20.side:earth ❝ファミリーアフェア❞act2
星柳高校、生徒会役員執務執行室。
夏休みの喧騒と熱気を間近に聴きながらも、どこか寒々しい空気に包まれている。
半分は生徒会という権利を乱用した暴君たちが、クールビズなにそれ食べれるのと、校則違反を恐れずクーラーを使いまくった結果だが、残りの半分は、突如乱入したイギリス人イケメン俳優と、突如変貌したイタリア人美少女留学生が要因である。
もっとも、外国「人」という呼称もそろそろ改めるべきだろうなと山田陽太郎は呆然としながらも冷静に考えていた。
「なんぞ、人間ちゃん、あいつの正体知ってはるん?」
もう標準語じゃなければなんでも構わんというスタンスのふざけた口調は保ちつつも、今までのおちゃらけた雰囲気を一掃した低い声音が、陽太郎の鼓膜を震わせた。
シリウス、否、恐らく正真正銘本物であろう吸血鬼サミュエルは、抱き留めていたメリッサからゆっくりと離れ、傍 らに佇む少年の眼前に顔を近づけた。
金色の瞳孔の奥が怪しく灯したての炎のように煌めき、陽太郎の日本人らしい地味な焦げ茶色の瞳に赤く反映して揺らめく。
「いや、あの、知らないですけど、なんとなく……。もしかして、あいつも、えーと、サミュエルさんと同じく吸血鬼……とか、って、あ、あれ?吸血鬼でいいんですよね?」
とりあえず、サミュエルの今の格好はもちろん、世間イメージ的にも吸血鬼として定着しているので、陽太郎は自然に目の前の怪人物は吸血鬼だと思いこんでいたが、よくよく思い返してみれば、目の前の男はただ、瞬間移動して、宙に浮いて、目が怪しく光っているだけである。
別に血を吸われたわけでも、蝙蝠に変身したわけでもない。普通の人間でないことは確定事項とするとしても、吸血鬼である確証などなにもない。
吸血鬼のコスプレをした天狗です、と言われても陽太郎には否定要素など見けられない。
陽太郎の言葉を受けて、不快感あらわに叫んだのはメリッサだった。
「ざけんな!あのお方がこのエロ爺と同じわけがあるかっ!!そんじょそこらの吸血鬼とは格がちげぇんだよ!」
片言日本語でいかにも天然美少女的な愛想を振りまいていた留学生も、陽太郎は普通に苦手だったが、この乱暴で凶悪そうなやくざじみた留学生は、苦手に恐怖がプラスして、思わずサミュエルに対峙するよりも更に声が小さく弱弱しくなってしまう。
「えっと、でも、その、吸血鬼は吸血鬼であってるの……か?」
「だーかーら、吸血鬼は吸血鬼でも違ぇんだよ。ドラゴンとイグアナくらい違ぇ」
「それ違い過ぎとちゃうん?せめてカメレオンくらいじゃなかと」
納得いかなげに口を挟んだサミュエルに、思わず陽太郎も首を傾げる。
「えっ、イグアナとカメレオンってカメレオンの方がドラゴンに近いんですか?」
別に爬虫類マニアでもなんでもない陽太郎にとって、正直どちらの姿もあやふやだが、カメレオンよりイグアナのほうが体が大きいようなイメージがあるから、どちらもドラゴンのイメージにはほど遠いが、なんとなくイグアナの方がそれっぽい。ゲームでよく見かけるリザードマンなんて、恐らく確実にイグアナ寄りだろう。
「うん?リザードマンはドラゴンと違うか……」
そんなどう考えても今はどうでもいい、場違いな戸惑いで困惑する陽太郎を、サミュエルは光ったままの両眼で捉えつつも軽く脱力して溜息を付く。
「カメレオンは擬態できるさかい。無能なイグアナに比べればまだドラゴンに似とると思うねんって全く似ておらんけんど。リザードマンはワシ的にはただのワニ……って、そうじゃなか。………なんちゅうか、緊張感のまるでねえ人間ちゃんだべなぁ。ま、これっくらい肝がでかくなきゃ、あいつの友達なんかつやっとられんってか」
