12.テーブルマナー?そんなものより大切なことは沢山あります。
すみません、レンタルビデオ屋さんでヴァンパイヤ映画とか物色してたら遅くなりました。
『くくくく、我が愛しき花嫁よ。逢いたかったぞ』
「どうやら、火がちゃんと通ってなかったみたいですねー。このお肉」
「通りで不味いわけだ。鈴木、焼き直せ」
先輩のお許しも得たことですし、この身の程も弁えぬ生焼けドラゴンを、改めてもう一度骨の髄までよーく焼き直してあげようと、僕は立ち上がりました。
「す、鈴木くんっ!お兄ちゃんっ!ま、待って!」
慌てて千早さんが僕を止めます。
僕の細胞たちも、えー、殺っちゃだめだろー、血ぃ飲めなくなるよーと不満げにぶーぶー文句を垂れてます。
「ふむ、そうですね。確かにせっかく新鮮な食材を、あまり焼き焦がしてももったいないですし。
では、活け作りという日本料理の生粋を披露しましょうか。すみませーん、誰か包丁貸してくださーい」
昔、宴会芸として覚えた包丁捌きは、鬼婆仕込のお墨付きですから、けっこう自信があるんです。綺麗に頭と骨だけにしてやりましょう。
「鈴木くん、違うのっ!ブルーは……」
「違うって、何が?別に僕、何も君を疑ってなんかないんだよ?それとも、この愚かな食肉が君に否定を強いるような、《何か》をしたっていうのかい?」
少々真面目に冷気を含んだ僕の視線に、千早さんは顔を青ざめさせながらも、勢いよくぶんぶん首を横に振りました。
動きだしたドラゴンへ、祈りの言葉を呟きながら平伏する神官達と、冷めた表情でドラゴンと地べたの人々を眺めるエミューウールさんに考慮して、千早さんは勿論、僕も、先輩すらも、今は意識して言霊を乗せず日本語を使っています。
「鈴木くん、お願い、落ち着いて。話を聞いて」
「僕は落ち着いてるよ。あまりに冷静すぎて、こんな焼き蜥蜴なんか三秒で塵一つ残らず消し去れる気がするよ」
本当に、実はけっこう落ち着いているんです。流石にこの席で吸血鬼の真似をする訳にはいかないよね、っていうか、地の利的に圧倒的に不利だよね、普通に袋叩きだよね、などと分析ができる程度には、これでも一応、今はちゃんと理性の制止も効いているのですが。
それでも、僕の理性なんて所詮は、たかが異世界に召喚されたごときアクシデントで簡単に砕け飛ぶくらいの脆さですからね。まったく、今日はそれを嫌というほど思い知りましたから。
今更、千早さんの信用が得られないことは自業自得ですし、優しい千早さんがこの手の冗談を好かないことも知っています。
だけど、千早さんは少し困った方がいい。僕の目前で、蜥蜴とはいえ、別の男の名前なんて軽々しく口にしたんですから。
「ぬるいな。ちぃを侮辱した罪、三秒で償いきれるものではない。魂のみ切り離し亜空間にでも閉じ込め、永劫に悔やませるという方法もある」
流石、異界の魔王様は酷く専門的な残虐行為を思い付きます。いや、だけど先輩も実際はそこまでバーストしてはいないんでしょう。本気で嫉妬、否、兄妹愛に任せてこのドラゴンをどうにかするつもりなら、自衛なんて詰まらない打算はなしに、初めから本能のまま言霊に乗せたアルディスキア語で罵っている筈です。
僕だって本当に激昂してる状態なら今頃、辺りのキラキラうざったいステンドグラスなんか全て粉々の筈ですからね。
つまり、後先も考えずドラゴンの生き血を啜りたがるこの愚かな本能を嘲笑い、今すぐ千早さんに色目を使う焼き蜥蜴をこの世から消し去りたいという独占欲を自嘲するくらいの冷静さは、ちゃんと残っているというわけです。
千早さんもきっとそんなことはとっくに見抜いている筈なのに。あんな風に怯えた顔をするのは、やっぱり、一度キレた僕を知ってしまったからでしょうか。
『おい、小童、我が輩の千早に馴れ馴れし』
「おい、誰の千早、だと?もう一度言ってみろ」
