてお揃いの白装束に着替えることを拒んだこのおっさんは、未だに黄ばんだ白衣に「Rock'n'Roll!」とプリントされた赤Tシャツ、三本線のジャージズボンっていう、地球基準で見ても明らかに奇抜な格好なんですから。


身体の色彩を抜きにたとしても、滑稽さではこのピンクな二人組と充分に渡り合える部類に入ると思うんですけど。


この食堂までの道中も、色なんか関係なく既に伝説な千早さんと、色なんか関係なく絶世の美男子な先輩と、色なんか関係なく激しく怪しいおじさんの先生と、色なんか関係なく半透明な花子さんに人々の好奇の視線は途絶えることがありませんでした。


前言を撤回しましょう。


地味すぎて恥ずかしい、なんて常識的な存在はどうやら僕だけのようですね。


若干、なんだか既に僕、オマケ扱いな気もするんですが、一向に構いませんとも。

僕が先頭を歩いているにも関わらず、通りがかりの何人かが僕をスルーして他の四人にしか頭を下げなかったとか、全然気にしてませんから。


一條先生は笑いを堪えてる為か、ピンクな僧兵さん達から視線と逸らし、巨大な扉を見上げて欠伸をしながら、暢気に背中を伸ばしました。


「やべー、ちょっと腹減ってきた」


凄いな先生。目の前の景色に僕は食欲をそそるものを何一つ見出だせません。振り返って千早さんでも見ようかな。いやいや、今、僕の食欲を増進させても拷問以外の意味もありません。


「はい。お昼も食べられなかったですからね」


「な、なんだと……ちぃ、すまない。お前にひもじい思いをさせるとはっ」


後ろから、先生に同意する千早さんの声に、何やら感極まってる先輩の声。


因みにさっきまで千早さんと仲良く繋いでいた手は、僕が調子に乗ったのも悪いんですが恋人繋ぎにする直前に、このバカ兄に引き剥がされました。


懺悔に震える先輩へ、おかっぱさんが今までより更に深く頭を下げます。


「御待たせ致しまして、誠に申し訳御座いませんでした」


しかしそれにしても、この人、その儀礼的な所作も、丁寧ながらもあからさまに心の込もってない言葉も、終始一貫して実に冷ややかなものです。


さっき読んだハンドブックによれば、太陽神を主神とするアルディスキア教はこの世界で最も有力な宗教の一つとのことでした。


その教義云々はともかく、有り難いことに、礼儀作法や価値観に限っては日本とかなり近しいものだそうで。


接客業のお手本みたいなおかっぱさんの御辞儀でも分かるように、基本的にアルディスキア教というのは礼儀や秩序を重んじ、誠実さや謙虚さを美徳とする、という教えらしいですね。


まぁ、蓋を開ければ人間の宗教なんて古今東西、要はどれもみんなだいたいそんな感じなんですけどね。幾らでも解釈を歪ませられるのが神の御心ってやつです。


それでも、日本と礼儀作法の共通点が多いのは助かります。

手にキスが信頼の証、とか、ちょいちょい欧米な封建社会を連想させるのも混じりますが、基本的に日本の常識範囲でのコミュニケーションで問題ないとのことです。


つまりは本音と建前ってやつですね。奥ゆかしく和のために本心を偽る、日本人みたいな価値観が定着しているわけです。


それは、けっこう長い距離を先導して貰っていたんですが、全く縮まらなかったおかっぱさんと僕との心の距離にも現れています。


言外の拒絶ってやつですね。


人間を誑かすのが仕事みたいな僕は、それでも勇気を出していろいろと話し掛けてはみたんですが、見事全ての質問にイエスかノーの簡潔な一言で答えてくれました。


お名前は?と聞いて、いいえ、と言われたときには自分の言霊能力がバグったのかと心配になりましたよ。

思わず先輩の記憶とかまで引っ張り出して、今まで耳にしたアルディスキア語の言語解析なんかやってしまいました。そろそろ簡単な会話なら言霊なしでいけそうです。


教えてくれないんですねと聞き直してみたら、はいと答えてくれたので、明かす必要はないってことみたいです。取り合えず、僕の中ではおかっぱさんということで決定しました。


