16.物影に隠れるのは魔物の基本です。
遅くなりました。しかもまた短い……最近、全然がっつりしてなくてごめんなさい。
確かに僕は、限りなく不死身ですし、けっこう無敵ですけど、決して万能じゃないんですよ。
地球で王様だ魔王だと都合良く持ち上げられ、散々面倒な頼み事を持って押し掛けてくる同胞達に、いや待て無茶言うなよと、よく使っていた説得の台詞です。
それでも最終的には、なんだかんだで義理人情で押し切られ貧乏くじ引いてしまうのが、お人好しの鈴木くんキャラが染み着いてしまっていた昨今、僕に強いられてきた悲しい結末ではあったのですが。
だけど地球での僕はね、かなり振り切れた上限とはいえ、自分の限界というものを、侵してはならない領域というものを、ちゃんと弁えていたと思います。
少なくとも、人間の下らない倫理観や訳のわからない恋心なんかにかまけて飢えを我慢したり、神様と喧嘩を売買するような無茶苦茶な無鉄砲ではありませんでした。
考えてみればみるほど、笑うしかないくらいの無茶苦茶を自発的にしている己に、いい加減愛想も尽きてしまいそうです。
だって、こんな今にも倒れそうな吸血鬼、万能云々の前に、不死身や無敵という言葉すら遥か彼方に霞んでいくことでしょう。
地球で僕を倒すことを人生の目的にしていたバンパイヤハンターさん方も、今の僕を見たら、寧ろ同情して情けでも掛けてしまうんじゃないでしょうか。
と、まぁ、なんとも情けない思考を垂れ流す僕を尻目に、見覚えのある渡り廊下を魔力の蛇がうねうねと進んでいきます。黄緑と黒の毒々しい燐光が石の床に揺らめいています。
この蛇も、勿論僕自身も、他者の視界に入らないように対処ならしてあるんですが、何となく人の目から隠れるように月明かりを避けて柱の影に身を寄せました。
頭の中で見取り図を開き、この廊下の先はイチローを拾った中庭であることに気が付きます。
丁度夕方、イチローと追い駆けっこをした辺りに、僅かな魔力と数人の人間の気配を察し、先行く蛇を呼び戻しました。
すぐに蛇は従順に向きを変えます。しかし、僕の方へと這い寄りながらもくねくねと首先を持ち上げ、訴えるように中庭の方角へと幾度も振り返っています。
どうやら、この魔力の主もそこに居ることは間違いなさそうです。普通に考えれば、アローチェスさんとバッツァン兄弟と浚われたグレーズさんがいるのでしょうね。
この蛇さえ上手く活用できれば、相手が何者であろうと、別にこそこそ隠れる必要なんてないんですが。
「……流石にこれ以上は維持できない、と」
僕は柱にもたれて、疲労と飢えで随分とノリがよくなっている肉体が表現する、リアリティー溢れる目眩と動悸をやり過ごしながら呟きました。
僕の魔力とターゲットの魔力の融合体は、僕の足元に辿り着くなり、しゅうしゅうと煙のように消えていきます。僕は足先に光る蛇の残像を踏み潰しました。
そりゃ人には、いや人じゃないですけど、どんなものにも得手不得手っていうのがありますよ。
僕は、破壊や隠蔽、催眠や支配なんかを目的とした魔法ならお手の物ではありますが、反対に創造や修復、強化や活性を促す魔法はちょっと苦手です。
あの蛇は、まぁ、簡単に言えば即席の使い魔みたいなもので、僕の魔力で他者の魔力を支配し融合させる、つまり擬似的な生命創造魔法でもあります。
それでも地球にいた頃の僕にとっては、単に手順や魔力消費が面倒臭いってだけだったんですけどね。今、はっきりとした苦手意識が芽生えてしまいます。
それほどまでにこの探索は、さっきまで僕にあった魔力的な余裕を、尽く振り出しに戻してくれました。
