表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

17.巻き込まれました。

半月って短いですね。吃驚です。自分の駄目さにびっくりです。

「彼も私どもと同胞、魔族と見てまず間違いないでしょう」


現在の季節は、あ、そう言えば知りませんけれど、人の肌には少々寒く感じるくらいの温度の夜風が、整えられた庭園の花木を撫でます。

ひゅるるると何やら寂しい音を立てて、体積ごと姿を消した僕をすり抜けていきました。


この際、僕はもうこの己の存在ごと大胆に後悔しています。それでも、姿を消したままこの場をこっそり去るには気力も魔力も足りず、今度こそたぶん音響遮断のちゃちな結界を壊して、彼らに気付かれて更にいろいろ泥沼化してしまいそうな僕は、未だ盗み聞きのベストポジションで人知れず立ち往生していました。


「なっ…………!?」


おかっぱさんの放った衝撃的な一言に、ピンク兄弟とグレーズさんが驚愕に息を飲み声を失っております。


僕の方はといえば、もはや驚きこそ大して感じないまでも、あまりに面倒臭い展開にちょっと泣けてきそうです。


……というか、もう帰っていいですか?


ほんと、そろそろマジであんまり魔力も残ってないですし。いや、なんか僕の話題で盛り上がってきたところ悪いんですけど、冷静に考えてみてください。僕が関わっても双方に全く利益がない感じの、寧ろお互いの破滅を招き兼ねない組み合わせですよね、これ。


確かに千早さんと一緒にいる為の、勇者サイドとのいざこざは、まぁ仕方がないとして、この世界の魔物さん達とは僕、割りと真剣に一切関わる気ないですから。元・魔王と関っている時点で既に手一杯ですから。


魔族。ハンドブックのイーサの常識コーナーは読破済みですし、千早さんからも少しだけ話を聞きました。


僕のように、比較的人間に近い思考を操れ、他者との意志疎通を可能とする魔物を、このイーサにおいてはそう呼ぶんだそうです。


この世界で魔物とか妖怪とかモンスターとき呼ばれる存在は勿論、地球のように非現実的なオカルティックな存在ではなく、況してや古の伝説でも企業のロゴマークでも精神異常者の幻覚でもありません。


そりゃまぁ、魔王と勇者が争ったり、竜で食卓を彩ったりするような世界ですからね。


ここは腐っても聖域と呼ばれる神の守護範囲ですから、基本的に魔に属する者は立ち入り出来ないとはいえども、この神殿都市の外に一歩出れば、そこは竜が飛び交い、魔物が闊歩し、人に混じってエルフやらドワーフやら小人が暮らす、つい思わず呪われた指輪を捨てに行きたくなるような世界です。


当然、同じ種同士でさえ肌の色だの言語文化だの違いで徒党を組みいがみ合う、人間という生き物の習性は世界が変わろうと違いありませんし、まるで人種を分けるかのように、人と人以外の意思あるもの達を区別しているのです。


中でも魔族といえば、言わずもがな、知恵を持つ魔物という位置付け。簡単に言えば、魔物の親玉である魔王に治められる民です。


何故かやたらと寂れた僻地のお城に引き隠っている、地球じゃレベルさえ上がれば誰にでも倒せる魔王とは異なり、お城は確かに僻地にあり、選ばれ方は多少厨ニであったりしますが、イーサにおける魔王とは魔族の国の……えーと、なんて名前でしたか、そうそう《ブロゥス=オルガ》の王。人非ずとはいえ、歴とした国主であるともいえます。


そうなれば、戦いは勇者VS魔王の清々しくも無意味なタイマン試合、という訳にもいかず、現在僕らの置かれた状況にも表れていますが、それは単にとても回りくどいやり方で行われる、人間VS魔族の戦争であると言って過言ないでしょう。


いや、何も小難しく考えなくたって人間と魔族の関係性など、誰しもが感覚的に分かるとは思いますが。日本の虎と兎の関係性くらい明明白白ですからね。


だから、確かに母国語なんて迂闊に話せないでしょうし、そういえば先程の魔王談義で一瞬先輩が使っていた未知の言語と、多少語尾や発音の差異がありましたが同系統のような気がしますし、神聖なるアルディスキア語を汚いと表した価値観にも納得がいきました。