今までこの神殿の至るところで僕が見てきた、業とらしく笑顔満面で勇者大歓迎を主張しまくる神官達に比べれば、個人的には遥かに好感が持てます。


当然ですが、異世界人なんて得体の知れない存在を、勇者だろうが何だろうが、全人類が満場一致で崇め奉る、なんて事態は有り得ない訳で。

まぁ、こういう女神万歳な世界だと表だっては主張もしにくいのでしょうけど。


彼のように、不服を叫びたいが必死に隠している、もしくは、正直あんまり興味がない、って態度の人間に出会えてちょっと安心しています。


「いえいえ、どうぞお気になさらず。ご丁寧に案内ありがとう御座いました」


「クポポ」


代表で列の先頭にいる僕とイチローがおかっぱさんを労いました。


僕を含め日本人の性を隠せない勇者三人と、別に日本人じゃないけど取り合えず僕の真似をしたい鳩一羽が、ついつい神官さんの美しい御辞儀に釣られて、一緒に頭を下げております。


因みに花子さんは、道行く通りすがりの神官さん達の悲鳴に辟易して既に瓶に戻っており、地球にいた頃からあまり日本人ぽくなかった先輩は、尊大な態度でおかっぱさんの後頭部を見下ろしています。


「……いえ。では、中へどうぞ」


そう言っておかっぱさんは、ぱしっと腰を伸ばし、再びくるりと向きを変えました。動きに無駄がないので、何か武術でもやってるんじゃないかと僕は予測しています。


ちゃんと魔力や筋力を測った訳ではありませんが、目の前にいる扉番の二人よりも強そうな雰囲気がむんむんしています。髪型や色彩で扉番さん達はだいぶハンデありますけどね。


それでもこのおかっぱさんは、髪型を考慮しても充分に強そうに見えるんですから、大したものです。


この宗教国家の主神女神アルガはオヤジ専らしく、一部の選ばれし巫女を除けば、神官としての資格は35歳以上の男子に限られるそうで、右を向けばおっさん(劣化マッチョ)左を向けばおっさん(バーコード)前を向けばおっさん(スキンヘッドとモヒカン)後ろを向けばおっさん(あ、これは先生だ)という有り様です。


そういう中では、案内役のおかっぱ神官さんは、かなり若作りだと思います。というか年齢不詳なんですよね。僕も他人のことは言えませんけど、特徴のない顔立ちなのでそう見えるのかもしれません。


「勇者様方をお連れ致しました」


良く通るおかっぱさんの事務的な声と共に、扉の両脇に控えていたピンクで厳めしい扉番さん達が、重たそうな扉を二人かがりで押し開きましす。


光糧の聖堂、といいましたか。おかっぱさんに案内されて辿り着いた場所は、名前に恥じない立派な聖堂でした。


しかし、ステンドグラスだらけで基本的にキラキラな内装の立派さ以上に、目の前に広がった景色から受けた衝撃に、僕は思わず足を止めてしまいます。


開かれた扉から漂ってくる香ばしく焼かれた肉の臭い。


僕や先輩はともかく、それは多くの人間の胃袋を刺激する匂いですし、焼肉屋さんとかを思い出す普通に「美味しそう」な薫りなんでしょう。


ですが、空腹を訴えていたはずの先生も、先頭で動かない僕に文句も言わず佇んでいます。


すたすたと先に中へと進んだおかっぱさんが振り返り、怪訝そうに僕らを見詰め、どうぞお入りくださいと再び機械的に促しました。


夜だというに、光の魔法でしょう。色とりどりのガラス窓から射し込む灯が芸術的な交差を繰り返す室内は、小学校の体育館くらいの広さがありました。白を基調とした調度品は華やかながら上品な物で、やはりベルサイユ宮殿を思い出させます。えぇ。一見、ただの豪華で贅沢な食堂風景ですとも。