先輩には大見得切って、あと二、三日なんて言っちゃいましたが、この分じゃ少なくとも明日中には、諸々片を付けなきゃならないような感じです。
「……なら、こちらから動いていくしかないですよね」
僕は残り滓みたいな魔力をかき集め、辺りの水蒸気に隠され漂っている自分の姿を更に希薄にし、慎重な足取り……というか浮いてるんですけど、夜霧に紛れて中庭へと浸入ました。
何か薄い結界をすり抜けた感じがしましたが、途端に怒声が聞こえ始めたので音響を遮断する結界だったようです。おっと、うっかり壊さなくて良かった。
「畜生、何なのだ!あの勇者どもはっ!」
やっぱり何となく木の影に隠れて辺りを伺う僕の視界に現れたのは、四人の男の姿でした。
しかし、意外にも全て見知った顔で驚きです。
「兄貴ぃ、声、声、でけーよ。落ち着けって」
ショッキングピンクの目を吊り上げて叫ぶスキンヘッドを、蛍光ピンクのモヒカンがこそこそと宥めています。
見間違う筈のない個性的な色合いのツインマッチョどもと、二人に挟まれてガタガタ震えているグレーズさん。
「声は広がらぬよう手配させて頂きました。しかし、落ち着かれるのは善きことかと」
それから、僕の位置からは背中しか見えませんが、見覚えのある鮮やかな緑色のおかっぱ頭。
うん、魔力の元はどうやらこの人です。夕食の時、彼の魔力を読み取れなかったのは屈辱以外の何物でもありませんが、腑抜けた僕から実力を隠せるくらいの、それなりの使い手だということでしょう。
そう、つまり、あのスキンヘッドとモヒカンがバツァン兄弟で、おかっぱさんがアローチェス神官ということみたいで間違いなさそうです。
彼らが今のところ、この世界での数少ない顔見知りであることが、誰の陰謀か何の因縁かは、まだ図りかねますが。
「しかし、閣下、落ち着いている場合ではございませんぞ。よもや我らの計画も奴等め、把握しているのではあるまいか」
怒声を鎮め、口調を改めたスキンヘッド、バツァン兄(仮)がおかっぱさんに応じます。
もうアルディスキア語なら僕はかなりマスターしているのですが、しかし《閣下》などという呼称はこの神殿では使われていなかった筈です。
信徒は位の差はあれ神からの扱いは平等、らしいですから、肩書きで呼ばれるのは神官長と巫女様ぐらいで、あとの神官は洗礼名+神官とお呼びすれば失礼はありませんってハンドブックにも書いてありましたし。
「し、信じてください。私は何も話していません!」
「勇者の魔法でラリってた奴を信じられっかっての」
逃げられないようにか、がっちりと脇をマッチョで固められ、震えながら訴えるグレーズさんを、バツァン弟(仮)が小突きます。
「てぇーか、大将、魔法で音消してンなら、このキタねぇ言語やめていい?オレらだけなら構わんっしょ?」
「……許可致しましょう。ですが念の為、実の名は語らぬよう」
おかっぱさんの口から、初めて聞く言語が発せられます。それを皮切りにバツァン兄弟もその言語で話し始めました。
あまりにもアルディスキア語とかけ離れた発音と文法だったので、一瞬まごつきましたが、僕も覚えかけのアルディスキア語は一旦頭から追いやり、新たな言語から解析された言霊へと耳を傾けました。
同時に猛スピードで情報の整理と推理を繰り返します。
外部に音が漏れない状態じゃなければ使えない母国語に、知られてはいけない実名。
まぁ、謎かけとしてはちょっと簡単すぎですかね。スフィンクスといい勝負が出来そうです。
「承知申した。万が一、巫女に知られるようなことがあってはなりませんからな」
「巫女っていうよか、あれって魔女じゃね?」
