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7/12

悪役令嬢は魔法の研究を始めました

「あいたたた……」


ベッドから起き上がっただけで、身体のあちこちが痛んだ。


昨日、剣を振ったせいだ。腕だけではない。肩も背中も痛いし、なぜか太ももまで痛い。


「筋肉痛なんて何年ぶりだろう?」


七歳だけど、二十年ぶりくらいな気がする。


前世では仕事ばかりで、運動らしい運動なんてほとんどしていなかった。転生してからも同じで、侯爵令嬢として礼儀作法や勉強はしてきたけれど、身体を鍛えるようなことは一度もしていない。


前世から数えれば、筋金入りの運動不足ということになる。


腕を伸ばしてみる。


「いたた……」


痛い。でも、昨日自分が頑張った証拠のような気がして、少し心地よくもあった。


「なんか心地いい」


「レティシア様、なんか痛いと言ってにやけていますけど大丈夫ですか?」


(そんな風に見えていたのね)


そばにいたマリナが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫よ。それより今日は書斎に行きたいわ。魔法について調べたいの」


「魔法ですか?」


「ええ」


ゲームの中では何度も見てきた魔法。


炎が飛び、風が吹き、光が人を癒やす。


それを今は、自分の手で使えるかもしれない。


(せっかく魔法のある世界にいるんだもの。試してみたいに決まってるわよね)


ゲームで使うのと、自分で魔力を動かして魔法を使うのでは、きっとまるで違う。


まずは何ができるのか調べてみよう。


書斎に入ると、壁一面に本が並んでいた。


魔法について書かれた本だけでもかなりの数がある。


まず探したのは闇属性だった。この世界で自分が使える可能性が最も高い魔法だ。


ところが、棚を端から端まで見ても闇属性について詳しく書かれた本が見つからない。


「ないわね」


もう一度背表紙を目で追ってみたが、それらしいものはなかった。


少し残念ではあるが、ないものを探し続けても仕方がない。


水属性の本はあるし、風属性の本もある。


この二つが揃っているのは当然か。お父様もお母様も使える属性だから、家に本があっても不思議ではない。


「あ、無属性もある」


レティシアは一冊の本を取り出した。


「無属性魔法でしたら、属性に関係なく使えると言われていますよ」


「それなら私にも使えるかもしれないわね」


椅子に座って本を開く。


無属性魔法についての簡単な説明のあと、いくつかの術式が載っていた。その中で目に留まったものが二つある。


一つは、風属性魔法の突風(ウインドブラスト)に似た魔法だった。


衝撃(インパクト)。


風を起こすのではなく、魔力そのものを一方向へ放ち、対象を押し飛ばす魔法らしい。


「これならできそう」


説明を読みながら、部屋の隅に置かれていた小さな木箱へ手を向ける。


先日マリナに教えてもらったように魔力を動かし、頭の中で本に描かれた術式を思い浮かべ、魔法陣を構築する。


「衝撃(インパクト)」


ドンッ、と音がして木箱が棚にぶつかった。その上に置かれていた物まで床へ落ちる。


「レ、レティシア様!?」


マリナが目を丸くしている。


レティシアも木箱と自分の手を交互に見た。


「できたわ」


(本当に魔法が使えたわ! 前世でもやってみたことはあるけど、遂に使えたわ!)


自分の意思で魔法を使えたことが嬉しくて、もう一度手のひらを見る。


魔力を感じられただけでも嬉しかったのに、今度は本当に魔法として外へ放つことができた。


ただ、威力はかなり弱かった。


人間相手なら、少しよろめかせる程度だろう。


「これじゃ実戦では使えないわね」


「普通は本を見ただけでは使えないですよ!」


マリナが大げさに驚いていた。


次に目をつけたのは、風属性の風盾(ウィンドシールド)に似た魔法だった。


障壁(バリア)。


魔力を壁のように広げて攻撃を防ぐ。ただし、本によれば非常に脆いらしい。


「こっちも試してみよう。マリナ、その本を私に投げて」


「本をですか?」


「ええ」


マリナは手にしていた本を見たあと、首を横に振った。


「本が傷みますので、別の物を持ってまいります」


「あ、確かにそうね」


言われてみればその通りだった。


魔法を試したい気持ちが先に出て、本を投げることに何の疑問も持っていなかった。


しばらくして戻ってきたマリナは、布を丸めて紐で縛ったものを持っていた。


「これならよろしいかと」


「じゃあ、それを投げて」


「本当に投げるのですか?」


「大丈夫。お願い」


マリナが下から軽く投げる。


目の前に魔法陣が浮かび、その少し先に半透明の膜のようなものが広がった。


「障壁(バリア)」


飛んできた布の塊がぶつかり、そのまま床へ落ちる。


「……防げた」


(おお、なんか障壁ができたよ!)


