ステータスがオープンしないのは残念だけど、魔力を感じることはできました!
自分の部屋へ戻ったレティシアは、椅子に座ると、昨日から気になっていたことを試してみることにした。
ゲームでは、キャラクターの能力を数字で確認することができた。レベル、体力、魔力。それ以外にもいくつか項目があり、戦闘のたびに画面を開いて確認していた記憶がある。
この世界にも同じものがあるのだろうか。
「ステータスオープン」
しばらく待ってみたが、何も起こらない。目の前に画面が浮かぶこともなければ、頭の中に数字が表示されることもなかった。
もしかすると、声が小さかったのかもしれない。レティシアは少しだけ姿勢を正した。
「ステータスオープン!」
今度はさっきよりも大きな声で言ってみたが、やはり何も起こらなかった。その代わり、すぐに扉を叩く音が聞こえてくる。
コンコン。
「お呼びですか、お嬢様?」
扉の向こうからマリナの声が聞こえた。
「なんでもないわ」
(ちょっと気合いを入れて声が大きくなってしまいましたわ)
「そうですか?」
足音が少しずつ遠ざかっていく。
レティシアはしばらく扉を見たあと、小さく息を吐いた。ゲームでは普通に見られたのに、少なくとも「ステータスオープン」と言うだけでは何も出てこないらしい。少しくらい何か出ると思っていたので、思った以上にがっかりした。
(転生物だと出てくること多いんだけどこの世界では無理なのかな)
やはり、ここはゲームそのものではなく、ゲームによく似た現実なのかもしれない。そうなると、ゲームにあったレベルが、この世界にも存在するのか気になってくる。
ゲームでは敵を倒したり訓練したりすると経験値が入り、一定まで貯まればレベルが上がった。レベルが上がるたびに能力値も伸びていたが、現実にも同じ仕組みがあるとは限らない。
「魔法は……」
今世の記憶で、この世界に魔法があるのは知っているが、使ったことはない。ゲームで使われていた闇魔法の名前までは覚えていないので、レティシアは適当にそれらしい名前を考え、片手を前へ出した。
「闇束縛」
何も起こらない。
「影霧」
これも駄目だった。
「黒い……何か」
適当にそれらしい言葉まで口にしてみたが、当然のように何も起こらなかった。
ゲームなら技名を選択するだけで魔法が使えた。しかし、現実では魔法の使い方そのものが分からない。
(そりゃそうよね。コマンドなんてないんだから)
そもそも魔力というものを、どうやって動かすのかすら知らなかったし、そもそも魔力が何かも知らない。
レティシアはしばらく一人で試してみた。手を前に出したり、目を閉じたり、体の中に何かがないか意識してみたりしたが、何も感じられない。
(ステータスがあればあるかないか分かるのに)
「ステータスゥゥ、オプーン!」
(……)
(やっぱり無理そうね)
コンコン。扉がノックされる。
「奇声が聞こえた気がしますが、お呼びでしょうか?」
(奇声もだしてないし呼んでもないけど、ちょうどいいわ。さすがマリナだわ)
「ちょっと聞きたいことがありますの」
「はい」
「マリナ、ステータスって知ってる?」
「すてーたす?」
マリナが首を傾げた。
「じゃあ、レベルは?」
「えっと、隊長レベルとか、宮廷魔導士レベルとかですか?」
その反応を見る限り、どちらもゲームで使われていた意味では知らないらしい。
「そういうのじゃなくて、人の強さを数字で表したりはしないの?」
「聞いたことがありません」
やはりゲームのようなステータス画面も、レベルという仕組みも一般には存在しないようだった。
「じゃあ、魔法は使える?」
「はい。風魔法でしたら」
「使えるの?」
思わず身を乗り出すと、マリナが少し驚いた顔をした。
「はい。得意というほどではありませんが、一応は」
「どうやって覚えたの?」
「十三歳のときに教会で鑑定の儀を受けました。そのあと、両親に教わりました」
「十三歳?」
「はい。それより前は、なぜか鑑定しても属性が分からないそうです。ですから、十三歳になると教会で鑑定の儀を受けます」
