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14.そして僕の事情。

動き出す為の前哨戦、その二。頑張ったけどやっぱり長いわ!

「月、は、一つならば……他に何が複数あるというんだ?」


「……知ってる癖に」


激しく後悔に苛まれながらも、僕はなんとか優勢そうな笑顔のまま、努めて穏やかに答えました。


逢坂先輩が吸血鬼になってから一番のしかめ面で僕を睨みます。

いや、基本的に通常使用が険しい表情の先輩ではありますが、更にもう1ランク上の厳めしさを、その無駄に美しい顔でここまで表現してみせるとは。


て、先輩の顔に見惚れるなどと、僕の現実逃避もいい加減、そろそろ末期的な症状になってきています。


「月と比較されるのなんて、すっぽんか太陽くらいじゃないんですか。で、先輩はどっちのことだと思います?」


とはいえ、最早この話題から僕が逃げる術などあろう筈もなく。

ならば、一応なりとも主としての矜持を保つべく、僕は飄々と揶揄混じりに問い返します。


あんな些細な接続詞の齟齬に食い付いてきたんですから、勿論先輩にも見えるんでしょう?あの怪しい二つ目の太陽が。

それは恐らく、千早さんにも、一條先生にも、花子さんにも、そして太陽神の巫女であるエミューウールさんにさえも見えていないように思われました。


日中、散々僕を苛つかせた焼け爛れたような赤い光。その存在を目視できるのに、眩しさどころかあの光は影すら生まず、熱も全く感じない、それでも、太陽、と表現するしかない真昼に輝く天体。


先輩はかつてこの世界を手中に収めかけた大魔王の魂を持つ者です。あの太陽の存在が意味するところも、大魔王オウルならば、知っていて当然のことなんでしょう。


ここは潔く覚悟を決めて、彼の主たる僕もその情報を共有するしかありません。録な情報ではない、というのは今更、予測するまでもないことですが。


「…………この部屋に結界は張ってあるな?」


「あ、はい。もちろん、ご安心を。先輩がいくら前世の思い出を語っても、神官達に聞かれる心配はないですよ」


うっかり神官さんの邪な気持ちが元で、先輩の吐瀉物が灰です、なんてばれちゃ困るので、この部屋には予め僕の部屋に使ったのと同じタイプの幻影結界が張ってあります。


一條先生には見破られてしまいましたが、飽くまで結界を張ってることを気付かれない結界ってのが売りなんで、先輩の確認がとりあえず疑問系なことに内心胸を撫で下ろしています。


「ちぃや導きの巫女……それに一條は、お前のこの結界を破れると思うか?」


「……は?」


勿体ぶる訳ではないのでしょうが、唐突に先輩がそんなことを言い出すので、僕は思わずきょとんとして首を傾げます。


だけど次の瞬間に、先輩が言わんとすることを察して、流石に気を引き締めました。


「……魔力の余裕がないんで、絶対破られないって自信は正直ありませんけど……でもさすがに、外部からの破壊や盗聴行為を受けて、気が付かないってまで落ちぶれちゃいないですよ」


え、何?そこまでヤバイ話なんですか?


