やっぱりゲームのキャラには会ってみたかった!
エレノアのお腹は、以前よりもずいぶん大きくなっていた。
出産までは、もう少し時間がかかるらしい。
「お母様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫ですよ。少し身体が重くなってきましたけれど、それくらいです」
エレノアはそう言って、お腹にそっと手を添えた。
その姿を見ていると、レティシアも自然と頬が緩む。
ゲームの設定が正しければ、もうすぐ生まれてくるのは男の子だ。
(予想はしていたけれど、やっぱり嬉しいものね)
弟のことを考えていると、ふと前世の妹のことも思い出した。
(さやかは元気かしら。アイドルにはまり過ぎてないといいけど)
ゲームのレティシアに弟がいたことは覚えているものの、攻略対象でもなければ物語の中心にいた人物でもない。どのような子供だったのかまでは、記憶に残っていなかった。
それでも今は、ゲームの登場人物が一人増えるという感覚ではなかった。
自分の弟が生まれてくる。
そう考えると、単純に楽しみだった。
「生まれたら、わたくしも抱いていいのですよね?」
「もちろんです。ただし、最初はきちんと座って抱くのですよ」
「分かっていますわ」
向かいに座っていたヴィクトルが笑った。
「レティシアなら、一度抱いたら離さなくなりそうだな」
「可愛かったらしょうがないじゃないですか」
「私にも抱かせてほしいよ」
「私の次でお願いします」
エレノアがくすりと笑う。
そんな穏やかな空気の中、ヴィクトルが思い出したように口を開いた。
「そうだ、レティシア。お前にも話しておかなければならないことがある」
「何でしょう?」
「アルベルト殿下との婚約が正式に決まった」
驚きはなかった。
むしろ、やはりそうなったかという気持ちの方が強い。
ゲームでも、レティシア・ローレンは幼い頃から王太子アルベルト・グラディスの婚約者だった。
(やっぱり、ここもゲーム通りなのね)
できれば変わってほしい部分ではあった。
婚約しなければ、将来の婚約破棄も起きない。そう考えたことがないわけではない。
だが、侯爵令嬢である八歳の自分が、王家と父親の間で決められた婚約を拒否するのは難しい。
理由も説明できなかった。
将来、卒業式で婚約を破棄されるので嫌です、などと言えるはずもない。
「来月、王城へ行くことになっている。その時に殿下とも正式に顔を合わせる予定だ」
「来月ですか」
「ええ。それなら準備をしなければいけませんね」
エレノアはにっこり笑った。多分、婚約については知っていたのだろう。
「ドレスも確認しましょう。王妃陛下にもお会いするでしょうし、ご挨拶ももう一度練習しますよ」
「はい、お母様」
どうやら婚約そのものを避ける余地はなさそうだった。
(仕方ないわね)
それなら、ゲームと同じ結末にならないようにするしかない。
アルベルトと問題のない関係を築き、学園でも余計なことをせず、卒業まで無事に過ごす。
少なくともゲームのレティシアと同じ行動を取らなければ、婚約破棄や追放を避けられる可能性はある。
何より、好きだったゲームのキャラクターが実在するのだ。それを見ない手はない。
一か月後、レティシアは両親とともに王城を訪れた。
馬車を降りて城内へ入り、長い廊下を案内されながら歩いていく。
前世でも観光で城を見たことはあったが、当然ながら規模も雰囲気も違う。磨かれた床、大きな窓、壁に並ぶ絵画や装飾品を眺めながら進み、やがて一つの部屋へ通された。
そこには一人の少年がいた。
年齢はレティシアと同じ八歳。
まだ幼さの残る顔立ちではあるものの、ゲームで何度も見た面影がはっきりとある。
アルベルト・グラディス。
将来、レティシアとの婚約を破棄する王太子だ。
(本当にアルベルトだわ)
画面の中で何度も見ていた人物が目の前で動いているのは、なんとも不思議な感じがした。ゲームでは十五歳以降の姿しか知らないが、顔立ちにはすでにその面影があり、一目見ただけでアルベルトだと分かった。
ただ、まだ八歳だからだろう。ゲームで見ていたアルベルトほどの魅力は感じなかった。
(まあ、まだ子供だものね)
両家の挨拶が終わり、しばらく大人同士の話が続いたあと、国王が二人を見た。
「せっかく婚約したのだ。二人で話してきなさい」
アルベルトはすぐに立ち上がった。
「レティシア、こっちだ」
初対面とは思えない呼び方だった。
レティシアも席を立ち、その後を追う。
案内されたのは、王城の庭に面した小さな休憩室だった。扉は開けたままで、少し離れた場所には使用人もいる。
アルベルトは椅子に座る前に、レティシアを見た。
「堅苦しい話し方はしなくていいぞ」
「そう申されても……」
「婚約者なんだから、ずっと殿下じゃ変だろ。アルベルトでいい」
迷いのない言い方だった。
「では、アルベルト様とお呼びいたします」
「それでいい」
アルベルトは満足そうに頷いた。
二人が椅子に座ると、アルベルトは遠慮なくレティシアを見る。
「思ってたのと違うな」
「どのように思っていたのですか?」
(言い方がちょっと気になるな)
「もっと大人しいと思ってた。侯爵令嬢って、ずっと笑って『はい』って言ってる感じだろ」
