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7.可愛いは罪です。

今のところ受難は鈴木に集中投下。


「……人生にはね、多少の妥協も必要なんですよ」


「クルルゥゥ?」


哀愁漂う僕の呟きに、掌の中の白い鳩が愛らしく小首を傾げました。


この聖なる地で生まれ育ったであろう無垢な命は、恐れという本能を遥か昔に捨て去ってしまったようです。


仲良く並んで沈んでゆく二つの太陽と、それでも飽くまで地球と同色の夕焼け。清浄な水が溢れる噴水はオレンジ色に染まり、良く手入れされた花壇の花々が色鮮やかな、ここはどうやら神殿の中庭のようです。


先輩を部屋に残し、食事を探す旅に出て早、数時間。

紆余曲折を経て、あろうことか僕はこの小さな庭を走り回り、漸く鳩を一羽捕まえたところでした。


「ポッポッポッ」


散々逃げ回って、この僕に吸血鬼の運動神経まで発揮させた鳩の癖に、いざ手中に収まれば暴れる気配すら見せず、興味津々という所業で僕の赤く光る眼を覗き込んできます。


「悪く思わないでくださいよ。恨むなら、女人禁制で入場は基本R35なんていう、このおっさんの園を恨んでくださいね……」


「クルルッ!」


娘>夫人>熟女>>>美少年>鳩>>>>>>おっさん、です。無数のおっさんと鳩と幾人かの爺さんと千早さんと幽霊しかいないなら、そりゃ鳩でしょう?鳩の血飲むしかないでしょう?


エミューウールさん?

いやいやいやいや、聖なる巫女ですからね。きっと骨の髄まで聖なる力に満ち溢れてて歯が立たない気がします。


それに言ったでしょ、僕、素人専門なんですよ。あんな年齢不詳な女性は御免です。見た目に騙されて中身は同世代の婆さんとかだったらどうするんですか。責任とれるんですか。


「……それにしても、畜生の血なんて何千年ぶりでしょうね」


「クルッ?クポッ」


昔ね、人里離れた遺跡に百年くらいうっかり封印されちゃったことがありましてね。


「……あの時は余りの食糧難に、鼠とか蛇とかに手を出したりしましたっけ。まさか再びあの屈辱を味わうことになるとはね」


「クルックゥ?」


思わず遠い目をする僕を、鳩が不思議そうに眺めています。


生憎、千早さんにバッサリされちゃってから、僕の影は完全引きこもりニート状態ですし。もうむしろ働いたら負け的な駄目影っぷりです。気を抜くと普通に僕の動きを追うことすら怠けてきますからね。