「でも、千早さんや巫女さんに先輩の前世を隠したいのは分かるとして、一條先生はたぶんある程度は気付いてますよ?それでもオフレコにしなきゃならない話なんですか?」


流石にもう椅子に座る気は起きず、窓際に寄って硝子に凭れながら先輩へと首を傾げて見せます。


エミューウールさんはともかく、先生や千早さんを出し抜く目的など今更ありやしませんが、こちとら魔法に関して人間や半神ごときに遅れをとるわけには参りません。


念の為、感覚を巡らして結界の強度や気密性を確かめ、今言った自分の言葉が正しく事実であることを改めて確信します。


先輩は重々しく頷きました。


「……一條は、不味いだろうな。あれはあぁいう奴だが、決して情に流される類いの人間ではない」


一度は情け容赦なく殺されかけた僕ですし、それは確かに同意見ですが。


焦燥は苛立ちとなって僕を急き立てます。


「……どういうことですか?」


一條先生、否、安倍晴明を敵にまわす類いの話と言われれば、実はもう、大体のことは想像が着いているのですけど。


自分の察しの良さにうんざりしながらも、僕の予想が外れるという奇跡にすがって、気付かない振りを貫きます。


奇跡、なんて魔物の代表たるこの身には、未来永劫降かかる筈もない事象だとは知りながら。


「俺にはもう見ることの出来ないものが、お前には見えているということだ」


先輩にしては珍しく遠回しな物言いの答えでした。しかし、数千年と鍛えぬかれた理解力をもつ僕にとっては時間稼ぎにすらなりません。


先輩にも見える、というのは完全なる僕の早とちり。真実は、魔王オウルには見えていた、ということのようです。逢坂先輩ではなく。


いや、それどころか、きっと真実はもう少し残酷です。


「あれは、恐らく今は……お前にしか見ることができない」


ほら、言わんこっちゃない。


予想通りの展開です。この世界がテンプレをこじららせ、厨二病を患わっていることなど、既に重々承知していましたよ。


「……それで《あれ》って?僕の結界なら完璧です。勿体振らないではっきり言ってください」


覚悟ならできてますと、余裕の微笑を崩さず言う僕に、先輩は観念したように頷きました。


「お前には太陽が二つ、見えていたのだろう?」


「えぇ。地球と変わらないのと、どう考えても邪悪な感じのが一個ずつ」


僕へと注がれていた先輩の視線が、僕の背後に広がる、窓の向こうの夜空へと遠退きました。


まだ世界の裏側に潜んでいる筈の朝日を探すかのように、先輩は聖結界で霧めいて見える彼方の山脈を見ています。


「……その邪悪な方の太陽は《悪魔の星》という」


本当に他者に聞かれることを拒んでいるような、先輩の低く抑えた声。無意識か、僕の知らない言語帯で先輩が言いました。僕は慌てて言霊を読み取ります。


そしてまた、この、記憶の奥に土足で踏み込んむような、気持ちの悪い符合。しかも今までで一番、強烈なのに襲われました。


僕は気の効いた相槌も打てず、いきなり変わってしまった言語に突っ込みすらいれらず、一瞬で精神がフリーズしてしまいます。


表情筋の存在を忘れ、まだ笑顔を張り付けたままの僕の場違いな顔に構うこともなく、先輩は淡々と話を続けます。


「あれは、この世界イーサでたった一匹の魔物にだけ、《魔王》と呼ばれる存在にだけ見える、滅びの太陽だ」


それはもう、ある程度、心の底では完成していた仮説の答え合わせです。

だから、先輩の話自体は別に今更ショックでも何でもないことでした。


だって僕の地球での立ち位置を思えば、あなたは勇者です、なんて言葉よりよっぽど現実味があるでしょう。


なのに僕は気持ち悪い顔で固まったまま、凍ったように思考を止め、呼吸はおろか、心臓すら動きだそうとしません。


「……鈴木?」


遠い目のまま回想モードに入ろうとしていた先輩も、流石に僕の異常に気が付いたみたいです。


「おい、しっかりしろ」


たぶん、魔王宣告にショックを受けていると勘違いされてるんでしょうが、らしくない気遣わしげな先輩の声に、漸く僕の意識が再起動します。肉体の魔力を循環させ、鼓動と呼吸を促しました。


