私の場所4
「クロエ、君はとても強く気高い人間だ。だけど、こんな時にはどうか俺を頼って欲しいとも思うよ」
彼に相応しくありたいと願うのは私の自己満足だ。だから、そこに障害があるならば全て自分で対処してこそだと思っていた。
けれどフェリックス様はにこりと笑って頷いた。もう、家族から捨てられひとりで戦うしかなかったあの頃とは違う。私の横には、こんなにも頼もしい味方が立っていてくれるのだから。
私を庇うように一歩前に出たフェリックス様が悠然とした態度で口を開く。
「──君たちがどのような能力を持っているかは知らないけれど。クロエをハズレだと嗤うのならば、間違いなく私自身もハズレスキルの持ち主だ。ハズレ同士、似合いの二人だと祝福してくれないか?」
「……えっ? 殿下、何を……」
令嬢たちは目を見開き、はくりと唇を震わせた。一緒にその言葉を聞いていた私も実は少し驚いている。結局、フェリックス様のスキルを聞く機会は今までなかったからだ。
私は仕立て屋として色変えのスキルを日常的に使っていたけれど、そういった類のものでなければスキルなど使わずとも人は生きていける。それこそ我が国の貴族たちが尊ぶ強い攻撃スキルなど、戦争に出る武人などでない限り一生使用する機会がないことだってあるのだ。
かえって市井に住む平民たちの方が、「掃除」「調理」「大工」など日常生活の中でスキルを活用しているのではないだろうか。パン焼きのスキルを持つ職人が作った焼き立てのパンを初めて食べた時には感動したものだ。あれはきっと貴族家の料理人にも勝ると思う。
そんな人生の楽しみを知りもせず、武力を持たない平民のことを取るに足らない矮小な存在だと嗤う貴族たちのなんと哀れなことか。狭い世界で生きているから、想像することもできないのだろう。
逆に貴族たちは己の強い攻撃スキルを誇っているわりに、その具体的な内容を明かすことは少ない。私の生家であるデュラン侯爵家などは代々火魔法使いが生まれると有名だったけれど、そういった家系に伝わる種類のスキルでない限り進んで他者に尋ねるようなものではないらしい。
だからこそ、フェリックス様のスキルもこれまで公にされることはなかったのだけれど……。
「殿下は、剣がお得意ではないですか。何か、武術に関するスキルをお持ちなのでは……」
「いいや、そのようなものは持っていない」
確かにフェリックス様の手のひらには、剣を握る者特有の肉刺がたくさんある。毎日の鍛錬を繰り返したからこそ出来るそれは、彼がスキルを持っていない証明にもなるのだ。
「で、でもっ、王族としていざというときの戦力は隠しておいた方が有利になりますし。えっと、そう……切り札のような。きっとそのような意図でいらしたのでしょう?」
「陛下がどのように思っていらしたかは知らないが、私に攻撃スキルがないのは神殿が認めた事実だ。紛れもなく君たちの言うところのハズレだな」
ハズレと言いながらにっこりとほほ笑むフェリックス様を見て、令嬢たちは顔を青褪めさせた。今更ながら、自分たちが口にした言葉の拙さに気付いたらしい。不敬罪か、はたまた侮辱罪か、と。
「──た、大変申し訳ございませんでした──」
「私に対する謝罪は受け入れよう。まあいいきっかけだから、この際はっきりさせておこうか。私が女神様より授かったスキルは『植物魔法』。その名の通り、植物を育てられる力だ。どれほど頑張っても武力などにはなりえないし、ただ地面に這いつくばって使う地味な魔法さ。かつて兄にも散々馬鹿にされたけれど……私は己が持つこのスキルを誇らしく思っている。人が生きていくためには食糧が必要だ。中でも穀物や野菜なんかは全て植物だろう? 私の力があれば、それらの植物の生育を助けることが出来るんだ。虫害や冷害に負けない品種のものを作ることが出来れば、国の民を飢えさせることなく養っていける。武力で敵を退けることと、国を富ませて民を生かすこと──そのどちらが優れているかなんて、本来比べることは出来ないのだと思うよ。……違うかな?」
ぐるりと周囲を見渡せば、いつの間にか静まり返った会場で参加者たちは皆フェリックス様の話を聞いていたようだ。
彼の物言いはあくまでも穏やかで落ち着いているけれど、その内容はこの国の貴族たちにとって優しくないものだったろう。皆複雑な表情を顔に浮かべつつも、各々に頷きを返した。今はまだ心から納得できなくてもいい。でも、フェリックス様が戴冠する頃にはきっと少しは実感できるのではないだろうか。これからこの国は、どんどん明るい発展を遂げていくはずだから──。