「それまでは魔法を習わないの?」
「習いませんね。鑑定の儀を終えるまでは、魔法は使えません。魔力もその時に感じるようになります」
十三歳まであと六年もある。
レティシアは思わず肩を落とした。昨日、闇魔法を使えるかもしれないと考えたばかりで、少し楽しみにしていたのだ。だが、あと六年も魔法を使えないらしい。
「じゃあ、十三歳になるまでは魔力も分からないの?」
「はい、そうです。私も分かりませんでした。鑑定の儀を終えて、初めてこれが魔力なのだと分かりました」
けれど、魔力そのものが十三歳になった瞬間に突然生まれるとも思えなかった。
「魔力って、どんな感じなの?」
「どんな感じ、と言われましても……」
マリナは困ったように自分の胸元へ手を当てた。
「胸の辺りに、何か熱いものがあるような感じでしょうか」
「熱いもの?」
「はい。でも、本当に熱いわけではありません」
「あったかい?」
「それとも少し違うような……」
かなり曖昧だった。
「それを動かすの?」
「使おうと思えば動きます」
「どうやって?」
「どうやって、と言われても……使おうと思うと動くんです。思ったように動かすには練習が必要ですが」
まったく参考にならない。歩き方を聞かれても説明できないのと、似たようなものなのかもしれなかった。
レティシアは目を閉じ、胸の辺りへ意識を集中させてみる。しかし、何も分からない。呼吸を整えてみても変わらなかった。
ゲームや漫画、小説で見た魔力の扱い方も思い出してみる。腹の中へ力を集める、呼吸と一緒に全身へ巡らせる、体内にある魔力を循環させる。
どれも、そもそも魔力を感じられなければ試しようがない。
何かもっと分かりやすい方法はないだろうかと考えているうちに、一つ思いついた。
(よく見るあれならいけるかも)
「そういえば、両手をつないで魔力を流すとかあったわね」
「どういうことですか?」
「マリナ。手を貸して」
「はい?」
「私の右手に魔力を流して、左手から戻すみたいに循環してみて」
マリナの表情が固まった。
「手をつないで直接魔力を循環させるなんて、聞いたことがありません」
「できないの?」
「できるかどうかも分かりません。そもそも、何の意味があるんですか?」
「魔力を感じてみたいのよ」
「危険ではありませんか?」
「マリナは魔法が得意?」
「得意な方だとは思います」
「なら大丈夫でしょう」
「治癒するときにも魔力を流し込むと聞いたことがありますので、魔力を流すこと自体は大丈夫かもしれませんが……」
「なら少しだけ試してみましょう」
マリナは困った顔をしていたが、しばらくすると諦めたように両手を差し出した。レティシアはマリナの右手を左手で、左手を右手で握る。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。色々な書物で読んだから。魔法を使うときみたいに、魔力を私の方へ流してみて」
もちろん、この世界の書物で読んだわけではない。前世で読んだ漫画や小説の知識だったので上手くいくかはわからなかったし、マリナに説明するわけにもいかなかった。
「本当に少しだけですよ」
「ええ」
マリナが目を閉じた。
最初は何も分からなかったが、しばらくすると、握っている右手から何かが入ってくるような感覚があった。
未知の感覚に、レティシアの体が一瞬だけこわばる。
けれど痛みも苦しさもなく、不思議な温かさだけが腕の中を進んでいった。手そのものが温かくなったわけではなく、何かが腕の中を通り、胸の方へ流れ、そのまま左腕を通って左手から出ていく。
「……あ」
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
「もう少し続けて」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。もう少しだけ」
続けてもらううちに、その感覚が少しずつはっきりしてきた。熱とも違うし、水が流れているのとも違う。それでも確かに、何かが自分の体の中を通っている。
(これが魔力?)