30メートルは有りそうな巨大な長テーブルに、こんがり焼けたドラゴンが寝そべってさえいなければ。


尻尾がテーブルからはみ出していて、先っちょがおかっぱさんの足元にまで届いていなければ。


それは蒼く高貴な姿と、輝く鱗を持つ立派なドラゴンでした。


その巨体は、巨大な葉を編み込んだ皿に乗せられ、色とりどりのフルーツが飾られています。

身体中からほかほかと漂う湯気は、部屋を照らす魔力の光を柔らかく霧散させ、高い天井の付近で七色のグラデーションを作っていました。


鱗の一枚一枚の隙間には丁寧に香草が重ねられ、要所要所、切り分けるためか鱗が剥がされてある箇所には赤く香ばしいタレがとろりと塗り込まれてあります。

折り畳まれた翼は、皮膜の部分まで綺麗な狐色に焼き上げられて、巨大なローストチキンのようです。


脚の爪には金粉がかけられ、前肢の間には酒瓶らしき陶器の壺が、まるで握っているかのように置かれていました。


頭にある二本の角には鮭くらいの大きさの焼魚がしゃちほこみたいに刺さり、巨大な牙の覗く口には鮮やかな桃色の花をくわえさせられています。


なんとも芸術的なドラゴンの丸焼きがそこにありました。


「ようこそですのっ。チィ様、そして新たな勇者様方っ。どうぞお入りになってくださいませ、ですのっ」


部屋の奥から、エミューウールさんの聞き慣れたアニメ声が響いて、僕は漸く部屋の中に何人も人間がいたことに気が付きました。良く見れば壁際にはズラリと僧兵さんが並んでいます。テーブルの、竜の頭の方に巫女さんと神官長さんが、腹の辺りにはもう少しく位が低そうなふざけた髪型のおっさん数人が椅子から立ち上がって僕らを出迎えていました。


いつまでも呆気にとられてる訳にもいかず、僕は恐る恐る聖堂へと足を踏み入れます。


「上方へお座りください」


おかっぱさんの指示に、上方ってやっぱり竜の頭の方だよね、なんて考えながらも僕は哀れなドラゴンから目が離せません。


地球に残してきた幾匹かの友竜を思い出します。今どき神にも成らずに地上に残る竜なんて、地球じゃガラパゴス象亀並に絶滅危惧種だったんですが、この世界じゃきっと、うようよいるんですよね。本気で人間なんかに狩られちゃうんですね。


促されるままに、やはり竜の顔の正面、所謂お誕生日席に僕ら四人は座りました。


巫女さんと神官長さんに挟まれて、僕、先輩、千早さん、先生、花子さんの分の空席、という並び順です。


「クゥ様?お加減はもうよろしいのですの?」


エミューウールさんが心配げに先輩へ言葉を掛けます。熱中症ということになっていた先輩は無言で頷きました。


「おぉ……」


そんな些細な仕種だけでも、先輩がこの部屋に入ってきた時から、その美しさに釘付けなテーブル中のおっさんたちから、感嘆の溜め息が盛れます。


先輩の美貌に対する周囲人々の過剰反応は、いい加減、地球で慣らされているとはいえ、あっちは対きゃぴきゃぴの女子高生とかでしたからね。なんだろう、僕は今、愉快で堪りません。


因みに、やはりこのイーサでは、言霊の威力が地球よりも遥かに大きいらしいですね。名前は魂に直結する重要なもの、という魔物の常識が、人間の文化にも根付いているようです。


その為、目上の者に対して、名前は勿論、姓すらも下位の身分の者が省略せず呼ぶことはタブーとされているそうで、基本的に貴人は名字の一字か二字だけ発音して呼ばれるのだそうです。