「なぜ、そう思ったのですか?」
「城に来る令嬢は大体そうだぞ」
「王太子殿下の前だからでは?」
アルベルトは少し考えた。
「それもあるな」
「レティシアは城に来たことはあるのか?」
「小さい頃に一度だけだそうです。覚えてはいませんけれど」
「じゃあ、ほとんど初めてだな」
「そうですね」
「今度、庭を見せてやる。馬もいる」
「馬がお好きなのですか?」
「ああ。もう一人で乗れるぞ」
少し得意そうな顔になる。
そこは普通の八歳の少年らしかった。
「すごいですね。わたくしはまだ乗ったことがありません」
「なら今度教えてやる」
「アルベルト様がですか?」
「俺は乗れるんだから教えられるだろ」
(アルベルト様に教わるのは怖いな)
「もっと慣れた人に教わりたい気持ちもあります」
「俺でも変わらないだろ?」
「うーん。できれば、アルベルト様と一緒に、慣れた方に教わりたいです」
「遠慮するな、俺が教えてやるから光栄に思っていいぞ」
アルベルトは笑った。
(話を聞いてくれてない……)
「今からでもいいぞ!」
「準備しておりませんので、またの機会でお願いします」
「確かにそうだな」
いまから教えるつもりだったらしい。
「そういえば、父上から聞いたぞ。最近かなり勉強してるんだって?」
「はい。知らないことが多いので」
「何をやってる?」
「歴史や政治、それから領地経営や商売についても教えていただいています」
「それは俺もやってる」
少し意外だった。
(さすがメイン攻略対象。やることはやってるんだな)
「領地によって取れる物も違うし、税を上げれば金は増える。でも上げすぎれば民が困る。だから色々見なければならない」
「よく勉強されていますね」
「当然だ」
迷いなく答える。
「だから特産物を今の十倍作るように指示すればいい」
「え!?」
「たくさん作ればそれだけ国が良くなるってもんだ」
「なかなか難しいとは思いますが……」
「やり方は他の者が考えればいい」
アルベルトは当然という顔をして続けた。
「だから、ちゃんと使える奴を周りに置けば国は大丈夫だ」
「できないと申されたら?」
「その時は別の奴に頼めばいい」
「それでもできないと申されたら?」
「また別のやつに頼めばいい」
「……」
(まだ八歳だし、こんなもんなのかな)
「それと王は決断力が必要だ」
「アルベルト様は迷わないのですね」
「迷うことはある。でも決めなきゃいけない時まで迷ってたら駄目だろ」
「確かにそうですね」
「だろ?」
アルベルトが笑った。
「レティシアも領地や商売のことを勉強してるのなら、将来ちょうどいいな」
「何がでしょう?」
「レティシアはそういうことが好きなのだろ?」
「興味はございます」
「じゃあ決まりだな」
「何が決まったのですか?」
「将来、領地や商売の話はレティシアに頼む」
「……そういう意味でしたか」
(随分いきなりだな)
「嫌なのか?」
「嫌というわけではありません。ただ、まだ八歳ですから、将来どうなっているか分かりません」
「今からやってるなら得意になるだろ」
「そうとは限りませんよ」
「続ければなる」
「どうしてそう思うのですか?」
「俺も剣は最初下手だった。でも練習したら前より上手くなった。勉強も同じだろ」
筋は通っている。
「お力になれるよう努力いたしますが、他にやりたいことができたら、どういたしましょう?」
「そのときは俺が決めてやるから安心しろ」
「やりたいことをやらせていただけるのですか?」
「そんなことは心配しなくていい。俺が決めてやる」
(私のやりたいことなのに、アルベルト様が決めるのね……)
それで話が決まったような顔をする。
アルベルトは少し姿勢を変えると、今度はレティシアを真っすぐ見た。
「レティシアは、この婚約は嫌なのか?」
「どうしてそう思うのですか?」
「さっきから嬉しそうじゃない」
レティシアは一瞬、返事に迷った。
(なかなか鋭い)
「嫌というわけではありません。ただ、今日初めてお会いしましたので緊張しております」
「俺のことは知ってただろ?」
「王太子殿下としては」
「将来は国王になる。侯爵家からしたらありがたい話だろ。父上もローレン侯爵を信用してる。悪い婚約じゃない」
政略結婚として考えるなら、非常に条件のいい婚約だ。
「そうですね。条件だけを見れば、とても良いお話だと思います」
「だったら嬉しそうにした方がいい」
その時、離れた場所から王妃の声が聞こえた。
「アルベルト、レティシア嬢。そろそろ戻っていらっしゃい」
「はい!」
アルベルトはすぐに返事をして立ち上がった。
「行くぞ、レティシア」
数歩進んだところで振り返ると、レティシアが追いつくのをその場で待った。
「ありがとうございます」
レティシアが隣まで来ると、二人で大人たちのところへ戻っていく。
レティシアは隣を歩くアルベルトをちらりと見た。
堂々としているし、見た目も確かに整っている。王太子として頼りなく見えるわけでもなかった。
それでも今日話した限りでは、レティシアはアルベルトに恋愛対象としての魅力を感じなかった。
(私もまだ子供だし、大きくなったら、魅力的に感じるのかな?)
そんなことを考えていた。