漸く衝撃から脱却したバツァン弟は、納得いかなげな表情で、甲高い声を上げていますが。


「い〜!?マジっすかー!?てか、あれはどう見たって人間っしょ〜」


唯一、僕にも首を傾げる要因があるとすれば、ちょっと得体が知れないなと気にしていたおかっぱさんは兎も角、この手で催眠暗示を掛けたグレーズさんも、一條先生に笑われていたピンクな二人のおっさんも、正真正銘、人間であったと確信していたことだったりするんですけど。


しかし、いくら腹減りMAXでゲージレッドのふらふら状態だとしても、何度もくどくて申し訳ないですが、これでも一応は地球で一番ベテランを自負する魔物です。


この程度の疑問を解決するだけの知識なら、いくらでも記憶の引き出しの中にしまってありますとも。


「どう見ても人間、であることが人間である証になると仰るのでしたら、私も貴公方も、本日より人間であると自覚頂かなければなりませんよ?」


おかっぱさんの静かな声音が響きます。


そう。要するに、夜風に運ばれた花壇の花弁が何の抵抗もなしに通り抜けていく僕の体。彼らの存在の本質も、これと理論的には同じだということでしょう。


今、誰の目にも見えていない僕は、単に目に見えないだけではないのです。魔物相手にそんな中途半端な目眩ましじゃ、とっくに僕の存在などバレてしまっていたでしょう。


(無形のモノ、ですか……)


本当に面倒だな、と心の中で呟きます。


僕にとっての肉体とは、一応は血であり肉であるのですが、その実体は、魂から滲み出る純粋な魔力が長い年月で凝り固まった塊です。


あまりに魔力も魂も濃く膨大な存在であるが故に、それは元々あった物理的な肉体を侵食し尽くし、その膨大な情報が、血と肉と命と呼べるほどの質量を持ってしまったのです。


それは僕のような魔物が、不死者と呼ばれる所以でもあり、こんな風に肉体の嵩を魔力に薄めて物理的に無くしたり、肉体無くしても魂を保てたりすることが可能な理由でもあります。僕クラスになれば、衣服や持ち物すら、己の魂の一部であるかのように魔力に取り込まれてしまいます。


ではでは、別段そんな強大な魔力も持たず、膨大な時間にも耐えることが敵わない、卑小な魂を持つ魔物が、個に一つしかない肉体を捨てたら、さてどうなるのでしょう?


と、こういう問題ってな訳です。


まぁ、肉体を魔力で形成出来ないタイプの、所謂生身の躯を持つ魔物は、普通の生き物と同じく、基本、肉体の外で魂を維持することは困難なのですが。


輪廻転生?そんなものは、信仰と引き換えに神様に贔屓された人間だけに許された特権です。


例外事例を自分の眷族にしてしまった僕が言うと何の説得力もありませんが、それでも魔物の魂が神とか悪魔とかに拾われるのはかなりレアなケースと言えましょう。


大概はそのまま魔力を散らして消滅するか、或いは、


「よもや、奴も我らと同じく、人間の体に憑いているということですか?閣下?」


他の生き物の肉体を乗っとるか。


《憑き物》と称せば、地球でもメジャーな妖怪の形態の一つではないでしょうか。


そんな小物と間違われるのは、屈辱以外の何物でもありませんけれど。


「いえ。借り物のお体であの魔力を維持なされているとは考えがたきことです。強力な言霊に、巫女をも謀る魂の隠蔽技術、そして高度な精神魔法。恐らくは、かなり高位の不死者様であらせられるかと」


おかっぱさんの言葉で僕の名誉は回復されましたが、正体を見破られるのも、それはそれでなんだかちょっと悔しい、思春期真っ只中の乙女みたいな繊細な心境の僕です。


「げぇー。吸血鬼かよ。て、なんでそんなのが人間の勇者なんかに選ばれてんの?女神アホじゃね?ってか、人間に味方とかそいつバカじゃね?」


女神がアホな件については、まだお会いもしてないですし、反論する材料がまったくないので、そこは一旦置いておくとしても、誰がバカですって?いい加減無礼極まりないモヒカンですね。


えぇ、バカですよ。我ながら腹が立つほどに。申し開きなどあろうはずもないですけど。


「し、しかし、閣下、あの勇者が同胞だというのでしたら、必ずしも我らにとって敵になるとは……」


未だにがたがたと震えながら、必死に発言したグレーズさんの声はすぐに萎んで消えていきます。


「人間に膝を折り媚びへつらっておられる誇りなき方を、私どものお仲間に……と?」


僕の位置からはおかっぱさんの表情は見えませんが、なんとなく想像したくないなと、心臓麻痺でも起こしたようなグレーズさんと俄に後退るバツァン兄弟の怯えた顔を見て思いました。