僕はどこぞの釣り好きの社長さん、先生は頭文字は言いにくいのか、つい立たせたくなるボクサーで、花子さんはハァ様なんて耽美な呼び方を、断固拒否してハナ様と呼ばせていました。


例外的に、千早さんと先輩に限ってはオウサカという姓が、史上最凶の魔王オウルに重なるからと、名前の方を省略された呼び名になっています。実は元・最凶の魔王な先輩が、なんだか可愛らしいニックネームでとても笑えます。


「ふぉっふぉっふぉっ。それは良きこと。安心しましたぞ」


無愛想な先輩を取り繕うように、神官長さんが大袈裟に笑いました。


この人は、常識的な色の白髪をエミューウールさん並に伸ばし、クリスマスみたいな髭でふわふわ顔半分を覆っている、どこぞの海外映画の魔法使いみたいな容姿の、普通に腹黒そうな好好爺です。


「フポッ、フポッ、フポッ」


神官長さんの笑い声が気に入ったのか、僕の頭の上でイチローが一生懸命物真似に励んでいます。今更ですけど、こんな大それた場所に連れてきて良かったんですかね。そもそも、勇者ってペットOKなんでしょうか。


「こら、イチロー、静かにしてください」


ほんとに今更なんですけど、あたふたと髪の中にイチローを隠す僕を見て、神官長さんは穏やかに微笑んでいます。


「ふぉっふぉっ、おやおや、これは珍しい。可愛らしい天の御使いじゃ。神殿に降り立つ清き鳥が人に懐くなど、かつてなきことですぞ。我ら女神の僕たる民は、空を知る生き物を敬っております。これも女神が勇者様方を祝福しておられる証で御座いましょう」


「クフォッ、クフォ?……フォッポッ」


うん、確かに、アルディスキア教では鳩に限らず、鳥類をはじめ日中に空を飛ぶ生き物は天の使いとされ、大変縁起が良いとされているとは、千早さんにさっき教わりましたけど。


だけどね、空を飛ぶ生き物の伝説的王者が、今、御馳走っぽく食卓に並んでいるのは気のせいでしょうか。

この世界でのリスペクトの最終形態が丸焼きなら、別な意味でイチローを隠さなきゃなりません。


「フォッフォッ、フォホー!クホー!」


何かを習得したようで、得意気にテーブルに降りたって爺さんの笑いを披露するイチローを、僕はむんずと掴みます。


「ああもう、ブラボー!そっくり!クリソツですから、君はもう黙ってなさい」


相変わらず生存本能が今一薄いイチローを、僕は髪の中に突っ込みました。


僕のごわごわくるくるの髪の毛はたぶん質感が鳥の巣っぽいのかもしれません。もともと既に眠そうだったイチローは、誉められたことに満足したのか、素直に髪の中に潜り込みました。何千年と手を焼いているこの収まりの悪い天然パがこんなところで役に立つとは。


イチローは快適そうくるくる喉を鳴らしながら、手近な髪をむしゃむしゃし始めます。だからなんで食べるかな。もういっそ一度禿げてみればいいんじゃない、とか、なんで僕の毛根細胞はそんな悲しいこと言うのかな。