僕の数倍は理性の蓋が弛めの先輩が、僕よりも素早くドラゴンの暴言を遮り、地の底を這うような殺意の塊みたいな声を響かせます。
文字通り、テーブルの下にて地を這う姿勢の神官さんたちの何人かは、先輩の威圧感に引き付けを起こしたかのように震え上がりました。うん、先輩は日本語で喋っている意味、あんまりありませんね。
「強いて言えば、僕の千早さんですけど」
僕は微笑みながら皿のステーキに刺さったままだったナイフを引き抜きます。
「鈴木、どさくさに紛れて、貴様……」
『ほう、小奴等が千早の言っておった現世での間男であるな。我輩の伴侶を狙うだけはある。大人しそうな面をして、なかなか威勢のよい小童どもである』
「そんなこと言ってないでしょ!ブルーもいい加減にして」
ぐいっと首を伸ばし、大袈裟な素振りでドラゴンが僕と先輩を見下ろします。
珍しく千早さんが声に怒気を含ませてドラゴンを睨みました。
オイコラ、誰が間男ですって。
「ほう、もしかしてドラゴンさん、眼球まで生焼けなんじゃないですか。ちょっと貸してくれません?ちゃんと機能してるか調べてあげますから」
この世界のテーブルナイフが両刃な理由が解った気がします。あの腐った銅みたいな目玉に突き刺す為だったんですね。
「……あなた達、いい加減になさい」
泣きそうな顔の千早さんを見かねて、花子さんが冷たい声音を響かせました。
花子さんといえば、どうでもいいですけど何やら一人、異様に静かな御仁がいらっしゃいますよね。せっかく日本語で話してやってるのに。
花子さんから透けて見える、黙っていれば普通に精悍なナイスミドルだと気付かせる先生の横顔。恐らくエミューウールさんがやたら静かな理由もきっとここに起因します。
先生のことだから、酒と肉に夢中なだけかと言えば、そうでも無さそうなんです。最初の乾杯で一気したきり、お酒のおかわりをせがむ様子もありません。去年の文化祭の打ち上げでこのおっさんが曝した、教職をなめてるとしかいえない酒乱っぷりを思い出せば、信じられないほどの大人しさです。っていうか、竜肉には手すらつけてないですし。
どうにも様子がおかしい先生を覗き見る僕の視線が、ちょうど、花子さんの軽蔑の眼差しとかち合います。
「……最低ね。千早を困らせて楽しい?」
正直、楽しいんですけど、そんなこと言って千早さん嫌われて、このドラゴンの妄言が現実になるのは困ります。
えぇ。そりゃあ僕だって、千早さんがこのイーサで伝説的な英雄だなんて事態を知った時から、覚悟はしていたんですよ。
恋のライバルの出現なんて。
だって、僕や先輩の目の届かない場所にいる千早さんを、世の男が見過ごすなんてことあるわけないじゃないですか。
僕の見立てでは冒険一回に少なくとも三人は、王子様とか旅の仲間的な野郎どもに愛を告白された筈ですし、先輩を御覧なさい、魔王だって男なら、確実に千早さんの虜になったはずです。
勿論、こうして僕が、彼女と一緒にこの世界に来たからには、全て皆殺し……じゃない、まぁ、正々堂々と迎え受けるつもりでしたよ。なんたって、僕が千早さんの「恋人」ですからねぇ。その一言で全ては解決です。えぇ、王子様だろうが、魔王だろうが、女神だろうが、異論は認めませんとも。
だけど、取り合えず最初の、千早さんと僕のラブラブっぷりに撃沈する憐れな失恋ボーイは、精々、どっかの勘違い王子とかハーレム国の国王とか、その辺りの人間かなって普通に思うじゃないですか。
人間かなって思うじゃないですか。
『……なんだ、汝ら、只者では無さそうだな』
ドラゴンは漸く、僕と先輩の特異さに気が付いたのか、僅かに眼光を鋭く細めます。
何故ドラゴンが、当たり前のように仮死状態のまま食卓に並んで、当然の如く皆で美味しく頂いていたのかは知りませんけど、漸く同類らしい鋭い気配を纏ってくれたので、僕も口許を好戦的に歪ませました。