そう思って意識してみると、自分の体の中にも似たものがあるような気がした。今までは気づかなかっただけで、胸の奥に何かが存在している。
「分かったかも」
「止めますね」
マリナから流れ込んでいた感覚が消えると、逆に自分の中にあるものが分かりやすくなった。
レティシアは目を閉じたまま、胸の奥へ意識を向ける。そこには、先ほどまでまったく分からなかった何かが確かにあった。
「魔力、感じたわ!」
レティシアは驚きと喜びで目を見開いた。
(これが魔力。前世では感じたことのない感覚だわ)
「え?」
マリナが目を見開いた。
「今、自分の中にあるのが分かる」
「本当にですか?」
「ええ。今度は私から流してみてもいい?」
「お嬢様からですか?」
マリナは驚いたまま、レティシアの顔を見つめている。
「少しだけ」
「ですが、お嬢様はまだ鑑定の儀を……」
「だから試してみたいの」
レティシアはマリナの手を握ったまま、先ほど感じた流れを思い出した。胸の辺りにあるものを腕へ動かし、腕から手へ流す。そこからマリナの方へ送るつもりで意識してみたが、最初はまったく動かなかった。
もう一度、同じように意識する。
すると、ほんの少しだけ何かが動いた。自分の意思で体の中にあるものが動いた感覚に、レティシアの胸が高鳴る。
「あっ!」
マリナが驚いて声を上げたので、レティシアはすぐに力を抜いた。
「私の魔力、感じた?」
「い、今……流れてきました」
マリナは握っていた手を見たあと、もう一度レティシアを見る。
「本当に?」
「はい。でも、どうして……」
「どうしてって?」
「鑑定の儀を受ける前に魔力を感じたなんて、私は聞いたことがありません。それなのに、ご自分で動かすなんて……」
いつも落ち着いているマリナが、珍しく言葉を探していた。
「そんなに変なの?」
「変というより……普通は鑑定の儀を終えて、魔法を習うときに初めて魔力というものを意識するんです。少なくとも私はそうでしたし、それ以外は聞いたことがありません」
「誰もやらないだけじゃない?」
「え?」
「だって、十三歳までは魔法が使えないと思っているんでしょう? だったら、それより前に魔力を探そうとする人もいないんじゃない?」
マリナはすぐには答えず、少し考え込んだ。
「……そうかもしれません。私も鑑定の儀を受けるまでは、自分に魔力があるかどうかなんて考えたこともありませんでした」
それなら、自分だけが特別に魔力を持っているわけではないのかもしれない。普通の人にも最初から魔力はある。ただ、それを認識していないだけなのではないだろうか。
レティシアはもう一度、胸の奥にある感覚を確かめた。
魔力を操作できたことは嬉しかったが、七歳でこんなことができると知られれば、変に目立ってしまうかもしれない。
「一応、このことは二人だけの内緒にしておいて」
「このことをですか?」
「まだ七歳でしょう? 今から変なことで目立ちたくないの」
「ですが、旦那様や奥様には……」
「今はまだいいわ。私自身、何ができるのか分かってないもの」
マリナは少し迷っていたが、やがて頷いた。
「分かりました。ただし、危険だと思ったらすぐにお止めしますからね」
「分かってるわ」
今の段階で必要以上に注目されるより、まずは自分で確かめた方がよさそうだった。
「それで、魔法ってどうやって覚えたの?」
「私は両親に教えてもらいました」
「家庭教師じゃないの?」
「そのようなお金はありませんでしたので」
そういえば、マリナの実家はかなり苦しいと言っていた。
「それに、子供は両親と同じ属性になることが多いんです。父も風属性でしたので、そのまま教えてもらいました」
「なるほどね」
属性が家族内で似るなら、わざわざ教師を雇わなくても教えられる家は多いのだろう。
「参考に、風魔法を見せてもらっていい?」
「攻撃魔法以外でしたら、お見せできます。ただ、お嬢様はまだ属性が分かっていませんので、参考になるかは分かりません」
「危ない魔法もあるの?」
「もちろんです。風刃などは、人に当たれば大怪我をします」
風刃。
いかにもゲームに出てきそうな魔法だった。
「じゃあ、安全なのでいいわ」
「それでしたら、突風と風盾をお見せします」
マリナは部屋の中央へ移動し、片手を前へ出した。
「まずは突風です」
マリナが魔力を動かしたのだろう。手の先に緑色の魔法陣が浮かぶ。
レティシアは先ほどより真剣にそれを見つめた。今なら、魔法陣へ向かって何かが流れているような感覚がわずかに分かる。
「突風」
次の瞬間、部屋の中を強い風が抜けた。カーテンが大きく揺れ、机の上に置かれていた紙が何枚か舞い上がる。
「あっ、紙が!」
「あっ」
二人で慌てて紙を拾った。
「思ったより強いのね」
「これでもかなり弱くしました」
「色々使えそうね」