久し振りにエンジンのかかったポンコツみたいに、身体が震え、一度止めた呼吸の反動で肺から急ブレーキみたいな音が響きます。


「……っや、なんか、その、すみません。さすがにちょっと驚きまして」


幾度か犬みたいに首を振りながら、顔の表情を普通に真面目なものにしました。


先輩の天然記念物な気遣いを無駄にしちゃ悪いので、自然にただ予期せぬ事実に狼狽しまくっている小心者の演技をします。


この胸を巣くう不安を先輩に打ち明けたところで、今は話がややこしくなるだけですし。


「……いや、無理もないが。続けて平気か?」


そんな殊勝な態度の先輩に、僕は新種の鳥肌と悪寒を感じて再び身震いしてしまいます。


「も、もちろんです。ていうか、こんな重大発表を宙ぶらりんで止められても困りますって。嫌だと言うなら、命令使ってでも話して貰うつもりですよ?」


慌てて声の調子を戻し、いつもの軽薄な口調で言う僕に、先輩も漸くいつもの不快そうな睨みを効かせてくれてました。なんだか安心感すら覚えてしまいます。


「とはいえ、お前なら、ここまで言えばもう大概は察しているのではないか?」


「いや、まぁ……ねぇ」


鋭く僕を見定める先輩へ、曖昧に笑ったまま頷きます。


「この世界では、勇者と同じく魔王も何らかの意思によって《選ばれる》存在だということ、ですよね?」


神使とよばれる武器の選定に適わなければ、魔王を倒すことは出来ない、ということが事実ならば、魔王という存在にもまた、数多の魔物には持ち得ない《特別な何か》がなければならないのでしょう。


「……そうだ」


先輩は僕の言葉へシンプルに肯定の返事をし、僕はなんとなく白けて鼻を鳴らします。


「まぁ、でも、納得です。確かに勇者が聖なる武器に《選ばれる》世界ですからね、ここは。対する魔王にだって何かしらの守護のもと、証なり選定なりあったほうが自然です」


そういうものか、と僕の理論にはいまいちぴんとこない様子で先輩が首を傾げます。


「だが、その通りだ。この世界で魔の王とは、悪魔の星に選ばれた魔物にのみ与えられる地位……地球の魔王は、どうやら違うようだな」


「いや、だから、地球にそんな恥ずかしい地位はないですからね」


うんざりと訂正する僕を、先輩が探るような半眼で睨みました。


「……だが、地球の魔物達はお前のことを王と呼んでいただろう」


なんでそんなこと知っているんだと、一瞬僕の目も警戒に細まりますが、間違っても地球ではただのシスコンでしかなかった先輩にバレるようなことはなかったと思い直します。


そうです。よくよく考えれば、先輩とは昼間、散々魂の奪い合いをした仲なのでした。


僕が先輩の記憶の核に触れたのに、僕の記憶を先輩が見なかったなんてほうが不自然です。記憶どころか魂全部をあの時は危うく奪われかけたんですから。


先輩とは違い、僕は肝心の弱味や大事な記憶はなんとか守りきった手応えがありましたが、どうでもいいここ最近、二、三百年分くらいの記憶なら垂れ流しだったのかもしれません。


「ったく、盗撮犯はどっちだか……確かに僕を魔王呼ばわりする仲間は結構いますけどね。あんなのは嫌がらせ……というか、ごっこ遊びみたいなもんですよ……ロープレにハマった友人が呼びだしたのが、いつの間にか広まってしまっただけです」


地球じゃちょっとしたファンタジーブームの只中でしたからね。存在が生まれつきファンタジーな魑魅魍魎からすれば、たとえるならば身内が芸能人になったみたいな、そんな妙な盛り上がり感がありまして。


話しながら、地球ってほんと平和だったなぁと改めてしみじみ思います。


今更ですが、単なる阿呆の集まりだと思っていた同胞達さえも恋しく感じてしまう、この追い詰められた状況に、苦笑いを禁じ得ません。


「そりゃ、確かに神でも悪魔でもない単品のモンスターとしては、僕の魂は規格外でしたからね。逆らえる奴もいなかったですし、ゲームでいうところの、ラスボスな要素はそれなりに兼ね備えてはいましたけど」


