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あなたの色に染まりたい~ハズレスキルでしたが王子様に見初められました  作者: 伊織ライ


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唯一望むもの2

「もう、逃げることは許されない立場になってしまった。そのことに関してはもう十分納得しているんだ。けれど最後にもうひとつだけ、叶えたい我儘がある。それが──君だ」

「そんな、そんなこと……恐れ多くて」


 ふるりと首を振る私に、フェリックス様は柔らかく微笑んだ。彼の立場であれば、どんな望みも叶えられるのに。望めばなんだって手に入れられるはずなのに。


「一番苦しかった時に、君は君のスキルを使って俺を助けてくれた。あれがなければ、きっと今の俺もいないだろう。そう確信を持てるくらい、留学先で過ごした時間は人生の重大な転換点だったと思う。俺が思っていた以上に、黒髪赤目が持つ意味は他国においても広く知られていたんだ。だから誰に見とがめられることなくこの国を出られたことも、いち留学生として他国で自由に生活することが出来たのも全て君のおかげだ。……あの日君に出会えた奇跡に幾度も感謝を捧げたよ。一度しか会ったことのない君の姿を何度も思い浮かべた。おかしいだろう? 君の髪色に似せて変えてもらった短い栗色の髪を見ては、自分でも浮かれていると自覚できるくらいに胸が高鳴るんだから。彼女は元気にしているだろうか、何か困ってはいないだろうか、俺があの日頼んだ仕事のせいで迷惑をかけたりはしていないだろうかってね。そうして数年を過ごした後、この国へ戻ってきてようやく再会した君は──記憶の中の君よりも、もっとずっと魅力的になっていて。クロエ、俺は初めて君に会った日から君に惹かれていた。そして再会した君に、もう一度恋をしたんだ。共に時間を過ごすようになって、沢山の会話をして。家のことでもスキルのことでも苦労したはずなのに、与えられた環境で精一杯努力し生き抜く君の姿に勇気を貰えたんだ。俺も君に負けないよう、やれるだけのことをやろうと思えた。そんな自分の横に、君が立っていてくれたら……そう、思ってしまったんだ」


 少しだけ困ったように、フェリックス殿下が笑う。繋がれた手からは、熱い体温が伝わってくる。

 彼はあの日たしかに、愛していると言ってくれた。そして私も、それに応えた。けれどまさか……それほど長い間想って下さっていたとは知らなかったから。手のひらの熱が頬にまで伝わってしまったようで、ただただ恥ずかしく……そして心から、嬉しく思う。


「クロエ嬢に、フェリックス・ロベールが申し込む。どうか、俺の妻になってくれ。この国をより良いものにするために、君の力をどうか貸して欲しい」

 

 私を見つめるその瞳の奥が、熱く燃える炎のようにゆらゆらと揺らめいている。その神秘的な美しさに、しばしの間見惚れてしまった。

 指先が小さく震える。その反応に気付いたのだろう、これまで正面に跪いて私を見上げる格好だったフェリックス殿下がそっと立ち上がる。繋がった手はそのままに、けれど強く振り払えば簡単に解けてしまうほどの柔らかさで。

 けれど私は、ゆるりと首を振る。


「……いけませんわ、殿下。それはきっと……許されません」


 ようやく口から出た声は、小さくかすれていた。

 確かにかつての私は、王族の妻になってもおかしくはない侯爵家の令嬢だった。実際、実の姉は王太子妃であったのだ。けれど、私は既にあの家を除籍され平民になっている。なんなら令嬢としてよりも、平民として暮らした記憶の方がずっと多いのである。そんな私が、オーギュスタンの再来とも呼ばれ国民からも人気のフェリックス殿下に嫁ぐなど、誰が許すというのだろうか。

 愛して、愛されて、それでも結ばれない関係というのは存在している。マルタン殿下と男爵令嬢だって、その身分差故に結ばれなかったのではないか。彼女以上に大きな隔たりがある私であれば、側妃どころか妾にもなれないだろう。

 ただ、その気持ちを頂けただけで私は十分……。


「父上の許しは既に貰っているよ」

「……っ、でも、私はもう貴族ではなくて……!」

「それこそ、どうにでもなる話さ。君の血筋が貴族であることはもう分っているし、身分が必要であれば相応しい家の養女になることだって出来る。既に妻帯していた兄上の時とは状況が全く違うんだ。王族に嫁ぐとなれば、どこの家も喜んで受け入れてくれるだろうね」

「そんな、でも……私なんかでは、到底……」


 ──ちょっと、()()()! なんでそんな目障りな所にいるのよ? 侯爵家の面汚しは大人しく小屋に引っ込んでいなさい!


