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9/17

やっぱりゲームのキャラには会ってみたかった!

エレノアのお腹は、以前よりもずいぶん大きくなっていた。


出産までは、もう少し時間がかかるらしい。


「お母様、お加減はいかがですか?」


「大丈夫ですよ。少し身体が重くなってきましたけれど、それくらいです」


エレノアはそう言って、お腹にそっと手を添えた。


その姿を見ていると、レティシアも自然と頬が緩む。


ゲームの設定が正しければ、もうすぐ生まれてくるのは男の子だ。


(予想はしていたけれど、やっぱり嬉しいものね)


弟のことを考えていると、ふと前世の妹のことも思い出した。


(さやかは元気かしら。アイドルにはまり過ぎてないといいけど)


ゲームのレティシアに弟がいたことは覚えているものの、攻略対象でもなければ物語の中心にいた人物でもない。どのような子供だったのかまでは、記憶に残っていなかった。


それでも今は、ゲームの登場人物が一人増えるという感覚ではなかった。


自分の弟が生まれてくる。


そう考えると、単純に楽しみだった。


「生まれたら、わたくしも抱いていいのですよね?」


「もちろんです。ただし、最初はきちんと座って抱くのですよ」


「分かっていますわ」


向かいに座っていたヴィクトルが笑った。


「レティシアなら、一度抱いたら離さなくなりそうだな」


「可愛かったらしょうがないじゃないですか」


「私にも抱かせてほしいよ」


「私の次でお願いします」


エレノアがくすりと笑う。


そんな穏やかな空気の中、ヴィクトルが思い出したように口を開いた。


「そうだ、レティシア。お前にも話しておかなければならないことがある」


「何でしょう?」


「アルベルト殿下との婚約が正式に決まった」


驚きはなかった。


むしろ、やはりそうなったかという気持ちの方が強い。


ゲームでも、レティシア・ローレンは幼い頃から王太子アルベルト・グラディスの婚約者だった。


(やっぱり、ここもゲーム通りなのね)


できれば変わってほしい部分ではあった。


婚約しなければ、将来の婚約破棄も起きない。そう考えたことがないわけではない。


だが、侯爵令嬢である八歳の自分が、王家と父親の間で決められた婚約を拒否するのは難しい。


理由も説明できなかった。


将来、卒業式で婚約を破棄されるので嫌です、などと言えるはずもない。


「来月、王城へ行くことになっている。その時に殿下とも正式に顔を合わせる予定だ」


「来月ですか」


「ええ。それなら準備をしなければいけませんね」


エレノアはにっこり笑った。多分、婚約については知っていたのだろう。


「ドレスも確認しましょう。王妃陛下にもお会いするでしょうし、ご挨拶ももう一度練習しますよ」


「はい、お母様」


どうやら婚約そのものを避ける余地はなさそうだった。


(仕方ないわね)


それなら、ゲームと同じ結末にならないようにするしかない。


アルベルトと問題のない関係を築き、学園でも余計なことをせず、卒業まで無事に過ごす。


少なくともゲームのレティシアと同じ行動を取らなければ、婚約破棄や追放を避けられる可能性はある。


何より、好きだったゲームのキャラクターが実在するのだ。それを見ない手はない。


一か月後、レティシアは両親とともに王城を訪れた。


馬車を降りて城内へ入り、長い廊下を案内されながら歩いていく。


前世でも観光で城を見たことはあったが、当然ながら規模も雰囲気も違う。磨かれた床、大きな窓、壁に並ぶ絵画や装飾品を眺めながら進み、やがて一つの部屋へ通された。


そこには一人の少年がいた。


年齢はレティシアと同じ八歳。


まだ幼さの残る顔立ちではあるものの、ゲームで何度も見た面影がはっきりとある。


アルベルト・グラディス。


将来、レティシアとの婚約を破棄する王太子だ。


(本当にアルベルトだわ)


画面の中で何度も見ていた人物が目の前で動いているのは、なんとも不思議な感じがした。ゲームでは十五歳以降の姿しか知らないが、顔立ちにはすでにその面影があり、一目見ただけでアルベルトだと分かった。


ただ、まだ八歳だからだろう。ゲームで見ていたアルベルトほどの魅力は感じなかった。


(まあ、まだ子供だものね)


両家の挨拶が終わり、しばらく大人同士の話が続いたあと、国王が二人を見た。


「せっかく婚約したのだ。二人で話してきなさい」


アルベルトはすぐに立ち上がった。


「レティシア、こっちだ」


初対面とは思えない呼び方だった。


レティシアも席を立ち、その後を追う。


案内されたのは、王城の庭に面した小さな休憩室だった。扉は開けたままで、少し離れた場所には使用人もいる。


アルベルトは椅子に座る前に、レティシアを見た。


「堅苦しい話し方はしなくていいぞ」


「そう申されても……」


「婚約者なんだから、ずっと殿下じゃ変だろ。アルベルトでいい」


迷いのない言い方だった。


「では、アルベルト様とお呼びいたします」


「それでいい」


アルベルトは満足そうに頷いた。


二人が椅子に座ると、アルベルトは遠慮なくレティシアを見る。


「思ってたのと違うな」


「どのように思っていたのですか?」


(言い方がちょっと気になるな)