レティシアは障壁があった場所へ手を伸ばしたが、すでに何も残っていない。


「やっぱりできちゃうんですね!」


またマリナが驚いた顔をしている。


「一回、本気で投げてみて」


「ですが――」


「大丈夫よ」


マリナは少し迷ったあと、床に落ちた布を拾った。今度は上から振りかぶって投げる。全力ではなさそうだが、先ほどよりかなり強い。


魔力で魔法陣を構築する。


「障壁(バリア)!」


布の塊が障壁にぶつかった瞬間、半透明の膜にひびが走った。


次の瞬間、ガラスが砕けるように障壁が崩れ、淡い光の粒になって消えていく。


「あっ」


勢いの少しだけ弱まった布の塊が、そのままレティシアのお腹に直撃した。


「うっ」


「レティシア様!」


マリナが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫よ。障壁に当たって威力がだいぶ弱まったから」


実際にはそこまで威力は落ちていなかったが、心配そうなマリナを安心させるように笑ってみせた。お腹をさすりながら、障壁が消えたところを見る。


少しくらいは防いでくれたようだが、これでは安心して頼ることはできない。


「これも実戦レベルじゃないわね」


剣どころか、強く投げた布すら完全には防げない。恐らく弓も無理だろう。


「障壁は込める魔力を増やすことで、もっと硬くなるそうですよ」


「魔力を?」


「はい」


それなら魔力量を増やせば使えるようになるかもしれない。


「魔力って、どうすれば増えるの?」


「たくさん魔法を使うことで増えていくと言われています」


「使えば増えるの?」


そう考えていると、マリナが何か思い出したように顔を上げた。


「そういえば、そのようなことが書かれた本があったと思います」


「その本はどこにありますの?」


レティシアは真剣な顔をする。


マリナが棚を探し、一冊の本を持ってきて表紙を見せる。


『魔法の基礎は魔力にあり。~効率的に魔力を上げる方法~』


レティシアは本を両手で受け取ると、希望に満ちた顔で頭の上に掲げた。


「これよ! これ! 表紙を見ただけで今一番私に必要な本だって分かるわ!」


「そうですね」


マリナは、少し楽しそうに笑っていた。


レティシアは本を開きページをめくる。


序章を見てみると、魔力量の成長について書かれていた。


本によると、魔力は使うことで少しずつ増えていき、同じ訓練をするなら若いうちから始めた方が成長しやすいらしい。


そのため、鑑定の儀を終えた子供には、毎日少しでも魔力を鍛える練習をすることが推奨されていた。


レティシアは七歳。鑑定の儀を受ける年齢よりも、ずっと早い。


「これなら私、有利だわ」


(フライングして魔力を鍛えられるなんて、これって魔力チートじゃない! がんばるしかないわ!)


思わず口元が緩んだ。


六年も早く始められるなら、毎日少しずつ続けるだけでもかなり違うはずだ。


マリナが心配そうに言った。


「魔力を使い果たすと気絶してしまうので、絶対に一人では無理しないでくださいね」


「そうなの?」


「多分、書いてありますよ」


レティシアは慌てて目次を確認し、『魔力切れについて(絶対読んでください)』のページを開いた。


魔力を使い果たすと気絶するため、周囲の安全を確保してから訓練すること。


また、魔力を完全に使い切るよりも、その寸前でやめた方が回復が早い。そのため、なるべく気絶せずに繰り返す方が効率が良いという研究結果も載っていた。


「なるほど。ためになるわね。効率的な魔力の鍛え方と魔力の扱い方の基礎練習が書いてあるのもありがたいわ」


何気なくページをめくっていたところで、ふと先ほど使った二つの魔法を思い出した。


「そういえば……」


無属性魔法の本をもう一度開く。


衝撃(インパクト)と障壁(バリア)。


二つのページに描かれている魔法陣を見比べる。


「この二つ、やっぱりマリナの使った魔法に似てるわね」


レティシアは水属性の本も開き、無属性魔法の本の隣へ置いた。


水を撃ち出す魔法と、水を壁のように展開する魔法。用途は違うのに、魔法陣の線の重なり方や模様の一部に、どこか似た雰囲気がある。


「これも……」


レティシアは椅子から少し身を乗り出し、水魔法の二つの魔法陣を見比べた。


水属性の魔法陣には、水属性同士で似た模様がある。まったく同じではないが、見比べていると同じ系統のものだと思える部分があった。


「マリナ。風属性の本も取って」


「こちらですね」


風属性の本も開き、机の上に三冊を並べる。


突風(ウインドブラスト)と風盾(ウィンドシールド)。


無属性、水属性、風属性の魔法陣を一つずつ見比べていくと、やはり属性ごとに似た特徴があるように見えた。


水属性には水属性らしい模様があり、風属性には風属性らしい模様がある。無属性の二つにも、他の属性には見られない似た部分があった。


「ひょっとしたら、この辺が属性に関係しているのかもしれない」


レティシアは、それぞれの魔法陣で似ている部分を指でなぞった。


はっきりと一つの模様だけを取り出せるわけではない。ただ、属性ごとに共通する特徴があるようには見える。


「ここを上手く変えれば、別の属性でも同じような魔法が使えるのかもしれない」


だとしたら、それ以外の部分にも意味があるはずだ。


魔法を飛ばす部分、広げる部分、威力を決める部分など、それぞれ役割が分かれているのかもしれない。


(魔法陣の仕組みを理解出来たら、もしかしたら闇属性のオリジナル魔法ができるかもしれない!)


そう思うと、魔法を研究するのが一層楽しみになってきた。


(それにしても、普通は十三歳の鑑定の儀を受けてから魔法が使えるようになるっていうけど……あれってなんなのかしら?)

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