 かつての姉の、甲高い怒鳴り声が(よみがえ)る。母は五歳のあの日から目を合わせてくれなくなり、父は碌なスキルを授からなかった私を躊躇いなく捨てた。使用人たちさえ私を侯爵令嬢としては扱わず、あれがハズレねと聞えよがしに(わら)った。

 姉が王太子の婚約者に選ばれたからこそ、家の瑕疵となるハズレの私は除籍されたというのに。その私が、次の王太子の婚約者になるだなんてどう考えてもおかしな話ではないか?


 ぐるぐると頭の中を巡る思考に、さあっと血の気が下がる。胸元を伝う冷たい汗に、ぶるりと身体が震えた。


「──クロエ、落ち着いて。大丈夫だから」


 静かな声と共に、暖かくて大きな身体に包まれる。フェリックス殿下に抱きしめられているのだ。


「……殿下、わたし……わたしは」

「うん、クロエ、君はこれまで沢山傷付いてきたんだろうね。この国の攻撃スキル至上主義は、本当に異常だから。でもね、そんなものとは比べ物にならないほど素晴らしい技術を、既に君は沢山手にしているのだと知って欲しいんだ」


 震える肩をゆっくりと撫でられると、なんだか力が抜ける気がする。そう、彼は一度も私のスキルをハズレだと馬鹿にしたりはしなかった。むしろ、この力に助けられたのだと言ってくれたではないか。あの言葉に嘘は感じなかった。他でもなく、彼の言うことだから信じられる。

 胸の中で小さく頷いた私に、ふふっと小さな笑い声が届いた。未だ、肩を優しく撫でてくれている大きな手のひらを心強く思う。

 

「それだけじゃない。君が身に着けた教養は、既に十分高位貴族の令嬢として通用するレベルだよ? なぜなら君自身が努力を怠らず、ずっと勉強を続けてきたからだ。俺が貸した本も細部まで読みこんで、完全に知識を己ものとして吸収している。他領の話を振ってもきちんと対応できるし、相談には適切なアドバイスだってくれるじゃないか。今の君は、王妃教育を受けたのにも匹敵する知識を持っているんだよ」

「えっ……私、そんなつもりは全然……!」

「ふふ、そうだろうね。俺が勝手に先走って、いつか役に立ちそうな資料を貸していただけさ。もし君が俺の隣に立ってくれるならと、期待しなかったと言えば嘘になるけれど。……こんなずるい男を軽蔑するかい?」


 まさかそんな前から、私のために取り計らってくれていたなんて……。ただただ私は、フェリックス殿下と過ごす時間を楽しんでいただけなのに。彼は見識が広く考え方が柔軟で、何気ないことも一緒に話すと新たな発見があった。それは私の仕事にも役立つ内容だったから、大変な思いをしたことも苦労と思ったこともなかったというのに。

 悪戯っぽく笑う彼の声色に、今度は歓喜で胸が震える。私がやってきたことは決して無駄ではなかったのだと。私の人生は間違っていなかったのだと。


「……だからね、本当に君の気持ちだけなんだよ。これからこの国を守っていくために、俺は君が一緒にいてくれたらと思う。君の憂いは全て払うから──どうか、俺の妻になって欲しい」


 今度は跪くのではなく、同じ目線でフェリックス殿下が問うてくる。正直に言えば、不安はなくならないけれど……でも。


「私も、貴方と一緒にいたいです。知らないことを知って、難しいことは一緒に考えて、貴方と一緒なら辛いことも乗り越えていけると思うから」

「クロエ……! ありがとう、本当に嬉しいよ」


 さっきの優しい抱擁とは違って、痛いくらいにぎゅっと抱き寄せられる。でも、その痛みが私にこれが現実なのだと思い知らせてくれた。

 この方の為ならなんだって出来ると思った。彼の為になるなら、彼の前から消えることだって……気持ちをなかったことにも、出来ると思ったのだ。

 けれどこれからは違う。私は私の為に、誇れる自分になろう。この方の横に立って、恥ずかしくない自分であれるよう──そのための努力をすればいいだけだ。

 

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