それにしても、バカは事実なので許せますが、誇りのあるなしを憑き物ごときに量られるのは非常に不快ですね。必死に殺気が溢れないよう己を律します。


「しかし、閣下、例えば、我らのように大義の為、敢えて屈辱を堪え忍んでいる可能性もありますぞ」


今にも口から魂が溢れてしまいそうなグレーズさんを見かねてか、バツァン兄が恐縮しながらも正論を言います。しかし、おかっぱさんは固くなに首を横に振ります。


「お忘れですか?彼はこのイーサに在るべきモノではなく、忌々しきアルガによって支配されし《勇者》と選定されし者であらせられますよ。現にグレンズラ荒野の崇高なる一族を既に根絶やしにしたとも聞き及んでおります」


「な、グレンズラの狼っちが……くそっ、許せねー!」


まぁ、僕というか、大半は千早さんが殺っちゃったんですけどね。


しかし、女神に支配されし者、ですか。魔物サイドというか、客観的に外から見るとやはり勇者ってその位置付けですよね。


「彼がたとえどのような大義をお持ちであろうとも、飽くまで女神にとって都合のよい存在でなければ、そもそもこの世界に在ることなど許されません」


そう、神が絡むってことはそういうこと。


たとえ、僕が神を神とも思わぬ吸血鬼の王であろうと、なんだかこの世界でも魔王になれそうな兆しがあろうとも。


世界単位で余所者である僕が今、このイーサに存在していられるということ、それ自体が既に女神の意図するところなのです。


本当に、こんなにも屈辱で魂を焼き千切られそうなほどの僕に誇りがないだなんて、知りもしない癖によくも言ってくれたものです。


「あの勇者が我らに味方するならば、それも女神の掌の内、ということですな。ならばやはりグレーズの失態は大きい」


重々しくも頷いたバツァン兄の言葉に、グレーズさんは酷く肩を痙攣させ、その場から逃れようともがきます。


しかし、脇を固めたマッチョ二人はびくともせず、ますますグレーズさんの人間らしい平凡な顔が恐怖に歪むだけでした。


「観念しな、マナク=ババ、敵の術に負け、掟に反したあんたが悪りぃって」


多少同情が滲む声で弟が呟きます。しかし敵地で恐らくはその本名を呼ぶってことは、きっとこの世界では死刑宣告と同義なんじゃないのでしょうか。


「お、お許しを……」


「畏れ多いことを。私には尊き同胞を裁く権限など御座いません。それは唯一、悪魔の星に認められしあの御方にのみに許されし所業。私は与えられた崇高なる任務に不必要なものを排除するだけ」


「……ひっ」


淀みなく淡々と言い放ったおかっぱさんの指が、グレーズさん、否、マナク=ババに乗っ取られたグレーズさんの肉体を指し示しました。


指先から既に見慣れた気緑色の鮮やかな魔力が放出され、グレーズさんの肉体へ貫くように侵入します。


声も上げる暇もなく、その魔力に絡めとられるマナク=ババの本体。


僕の目には拳大の巨大な蜂の姿に見えるその異形の魂を、なんの躊躇もなくおかっぱさんは捻り潰しました。


「うっ……」

「げっ……」


魂が型を失い霧散する時に広がる、独特の甲高い周波と共に、バツァン兄弟の喉が恐怖に引き吊った音を鳴らします。


支配者を喪ったグレーズさんの体ががくりと折れ曲がりました。


「う、うわ〜。大将、ほんとにマナク消しちまったよ〜」


ピクリとも動かなくなったグレーズさんを見下ろして、弟がひくひくと堅い笑みを浮かべています。


「……しかし閣下、勇者の魔術に掛かっていたといえ、相手は高位魔族だと……ならば、いた仕方がない部分もあったのでは……」


「既に計画は最終段階に差し掛かっております。不要な魂を保管する余裕は残念ながら御座いません」


今更、罪人に同情を寄せるバツァン兄の不毛な弁護は、当然、あっさりとおかっぱさんに一蹴されました。


この三人の関係性からして、バツァン兄弟にしてみれば、明らかに明日は我が身なこの状況に、二人は改めて気を引き締めたことでしょう。


「で、この身体(ぬけがら)はどーすんスか?喰っちまっていい?」


意外と切り替えの早いバツァン弟が、モヒカンを揺らしながら、おかっぱさんにおねだりをしました。


いやでも、人間の肉体で人間の肉体を食らうというのは、顎の機能とか、胃の大きさとか、かなり非現実的だと思うんですけど。


「弟よ、今の我らの身体は只の人間。生肉など腹を下すぞ」


「えー。肉食いたいも〜ん」


割りと真面目に人肉を食べたがってる様子のモヒカンおじさんが見せる、気持ち悪い駄々っ子っぷりに僕は精神の鳥肌が止まりません。


「好きになさいませ。どうせ、この不浄なる体も明日までの辛抱です。聖なる神殿の庭に無惨な死骸を晒して差し上げれば、良き目眩ましにもなるでしょう。あぁ、しかしまずは《アレ》を回収して頂かないと」