陽太郎にしてみれば、人生で今最高潮に緊張している自覚があるのだが、年齢にしては大柄でおっさん臭いと評される朴訥とした外見と、緊張のあまり逆に弛緩してしまったしまりの無い表情筋がそういう風に相手からは見えるのかもしれない。
そんな自己分析をしながら少年はええ、まあなどと言いながら頷いた。肝が据わってなければ、鈴木の友人はともかく、この学校の生徒会役員は務まらないだろう。
暫く真剣な目でぎらぎらと陽太郎を睨んでいたサミュエルは、不意にぷっと噴き出して視線を逸らした。そのままけらけらと可笑しそうに笑いだす。
「なん、この人間ちゃんおもろーなぁ。あんの馬鹿とハニーが気に入るんもわかるわ〜。てか、ワシの魅了ぜんぜん効かへんしー、なんやこれー」
腹を抱えて爆笑するサミュエルに、どうしていいか分らずおろおろとする陽太郎。今度はメリッサが深い溜息を吐く番だった。
「だから、そいつは王の【対等】な友人なんだよ。いい加減気付け、この糞ったれ」
友人なのだから対等な関係なのは当たり前なのに、なぜかそこを強調したメリッサの言葉に陽太郎は違和感を覚える。
サミュエルは未だ笑いながらも、口の悪すぎる少女を窘めた。
「女の子がクソとか言っちゃだめっちゅーとるに。だいたいもうそんなん、かれこれ数百年はたれてんわー」
「黙れ。この存在糞尿」
なにそれ新しい蔑称キタヨコレと、誰もがドン引きする被虐的な悦びに悶えつつ、漸く笑いを収めたサミュエルは、紫のシャドウを涙で滲ませながら、訳知り顔で悠々と頷いた。
「ふふん、ハニーの心配には及ばんで。この人間ちゃんのことはちゃあんと馬鹿から聞いとったきに。でなきゃ、ハニーの痴態見られた時点で、とっくにうっかり消しちまってたわい。緊急事態とはいえもう手遅れじゃけんな-。つい遊じゃったべ」
てへっと彫深い額をこづいて、金色の片目を瞑り、鋭い刃をちらりと口から覗かせるサミュエルの、恐らく彼のファンなら卒倒するであろうてへぺろな表情を、氷点下な眼差しで流すと、メリッサは疲れたように応接ソファに座り込んだ。
「何がもう手遅れだ、この役立たず」
普段は不良教師の昼寝ベッドと化しているソファのくだびれたクッションは、細い少女を包むように沈む。陽太郎もおずおずと対のソファーに浅く腰掛けた。いつの間にかサミュエルは会長の椅子に収まっている。
「なあに、おんなじ結界内の目と鼻の先にいて王の変事にも気づけん、さすがワシの下僕。言うことが違うわー」
「……るせ。王の結界ではいかなる魔力行為も禁じられてんだ。気づけるかボケ」
悔しそうに腕を組みしかめつらをするメリッサは、言葉とはうらはらに今にも泣きそうに小さく震えている。
「それに、あのお方を害せる存在なんか、この世に存在するわけねえんだ。我らが全知全能の王に」
まるで信仰宗教の教主みたいな胡散臭いほどの憧憬の情を滲ませる少女を、陽太郎は不思議そうに見つめる。視線に気づいたメリッサは僅かにたじろいだ。
「な、なんだよ、言いたいことがあるなら、言えよ」
「いや、その、あの方、とか、王とか、全知全能とか、なんか、次郎とぜんぜん結びつかねーから」
変な感じがする、と陽太郎は言う。会長の逢坂久遠なら普通に学生たちの間でそんな風に呼ばれたりしていたのだが。
「……じゃあなんで、王が鈴木次郎だって気付いてんだよ。あの方がお前に打ち明けたのか」