「もっと大人しいと思ってた。侯爵令嬢って、ずっと笑って『はい』って言ってる感じだろ」


「なぜ、そう思ったのですか?」


「城に来る令嬢は大体そうだぞ」


「王太子殿下の前だからでは?」


アルベルトは少し考えた。


「それもあるな」


「レティシアは城に来たことはあるのか?」


「小さい頃に一度だけだそうです。覚えてはいませんけれど」


「じゃあ、ほとんど初めてだな」


「そうですね」


「今度、庭を見せてやる。馬もいる」


「馬がお好きなのですか?」


「ああ。もう一人で乗れるぞ」


少し得意そうな顔になる。


そこは普通の八歳の少年らしかった。


「すごいですね。わたくしはまだ乗ったことがありません」


「なら今度教えてやる」


「アルベルト様がですか?」


「俺は乗れるんだから教えられるだろ」


(アルベルト様に教わるのは怖いな)


「もっと慣れた人に教わりたい気持ちもあります」


「俺でも変わらないだろ?」


「うーん。できれば、アルベルト様と一緒に、慣れた方に教わりたいです」


「遠慮するな、俺が教えてやるから光栄に思っていいぞ」


アルベルトは笑った。


(話を聞いてくれてない……)


「今からでもいいぞ!」


「準備しておりませんので、またの機会でお願いします」


「確かにそうだな」


いまから教えるつもりだったらしい。


「そういえば、父上から聞いたぞ。最近かなり勉強してるんだって?」


「はい。知らないことが多いので」


「何をやってる?」


「歴史や政治、それから領地経営や商売についても教えていただいています」


「それは俺もやってる」


少し意外だった。


(さすがメイン攻略対象。やることはやってるんだな)


「領地によって取れる物も違うし、税を上げれば金は増える。でも上げすぎれば民が困る。だから色々見なければならない」


「よく勉強されていますね」


「当然だ」


迷いなく答える。


「だから特産物を今の十倍作るように指示すればいい」


「え!?」


「たくさん作ればそれだけ国が良くなるってもんだ」


「なかなか難しいとは思いますが……」


「やり方は他の者が考えればいい」


アルベルトは当然という顔をして続けた。


「だから、ちゃんと使える奴を周りに置けば国は大丈夫だ」


「できないと申されたら?」


「その時は別の奴に頼めばいい」


「それでもできないと申されたら?」


「また別のやつに頼めばいい」


「……」


(まだ八歳だし、こんなもんなのかな)


「それと王は決断力が必要だ」


「アルベルト様は迷わないのですね」


「迷うことはある。でも決めなきゃいけない時まで迷ってたら駄目だろ」


「確かにそうですね」


「だろ?」


アルベルトが笑った。


「レティシアも領地や商売のことを勉強してるのなら、将来ちょうどいいな」


「何がでしょう?」


「レティシアはそういうことが好きなのだろ?」


「興味はございます」


「じゃあ決まりだな」


「何が決まったのですか?」


「将来、領地や商売の話はレティシアに頼む」


「……そういう意味でしたか」


(随分いきなりだな)


「嫌なのか?」


「嫌というわけではありません。ただ、まだ八歳ですから、将来どうなっているか分かりません」


「今からやってるなら得意になるだろ」


「そうとは限りませんよ」


「続ければなる」


「どうしてそう思うのですか?」


「俺も剣は最初下手だった。でも練習したら前より上手くなった。勉強も同じだろ」


筋は通っている。


「お力になれるよう努力いたしますが、他にやりたいことができたら、どういたしましょう?」


「そのときは俺が決めてやるから安心しろ」


「やりたいことをやらせていただけるのですか?」


「そんなことは心配しなくていい。俺が決めてやる」


(私のやりたいことなのに、アルベルト様が決めるのね……)


それで話が決まったような顔をする。


アルベルトは少し姿勢を変えると、今度はレティシアを真っすぐ見た。


「レティシアは、この婚約は嫌なのか?」


「どうしてそう思うのですか?」


「さっきから嬉しそうじゃない」


レティシアは一瞬、返事に迷った。


(なかなか鋭い)


「嫌というわけではありません。ただ、今日初めてお会いしましたので緊張しております」


「俺のことは知ってただろ?」


「王太子殿下としては」


「将来は国王になる。侯爵家からしたらありがたい話だろ。父上もローレン侯爵を信用してる。悪い婚約じゃない」


政略結婚として考えるなら、非常に条件のいい婚約だ。


「そうですね。条件だけを見れば、とても良いお話だと思います」


「だったら嬉しそうにした方がいい」


その時、離れた場所から王妃の声が聞こえた。


「アルベルト、レティシア嬢。そろそろ戻っていらっしゃい」


「はい!」


アルベルトはすぐに返事をして立ち上がった。


「行くぞ、レティシア」


数歩進んだところで振り返ると、レティシアが追いつくのをその場で待った。


「ありがとうございます」


レティシアが隣まで来ると、二人で大人たちのところへ戻っていく。


レティシアは隣を歩くアルベルトをちらりと見た。


堂々としているし、見た目も確かに整っている。王太子として頼りなく見えるわけでもなかった。


それでも今日話した限りでは、レティシアはアルベルトに恋愛対象としての魅力を感じなかった。


(私もまだ子供だし、大きくなったら、魅力的に感じるのかな?)


そんなことを考えていた。


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