まず根本が違うでしょう?と視線で先輩に投げ掛ければ、呆れ顔で僕の話しに耳を傾けていた先輩は、溜め息と共に答えを返してくれました。


「……地球には《勇者》がいない、か」


「そ。御存知かと思いますが、現代地球の神様って、徹底した放任主義者ですからね」


この世界を知りながら、日本人として生まれてしまった先輩なら、地球の神様の影があまりに薄すぎて驚いたんではないでしょうか。


「確かに、真に存在するか否かすら、魔力の無い人間の身では判断が付かなかった。あれだけ神の概念が確立した世界でありながら、おかしいとは思っていたが…………いや、正直、どうでもよかったが……」


先輩が地球で平和に満ち足りた人生を送っていたことは、モンスターなんてふざけた暮しを送っていた僕よりもずっと明白です。だから今更、地球の神だの悪魔だの妖怪だのに全く興味が持てなかったのも当然です。現役の僕ですら、けっこうどうでもいいと思ってましたから。


「あれでも、大昔は先輩レベルで超過保護だったんですけどねー。少なくとも今はちゃんと子離れ出来ています」


なんだその喩えはと不貞腐れる先輩を笑いながら、僕は話を続けます。


「地球で人間を選ぶのは、どのような地位であれ、飽くまでも同じ人間です」


場合によっては、神様の名前借りて箔を付けたりはしますけどね。基本的に無断借用です。別に訴えられもしませんけどね。


「んで、もちろん僕ら魔物だっておんなじです。神とか悪魔とか高次元の存在が態々関与する余地なんてないんですよ。百歩譲って僕が魔王だとしても、それは単に同じ魔物によって認められた王様です。先輩の言うところの何かよくわからん天体に選ばれし魔王とは意味合いが全く異なります」


「なるほどな」


素直に頷く先輩に、僕もうんうんと頷き返して話題を本題へと進ませます。


「というわけで、僕が先輩に共感できると思ったら大間違いです。悪魔の星、でしたっけ?また随分と痛々しい名前ですね」


「……今はどう呼ばれてるかは知らないが、少なくとも俺はそう教わった。イーサに存在し、言霊を習得できる程の知恵ある魔物ならば、知らぬ者はいない伝説だ」


太陽に寄り添う、存在しえぬ悪魔の星。その星を目にすることが出来る者は、全ての魂を凌ぐ力を与えられ、魔の頂点に君臨するであろう……そういうシンプルかつテンプレな伝聞は、魔物達に累々と語り継がれてきたそうです。


「実際、お前が言ったように、俺は所謂、たかが犬ごとき、と評される程度の魔物だった。恐らく、この世界に住まう魔物の序列も地球と変わらない。長い時を経て強大な魂を得た、お前のような不死者の一族に、寿命も短く矮小な魂しかない俺のような魔物は従うしかなかった」


やっぱりこの世界にもアンデッドっているんですね、うわ、面倒だな、などと頭の隅で思いながら、若き日を回想している先輩の言葉を遮って近道をします。


大魔王オウルの生涯も気にはなりますけど、いい加減夜も更けてきましたし、疲弊しまくっている僕の精神が、無性に千早さん……は無理なので妥協して、無性にイチローを欲しています。つつかれてもいいので、ふわもふといちゃいちゃしたい。辛い現実から束の間の逃避行をしたい。


「ですが、先輩に悪魔の星が見えるようになった時、その力関係すら覆った、と。あの星から先輩へ、魂を急速に成長させるような莫大な力が与えられたんですね?」


というわけで、さっさと僕はスバリ核心に触れてしまいます。


先輩も呆気なく頷いて、最早まったく気遣いのない冷たい声を返しました。


「あぁ。だが、厳密に言えば、俺に力が与えられたと言うよりは、俺の魂自体が力によって塗り替えられた、と言う方が近いのかもしれない。どう考えても俺のものではない膨大な記憶を焼き付けられると共にな」


そこで一つ解決しそうな疑問を見つけて、僕は軽く指を鳴らします。


「あ、そっか、だから魔王は《復活》するんですね。先輩の犬の癖に馬鹿みたいに大量保存されてあったあの記憶は、その悪魔の星によって植え付けられた他人、いや、他魔王の記憶だったというわけですか。じゃ、悪魔の星って歴代魔王の魂の集合体……いやあれはどう見ても恒星だし、保存媒体ってとこか………うん?……いやでも………あー……なんだこれ、クソゲーの臭いがぷんぷんしますねぇ」