「いんや。あいつの素性なんか……そりゃ話してくれたけど、たしか……中学までは長野の田舎町に住んでいたんだけど、親が建築の仕事でアメリカに赴任することになって、出来のいい兄はアメリカの大学に受かったけど、英語が苦手な次郎は母方の実家から電車圏内なこの高校を受験して、そのままお祖父さんお祖母さんの世話になるつもりだったらしいけど、母の姉にあたる人が旦那の浮気で離婚して、子供5人連れて出戻ってきたから、使う予定だった部屋がなくなって、仕方なく学校近くにアパート借りて一人暮らししている、としか打ち明けられてないよ」
「それ、その借りた部屋が不動産屋の手違いで二重契約になっておって、同部屋に越してきたワシが、あいつに一目惚れして結婚しよう言うたら、まんまダンキューシーズン1,第1話やん」
「あ」
言われてみれば、と陽太郎は目を丸くする。道理でどこかで聞いたような話だと思ったのだ。
「そのドラマ、汚らわしいからみてねえけど、高校生嫁にする話なのか、変態」
などとメリッサが驚いている。
「だってシリウスくん自称28歳実際280歳っつう設定やもん。聖ちゃんは4月生まれの16歳な。日本の法律的にありだべ。んでもって変態だとしても、ワシちゃう、監督と脚本と、視聴する人間ちゃんたちな」
ダンキューこと、人気テレビドラマ「旦那様は吸血鬼」が一大センセーショナルを巻き起こしたのは、たしかにこの年の差婚も一役買っている。ちょうど、その時期、芸能人の歳の差カップルが話題を集めていたことも重なり、便乗してメディアに取り上げられ、世間の物議を巻き起こすとともに大きな宣伝材料となったのだ。
また、昼ドラのターゲットはもちろん、自由な昼下がりを謳歌する主婦層ではあるが、サミュエルが主婦を惹きつけるのと負けず劣らずの威力で、当時、デビュー仕立てのアイドルだったヒロイン聖役、篠田明葉も、自由な昼下がりを謳歌する系のお兄さん層を中心に男性視聴者を魅了していった。
陽太郎も、母親と姉に付き合わされている振りをしながらも、ヒロイン見たさに何気に毎週ドラマ楽しみにしていた健全なる男子高校生の一人だった。
「いや、俺、あのドラマ、結構ちゃんと見てたんだけど、全然気づかなかった」
「そりゃ、洗脳はうちの魔王様の得意分野じゃきぃ。そう簡単にゃあれの暗示はやぶれんさ」
そう言いながら、何かに納得するかのように、サミュエルは口元に指を添えて頷いた。
「んだども、今、ワシの一言ですんなり解けちまったべな。……やっぱり、あんちくしょう、もうこの世界にいねっちゅーこんやろなぁ」
腰にくる低い声音で呟きながら、サミュエルはおもむろに立ち上がる。効果音みたいな衣擦れ音を響かせながら、身体を被う分厚いマントを翻した。
「うわっ!?」
唐突な吸血鬼アクションに身を仰け反らせて驚く陽太郎の胸元へ、サミュエルのマントから飛び出してきた黒い塊がぶつかった。
それは陽太郎の無駄に厚い胸板にバウンドして、手前のテーブルの上に転がり落ちる。
「こ、コウモリ?」
それはそれは、多くの人が吸血鬼と言ってまず連想するような、大きな翼と、豚鼻をもつ冗談みたいな蝙蝠だった。
しかも明らかな日本語で、あ痛ててて……と翼の付け根がまるで腰かのように己の鍵爪でさすっている。
「こらサム、もうちょい丁寧に扱ってください。割と折れやすいんですよ。飛行する生き物の骨って」
きいきいと甲高い声が響く。蝙蝠は、しかし耳障りにしては完璧な発音の日本語で言った。
その鼻ずらを毒々しいマニキュアを縫った長い指が弾く。
「うんな、時代錯誤の使い魔使ってんのが悪いんじゃい」
いつの間にか、サミュエルはテーブルの前に移動しており、呆れ顔で蝙蝠を見下ろしていた。