『くくくっ、ふむ、これは……久しぶりに楽しめ……がふ』
「女神よ、地を這う者へその威光を示されよ《ホーリーリング》……ブルードラゴン様、お戯れはそれくらいになさってくださいですの。勇者様方もどうぞ、御静粛に。まだお食事の途中ですのよ?」
焼けた翼を広げて俄に臨戦態勢をとるドラゴンと、異国の言葉で騒ぐ僕らを、というか奇跡的に一人シリアスな先生を見守っていたエミューウールさんが、溜め息混じりの恐ろしげな呪文を紡ぎだしました。
お馴染みのピンクの魔方陣から、光で出来た拘束具がドラゴンの湯気立つ顎と両足に巻き付きます。一瞬でドラゴンの言動をピシャリと制しました。
『むぐぐ……しかし、巫女、こ奴等……』
「お黙りくださいですの。まずは聖糧の君に感謝し、静やかにお食事を堪能するのが務めですの。そうでしょう?神官長?」
「ふぉっ?そ、その通りで御座いますな。皆も席に戻って作法を守られよ」
神官長の一言で地べたの民は一斉に立ち上がり、席につきます。周りを囲む僧兵さんたちも立ち上がり、元の警戒体制に戻りました。
下っぱ神官さん達は、今度はこそこそ耳打ちしあう者など一人もなく、震えながらもくもくと食事に集中し始めます。絶対にドラゴンさん本体を見ないようにしながら。
『いや、待って、聖糧の君って我輩のことじゃ……』
「ブルードラゴン様、お話は食事の後とお約束したはずですの。勇者様方も、どうぞ、お食事を続けてくださいですの」
いや、お食事を続けてって、流石に目の前で喋るドラゴンを見ながら、その肉のステーキを食べるって、どこの博士ですか。
「うん、ごめん、エミューウールさん。ブルーももう静かにしてるんだよ?」
『う……千早まで……』
しゅんと項垂れながら、ドラゴンはぺろりと自分の鼻先にくっついていた、僕が吐き飛ばした肉片を食べました。食べるな!そして千早さんも、普通にステーキ切り始めないで!
何気に史上類を見ない猟奇的な食事風景に、呆然とする僕と先輩。とても自然な千早さん。きっと幽霊で良かったとか安堵してる花子さんと、この部屋に入った時から、ずっと呆然自失な顔をしている一條先生。
この竜肉ステーキを食べきらないと、謎は解けませんということみたいです。
だからって、こんな食事に今更集中なんて出来ません。
更に食べるのが困難になった肉と対峙しながらも驚異的な意思の力で食事を続ける決意をした先輩と、普通に美味しそうに食べる千早さんの向こう。頬杖を付きドラゴンを監察している花子さん越しに、僅かに見える先生の口元。その密かな独白を、読唇術を駆使してでも盗み聞きしたくなるってものです。
(何やってんだ……青龍)
「……え?」
ポロリと、僕の二股フォークから肉片が転がり落ちました。
『おい、小童っ。いい加減にせよ!何処まで我輩を粗末にしたら気がす……ふがふが』
性懲りもなく、また怒りだして噎せ返るドラゴンの言葉など、最早あまり耳に入らないまま、僕はその竜の姿を改めてまじまじと見直します。
焼けた鱗、パリパリの翼、ソースの塗りたくられた背鰭、半分なくなった尻尾……いや、そうじゃなくて、確かに色目は全体的に青いんですよ。ブルードラゴンって呼ばれてますし。
だけど、このおっさんは、鳩にケンタッキーって名付けようとしたくらいですから、別にブルードラゴンって英語を発音したくないなんていう大和魂に駆られて、呟いた訳じゃないですよね。
そういえば、エミューウールさんの「ブルードラゴン」も発音が英語だった気がします。千早さんが名付でもしたのかなって思ってましたが……うん?言われてみれば、このドラゴン、地球の言語がベースの言霊で話していたような……。
じわりと、冷や汗が背中を伝いました。ブルードラゴン?日本語訳で青い竜。青い……龍?
……うんなもん食えるかっー!!て、ちょっと食べちゃったじゃないですか!!
