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悪役令嬢は剣の才能もあるみたいです

今日は、ローレン侯爵家の騎士団で剣術を教わることになっている。


ローレン侯爵家の騎士団は、領内の警備や侯爵家の護衛を担当している。王国に仕える王国騎士団とは別で、ローレン侯爵家に雇われている騎士たちだ。平民出身の者も多く、腕を認められて騎士になった者もいるらしい。


レティシアはマリナに着替えを手伝ってもらいながら尋ねた。


「マリナは剣を使えるの?」


「使えません」


「マリナも一緒に習う?」


「私はやることがありますので、やめておきます」


「そう」


相変わらず、意思をはっきり言う子だ。自分が侯爵令嬢だからといって、何でも付き合おうとはしない。もっとも、マリナにはメイドの仕事があるのだから当然と言えば当然だった。


着替えを終えたところで、別のメイドが部屋へ入ってきた。


「お嬢様、騎士団長がお見えになっております」


「分かりましたわ」


玄関へ向かうと、一人の大柄な男が立っていた。


年齢は四十歳前後だろうか。短く刈った茶色の髪に日に焼けた肌をしており、服の上からでも肩や腕が太いのが分かる。腰には剣を下げていた。


(結構強そう)


男はレティシアを見ると、軽く頭を下げた。


「ローレン領の騎士団長を務めているマックと申します。お嬢様が剣術を習いたいとのことで伺いました」


「よろしくお願いいたしますわ」


「本日は庭で、剣の持ち方など基本的なことからお教え致します」


レティシアは少し首を傾げた。


「騎士団の方たちに混じって練習するのではないの?」


「もう少し大きくなりましたら、そうしましょう」


考えてみれば当然だ。七歳の侯爵令嬢を、大人の騎士たちの訓練に混ぜて怪我でもさせたら大問題になる。


庭へ移動すると、騎士団長は用意していた木剣を一本差し出した。受け取ってみると、普通の木剣より短いはずなのに、思っていたよりも重い。それでも持てないほどではなかった。