「だから、痛いって。仕方ないでしょ。僕あんまり使い魔作るの得意じゃないですし。時間なかったし。それに身に馴染んだ古い形を使ったからこそ、こうやって自我も少しだけ移すことができたんですから」
得意げに身を反らす仕草が、声質も姿も飛び超えて、陽太郎に確信をもたらした。
「………次郎か」
「あぁ!?」
「ぶっ」
驚きに立ち上がるメリッサのヤンキーのメンチぎりみたいな声と、サミュエルの吹き出す笑い声が重なる。
呆然と言葉を失うメリッサと、何がツボだったのかげらげらと笑い続ける吸血鬼を置いて、言葉を返したのは蝙蝠自身だった。
「まったく、だから陽太郎は困るんですよ」
小さな咽頭で象る独自の金切り声で、やれやれと蝙蝠が苦笑いする。
「この蝙蝠のどのへんが鈴木次郎だっていうんですか」
自問するかのように、おどけて自らの翼を広げる蝙蝠に、陽太郎は首をかしげる。
「だってお前、次郎じゃないか」
「なっ、馬鹿言ってんじゃねぇ!こんな弱そうな使い魔が、あの王のわけがねぇ!!」
人間だと思っていた鈴木次郎も、別に全く強そうではなかったが、と陽太郎は思う。
だが、確かに目の前の蝙蝠は、日本じゃまず出会わないくらいの大きさと、ちゃんと使えそうなリアルな牙もある癖に、どことなく、獣らしさに欠けている。
精巧に作られた玩具か剥製の様な、微妙な、だか強烈な違和感がまとわりついていた。
それを陽太郎は、今まで時折、親友に感じていた違和感と同じものだと気が付いたのだ。
姿が人の形だった時は、それでも変な奴程度にしか気にしてはいなかったのだが。
「ま、人間ちゃんもメリッサもある意味、どっちも正しいっちゅーこんさ」
「そうですね。陽太郎が認めたから、今の僕は辛うじて鈴木次郎ではあるのかもしれませんが、あなた方の王様にはなりえない」
きいきいと鳴き声みたいな声で器用に静かに喋る蝙蝠を、メリッサは怪訝げに睨みつけながらも、乱暴な言葉遣いを改めて自信なさげに呟いた。
「変化の術、なんですか……?」
アニメの台詞でしか聞き慣れていない単語に、陽太郎は不思議な気分になりながらも、俄に納得する。
女の子がスチール板を突き破り、俳優が瞬間移動する事態である。友達が蝙蝠に化けていたって、状況の非現実性は、今更大して高まらないような気がしたからだ。
しかし、蝙蝠から返ってきたのは明確な否定の仕草だった。
「暁とはいえ吸血鬼なら、メリッサにも分かるでしょう?この身に魂を感じますか?」
「……いいえ」
蝙蝠に負けないしっかりとした動作で、少女も首を振る。
「あなたは……いや、やっぱりこれはただの使い魔だ。たとえ、王が作ったものだとしても、魂は宿らない。作り物の癖に、王の振る舞いを真似するな、偽物」
その毅然とした言葉に満足げに頷きながらも、蝙蝠は困ったように小さな鼻ずらを掻いた。
「別に真似してるつもりはないんですけどね。君たちが王だ、馬鹿だと呼ぶ吸血鬼が僕の本物ならば、陽太郎の知る鈴木次郎は端っから真っ赤な偽物でしょう? 基が紛い物なら、魂が在ろうと無かろうと、経験を共有し、自覚し、認められた時点で僕が【鈴木次郎】を名乗るに間違いはない」
蝙蝠は、陽太郎がよく知る、少し生意気で、狡猾そうな表情で、にやりと笑った。
「僕が、いや、君たちの王がどうなったかは知らないが、あれはこの世界から消える直前に僕を作った。膨大な魔力と引き換えに、この身に自身の記憶を百年分だけ詰め込んで。少なくとも、鈴木次郎としての意識は保てるだけの自覚を植え付けて」