敵を倒すほどではなくても、相手の体勢を崩したり、何かを吹き飛ばしたりするには十分使えそうだった。
「強くしたらどうなるの?」
「人間一人くらいなら飛ばせますよ。牛くらいになると、ひるませるくらいだと思います」
「それでも結構強いのね」
「次は風盾です。お嬢様、あちらの枕を私に投げてください」
「枕?」
「はい」
レティシアはベッドに置かれていた枕を持った。
「いくわよ」
「どうぞ」
思い切り投げると、マリナが片手を前へ出す。
「風盾」
先ほどとは違う形の魔法陣が浮かび、マリナの前で風が渦を巻いた。飛んでいった枕は、その風に押されて横へ逸れ、そのまま床へ落ちる。
「すごい」
思わず声が出た。ゲーム画面で見ていた魔法とはまるで違う。目の前で風が生まれ、本当に魔法が存在する世界なのだと実感すると、自然と胸が躍った。
「これなら矢なんかも防げる?」
「矢なら逸らせます。でも、威力が強いものや、重いものは難しいかもしれません」
「なるほど。完全な壁じゃなくて、風で逸らすのね」
仕組みが分かると、自分でも試してみたくなった。
「私もやってみる」
「え?」
マリナがすぐに振り返った。
「魔法そのものは無理でも、魔力は動かせたでしょう?」
「ですが、そんなに簡単に魔法は使えませんよ」
「やってみるだけならいいでしょう?」
「まずは魔法陣を覚えて、それに魔力を流さなければいけないのですぐにはできないと思いますが」
マリナが子供を諭すように言う。
レティシアはマリナの真似をして片手を前へ出し、胸の奥にある魔力を意識した。そこから腕へ流し、さらに手の先へ集めていく。少し前まで何も分からなかったのに、一度感覚を覚えたことで、今は自分の中を動いているものが少し分かる。
先ほど見たマリナの魔法陣を思い浮かべ、その形を頭の中でなぞった。
すると、手の前に薄い魔法陣が現れた。
「え……?」
マリナが声を漏らした。
レティシアも驚いて、自分の手の前に浮かぶ魔法陣を見つめた。まさか本当に出るとは思っておらず、驚きより先に嬉しさが込み上げてくる。
「出たわね」
「え、魔法陣一回見ただけで覚えたんですか!?」
「そうみたいですわね」
「しかも、今日初めて魔力を感じたんですよね? それなのに、もうこんなに動かせるなんて……。私、夢でも見ているんでしょうか」
「夢じゃないと思いますわ」
「そう言えば、お嬢様の性格も良くなっていましたし。考えれば考えるほど私の夢にしか思えません」
そう言ってマリナは自分のほほを叩いた。今度はレティシアの方が驚いた。
「夢じゃありませんし、そんなに難しいことではないと思いますよ」
「私は魔法陣を覚えるのにも、その魔法陣に魔力を流すのにも、相当な努力が必要でした」
マリナは魔法陣へ顔を近づけるようにして確かめたあと、信じられないという顔でレティシアを見る。
「普通は属性が分かってから、覚える魔法を決めて、何度も練習して魔法陣を作れるようになるんです。それを一度見ただけで……しかも七歳で……」
「でも、色がないわよ?」
「無属性の魔力ですね。先ほど私が使った魔法は風属性なので発動しないと思います」
「なら試してみるわ」
レティシアはもう一度魔力を手の先へ集め、魔法陣を構築する。
「突風」
魔法陣は浮かんだままだったが、何も起こらない。
もう一度、先ほどより強く魔力を送ってみる。
「突風!」
それでもカーテンすら動かなかった。
レティシアは手を下ろし、魔法陣が消えていくのを見た。
「やっぱり発動はしないのね」
少し残念ではあったが、不思議と落ち込むほどではなかった。風を起こすことはできなくても、自分で魔力を動かし、魔法陣まで出すことはできたからだ。
レティシアは自分の手を見る。ゲーム通りなら、自分の属性は闇だ。しかし今はまだ、その属性を使うことができないみたいだ。
「マリナ」
「はい」
「属性ってどうやって付けるの?」
「鑑定の儀を受けて魔力を使ったら風属性の魔力が最初から出ました」
「無属性の魔力は使えないの?」
「使えますよ。身体強化などには使っています。でも無属性魔法自体は効果が弱いので覚えていませんね」
(身体強化!? 定番じゃない。早いところ覚えたいわ)
「マリナ、身体強化を教えて!」
レティシアは目を輝かせてマリナにお願いする。
「もしかしたらですが、体に負荷がかかるので、成長途中の身体にはよくないかもしれません。まずは魔力操作か無属性魔法の練習がいいかと思います」
(体に悪い可能性があるのですね。ないかもしれませんが自分の体で試すのはちょっと怖いですわね。それを考えるとマリナの言う通り、魔力操作と無属性魔法の練習を先にするのも悪くないかもしれないわね)
鑑定の儀を終えるまでは魔法を使えないと言われている。それでも、自分は魔力の存在を感じ、自分の意思で動かすことまでできた。
(これで普通の人より六年早く魔法のスタートダッシュが出来そうだわ!)




