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19.悪役の台詞は、悪役が言うべきです。

柄にもなくシリアスな物思いに耽る僕と、それを嘲笑うかのように響く一條先生の高鼾き。

酔っ払いおっさんと4人の植物人間が倒れている神殿の中庭で、青龍さんが心底迷惑そうに呟きました。


「さて、この惨状どうしてくれようか」


「正直に言えばいいんじゃないですか。魔物が憑りついていたので、そこの勇者が祓いましたって」


僕は虚空に向けていた視線を、投げやりな態度で青龍さんへと傾けます。


「否、メイアディーチの神官がブロゥス=オルガの魔族に憑れておった、なんぞ公になれば教国のメンツが立たぬ。たとえ吾輩の言であっても認など得られようはずもない」


勇者として魔物を異世界から召喚してるところで、既にメンツもクソもないような気もしますけど。


「でも、魔物に喰われた以外じゃ、人の肉体から魂が無くなる理由もないでしょうに」


まあ、メンツがそんなに大事なら、重要なのは喰ったのは≪何処の≫魔物かってことに尽きるんでしょうけど。

青龍さんの返答を待つまでもなく僕の口からはため息が漏れます。


「……例えば、突如現れた異界の魔物に襲われた、という方がまだ神殿としては言い訳になろうな」


「突如現れた、ねぇ。やっぱ、その魔物が「勇者」だとしてもそうなりますか?」


召喚するだけしておいて、その命にも魂にもまるで責任を負う気がない。それがこの世界の勇者召喚のスタイルです。


同種である人間ですらそうなのですから、青龍さんのその胸糞悪い推測も実に尤もだと思います。

しかし、曲がりなりにも僕はこの世界の最大神の名の下に行われた異世界召喚によって呼び出された勇者のひとり。決して簡単ではないだろう次元空間への干渉という超高位魔法を駆使してまでして攫ってきた魂です。


未だにこの宗教国家にとっての「勇者」という存在の価値を測りきれないでいる僕は、僅かに納得しきれない顔で首を傾げます。

青龍さんは、そんな僕へ胡乱なものを見るような視線を向けました。


まさか今になって喧嘩を売る気かと一瞬眉を顰めかけた僕でしたが、すぐにこの神龍の視線は妥当だお前は馬鹿かと思考の方が追いつきます。


「汝は知らぬのか。魔王オウルを倒すためだけに実に百回、召喚の儀を遂行せしめたこのアルディスキアの歴史を」


「……いえ、知っています。今のは愚問でしたね。失礼しました」


疲労のせいか、浅はかな己の思考を呪いながら、僕は屈辱に声を固くして答えました。


そりゃそうだ。たった一人の魔王を殺す為だけに100人もの地球人を使い捨てにしたこの国にとって、勇者なんて存在価値云々以前に「壊れたら取り換えられる便利な兵器」くらいの認識しかないなんて聞くまでもないことでしょう。

地球じゃ、いろんな意味でそれなりに唯一無二の、ちやほやされるのが当たり前な存在だった僕は、無意識に己の存在を過大評価していたみたいです。


「現存する勇者の魂が消滅しない限りは召喚の儀を行うことは出来ぬと巫女は申しておった故、この世界に在れる異世界人の人数は、神使の数と同数に制限されているようではあるが」


続く言葉を受け継ぎながら、背中に魔力の気配を受け、僕は努めてゆるりと振り向きました。


「替わりなら幾らでもいる、なんてどっちかといえば魔物こちら側的な台詞でしょうに。ねえ、巫女様」


暗闇に浮かび上がるショッキングピンクの魔方陣。その上で同色の燐光を身に纏っている少女に僕は優しげに微笑みかけます。


対する少女は負けず劣らず余裕綽々な微笑みをもって答えました。


「いいえ、ですの。あなたの代わりなど、どこにもおりませんわ。そうでしょう?異世界の魔王様?」


「あらら、やっぱりご存知でしたか」


いや、人間でないことはバレてて当然、くらいの緩い気構えだった僕は、内心舌を巻きながらもなんとか表情を崩さず、首をすくめておどけて見せます。

どうやら、この巫女様、僕が予測した以上に深い企みがあるようですね。真面目に気を引き締めていかないと本当に愚かな操り人形の役回りを負うことになりそうです。冗談じゃない。


僕の代わりに素直に驚いてくれたのは青龍さんで、切れ長の瞳を大仰に開いて僕を凝視しています。


「なんと、汝、≪黄昏≫か」


それは本来なら僕の呼び名と言うより、僕の様な境地に至った吸血鬼を指す呼び名なのですが、現状そんな境地にいる吸血鬼は僕しかいないので、いつの間にか僕自身の二つ名みたいになっちゃった呼び名です。魔王なんていう馬鹿げた渾名が浸透する以前は大概そんな風に呼ばれていたことを思い出します。