「ったく、己が世界から弾き出されるっちゅーときに、なしてこーんな、魔力の無駄使いしてんのけ」
鼻に狙いを定めたサミュエルの指先を、今度は素早く避けながら、蝙蝠は身体に不釣り合いな大きな翼をばたつかせる。
テーブルの書類が散らばり、数枚が舞い上がる。少女吸血鬼の艶やかな金髪が靡いた。
「まったくです!!」
甲高い声にふさわしい、ヒステリックな調子で蝙蝠は叫んだ。
「あの非常時にこんな不細工で無力な使い魔に記憶なんか写して、何をしろって言うんですか!!だいたいこの百年って、たぶん、一番役に立たない記憶のような気がするんですけど!?」
くだらない思い出しかないんですけど!と蝙蝠は憤慨の叫びを連ねる。それから、八つ当たりのように舞い上がる紙を翼で叩き付けた。
「……そんな暇があってなんで千早さんを助けなかったんだ、僕は」
高音の癖に、低くく唸るように吐き捨てた蝙蝠の言葉に、陽太郎もこの室内から消え去った親友以外の存在に、ようやく意識が返り着く。
「そうだ!次郎だけじゃない。逢阪さんも、会長も、一條も、皆、何処へいっちまったんだ?」
陽太郎はテーブルを叩き付けるようにして立ち上がった。その両手の間で、散らばった書類の隙間から、明らかにコピー用紙とは質感が異なる紙片が滑り落ちる。
《恐らくはこの地球とは、界を隔てた場所》
不意に返された言葉は、この場にいる誰のものでもなかった。
それ以前に声という音を伴った言葉ですらなく、吸血鬼も蝙蝠も、緊張した面持ちでその出所を探す。
だが、陽太郎はなんとなく、その声なき声は、机から舞い落ちる小さな紙切れのものだと分かった。
発言者は、陽太郎の認識が正しいとしたならば、注連縄の垂に使われるような上質な白い和紙で、くるくる回りながら、陽太郎の足元に落ちる。
ひらりと床に止まったその形が人型であることを認識すると同時に、紙は、煙のように消えてしまった。
否、消えたかと思った紙片のあったその一点から、突然、陽太郎の視界を被うほどの噴煙が立ち上ったのだ。
「うわっ!!?」
思わず陽太郎はソファーの裏に飛び退く。テーブルの上の蝙蝠も、驚いた様子で飛び立った。
「これは、人間の術!?」
身構えるメリッサの前にマントを広げ、サミュエルは彼女より大分緊張を弛めた声を返す。
「あー。陰陽師っつうたかいな。この辺りの魔法使いは」
たしか、怪しいのがおるって言っておったやんけ自分、とサミュエルは肩に降りてきた蝙蝠に話しかける。
「……まさか本物だったなんて」
唖然と呟く蝙蝠は、失敗を恥じ入る人間臭い仕草で頭を翼の皮膜で覆った。
「如何にも。我が主は人間性は兎も角として、陰陽師としては超一流。……故にこの難局を打開せんとして妾をこの場に残された」
煙の中から、今度はしっかりと鼓膜を震わせる音としての声が響く。妙齢の女性を思わせる艶やかな美声で、晴れていく煙から現れたのも、期待を裏切らず時代劇のような十二単を纏った美しい女だった。
陽太郎はあの紙片が滑り落ちてきた辺りの、書類の内容を思い出す。
それは生徒会とはなんの関係もない、クラス名簿やら、日本史の問題集やらで、この部屋に涼みにきた不良教師が、数刻前にぞんざいに放り出したクリップボードに挟まっていた紙束だった。
彼は、自身では至極普通だと思っている洞察力と理解力で、彼女の主の姿を容易に思い浮かべることができた。
「……決して、書類の隙間に付箋代わりに挟んで半年も放置して、すっかり妾の存在を忘れていたからではない」
友達の記憶を持っているという蝙蝠と同じくらいの確率で人間ではないだろう女性相手に、陽太郎は酷く同情してしまった。