「ご……ご馳走さまでした。とても美味しかったです。糧に感謝し、後は女神様に御返し致します」
これがもし巨大な長いテーブルではなく、巨大なちゃぶ台だったら、確実に引っくり返していましたが、僕はどうにか自制して、綺麗な祈りのポーズで天を仰ぎ、ハンドブック通りに食事の終わりを告げました。
は、青龍ってあれだよね。そうそう、安倍晴明の式神でも有名な、十二神将の東方神。っていうか、地球に措ける神格を持つドラゴンの筆頭ですよね。もう、竜っていうか、まごうことなき《龍》じゃないですか。龍神でしょ、神ですよ、神。ほんと何をやってるんですか。
「スー様?ほとんど召し上がっておられませんが……やっぱりお気を害してしまいましたの?」
「いいえ、もともと僕、少食なので」
魔物は魂の序列に従います。目前のドラゴンよりも、僕は遥かに格上の存在ですし、実力だって然りです。
しかし、神となれば、格もなにも、魂の置かれた次元がまず明らかに違います。そもそもランキング対象外です。通りで僕や先輩の魂の威光が全く通じない訳です。
「しかし、勇者様……もう少し召し上がったほうが……」
心配げに神官長さんが僕の食欲を気使いながら、どうしてか僕ではなく、ドラゴンをちらちら伺っています。
「いや、もうお腹一杯ですので」
ここが地獄なら問答無用で舌を切られる台詞を、僕だって不本意には思いながらも宣言します。
別に神様なんて、これっぽちも敬っちゃいませんし、寧ろどちらかといえば敵な存在ではありますが、間違っても食べ物ではありません。
血を吸うなんてとんでもない。神ってのは忌々しいことに絶対的な「与える」立場を持つ存在ですからね。たとえ僕でもその地位にある魂を「奪う」ことは不可能なんです。
施しを受けていたことにも気付かず、腹中でその肉を焼いていた愚かな自分に、腸が事実以上に煮え繰り返りそうです。
なんでこの世界は、こういう無茶な食事ばかり僕に強いるんでしょうか。
確かに冷静に考えてみれば、肉体の欠損に全くダメージを感じてない様子だったり、当たり前のようにかなり上級の言霊を操っていたりと、普通の竜とは一線を隔てる力を持っていることは一目同然です。
神格を持っているというのなら、その異様な生命力も、高度な言語能力も頷けます。信仰という人々の固定概念を利用し、魂の力に頼ることなく存在の補強が可能な神という存在なら、存在がまるっと言霊みたいなものですし、僕らアンデットモンスターとは逆の意味で、肉体の重要性が希薄になるのですから。
ただ、こいつが青龍なら、なんで先生に、自分のご主人様に気が付いてないんでしょうか。なんで僕の千早さんが花嫁だの伴侶だのと、神の癖にとんでもない嘘八百を宣ったのでしょうか。
『やはり不味かったのだな』
「は?」
先輩へ無理に食べなくてもいいって言った方がいいかな?でも命令の撤回って主の威厳に関わるかな?そもそも威厳なんて欠片もないのかな?とか、とっ散らかった頭で逡巡する僕に、ブルードラゴン、青龍がわなわなと口元を震わせながら問い質します。
なんだか、湯気以外にもう一層、めらめらと嫌な予感を醸すオーラが見えるのは、僕が吸血鬼だからでしょうか。
「ブルー!駄目っ!!」
千早さんの焦り混じりの声と同時に、竜に巻き付いていた光のリングがばちばちと千切れ、テーブルががたがたと揺れます。
「っ、皆様っ、伏せてくださいですの!」
エミューウールさんの緊迫した声と共に、周りの僧兵から防御壁らしい魔法が展開されます。千早さんも素早く魔方陣を繰り出します。
情けなくも何の動きも取れなかった僕の正面で、龍は長い首をくねらせ、翡翠の結晶のような鋭い眼を爛々と光らせます。
それは、魂から捻り出すような純粋な魔力を喉元へと集結させ、激しく咆哮しました。
−ギオ゛ゥォォァァァァ!!!−
耳をつんざく、高音ながらも地響きの重さを併せ持つ、久しぶりに聞くドラゴンブレスの狂暴な響き。
その衝撃波を受け、食堂を囲む無数のステンドグラスが、僕の冗談みたいに見事に粉々に砕け散ります。