まぁ、僕と先輩と花子さん以外には、魔物も霊魂も存在しないこの聖域内じゃ、役に立たないことには変わりありませんけど。


「影にも栄養が足りないんでしょうね。先輩も養わなきゃなんないですし、人間のふりを続ける為にも、贅沢言ってられませんね。血は必要なんですよ」


「クルルルッ」


「あのね、さっきから、いちいち返事しなくていいですから。自分を説得してるだけですから、気にしないでください」


上野公園の鳩だって、もう少し危機感ってものを持ってるような気がします。


「ポポポッ」


「いや、だからね……いいですか、君、一応、野鳥なんですから、もうちょっと警戒心ってものを……」


「クックルクルルルル♪」


「なんでちょっとご機嫌なんですか。ああ、もう、やりずらいでしょ!」


いやいや、無理ですよ。こんな小型動物の血を致死量にならないよう加減して飲むなんて芸当ないですよ。無理ですからね。


「君、解ってます?今、食物連鎖の真っ最中ですよ?これから、弱肉強食実践するんですからね」


「ポッポッ……クポッ?」


牙を剥き出して、くわっとした顔をしてみますが、鳩は無情にも可愛しく首を傾げて、容赦なく澄んだ真ん丸い目を僕へと傾げます。


「クルルルルゥ〜……クルッ?」


……勘弁してください。千早さんといい、チワワのCMといい、こういうの弱いんですって僕。


僕は何度も、思い切りぐわっと噛み付いてやろうと試みてはいるんですが、どうしても、牙を押し留めてしまいます。


「くっ……駄目だ」


「クッ……ポポポ」


「ってこら、真似するじゃありませんっ!」


「クルックゥー♪」


なんか鳩に遊ばれてる気がしてきました。


てか便宜上、鳩と呼んでますけど、地球上の鳩とは若干違いますからね。羽、ふわふわだし、小さな嘴とちょこんとした足以外の各パーツは基本、丸くてもこもこだし、眼はくりっくりだし、懐っこいし、可愛さだけ無駄に倍増な鳩ですから。


「……人間の女の子だったら可愛さ=美味しさに見えるのに……くそっ、ただの愛玩動物にしか見えない……」


「クックル〜クルルルル〜」


もう何時間も前から、僕の本能は呆れのあまり投げ遣りな感じです。


何?可愛い過ぎて血が飲めない?ハッ、別に、もう好きにすればぁ〜?勝手にきゅん死にすれば〜〜?


……完全に職務放棄してるじゃないですか。


「クルッポッポッー」


「……ちくしょう、可愛いな。……普通に可愛いな!!」


「……何をしているの?」


背筋がゾクッとなる声音に、僕が驚いて振り向くと、僕の後ろ肩に貼り付くように、半透明な青白い女性の顔が浮かび上がっていました。


「うっわっ!?」


思わず飛び退いて、うっかり鳩を持った手を放してしまいます。


拘束を解かれた鳩は元気良く飛び立ちました。……このだだっ広い神殿を何時間も歩き続けて、漸く見つけた貴重な食糧だったっていうのに。


僕は肩を落として、恨めしげに青白く透けた生首を睨みます。


「……花子さん。びっくりさせないでくださいよ」


「……何故、吸血鬼が幽霊にびっくりするのよ」


徐々に全身をはっきりさせていく花子さんは、「軽蔑」と吹き出しに黒字で書いてあるような視線を僕に向け、呆れ顔で腕を組んでいます。


ただ、初登場の時に比べ、幾分身嗜みに気を使う余裕があったのか、長い前髪は額の真ん中で分けられ整えられてあります。


改めて見ると涼しげな目許とすっきりとした顔立ちの、かなりの美人さんです。勿体無い。どうして肉体がないんですかね。


「あんな声のかけられ方したらね、そりゃお岩さんだってびっくりして気絶しますよ」


「クルッポー!ポッポー!」


そうだそうだ、とでも言うかのように、空中を一巡りして戻ってきた白い鳩が、僕の頭の上に降り立ち、花子さんに向かって羽をぱたぱたさせています。


……え?


「えーっ!?君は馬鹿なんですかっ!逃げなさいよ!」


「クックッ?」


「……って痛ぁっ!?こらっ!髪を啄むなっ!」


「……懐かれてるわね、吸血鬼」


相変わらず氷の目差しながら、何処と無く羨ましそうに花子さんが言いました。


いや、まじで、こいつ、ごはんなんですよ。すぐに羽と骨と皮だけにしちゃいますからね。ぱっさぱさにしますからね。


「クポポ?」


ぱたぱたと羽をはばたかせ、頭からまた掌へと飛び降りてきた鳩は、小首を傾げて僕の顔を覗き込みます。


「クポッ?」


その円らな瞳に、いつの間にか目も牙も普通の鈴木くんに戻った僕が映っています。


「クポ?」


「……あー!もういい!もう知りません!!えぇ、無理ですよ!!飲めませんよ!!これをぱっさぱさとか僕は鬼ですか!!!」


なんでこの僕がこんな思いまでして、鳥の血なんか飲まなきゃなんないんですか!腹立つ!