「ふぉっふぉっ。後ほど、スー様のお部屋へ御使い様のお食事を御運び致しましょう」


「……鳥籠もお願いします」


「そうですの……」


エミューウールさんは、僕にもイチローにも、自分で話し掛けておいて先輩にすらも、あんまり興味が湧かない様子で、繰り広げられる会話へぽーっと適当に頷いています。


彼女は、ただひたすら、もじもじしながら熱い視線を一條先生に向けていました。絶世の美青年である先輩には、かなりさらっとした目差しだったのにね。


「あ……あのっ、ジョー、様?」


いい加減、腹も立つので助け船をだしてやろうかと僕は口を開きかけましたが、エミューウールさんは自力で思いきってくれたみたいです。おずおずと先生へ声をかけています。


「せんせー、エミューウールさんが呼んでまーす」


まぁ、結局通訳しなきゃならないんですけどね。


僕以上にドラゴンの丸焼しか目に入っていなかった先生が、我に返ったようにエミューウールさんに視線を向けました。あらあら、見事に顔を赤らめる巫女様。


「お、おぅ。どうした?」


「いっ……あの……その……あの、ハナ様のお姿を顕現して頂いてもよろしいでしょうかっ」


なにあれ、なんか可愛いじゃないですか。

思わず口許が引き上がりながらも、僕は簡潔に訳して上げました。


「花子さんを出してっですって」


先生はちらりと隣の空席を確認して、頷きます。ここは大人の貫禄を見せ付け、明白に熱い巫女様の視線には気付かぬ振りを徹するようですね。たぶん、エミューウールさんの方が先生より年上ですけどね。


「あぁ、別にそっちに差し支えんなら構わんけど。はーなこー、出てこいってー」


別にもう封印とかじゃなくて、自ら瓶に収まっている花子さんを先生が呼びます。


花子さんがしゅるしゅると先生のポケットから現れました。


「うらめしや」


それ、幽霊の挨拶だと思ってるんでしょうか。


「……こんなに大勢で食事中にあたしが居ても平気?ていうか、これ食べるの?あなた達」


平気じゃないくらいガタガタしている人が多いような気がしますが、エミューウールさんはにっこりきっぱり微笑んで頷きました。


「勿論ですの。ハナ様もどうぞ、歓談だけでもお楽しみくださいですの」


予想通りにどよめくおっさん達の向こうでは、相変わらずカラフルな頭の神官さんたちが、花子さんになど目もくれず、数人掛かりでドラゴンの尻尾を鋸みたいな包丁で切り落としています。


良かった、尻尾から食べるんだ。いきなり頭からどうぞ、とか言われたらどうしようかと思ってました。


でも、そういえば、食生活は地球とあんまり変わりはないってありませんでしたっけ。異世界マナーハンドブックに。


いや、確かに地球にも似た料理はありますよ。イグアナの丸焼きとかね、食べたことだってありますよ。中々美味しかったですよ。


でもさ、何て言うかね、規模が違うんじゃないですか。


豪快に切り分けられた、丸太状のドラゴン肉が硝子皿に取り分けられ、粛々と僕らの眼前に並べられていきます。うわー。ミディアムレアです。


千早さんをちらりと伺えば、彼女はなんと、笑っていました。こんがり焼けたドラゴン肉を見て。いや、苦笑というんでしょうか。珍しく、やれやれ、みたいな、僕がよくするみたいな顔をしています。


いやもう、急激に可愛いらしいんですが、全くもって意味不明です。


なんでしょう、この世界ではドラゴンの丸焼きって、そんな微笑ましいことなんでしょうか。

魔物の身としては、これ、だいぶ恐ろしい光景なんですけどね。


だって、肉体の存在なんてあってないような僕ら不死者と違って、ドラゴンっていうのは、いくら長命で馬鹿みたいに丈夫とはいえ、歴とした命ある「生き物」なんですよ。


僕みたいに体なんて適当な概念でそれっぽく存在させているだけの、仮初めの肉体と違います。命ある魔物の肉体と魂は、人間と同様に直結しているんです。


先生や千早さんみたいに、言霊に乗せたり道具を使ったりして、間接的に魔力を操る人間や、直接魂から魔力を引き出せる僕のような高位の吸血鬼と違い、大半の魔物は自身の肉体を通さなければ魔力を発揮できません。竜であれば例えば、ほら、火を吹く、とか、空を飛ぶ、とか。当然、生まれた破壊力は己の身にも伝うんです。


だから、強い魔力を持てば持つほど、超高速で循環する体内魔力や、それに伴う物理的現象に耐えられ得る強度の肉体を持たなければ生きていけません。


少なくとも地球では、竜、という生き物の保有魔力は、その辺の多神教の一柱を凌ぐくらいが平均でした。そして大抵、その魔力は大気圏を滑空したり、マグマの中に潜ったり、超高温のブレスをぶっぱなしたりするのに使われていました。


