ハズレスキルの出来損ない2
「ちょっと、ハズレ! なんでそんな目障りな所にいるのよ? 我がデュラン侯爵家の面汚しは大人しくおんぼろ小屋に引っ込んでいなさい!」
図書室からの帰りしな、ばったり出くわした姉から甲高い声で叱責を受ける。意地悪そうに、けれどどこか楽しそうに笑った姉は自慢のファイアボールを手のひらに浮かべると、その燃え盛る炎の玉を躊躇なく投げ付けてきた。
「アハハ、みじめね! その下級メイドよりもみすぼらしい姿! ほらほら、ちゃんと逃げないとまた火傷するわよ!」
必死で身体を捩って避けたものの、じゅっと嫌な音と臭いがしてスカートが焦げる。熱さを耐えて慌てて裾を払い、燃え広がる前にと必死で火を消した。一着服を仕立てられるほど大きな布は、案外高価だ。サイズが小さくなったものを解いたり、あちこち継ぎ足したりしてなんとか間に合わせて着ている服を駄目にしてしまいたくはない。
ひりつく手のひらを握りしめて深々と頭を下げる私を見て、満足そうに鼻を鳴らした姉は母譲りの赤い髪をなびかせ去って行った。今日はあの一発で済んだからマシな方だろう。なにより、先ほど借りてきた本が燃えなくて本当に良かった。家庭教師を付けて貰えなかった私にとって、図書室で得られる知識は大変重要なのだ。最初はフロラから少しずつ勉強を教わり、文字の読み書きを覚えてからはひたすら沢山の本を読んだ。この先、ハズレの私が生きていくには少しでも多くの知識が必要だから。そのため、貴重な本を壊して図書室の使用を禁じられるわけにはいかないのである。
「──フロラ、ただいま! 今日は刺繍の図案の本を借りてきたわ。これでまた新しいハンカチを作って売りましょう!」
「クロエお嬢様、お帰りなさいませ──そのスカートの焦げ……っ! もしかしてまたヴィクトリアお嬢様に……?」
小屋に戻ると、お仕着せにエプロンをかけたフロラが出迎えてくれた。室内からは美味しそうな香りが漂ってきているから、昼食の支度もちょうど終わったところなのだろう。
「ああ、そういえばそうだったわ。お姉様、また家庭教師の授業をさぼって逃げ隠れていたみたい。まさか図書室の前で会うなんて思わなくて……油断していたわ」
「ヴィクトリアお嬢様は相変わらずなのですね……」
せっかくタイミングを見て母屋に忍び込んだのに、つくづく不運だったとしか言いようがない。普段なら図書室などかけらも興味を示さない姉が、あんなところにいるとは思わなかったのだ。
改めてじっくりと焦げた部分を確認すると、色が変わってしまったもののギリギリ穴は開いていなさそうだった。
「良かった、これならまだなんとかなるわ」
手をかざし、元のスカートの色をしっかりと頭に思い浮かべる。さらりとそこを撫でると、無残な状態だった私の服は元の通りに戻っていた。
色変えのスキル。私がハズレとして家族から切り捨てられた原因ではあるけれど、せっかく授かった力を使わないでいるのも勿体ないだろう。汚れたスカートだって綺麗に戻せるし、時々全然違う色に変えれば少ないワードローブでも着回しがきく。生活費の足しにするため行っている刺繍の内職も、一番安い白い布と糸さえ用意すればあとは自分で色を変えられるから原価がぐっと抑えられるのだ。刺繍の名手であったフロラ直伝の技で作る色とりどりのハンカチは、今や街でもちょっとした話題の品らしい。母屋から時々様子を見に来てくれる侍従のエドモンが、ある程度まとまった段階でこっそり売りに行ってくれている。今回もまたあっという間に完売でしたよと笑って教えてくれるから、こちらのやる気も上がるというものである。
私の運命を変えたあの日から、もうすぐ十年が経つ。元は庭師用の物置か休憩用だったのだろう、簡素な小屋での暮らしにももう慣れた。当時はハウスメイドだったフロラが私の世話役にと自ら手を上げて共についてきてくれたけれど、この狭い室内で主人と使用人の立場など何の意味も持たない。一応今のフロラは私の専属侍女ということになっているが、まるで平民の家族のように私たちは助け合いながら日々を過ごしていた。
「やっぱり次の本の返却は私が行きましょうか? またヴィクトリアお嬢様に会ったら何をされるか分かりませんし」
「ううん、いいのよ。ついでにヒューゴ先生に聞きたいこともあるから」
「くれぐれもご当主様方には見つからないようになさって下さいね」
フロラはいつも私のことを心配してくれるけれど、あまり気にしなくていいのにと思う。あの後生まれたらしい弟は無事我が家に相応しい火魔法のスキルを授かったようだし、両親はハズレの私のことなど既に覚えてもいないだろう。
あと二年しないうちに私も成人を迎えるから、そうなれば自分だけで決められることもぐっと多くなるはずだ。その日のために出来るだけ知識を蓄え貯金を作り、ここを出ていく準備をしようと思う。