「……だって貴方、吸血鬼でしょう」


「クルッルルル♪」


冷静な突っ込みを入れてくれる花子さんと、相変わらず上機嫌な鳩。


僕はこの世界に来てもう何度目か、がっくりと肩を落とし、盛大に溜め息を吐きました。


取り敢えず吸血行為は諦め、僕は掌に鳩を乗せたまま、突如現れた幽霊へと向き直ります。


「で、花子さんはどうしてここに?」


「クルッ?」


確か小瓶に戻って、千早さんと一條先生と一緒に神殿の奥に行ってた筈ですが。


「……晴明に頼まれたのよ。貴方を探してこいって」


恐らくは、巫女さんや神官さん達との話が終わり、情報交換と今後の行動を決める話し合いをしましょう、ということでしょうか。


「それはご苦労様です。先輩も二人と一緒に?」


「……えぇ。兄妹の感動の再会にドン引きさせて貰ったわ。貴方の部屋に皆集まっているわよ。晴明が貴方の作った結界に感心していたわ」


「えーと、光栄です?」


あれは外部からの探索魔法を遮断して、しかも相手の魔法に幻を見せるから、結界を貼ってることすら普通は気付かれないですけどねー。感心されたってことは気付かれたんですね。ほんと、油断できないな。


「……千早は貴方を心配していたわ」


「……困った娘ですね」


その様子が想像できるので、思わず苦笑いを溢してしまいます。僕より自分の身の心配をするべきなんですけどね、彼女は。


しかし、千早さんか……。出来ればお腹一杯になるまでは会いたくないなって思っていました。


ですが、この神殿内にはまともな餌が無いことが判明した今、さっさと話を進めて外に出る方向で、作戦変更したほうが良さそうですね。


「クルクルクルッ」


……この調子じゃ理性はもう少し持ち堪えそうですし。


今すぐに魔王を倒せってなると、ちょっと無理言うなよな状態ですが、節約すれば暫くは人間の姿を保てる力くらいはまだ残っています。貧血とこの神殿に満ちた聖なる空気は正直、肉体的にしんどいのですが。


まぁ、最悪、この身体の辛抱が利かなくなったとしても、向こうには魔王も晴明もいますからね。千早さんだって実はただのか弱い娘じゃないらしいですし、この世界に来た時みたいな間違いはもう起こらないでしょう。


「……妖怪の癖に、本当にあの娘が好きなのね」


色々と思案に耽る僕の心中が見えた訳じゃないでしょうが、不意に花子さんがそんなことを言い出すので、僕は面を喰らってしまいます。


「な、なんですか、いきなり。……好きですよ。大好物って意味ですけどね」


「クル、クックゥルクッー!」


藪から棒な花子さんの問い掛けに、思わず上擦った僕の声は、有難いことに鳩の鳴き声と重なって有耶無耶になります。


花子さんは途轍もなく不気味な声音でくつくつと笑いました。


「……いいんじゃない。嫌いじゃないわ。そういうの」


その仄暗く地の底から響くような笑い声を背に、僕は足早に千早さん達の待つ部屋へと向かいました。


えぇ。絶対に振り返りませんでしたとも。


「……で、お前は今まで何をしていたんだ?」


「クルクルクルッ」


逢坂先輩が厳しい顔で僕の頭に乗る鳩を睨み付けながら言いました。


すっかり暗くなった部屋で、千早さんの魔法の灯と花子さんの周囲の人魂(夜になると出てくるらしい)に照らされながら、僕らは漸く一同に集まって話し合いを始めています。


逢坂兄妹はベッドに腰掛け、僕は鳩を頭に乗せながら豪華な椅子に座り、その背凭れに寄り掛かるようにして立つ一條先生。花子さんはベッドの天蓋の辺りで適当に漂っています。


そしてまずは取り敢えず、僕が先輩に怒られているという訳です。


何をしていたかなんて聞かれても、正直に神殿中を宛もなく歩き回って何人かのおっさん相手に吸血しようと試みるも挫折して、もう人間じゃなくていいやと鳩を狙いましたが、鳩に懐かれてしまいました。などと千早さんの前で答える訳にもいかず、僕は曖昧な笑顔でやり過ごしています。