猛スピードで仮説を組み立てたり解体したりしながら、ぶつぶつ愚痴る僕を余所に、先輩も何やら黙り込んで考えに耽っています。


「先輩が死んだ後、99の魔王が生まれたんですよね……恐らく先輩と同じ様に悪魔の星に魅られて」


先輩が再び、まだ太陽なんてある筈のない、漆黒の窓を睨みました。


「……その筈だ。ただの魔物が魔王と自称しているだけなら、千早を地球から呼び寄せる必要がない。神使でなければ、魔王を傷付けられないのは事実だ」


僕は先輩の視界を遮るように窓の前に立ちはだかり、先輩を見据えています。


「先輩の記憶も、受け継がれたんですかねー?新たなる魔王に」


僕が先輩の自由意思ごと掴んだ、千早さんとの記憶を、千早さんが殺した99人の魔王は把握していたんでしょうか。


先輩ははっとした表情で目を見開き、すぐに激しく首を横に振りました。


「有り得ん……俺はここにいる。悪魔の星がお前が言うように魂の集合体なら、俺が死んだ時、悪魔の星にこの魂は結合しなかったということだろう。魂が分離するなど有り得ないし、もし分離したとしたら、前世のまま完全なるこの魂を俺が保有していることはないはずだ」


早口で正論を確かめるように捲し立てる先輩に頷きつつも、僕は経験に裏付けされた事実を明かします。


「確かに、先輩の魂は分離していないと僕も思います。でもね、《記憶》はまた別物なんですよ」


「……どういうことだ?」


不安さを隠しきれないながらも、鋭い声で先輩が問います。


「記憶なんてね、単に脳……いや魔物なら魂ですかね、何にせよ主観によって蓄積された過去の記録に過ぎません。魔力にさえ正しく変換して読み込む媒体さえあれば、分離は勿論、コピーだって簡単に作れますよ?」


まぁ、簡単、て言ってのけるのは、僕くらいかも知れませんけど。


「貴様は自分の記憶を持つ存在をいくつでも作れるというのか……?ただの不死身より質が悪いぞ」


何を想像したのか知りませんけど、吐き気を堪えるみたいな顔で先輩が言います。


「いや、然るべき媒体とこの記憶に釣り合うだけの魔力さえ確保出来れば、ですけどね。僕の記憶をまるまる写すなんていえば、軽く僕のマックス×10くらいの魔力と、それに耐えうる器が必要ですが。簡単、っていうのは魔法理論上の話で、もちろん、現実にはいろいろ障害がありますよ?実際、僕は……いやいや、僕の話はいいとして」


つい脇道に逸れそうな自分を律し、思考を一つに集中させました。


「悪魔の星は魂の集合体ではなく、数多の記憶を刻み込まれた魔力の塊で、前世の俺はその器として選ばれた、と言いたいのだな」


優秀な先輩が、僕が自分で整理する暇もなく、僕の考えを纏めてくれちゃいます。


「今のとこの仮説ですけどね。先輩の話を聞くぶんには、そう考えるのが一番しっくりすると思います。、だけど、それなら……」


最後で濁った僕の言葉を、先輩は潔く拾って呟きまました。


「……何故、千早は魔王を殺すのか、か」


そう、どうして何度も同じことを繰り返すのか。


……あんなに泣いていたのに。


「先輩の記憶も死して悪魔の星に、そして新たな魔王へと受け継がれたのなら、その記憶の保持者が千早さんを害するとは、僕には考えられないです」


あの奈落の底みたいな魂を、ただの一回の転生で、傲慢でバカ真面目な普通のシスコン男として再生させた千早さんの力は偉大です。

先輩の《その記憶》を見てしまっている僕だって、あれを知って尚、世界を壊したりする神経など想像できませんし。


僕の言葉に、先輩は力強く頷いてみせます。


「あぁ、絶対に。かつての俺が悪魔の星によって、積み重なった記憶に、膨大なる憎しみに囚われたように、もしもこの記憶が魔王に宿ったならば、必ずそいつは知るはずだ…………他者を愛するということを」