別に僕は、ドラゴンが無敵だなどとは言いません。僕を含め、魔力の保有量だけなら上には上が沢山いますし、ああいう原始的な単純攻撃しか出来ない魔物よりも、質の悪さなら魔法やら法力やら陰陽術やら、寧ろ人間の方が上かもしれません。


ただ、大気圏でも燃え尽きず、マグマの中でも溶けず、内蔵で超高温高密度の魔力炎を生成する生き物の肉体を丸ごと、どんな魔法を使えばあんな絶妙な焼き加減に焼き上げられるんでしょうか。


氷付けにして粉々に砕くとか、炭にするとか、灰にするとか、跡形もなく消し去るとか、料理ならせめてハンバーグとか。こう、原型を留めない仕留め方なら僕もいくらでも思い付くんですけど。


「今夜は素晴らしい晩餐にお招き頂きありがとう御座います。どうぞ。皆様も御掛けください」


僕らの皿ににステーキが行き渡るのを見計らって、千早さんが場慣れた感じで杯を片手に言葉を発します。


一斉に皆席に着き、彼女に倣うように杯を持ちました。それを合図にテーブルを囲む全ての人々へと、竜肉ステーキが並べられていきます。


「再び女神の元へ召喚頂き、皆様にお会いできたことを嬉しく思っております。お心遣いに感謝し、有り難く光の糧をお受け致します。皆様も存分にお寛ぎくださいね」


余りにも自然に、優雅な所作で乾杯の音頭をとる千早さんに、僕と先輩も複雑な気分でそれに倣って杯を掲げ、相変わらず竜を睨んでる先生は、花子さんに促されて漸く杯を持ちました。このおっさんもなんだか様子が変ですね。珍しく難しい顔をしています。


「それでは、先ずは光糧の君の御大心に感謝を」


千早さんは祈りの言葉と共に杯の中の黄金色の液体を一滴、ドラゴンの大皿に溢します。


甘い香りから判ずるに、たぶん中身は果実酒のようです。この作法はハンドブックにもありましたし、道中で千早さんも教えてくれていたので、神官さん達と一緒に僕らもそれに習いました。


これはこの世界で、というかアルディスキア教文化圏で乾杯的な意味合いの食前儀式だそうです。


「そして光の女神へ永劫の祈りを」


「永劫の祈りを!」


千早さんは瞼を閉じ、杯を高く掲げ、一拍遅れて一斉に皆さん杯を天井へ掲げます。

僕らも真似する振りをして、僕と先輩は勿論、瞼なんか閉じずに千早さんに見とれていました。


地球の乾杯みたいに一口飲む訳でもなく、数秒後、静かに一旦杯を置きます。それから銘々思い思いに酒を飲み、竜肉にナイフを入れて食べ初めました。先生だけ豪快に杯の酒を一気に飲み干しています。


確か、正式な場では食べ終わるまで私語は禁止だそうなんですが、それ以外の食事作法自体にはあまり煩くないようですね。ただ、歓談が食後なら出てきた意味ないじゃん的な感じの花子さんは大いに不満げにゆらゆらしていますけど。


別に下品な人はいませんが、かなり皆好き勝手飲み食いしているその中で、千早さん、エミューウールさん辺りは恐らく完璧なマナーに乗っ取っているようです。

流れるような仕草でドラゴンステーキを一口食べた千早さんを見届け、僕も色んなつっこみを諦めて食事に取り掛かりました。


皿に添えられているのは、鉄類で出来た何故か両刃のナイフと、木製で二股のフォークです。取り合えずフランス料理の作法で見た目マンモスの癖に吃驚する柔らかさの肉を切り、フォークを口へと運びます。松阪牛でした。有り得ないだろ。おい、お前、爬虫類だろ。

まさか味覚まで真面目に働く気をなくしたんでしょうか。


「う……ぐ」


しかし、ドラゴン肉をゆっくり味わう暇もなく、隣では、ほぼ僕と同時に肉を口にした先輩が蒼い顔して呻きだしました。


あ、まずい。もしかして、先輩、人間の食物の処理方法、知らなかったんですか?