兄弟とも筋肉隆々ではありますが、この神殿のルールに漏れず40代半ばくらいのおっさんなんです。
ですが、兄は兎も角、弟の方の話し方や振舞いは何故か異様に幼く、やけに目に付きます。言語を変えてからは特に顕著に感じられました。なんだか地球でコンビニとかに群れてる偏差値低めな同級生の口調に変換されています。
「どちらでも私どもにとっては同じこと。さて、親愛なる同胞よ、今一度、詳しく御説明頂けませんか?勇者様は貴方に何をされた?」
この角度からはおかっぱさんの顔は見えないのですが、見える位置に移動しようという気がまるで起こらないくらい、僕から正面に見えるグレーズさんの顔は魅惑的に真っ青になり歪められています。
飢えた魔物には寧ろ毒な程に恐怖に彩られた表情で、グレーズさんは震えながらも必死におかっぱさんから距離を取ろうとしています。両脇のマッチョ兄弟が決して許しはしないようですが。
「お許しを、閣下……。あいつは、あの勇者の一人は、化け物なのです」
うん、僕のことですよね。だとしたらバッチリ真相を解明していますよ。グレーズさん。
彼の言葉にマッチョ兄弟が怪訝そうに首を傾げました。
「ふむ、勇者チハヤか。忌々しいが、あれは伝説の存在であるからな。巫女め、何故今更……」
「あの幽霊なんじゃね、文字通りお化けじゃん。超ウケたんですけどー。何あれ、失敗?死んじゃったの?あり得ねー」
ポーズはおんなじですが、てんでバラバラなことを言う兄弟の言葉をグレーズさんがぶんぶん首を振って否定します。
「いえ、奴等ではなく……」
「貴殿が監視を担当された勇者様ですね?」
抑揚のないおかっぱさんの声音が静かに正解を言い当てました。
「は、はい。その通りです。あの少年は……」
「えー、あんたの担当って、あの一番地味でひょろっちぃ餓鬼んちょだろー?」
頷くグレーズさんを遮って、弟が納得いかなそうに口を挟みます。僕も餓鬼んちょ呼ばわりは激しく納得がいかないのですが、まさか口を挟む訳にもいかず、ぐっと堪えます。
「それでも忌々しき女神がお選びになった勇者の一人ですよ。ただ者ではありますまい。彼は言霊を修得されておられましたから。現にこの同胞を含め、あの階の見張り達に掛けられていた催眠魔法は、恐らくあの少年一人の手によるものかと思われます」
おかっぱさんの言葉にピンクのふたりが揃って息を飲み顔を見合わせます。
「なんと。ですが、まだ神使とも契約せぬままそのようなことが……。博士の研究では《アース》では現在、高位の魔法は絶えているということだった筈でございますよ」
バツァン兄が恐縮しながらも意を唱えます。
「アドナ博士がなされているのは、《アースに住まう人間》についてのご研究ですから」
「えー、なにそれあり得ねーんですけど。じゃあ、なんスか、あの餓鬼んちょも……」
餓鬼んちょは取り敢えず置いておくとして、何故に餓鬼んちょ《も》、なんですか。この僕を何と同列にするつもりですか。
僕はモヒカンの言葉尻に悩まされながら、淡々としたおかっぱさんの声に耳を傾けます。あの、のっぺりと表情のない顔を思い出しながら激しく後悔しています。なんかこの世界にきてから僕は後悔ばっかりです。
僕は、千早さんをいいように利用しようとしているエミューウールさんの企みを阻止し、延いては、この聖メイアディーチ神殿の暗部を炙り出してやるつもりで、柄にもなく陽動なんてしていたんですけどね。
「彼も、私どもと同胞……魔族だと見てまず間違いないでしょう」
どうやら僕は、まったく別件の、しかもどうやら比喩では済まされない方の《暗部》に潜り込んでしまったようです。
なかなか進みませんね。どうなるんでしょうね。