「まずは剣の持ち方からです」


騎士団長も木剣を持った。


「利き手を上に。反対の手は柄の下側を握ります。強く握りすぎると腕に余計な力が入りますので、落とさない程度で構いません」


騎士団長が実際に握って見せると、レティシアも真似をした。


「こうかしら?」


「はい。少し右手を下へ」


言われた通りに動かすと、騎士団長が頷いた。


「そこです。その持ち方を覚えてください」


レティシアが何度か木剣を握り直す。


「では、次は基本の振り方です。まずは袈裟斬りから覚えましょう」


「袈裟斬り?」


「相手の肩から反対側の腰へ向かって、斜めに斬り下ろす動きです。腕の力だけで振るのではなく、体も一緒に使います」


騎士団長は足を少し開き、木剣を頭上へ構えた。


「剣を振り下ろすときに、肩と腰も自然に回します。ただし、力任せに振る必要はありません」


「なるほど」


「まずはお見せします」


騎士団長が木剣を振ると、ビュッ、と鋭い音がした。右肩の上から左下へ、木剣が斜めに振り抜かれる。


「このように、斜め一直線に振ります。最後まで力を入れ続けるのではなく、剣の重さも使ってください」


「やってみますわ」


レティシアは騎士団長と同じように足を開き、木剣を頭上へ構えた。先ほど見た動きを思い出しながら右肩から左下へ振ると、ビュン、と自分でも驚くほど鋭い音がした。


騎士団長が少し目を見開く。


「ほう」


「こうですか?」


「はい。初めてとは思えないくらい鋭いですな」


お世辞も混じっているのだろう。それでも、一番驚いているのはレティシア自身だった。


前世の玲奈は運動が得意な方ではなく、学生時代も体育が好きだった記憶はない。高校を辞めて働き始めてからは、運動らしい運動をする機会もほとんどなかった。


もう一度振ってみると、今度はさっきよりも自然に木剣が動いた。


「剣を振るって気持ちいいですわね!」


何度か袈裟斬りを繰り返す。振るたびに木剣の重さが少しずつ気にならなくなり、自分の思った通りに体が動いてくれる。


最初は護身のために剣を習おうと思っただけだった。それなのに、木剣を振ること自体が少しずつ楽しくなっていた。


騎士団長はしばらくその様子を見たあと、自分の木剣を持ち直した。


「素振りからしばらく教えるつもりでしたが、もう少し進めてもよさそうですな」


「もう次に行くの?」


「お嬢様がよろしければ」


「やりますわ」


騎士団長が木剣を構える。


「では、一度私に打ち込んできてください」


「本当に?」


「もちろんです。先ほどの袈裟斬りで構いません。遠慮はいりませんよ」


レティシアも構え、一歩踏み込んで木剣を振り下ろした。


カンッ、と音を立てて騎士団長の木剣に受け止められる。


「おお。七歳とは思えないくらい鋭いですな」


「簡単に防がれてしまいました……」


「さすがに、ローレン侯爵家の騎士団長が七歳の子にやられたとあっては、面目が立ちませんな」


騎士団長は笑いながら木剣を構え直した。


「今のは一番単純な防ぎ方です。相手の剣を、自分の剣で正面から受け止めました」


「それじゃ駄目なの?」


「駄目ではありません。ただ、お嬢様はまだ腕も細い。力の強い相手の剣を正面から受ければ、そのまま押し込まれる可能性があります」


騎士団長が自分の木剣を斜めに構えた。


「ですから、受け止めるのではなく、相手の力を別の方向へ逃がす方法も覚えた方がいいでしょう」


「受け流すってやつですか?」


「その年でご存じでしたか」


騎士団長は感心したように言った。


「言葉だけですけど」


(受け流しには憧れていたのよね! 確か『パリィ』ってやつよね)


漫画やアニメでもよく出てきたが、実際にやったことはない。それを今からやると思うとレティシアは嬉しくなった。


騎士団長は、真正面から剣をぶつけるのではなく、少し角度をつけて当てるのだと説明した。


「まずは実際にお見せします。先ほどと同じように打ち込んできてください」


「はい」


レティシアが袈裟斬りを放つ。


木剣同士が触れた瞬間、騎士団長の剣に沿うように自分の木剣が横へ滑った。


「わっ」


勢いにつられて一歩よろける。騎士団長はほとんど力を使っていないように見えた。


「今のが受け流しです」


「本当に流れるのね」


思わず笑ってしまった。もっと強く弾くものだと思っていたが、剣の向きを少し変えられただけで、自分の力が勝手に横へ逃げていく。


「面白いわ」


(やられるとこんな風になるのね)


「面白い、ですか。『すごい』と言われるかと思っていました」


騎士団長も少し笑った。


今度はレティシアが受け流す側になる。最初はゆっくり振ってもらい、先ほど見た通りに剣を斜めに当てると、騎士団長の木剣が横へ滑った。


「できた?」


「できましたな」


(人生初パリィだわ!)


