ハズレスキルの出来損ない4
この国において、もっとも尊ばれるのは純粋な武力だ。建国の王である英雄オーギュスタンは、その類稀なる強力な攻撃スキルによって民と領土を守ったのである。それに準じて、貴族は皆戦える力を持つことを求められるのだ。
水、土、風。どれも使いようによっては、強い戦闘力を発揮する。中でもこのデュラン侯爵家が代々受け継いできた火魔法は、特に攻撃力の高いスキルとして英名を馳せていた。
「……お姉様はお勉強は嫌いだけれど、スキルの訓練だけは欠かさずやっていたものね」
おかげで私の衣類も、懸命に育てた庭の野菜も、沢山のものが燃やされてきたのだ。ハズレスキルしか得られなかった私に、わざわざ自慢の火魔法を披露する形で。
姉だけがこの十年間に渡って定期的に私の元を訪れては、火の玉をぶつけ高笑いをしつつ母屋での様子を教えてくれていた。跡継ぎとなる弟が生まれたことや、私以外の皆の誕生日会が盛大に開かれていること。彼女が着てくるドレスに施された刺繍や細かな縫製の技術なんかは、実は刺繍の小物を作る際の参考にしていたくらいだ。
皮肉なものだと思う。決して好きにはなれないし、姉も私を心底嫌っていたのだろうけれど……その姉の行動だけが、私とこのデュラン侯爵家の繋がりを感じさせる要因になっていたのだから。
「……ご当主様方が、話しておられたのです。王家と正式な婚約を交わす前に、クロエお嬢様の処遇も考えておかねばと」
両親の期待するスキルを得られなかったあの日から、この家においての私はいない者になった。
成人前の子供だからか、もしくは何かに利用する気はあったのか。彼らの真意は分からないが、これまで敷地の中に暮らすことだけは許されていたけれど……それも、いよいよ終わりということなのだろう。
予想はしていたことだし、実は成人と同時に自らここを出て行く計画も立てていた。だからそれが、多少早まっただけの話だ。
「きっと近々ここからも追い出されると、そういうことなのね……。分かったわ、そのつもりで用意しておきましょう。あら──エドモンがそんな顔をすることはないのよ? 貴方には長い間、ずっとお世話になったもの。おかげでこうして準備を整える時間も得られたし、刺繍でお金を稼ぐことも出来たわ。姉の家庭教師の先生たちに話を付けてくれたのも貴方なのでしょう? 本当に、これまで気遣ってくれてありがとう。ここで身に着けた知識はきっと、これからの私の武器になってくれるはずよ」
「いいえ、いいえ……私は何も……! クロエお嬢様が勉強熱心でいらしたから、先生方も喜んで協力してくれたのです。このような場所に追いやられても諦めず努力し続けたお嬢様が、なぜこんな目に遭わねばならないのか……!」
火魔法のスキルを得られなかったのは、私のせいではない。いや、もしかすると司祭様が言うように、私の祈りが足りなかったせいなのかもしれないけれど……。祈った結果があの姉のように他者を傷付けあざ笑い、貴重な食糧や大事に繕った衣服を燃やす力ならば、そんな力はなくていい。
そしてそんな力にしか価値を見出せない人間たちとは、進む道が違って当然なのだ。
汚れたスカートを綺麗に染め直したり、白い布と糸を鮮やかな色に変えて美しい刺繍の作品を生み出したり。誰とも戦わず、誰も救わない地味なスキルであっても──私は自分のスキルを案外気に入っている。
血の繋がった家族とは良い関係を築けなかったけれど、私には惜しみなく愛を注ぎ育ててくれたフロラがいる。狭いキッチンで一緒に料理を作り、毎日同じテーブルで食事をした。文字の読み書きから基本のマナー、そして刺繍や裁縫を含めた家事全般の技術を教えてくれたのは他でもないフロラだ。
『お嬢様が得た知識はいつかきっと、生きていくための力になります。だから学ぶことを辞めてはいけません』
図書室の本を読みあさり、お姉様の家庭教師たちからこっそり教えを受けて。この狭い小屋からでも手の届く範囲で精一杯力をつけてきたつもりだ。
そして日々懸命に手を動かして作り上げた刺繍の小物を、当主の目を盗む危険を犯してまで持ち出し街で売ってきてくれたエドモン。彼もまた真剣に私の身を案じ、できる限りの支援をしてくれていた。
確かに私はハズレスキルしか持たない、出来損ないかもしれないけれど。それでも全員が敵ではないのだと、もう知っているから。
「私はこの家を出てもきっと大丈夫。それに、思うのよ。私の生まれが貴族だったからこそ、ハズレスキルの出来損ないだなんて言われてきたわ。でも……平民になったらこのスキルもすごく役立つんじゃないかしら。考えてもみて? 一般人が強い攻撃スキルを使うことなんてそうそうないわ。それよりもずっと、私のスキルの方が役に立ちそうじゃない。染み抜きだって刺繍だってお手の物なのよ! 貴族の義務だのなんだのは他の人たちに任せて、これから私は私らしく生きていきたいの」
私の言葉に、フロラもエドモンも少し驚き──そして、笑顔を返してくれた。
「役立たずだから捨てられるのではないわ。私が、用済みになったこの家を自ら出て行くの」
そう考えれば、この胸の奥でチクチクと痛む気持ちも少しは晴れる気がする。今はまだほんの少しだけ強がっていても、きっと時間が癒してくれるだろうから。