今時、新興宗教の勧誘くらいでしか聞かないような恥ずかしい台詞。それなのに僕ですら茶化せないような真摯さを持った言霊が、結界内に反響します。更に先輩は声を絞り出すようにして言いました。


「……絶対に、俺と同じ過ちを繰り返したりするものか」


先輩を変えた愛も、犯した失敗も、全て彼を支配する強請のネタみたいに使ってしまった僕は、今更ながら最低なことしたなってちょっと自己嫌悪に落ち込みます。


でも、それほどに、己の存在全てを犠牲にしても惜しくないほどに、先輩にとって千早さんとの想い出は、かけがえのない大切なものだったんです。


なんか僕が認めるのもどうかと思いますが、先輩と千早さんの絆なら、魔王という存在を覆す力くらいはあるでしょう。


「……でも現実には、千早さんに99回、何の進歩もなく殺されてるんですよね」


僕はふと、ベッドに置き晒された冒険の手引き&異世界マナーハンドブックを浮かして手元へと運びました。もう全部読んで頭には入ってはいるのですが、念のため思い当たった頁を開きます。


読み直しながら、今度は千早さんとの想い出に浸り始めた先輩を現実に連れ戻す為、つらつらと思考を声にし続けました。


「でも、幾つか不可解な点はあります。千早さんは、《復活した魔王は強くなかった》って言い方をしてたんですよ。聖剣が強くなった事実とは別にね、まるで先輩以外の魔王が弱かったみたいな口振りだったでしょう?魔王の記憶が蓄積されるもので、それが魔力として魔物に宿るなら、魔王が新しくなる度に強くなることはあれ、弱くなることって有り得ないように思うんですよねぇ。……それに」


ここいらで先輩の割り込みがあるかなと、言葉を区切って見たのですが、先輩は無言で僕を見詰めるだけだったので、仕方なく自分で告白します。


「現状、僕はあの天体から、記憶どころか、魔力なんかこれっぽっちも、ゴブリン一匹分すら貰えてないんですよ。……ただ太陽がもう一個見えるだけで」


そんな莫大なエネルギー源があったら、少なくとも今頃、僕は多少強引にでも地球に帰っています。


「お前が悪魔の星から力を得ていながら、無力に飢えた演技をしているのなら別だかな」


本気ではないにしろ、主を疑う見上げた根性に僕は苦い顔をします。


「それ、僕になんの得があるんですか。そんな演技力あったら妖怪辞めてハリウッド俳優でも目指してますよ」


「需要がないだろう。アメリカでその顔は。いや、冗談だ。今更、お前の言葉を疑う理由もない」


さらりと恐ろしく失礼なことをいう先輩の、その無駄に欧米受けする顔へ、僕は確認の終わったハンドブックをけっこう凶器なスピードで投げつけます。


「でも、もしかしたら、今の僕のこの状態こそが、魔王が弱くなった、という現象なのかも……」


「……何?」


悔しいことに先輩は飛んでくる冊子をとても普通にキャッチし、何事もなかったような顔をしました。興味深そうに僕の仮説の詳細を促します。


「ほら、先輩に殺されたっていう歴代100人の勇者の敗因は、勇者と選ばれておきながら、神使に適合しきれず力を引き出せなかったことに由来するんですよね?…………だとすれば、同じ様に悪魔の星にも適合、不適合があったりして」