「……ふざけるなよ」


たぶん、僕の気配とか顔色とかで食事を摂ってないことを察しているであろう先輩は、非常に不愉快だという顔で僕の笑顔から視線を逸らしました。


まぁ、結果的に僕は先輩の為に無理をしてしまっているようなものですからね。僕だって不本意ですが、先輩のプライドだって傷付いているんでしょう。


「クックックポッー!」


納得する僕とは反対に、鳩は先輩の態度が気に食わないらしく、僕の頭から先輩の膝へと移動し、羽を広げて抗議します。


改めて、物怖じしないにも程があるよと感心してしまいます。


僕の何が気に入ったかは知りませんが、結局この鳩は、僕の後を追ってこの部屋までついてきてしまっていました。


「……なんだ、何が言いたい?」


「ポッポッポ!!クルクルクルッ!クルクルクルッ、クルルポポポ〜!クックゥゥゥ…………クルッ!」


「………すまん、意味が分からない」


何故か鳩に説教されている図、になっている先輩の横で、千早さんがおずおずと、僕の顔を覗き込みます。


「鈴木くん……顔色悪いけど、大丈夫?」


大丈夫じゃないって言ったらどうしてくれるんだろう、と思うと意図せず弛んでしまう頬を愛想笑いで誤魔化しながら、僕は千早さんの目を見ず頷きました。


「うん、大丈夫だよ」


「け、ほっとけ、逢坂妹。こいつが食べ物の好き嫌いをするからいけねぇんだよ」


僕の座る椅子の背凭れにだらしなく寄り掛かりながら、一條先生が偉そうに言います。


「僕がゲテモノ好きだったら、格好の餌が真後ろに居ますけどね。僕の嗜好が崇高で助かりましたね、一條先生」


振り向いて微笑む僕に、一條先生が不快げに鼻を鳴らします。


「てめぇに血を吸われるくらいなら、真夏に蚊取り線香無しで寝るほうがマシだ」


「種存続の為に選択肢すらない蚊の皆さんには、心から同情しますよ」


「……馬鹿話はそれくらいにしたら」


更に不毛な皮肉合戦を繰り広げようとする僕らを花子さんが冷やかに制します。


相変わらず背筋にくる声音に、僕と先生は同時に息を飲みました。


「そ、そうですよね」


「ま、まぁ、お互い歪み合ってる暇はないわな」


ついでに何やら話し込んでる風だった鳩と先輩も、花子さんに視線を集めます。


「……今は大切な話があるはずよ」


天蓋のレースに身体を透かしながら、青白い炎を漂わせ、花子さんは冷静に僕たちを諭します。


そう、僕たちはまだ、この異世界について、そして今、共にいるこの五人について、お互い、余りに知らないことが多すぎます。


僕らのこれから成すことが、目指す目的が同じにせよ、または袂を分かたなければならないにせよ、まずは今ある情報を共有しなければ判断も儘ならないのです。


「うん、そうだね、花ちゃん」


いつの間にか、かなり花子さんと親しい感じになっている千早さんが、彼女を見上げて力強く頷きます。


「……ええ、そうよ、千早。まずは……」


いよいよ、僕は食べ物……じゃない、恋人だと思っていた少女の秘密を、知らなければならないのでしょう。


なんとも言い表せない、この苦く、いじらしく高鳴る気持ちに、僕はじっと瞼を伏せ耳を傾けます。



「……まずはこの鳩ちゃんの名前を決めるべきだわ」


「クルッポッポー♪」



背中でずるり、と一條先生が脱力するのを感じながら、僕は目を閉じたまま思いました。


今なら、もこふわでも構わない。可愛くても構わない。



……今なら、吸える、と。


「そうだね。この子にも名前がないと困るよね」


しかし、僕が瞼を開けた時には、強かにも千早さんの腕の中で、鳩はクルクルご機嫌に喉を鳴らしていたのでした。



マスコットキャラって必要ですよね(笑)

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