「本当にできるものなのね!」


「もう少し速く振ってみます」


少し速くなっても同じように受け流すことができた。手に衝撃は残ったものの、自分で相手の剣を逸らした感覚は分かる。


「……これは驚きましたな」


騎士団長が少し考え込む。


「もうちょっと他のことを試してみましょうか」


「やります」


次は横薙ぎだった。


騎士団長が横から振る動きを見せると、レティシアも真似して木剣を横へ振った。大きく形を崩すことなく振れたので、そのまま受け方の練習へ移った。


横から来る剣を正面から受けるのではなく、体を少し引きながら斜めに剣を当てて逸らす。


最初の一度は角度が甘く正面から受け止めてしまったが、教えられた通りに直すと、二度目には騎士団長の木剣が体の前から外れていった。


「できた!」


「はい。今のは上手です」


「もう一回やりたい」


「もちろんです」


少し速くなっても成功した。うまくいくたびに、次はもっと速くやってみたくなる。


騎士団長が感心したようにレティシアを見たあと、木剣の切っ先を向けた。


「最後に突きです」


騎士団長が真っ直ぐ木剣を突き出す動きを見せる。レティシアも真似してみると、思ったより自然に木剣を前へ伸ばすことができた。


「これは受け流すの?」


「剣で払う方法もありますが、まずは躱し方から覚えましょう」


突きは剣先の正面から体を外せばいいらしい。騎士団長が実際に半歩だけ横へ動いて見せたあと、今度はレティシアが避ける側になった。


ゆっくり伸びてきた木剣を見ながら横へ半歩動くと、剣先が体のすぐ横を通り過ぎる。


「これでいいの?」


「はい。今の位置なら当たりません」


「もう一回」


次は少し速くなったが、今度も避けることができた。


騎士団長が黙ってレティシアを見る。


「どうしたの?」


「いえ。本当に今日が初めてなのかと思いまして」


「今日が初めてですわ」


「そうですか……」


騎士団長は少し考えているようだったが、レティシアはもう一度木剣を握り直した。


「もう少しやりたいわ」


「構いませんが、そろそろ手が痛くなってきていませんか?」


言われて自分の手を見ると、握っていた部分が赤くなっていた。それを意識した途端、ひりひりと痛みを感じる。


「痛っ」


「今日はここまでにしましょう」


「まだできますわ」


「動きはよくても、まだ七歳です。体力はこれからですな」


言われてみれば、腕も重くなっていた。最初はそれほど気にならなかった木剣も今ではかなり重く感じ、息も少し上がっている。


剣の動きは覚えられても、七歳の体そのものがついてきていないらしい。


「一人のときに体力をつける訓練もした方がいいかしら?」


「もちろん基礎体力は重要です。ただ、お嬢様がそこまでする必要はないでしょう。剣士になるわけではありませんから」


「いえ」


レティシアは木剣を握り直した。


「本気でやってみたいので、基礎の訓練もします」


(追放されたときに一人でも生きていけるように今のうちから始めておかなきゃ)


騎士団長が少し驚いた顔をする。


「本気ですか」


「ええ」


最初は、国外追放されたときに自分を守るために剣を覚えておこうと思っただけだった。しかし実際にやってみると、別の理由もできていた。


前世では、こんなふうに体が思い通りに動く感覚はなかった。今は驚くほど素直に動いてくれる。


見た動きを試して、それがうまくできるたびに嬉しくなり、失敗してもすぐにもう一度やってみたくなる。思っていた以上に剣の練習が楽しかった。


「次はいつ教えてくれるの?」


騎士団長は少し考えているようで返事がなかった。


「どうしたの?」


「いえ……七歳のご令嬢とは思えませんでしたので」


「そんなにできていましたか?」


「袈裟斬りだけでなく、横薙ぎも突きも一度動きを見せただけなのに、すぐに形になっていました」


騎士団長はレティシアの持つ木剣へ視線を落とした。


「お嬢様は剣聖でも目指してみますか?」


「そんなのは目指すつもりはないですわ」


「そうですか。まあ、剣聖には会ったことがないので、どれくらいなのかは分かりませんがな」


騎士団長は笑いながら言った。


黒の剣聖。ちょっとかっこいい気もした。


レティシアは自分の木剣を見る。前世では運動が得意だったわけでもない。それなのに、今の体は見た動きを思った以上に素直に再現してくれる。


「やっぱり、この体すごい」


教わったことが次々とできるようになる。それだけでも十分楽しかったが、レティシアの頭には別のことが浮かんでいた。


(魔力は動かせたけど、魔法そのものはまだ使えてないのよね)


前世では画面越しに見るだけだった魔法を、今度は自分の手で使えるかもしれない。そう思うと、試してみたくてたまらなくなった。

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