(飲み込め、吐くな)


慌てて僕は、酒を飲むふりで杯に口許を隠し、隣の先輩にだけ聞こえるよう小さく囁くように言霊を使います。声を響かせて使う命令の百倍労力が要りますし、なるべくエミューウールさんと神官長の前では正体がばれる危険は犯したくないのですが、仕方がありません。どんなに美しくても、食事の場でやってはいけないことはあります。


僕の言葉の強制力に助けられ、なんとか先輩はステーキを飲み下しました。


そういえば、人間の食事なんだだの拷問やーん、なんて、人間上がりの吸血鬼仲間がよく愚痴ってましたっけ。


別に俗に言われる血以外の有機物は全て苦く感じるとか、そんな物語の吸血鬼みたいに味覚が劇的に変わるわけではない筈ですが。寧ろ人間より鋭く鮮明になるなのだと思います。血を口に含めばその生物の生態情報が解るように、この酒のアルコール度数は11%です、とか、ステーキの塩分は3.5%です、とかね、解りますし。


ただ、「食べる」という行為が身体の維持に良くも悪くもなんの影響も及ぼさないということは、味覚とか、消化という身体機能そのものの意味合いを変えてしまいます。

それは、生血であれば、喜んで吸収し活力とする器官と化した口腔と喉と内蔵を、血を飲むと同様に使って、本能ではなく、意図的に行わなければならない行為なのです。


栄養でなければ、ましてや毒でもなく、空腹が満たされるわけでも、満腹に遮られる訳でもない食事は、確かにそれまでの食べ物に感じてきた旨味を損なうのでしょう。それどころか、美味いという感覚すら狂わせてしまうのかもしれません。


人間だった時の食生活が豊かであればあったほど、吸血鬼になってからは血以外の食事を胃が受け付けない、という例は珍しくはありません。

先輩は毎日、千早さんの手料理を食べて育っていた訳ですからね。これ以上豊かな食生活が地上にありましょうか。


僕自身は人間だったころの味覚はもうあんまり覚えてない……というか、あの時代はまだ食文化と呼べる程の料理はなかったんですよね。吸血鬼になってから発達した味覚のほうが多いので、他の仲間のような抵抗は殆どありません。


僕にとって人間の食事とは、絵画を愛でたり、音楽を聴いたりするのと同じ感覚です。先輩だって前世では僕のような存在だったんでしょうから、この境地にはとっくに至ってるのだとばかり思っていました。


なんとか取り繕った蒸せた振りで、酒の杯と並べられてあった水の杯を飲む振りをしている先輩に同情しながらも、僕は心を鬼にします。まぁ、精々あとで謝りましょう。


(半分は食べなさい。水はちゃんと飲んで。部屋に帰るまでは決して吐いてはいけませんよ)


会話は原則禁止とはいえ、こそこそ耳打ちをしあう神官さん達はけっこういるみたいなので、僕もそれにならって先輩に早口で言霊を囁きます。


先輩は軽く肩を震わせ、僕を睨み付けましたが、心配そうに様子を伺う千早さんに気が付いて渋々、杯を煽ります。


眼光を使えれば、先輩の感覚自体を騙してもやれるんですが、流石に公衆の面前で勇者の目は赤く光れません。


いくら病み上がり設定とはいえ、熱中症ですから、食事に全く手をつけないのも不自然ですし、何より最初から食べ物を拒絶する習慣が身体に出来てしまうと先輩自身が後々困ることになります。我慢して頑張って貰うしかありません。