「おぉ、そうでしたな。そう言えばマナクに持たせて……」


「……あいつ何処に仕舞ったわけ?」


猟奇的なおかっぱさんの指示の下、グレーズさんの白い神官服の懐を漁りながら、マッチョ二人が一様に顔を見合わせます。


次の瞬間には二人して青ざめ、今度は乱暴にその衣を破り捨てるよに引き剥がしました。


勘弁してください、服をひん剥かれたおっさんの実況なんてしたくないんですけど。


あっという間に全裸にされた可哀想なグレーズさんをマッチョ二人は地面に放り捨て、手に残った布を必死で漁っています。


しかし僕も昼間から着ているから知ってますけど、一枚布を複雑に巻き付けただけの衣服にポケットなんて便利なものはなく、袖の下と懐と、まぁ、下品な話をすれば、締め方を知らない外人がつけた褌みたいな様式の下着の中以外に、何かを仕舞う場所などありません。


見る見る二人の表情が一時前のグレーズさんそっくりに変貌していきます。


「あ、ありません、閣下……」


ばさりと白い布がグレーズさんの倒れている地面に落ちました。


迫り来る嫌な予感に、僕はもう誰にも見られていないのをいいことに、意味もなく不気味に微笑むしかありません。


「……あの勇者に強奪された、としか考えられません」


「ってことは、オレ等の計画にやっぱ感づいてやがんのか、あの餓鬼んちょ」


いや、だから餓鬼んちょは置いておくとして、間違いなく今現在だって何の計画にも感づいてないと宣言できます。というかうっかり何かに感付かないよう、必死で邪推を戒め、無関係を貫いている僕の努力を認めてください。


僕の質量を消した実体ごと懐にしまってある、古びれた何かの皮紙を思い出し、強奪と表現すべきか己に問い質します。


いやいや、違います。譲り受けたんです。あれは親切なマナク=ババさんの御厚意です。


しかも、あんなの何の変鉄もない、単なる精巧な神殿の見取り図じゃないですか……って、んな訳はないか。


「マナク=ババ、苦しませず消して差し上げたのは、少々軽率でした。まさか私どもの計画の要である《歪曲の地図》を敵に渡してしまわれていたとは」


ですよねー。なんか解りませんが、そういう危険な感じのキーアイテムですよねー。


おかっぱさんが、背後に聳える神殿の、丁度僕らの客室あたりの窓を視界に入れようとするかのように、僕の立っている方向へと振り返ります。


漸く僕が目にしたその魔族の表情は、なんで今までこいつが妖怪だと気が付かなかったかな、と己を叱りつけるだけの価値があるものでした。


「あれは私どもの計画の成就に不可欠な力。どのような手段を使ってでもお返し頂くしかありますまい……今夜中に、必ず」


もう大分夜空の果てに移動しつつある月と、おかっぱさんが睨み付ける先にある、イチローがすやすや眠っているだろう僕用の客室。


マッチョ兄弟は、おかっぱさんの背に向かって無言のまま恭しく膝を折ります。


「……必ずや。我が君の復活を」


おかっぱさんの冷たい声に滲む、決意に満ちた狂気の熱。

かつて僕の存在にもよく慣れ親しんだ、魔物らしい狂暴な魔力から生まれた声。


未だに暇潰しのぬるま湯を捨てきれず、飢えに甘んじて吸血すら儘ならない僕へと覚悟を促すかのように、その声は結界に閉ざされた中庭で静かに反響していきました。


「我らが真なる主、唯一絶対なる真の大魔王、オウル陛下の復活を!!!」


………………ねぇ、女神様?わざわざ異世界で平穏無事に暮らしていた善良なるモンスター捕まえて、掌で転がそうが戦争に巻き込もうが、今更文句言う気力もないですけどね。


あんた僕に何をどうしろって言うんですか。

どうです?たまには感想なんていかがでしょう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