雨のように降りかかる七色の硝子の粉が、千早さんらの障壁に弾かれ、キラキラと花子さんをすり抜けながら舞踊ります。流石に起きてしまったイチローは、僕の髪から顔を出して、興奮ぎみに翼を羽ばたかせました。
ドラゴンは半分くらいで千切れている尾を振り回しながら、半狂乱で更に吼えます。
『肉の焼き加減かっ!?歯応えか!?』
「へ?」
耳を押さえつつ、耳を疑う僕の口からは、思わず間抜けな声が漏れてしまいます。
『脂身の質かぁぁ!!!?』
あちゃーとでも言いたげなエミューウールさんと千早さんが、額を掌で覆いました。
『もしやソースの味加減が!?黒杏の割合が多すぎたか?いやワルワル草の煮が甘かったやもしれぬ……最後の塩が一つまみ、やはり足りなかったのか?否、下拵えの際、もう十八秒間はグラム酒に浸かるべきだったか……。よもや釜の中で剥がれた鱗のせいでアミノ酸のバランスが……おいっ!!誰か!料理人を!!料理人を呼べぇぇ!!……ぐふっ』
「その前に鏡を見やがれ!!!ただのゲテモンだろが!!罰ゲームのレベルだろが!!丸焼きは止めろって何回言やー分かんだよ!!この変態ドMトカゲ!!」
龍の顎に、恐らくは術法で拳を強化した一條先生の右アッパーが綺麗に決まりました。いや、だから調理法の問題じゃないよねと、更に突っ込みを連鎖するべきか僕が迷う間に、ドラゴンが後ろに吹っ飛びました。
顎を仰け反らせて倒れた青龍は、テーブルを真っ二つにへし折り、ずずんと尻餅を付きます。基本的に、神官さん達はドラゴンと同じポーズを決めました。
衝撃で、食器だ焼き魚だなんだかんだと辺りに飛び散り、僕と先輩は取り合えずそれらを空中で払い落として千早さんを守ります。えぇ、単なる条件反射です。需要は全くありません。先輩が何気にもう速度強化をマスターしているのが判明し、ちょっとうんざりしています。
『ぐ…………汝は……』
ドラゴンは漸く、一條先生の存在に注目し、その姿をまじまじと見詰めました。
ゆっくりと約一分間、静寂が人々の痛む耳を癒していきます。
『…………………………ええと、もしや、主殿?』
間抜けなほどに素っ頓狂な声。くりくっりとした表情を焦げた顔面一杯に湛え、青龍が驚くほど自信なさげに、もの凄く微妙な感じで、恐る恐る呟きました。
それこそ、浮気がバレた甲斐性なしみたいに、泳ぎまくるドラゴンの眼差し。一條先生はやっぱり気付いてなかったのかよと、がっくり肩を落とします。
『いや、しかし……なんだ……その……とても……変わられたな』
何度も我が目を疑う素振りで、ぱちぱち瞬きを繰り返し、それでも尚、半信半疑で不安げな雰囲気のままの青龍。ただ、その声からは、これっぽちも再会の喜びが感じ取れないのは確かです。
それにしても、式が分からなくなるほど変わるって……どんだけ劇的なイメチェンしたんですか先生。
人の呪法なんかよく知りませんけど、魂とか魄とか、そういう次元で契約交わしてるんじゃないんですか、貴方達。
「ジョー様?ブルードラゴン様?」
エミューウールさんも、不安げに竜と先生を見比べています。言葉は伝わらなくても、その関係の深さは用意に想像が付くのでしょう。
「え……ブルーと先生って……」
千早さんが困ったように僕に目配せをくれたので、溜め息ついでに頷きました。
「式神落としたって言ってましたよね……まさか別世界に落っことしちゃったってことだったんですか」
僕の問いに、先生は当たり前ですが、力なく首を横に振ります。
「んなわけあるかよ……阿呆」
『……して、主殿、こんなところで何をしておられる?』
あー。人間でも、ぶちりなんて音立ててキレたりするんですねー、なんて思わず感心してしまいます。まぁ、先生を人間と呼ぶべきは別として。
「こっちの台詞だボケェ!!!」
吹き抜けになってしまった聖堂には、先生の声は然程に響かなかったものの、僕の心にはとても響きます。
久しぶりに一條先生に心底同意して思いました。
ほんと、マジでもう帰りたい、と。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・神様・魑魅魍魎とは一切関係はありません。
当たり前だっ!と今、誰かに突っ込まれた気がします。