親の心子知らずで憎々しげに僕を睨みつつも、やはり流石は先輩、一度飲み込むことに成功すれば、取り合えずコツは掴めたらしく、黙々と食事に取り掛かります。


その様子にほっと息を吐き、僕も自分の食事に集中します。野菜とか果物とか、せめて肉ならウェルダンに焼いてくれたら気軽に食べられるのですけどね。


魂的に満腹な先輩はともかく、餓えに苛まれている今の僕の身体は、気を抜くとレア肉の肉汁をも勘違いして吸収してしまいそうです。血ではなく「人間の食べ物」と割りきっているから毒でも薬でもない訳であって、真剣に吸収してしまったら生焼けの屍肉なんてただの「死血」という猛毒です。


流石に今の状態でドラゴンの死血なんか飲んだら存在に関わるので、慎重に胃の中で肉を焼き焦がします。しかもその魔力を右隣のエミューウールさんにバレないように内側に全て秘めなければならないのですから、結局は拷問じゃないですか。僕だって先輩と一緒ですよ。


『……汝ら、げに不味いのなれば食わんでよろしい』


ほら、あまりの過酷さに幻聴が聞こえます。目の前で焼け焦げたドラゴンの口が開く幻影が見えます。いや、だから僕に幻術って効かないんですよ。勘弁してください。


『おい、そこな小童、我輩の肉を何故そのように噛まずに……ぐほっげっほ』


ドラゴンは自身の口から漏れる蒸気に蒸せて咳き込み、銜えていた花が僕ら五人に花吹雪みたいに降りかかりました。ぼとり、と角に刺さっていた焼き魚が僕の目の前に落ちました。


「……ぶほっ」


あれだけ吐くなと先輩に非情な命令を下しておいて、僕は口の中に入れていた肉片を思わず吐き飛ばしてしまいました。うん、後で潔く先輩に土下座しましょう。


そんなことを思う傍らで、勇者五人とエミューウールさん以外の神官さん達が、一斉に椅子を降りて土下座しました。


『ほう……良い度胸ではないか』


僕の口から飛んできた自分の尻尾の欠片を額にくっ付け、ふるふると震える青い竜は、焼け落ちていなかった翡翠色の眼で僕を威圧しようと睨みます。


一気に僕の耳に流れてくるドラゴンの脈拍や血流。この野郎、仮死状態になってやがったんですか。


やったー。生きてるぞッー。食べ物だっーと喜色満面の本能を取り合えず必死に押さえながら僕は、千早さんの顔を見てしまいました。


そしてやっぱり僕は、激しく後悔しています。


千早さんの顔を見なければ良かったなんて思うのは、もう、ほんと、出来ればこれが最後であって欲しいものです。


僕の最愛の人は、こんがり焼けながらももぞもぞ動き出したドラゴンさんを優しく見詰め、とても嬉しそうに微笑んでいました。


「相変わらず、悪戯好きだね。ブルー」


知り合いかよっ!


もし千早さんの隣にいたら、芸人張りに彼女をどついてしまっただろうってくらい、僕は今、混乱しています。


生まれて初めて僕と千早さんの間に先輩が座っている事態に感謝しました。僕、DV男とか最低って思いますから。


ぶちり、と寝惚けたイチローに髪を引き抜かれた鈍痛すら有り難く感じてしまいます。


僕は、今にもドラゴンへ襲い掛かろうとする吸血鬼の欲望を追い払います。千早さんの知り合いなんですよ。食べちゃダメ、絶対。いや、もう食べはしたんだけど。千早さんも当たり前みたいに食べてたけど。


ドラゴンはげふり、と香草臭い白煙を口から吐きながら、にやりと笑いました。


『くくく、我が愛しき花嫁よ。逢いたかったぞ』


……さて、と。お腹も減ったし、食事を始めるとしましょうか。



なかなか話が進まずすみません。お付き合い頂き感謝です。冒険を始めるまで、もう暫くは、ひっちゃかめっちゃかしそうな気配。


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