吸血鬼が≪黄昏トワイライト≫に行き着いた意味も知らない別種の同胞たちにしろ、知っている吸血鬼や悪魔にせよ、呼ばれてあまり良い気分になる名ではありませんが。

それが神なら尚更。


「まあ、ブルードラゴン様、スー様ともお知り合いですの?」


「いいえ。あの悪夢みたいな晩餐が初対面です」


青龍さんが応じる前に僕がハッキリと答えてあげました。実際、東洋にはここ百年以前はあまり長く滞在したこともなかったですし、神格のある者とは極力関わらないのが平和な魔物生活の心得第一条です。因みに一條先生の御母堂はノーカンです。あれはただの神格の無駄遣いですから。


「僕みたいな賎しい魔物に、四神の一柱とまみえる機会があるわけないじゃないですか。あっちの世界じゃご長寿記録で僕は有名だったんで、存在をご存じなだけですよ」


「否、汝は」


魔王などではない-


僕が自分で先輩に否定したのとは、明らかに意味合いの違う青龍さんのその一言を、僕は静かに遮ります。


「東洋の龍神様」


エミューウールさんが僕のことを何処まで知っているのかは正直、現段階では判りかねますが、この神龍が僕の何を知っているのかってことなら勿論分っています。日本語はそこで狸寝入りしている狐が心配で使えないので、人間が知るはずもない少し古い地球の言語を囁いて、青龍さんを牽制します。


【我の黄昏を知る神よ。≪悪魔の星≫が未だ滅びぬとしても、先を言うか】


未発達で語彙の足りないまま滅んだ言語で、僕はこの世界に来てから今まで散々苛まれてきた最悪の予感を初めて言葉にします。僕にとっては勿論、それは青龍さんにとっても破壊力のある仮説。


こんな古文書の暗号みたいな台詞でも充分理解できる龍神は、驚愕に目を広げつつも、静かに口を噤んでくれました。


「それは……誠、か」


「いいえ。ただなんとなく、僕の予感です」


そう、まだ何の確証もない。悪魔の星、その言葉の符合から産まれただけの予感です。偶然の一致だと、千年前、僕が≪やってしまったこと≫とは何の関係もないと、そう言ってしまえばそれまでの思い込みでしかないのかもしれません。


だからこそこんなにも怖ろしい。


「まあ、内緒話はいけませんの。わたくしも混ぜてくださいですの」


いつの間にか魔方陣をたたんで僕の傍らに浮き、笑いながら無邪気に袖を引くエミューウールさんの存在を、僕も青龍さんもちょっと忘れていたことに気が付いて、バツが悪げに顔を見合わせます。


彼女に地球での僕の本当の役割を知られたくない、なんて目的の為に、神様相手に切る札なんて他にないとはいえ、偉く大きな切り札を切ってしまいました。

まあ、でもこれで、この切り札が僕の妄想だと確定しないかぎり、青龍さんは僕の敵にはなりえないはずです。


「う、うむ、流石は吾輩の嫁。浮気相手もとんでもない大物なのだと話しておったのだ」


あ、忘れていました。このトカゲの生焼け脳内妄想を止めなければ、味方も糞もないってことを。


「まあ、修羅場ですの。男の戦いですの。素敵ですわ」


僕の額に寄る青筋を知ってか知らずか、エミューウールさんは飽くまで無邪気で可憐な姫巫女を装っています。

だんだん白々しく聞こえてきた先生の鼾と、哀れなままの抜け殻達の寝息。ほんと、ありもしない筈の神経がゴリゴリと擦り切れていくようです。


そんな僕に追い打ちをかける為かは知りませんが、不意にエミューウールさんの幼い顔が、僕の鼻先まで近づきます。しかも何故か年相応の、穏やかな微笑みが象られて。


「でも、殿方が戦うのは、愛する人を手に入れるためより、愛する人を救うため、のほうが百億倍素敵ですの」


その言葉の真意を問い詰めるより早く、エミューウールさんの微笑みが崩れました。


「あなたの代わりなんておりませんわ。そうでしょう、チハヤ様の恋人」


聖なる力がしみ込んだ小さく白い指が、僕の頬に触れます。

ぴりぴりとした不快な感触とともに、祈るような、まるで神様にでも懺悔をするような震える声が、まやかしの僕の肌を撫でていきます。


「どうか、チハヤ様を……どうか、あの哀れな勇者様を、お救いください」


僕は無言で彼女の薄い色の瞳を見据えました。

溢れている涙の膜がその瞳の色を更にぼやかして、その瞳から本心を見極める僕の技なんて、全く当てにならないとは知りながら。




次回はちょっと長くなるはず。

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