千早さんが100分の1の勇者であるなら、先輩も同じくらいの確立を勝ち抜いた魔王であっても不思議なことではありません。


「僕は、悪魔の星に適合できない魔王、なのかもしれませんね」


それでもしかし、不適合も大概にせいよってくらい、あの天体からは、今のとこなんの繋がりも感じられないんですが。


無言で僕の説を検証している先輩の姿を、窓に凭れて見下しながら、机上で理論を並べることの無意味さを悟ります。


「……ま、なんにしても、今は全力で見えない振りしかないですね。先輩もあと二千年は僕と一蓮托生の可能性大なんですから、協力してくださいね。はー、異世界まで来て僕を倒してめでたしめでたし、なんて、冗談じゃないですよ。……気を付けよ」


緊張感のない僕の言に先輩の溜め息が纏わりました。


僕はいい加減携帯の壁紙みたいに固定されてきた苦笑いの顔で応じるしかありません。


「あ、それと、先輩、その冊子に書いてあることは全部事実ですか?」


僕はもうひとつ疑問を思い出し、不意に先輩の手にあるハンドブックを指差します。


「おい、貴様、ちぃを疑うのか」


せっかく僕が何気ない口調で聞いたのに、先輩は殺気びんびんで答えます。


「いや、千早さんが騙されてるって危険にも目を向けましょうね……ほら、歴代100人の勇者を先輩が屠りって箇所ですよ」


そして、漸く101代目の千早さんが先輩を倒し、その後も99人の魔王を倒し、今、第201代目勇者に就任せんとしています。


なのに、悪魔の星は先輩に、《歴代》魔王の記憶を渡したというのです。


ではその歴代魔王達を倒した勇者は、千早さん達と別系統ということなんでしょうか。


いかにせよ、この世界の情勢については、僕の知識はあまりに心許ないものです。


僕の疑問を先輩は素早く察しました。


「あぁ、俺が悪魔の星から授かった記憶の真の持ち主達は、どうやって滅んだかと聞きたいのか」


眼には眼をの戦法か、先輩が焦らすように言葉を区切ります。

僕は逸る察しの良さを抑えながら、下手に言及せずじっと先輩の言葉を待ちました。


「この記憶が真実なら、俺と同じく勇者によって滅ぼされたんだが…………」


「千早さんではなく?」


思わず途中で問いかける僕に、千早が初めて殺した魔王は俺だと、ちょっと誇らしげに先輩が言いました。


いや、そんなこと自慢されても、流石に羨ましくはないです。


冷めたい眼差しを、納得いかない顔で放つ僕へ、漸く先輩が種明かしをしてくれます。


「……簡単だ。このイーサでは、俺が最初の魔王だったというだけだ」


「…………はは、イーサでは、ですか。そうきましたか」


なんだか、更にスケールがでかくなってしまう予感に、笑い声も引き吊ってしまいます。


「お前も気付いていただろう?元々あの太陽、悪魔の星はこの世界の次元には存在しない」


正直、思い当たらないでもなかったんですが、極力深くは考えないようにしていたことを、先輩は然も当たり前のように言ってのけます。


熱も届かず、影も為さない光の在処なんて、まぁ、そんなに深く考えなくても、それ以外に選択肢もないんですけど。


「別世界の魔王の記憶、ねぇ。だけど、先輩が魔王になる前から《悪魔の星》の伝説はあった訳ですよね……。しかも先輩の魂なんか転生で時空を越えちゃってる訳だし………子離れどころか、とんだモンスターペアレントを相手にしなきゃならないかもしれませんね」


なんとなく地球の流行語を隠れ蓑に、何やら一枚どころか、番町皿屋敷の皿の枚数くらい噛みまくっていそうな偉大なる存在を揶揄しました。


壁に耳あり障子に目あり。誇り高き吸血鬼の完璧なる結界とはいえども、言うなれば、僕らは箱庭の粘土細工ですから。


先輩がトライアスロンを終えたアスリートみたいな疲れきった顔で息を吐きだします。


「……そのアルガの神使と明日契約を強いられるのだぞ、俺達は」


「……あ」


結局、問題はレベルアップして同じ場所に帰還したのでした。



風呂敷?……いいえ、体育館に敷くビニールシートです。畳みますよ、ちゃんと座布団くらいに畳みますとも。

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