終わりと始まり4
「これまではハンカチやリボンなんかの小物にしか刺繍を刺してなかったんだろう? 技術自体は申し分ないが、全体的なデザインに迫力がないね。ドレスに刺繍を入れようと思ったら、もっと広い視野で見て大胆にバランスをとっていかないとならないよ」
「はい、気を付けます」
『アガットの店』はそれほど忙しくない。月に数人訪れる貴族夫人のドレスを預かって、形を整えたり流行の刺繍を入れて手直しをしたりといった仕事が中心だ。客層も中高年が多く、皆品があって落ち着いた方ばかりである。
お客様がいない時間にはアガットさんから仕立ての基礎を学んだり、様々な技術を実地で教わっていく。私は五歳以降自分のドレスを仕立ててもらったことがないので、姉の着ているものを遠目に眺める以外で本物に触れる機会はなかった。生地による特性や、針の刺しやすさ。デザインによるスタイルの見え方の違い、肌に合う色の選び方。またお客様と対面して採寸する時の作法や何気ない会話術、それから原材料の仕入れから帳簿付けの方法など必要な知識を沢山教わった。
聞けば聞くほどこの仕事は奥深く、学べば学んだだけ世界が広がるようでとても面白い。アガットさんも一見厳しそうだけれど、それは仕立ての技術に関してだけだ。共にキッチンに立って料理をするのはフロラと暮らしていた時と一緒だけれど、物知りな彼女の話を聞きながらとる食事は思った以上に楽しいものだった。
そうして日々を過ごし、ここに転がり込んでから一年が経った頃。私はアガットさんに、自分のスキルと家を出された事情について打ち明けた。貴族の家……それも代々強力な火魔法を継承している侯爵家に生まれたにも関わらず、攻撃魔法でさえない「色変え」のスキルしか授からなかったこと。それを理由に五歳から別邸とは名ばかりの庭師小屋に追いやられ、侍女と二人協力して生きてきたこと。生活費を捻出するために刺繍の作品を作り、協力してくれる使用人の手を借りて街で売っていたこと。姉が王太子の婚約者に選ばれたため、家の恥である私は除籍され家から追い出されたこと……。
「貴族ってのは昔から変わらず、愚かな行いをするもんだよね」
「……アガットさんも、貴族だったんですよね……?」
ここに訪れるお客様はそのほとんどが貴族の婦人だけれど、誰もがアガットさんを丁寧に扱っているように見えた。アガットさんもそれに対して優美かつ如才なく対応しており、明らかに貴族のマナーを学んだ人間の動きだったのだ。
「ああ、そうだよ。元は伯爵家の生まれだが、大体はあんたと同じ流れだね。あたしが授かったのは──仕立てスキルだったから」
アガットさんは、お客様の姿を一目見るだけで身体のサイズ全てを把握することが出来る。採寸をせずとも、その人にぴったりの服が作れるのだ。もちろん縫製の技術も見事なもので、服を作るために必要な工程には全てスキルの効果が発揮されるらしい。
素晴らしいスキルだ。けれど、貴族なのに攻撃力を持たないアガットさんは私と同じ出来損ないだった。
「たまたまあたしが家族に暴言を吐かれて小突かれているところを、前王妃殿下……当時はまだ王太子妃だったけどね、あの方が拾って下さったんだ。出来損ないだと蔑んでいた娘が急に王族付きの専属使用人として召し上げられて、あの日の家族の顔は今でも忘れられないよ。手のひら返したように擦り寄ってくるもんだから、気味が悪くて寒気がしたね。結局その後、つまらない不正だかなんだかで家ごと没落したけどさ。正直ざまぁみろって思ったよ」
口端をあげ、鼻でフンと笑ったアガットさんの視線はどこか遠いところを見ているようだ。きっと、当時のことを思い出しているのだろう。
それから数十年。国王が退位し、王妃と共に王領の離宮へ移動するタイミングでアガットさんも専属使用人の立場を辞したそうだ。もう働かずとも暮らしていけるだけの経済的余裕はあるけれど、アガットさんにとって仕立てというのは趣味であり生き甲斐でもあったために手を動かすことは辞められなかったのだと。この場所に自分の店を持ち、常連客を相手に細々と営業して来たそうだ。
「でもまあいい加減、身体の方がしんどくなってきてたからね。あとは田舎に引っ込んで孫の服でも仕立てるとするよ。最後の仕事としてあんたに技術を引き継げたことは本当に良かったと思ってるからさ」
「そんな……私こそ、感謝してもしきれません」
「あたしはね、このスキルを授かったことを心から女神様に感謝してるんだ。人生をやり直せるとしても、また同じスキルが欲しいと思うくらいにはね。あんたが苦労してここまで生きてきたことは分かってる。だけど──それも全て必要なことだったんだ。今はまだそう思えなくてもいい。だけど不貞腐れていじけて生きるより、その手で成し得た事実を誇るんだ。きっとあんたなら大丈夫だよ。そのスキルを使って、沢山の人を笑顔にしてきたんだからね」
「はい……っ!」
同じ苦しみを経験してきたからこそ、分かることがある。他の誰にハズレだと言われようとも、己の人生の舵を取って進むのは他でもない自分自身なのだ。
色を変えるだけのスキル。それを何の役にも立たないつまらないものにするか、誰かを笑顔にするために使うのか……決めるのは、私の生き方次第だということだ。
その後私が成人を迎えるのを見届け、アガットさんは息子夫婦の住む街へ引っ越していった。
この店も、残った物も全てあんたにやるよと優しく笑って。




