デート2
「まあ……本当に美しいですね」
案内していただいた庭園では、趣向も様々に整えられた季節の花が競うように咲き乱れていた。
鮮やかな黄色やオレンジ色が可愛らしいポピーに、豪奢な花びらが重なるダリア。鈴なりに小さな花をつけたルピナスのピンク色も鮮やかで目に楽しい。
「この区画は一応俺の管轄ということになっているんだ。だから庭師も気を遣うのか、他より赤い系統の花を多く植えているみたいだね」
指示したわけではないんだけど、と殿下は目を細めて笑った。
彼の言う通り周囲には赤い花が多いけれど、同じ種類であってもそれぞれ微妙に趣が違う。色のグラデーションを見比べながらゆっくりと歩くだけで、確かに勉強になるしなによりとても楽しかった。
夢中になって歩いているうちに、小さなガゼボが見えてくる。周囲にはひと際鮮やかに色付く深紅の薔薇が植えられており、白いテーブルセットとの対比が美しい。
「少し休んでいこうか」
「はい」
私たちが腰を下ろすと、見計らったように使用人たちがティーセットを運んでくる。慣れた手つきでそれを受け取ったフェリックス様が自ら茶葉を選び、茶器にお湯を注いでいる。供された茶菓子はさりげなく毒見がなされ、私の側にも丁寧に給仕が行われた。
元は侯爵家の生まれとはいえ五歳からまともな扱いをされてこなかった私なので、その待遇にも戸惑うばかりだ。今となっては正真正銘ただの平民であり、マナーも怪しい私に対しても嫌な顔ひとつ見せず丁寧に対応してくれる彼らは流石一流の仕事人だと思う。
シャルクで流行の服装や芸術の話、新しく開発された着心地の良い織り方の布や強靭な糸のこと。フェリックス殿下は知識が豊富で、私が興味のある話題を振ってくれるので話すのも楽しい。お茶はびっくりするほど香りが良くて美味しいし、少し目を上げれば風に揺れる赤い花々が幻想的で夢の中にいるみたいだ。
「──ご歓談中失礼いたします。殿下、少々……」
「なんだ? 今は──何、侯爵が? ああ、悪いねクロエ、なるべくすぐに戻るからお茶を飲んで少し待っていてくれるか?」
「はい、かしこまりました」
お仕着せを身に纏った侍従らしき男性と共に、フェリックス殿下は足早にガゼボを出て行ってしまった。残された私はほうとひとつ息を吐き、ぼんやりと庭の景色を眺める。
もっと彼から色々な話を聞いてみたい。狭い世界しか知らない私に、実際自分の目で見てきた他国の話を聞かせてくれて。いかに武力を備えるかしか考えていないこの国と違って、色鮮やかな文化が花開く場所もあるのだと知れた。スキルの内容で差別されるのも、この国の中だけの話なのだと。
そっとカップを置き、腿の上に揃えた手のひらが美しいドレスの生地に触れる。滑らかで、けれど独特な凹凸があって。まるで彼の深紅の瞳と同じように深く美しい色……。
優しく細められるあの眼差しを、曇らせたくないなと思う。フェリックス殿下は否定して下さったけれど、でもやっぱり私の存在は彼の邪魔になってしまうのではないだろうか。立派なお城の広大な庭園、美しく整えられた花々と優秀な使用人たち。その中でひとり、取り残された自分だけが異物のように思えた。
敵対勢力によって送られてくる刺客から逃げるため、留学という名目で国を出た殿下。その際、あの特徴的な色彩を変えたのは確かに私のスキルだ。監視ではないと言っても、私が利益に反することをしたならばきっとその限りではないだろう。意図して彼を困らせるようなことは絶対にしないけれど、私のスキルを利用しようとして騙されたり脅されたりする可能性だってあるのではないか。
もっとあの方と一緒にいたい。けれど私は──ハズレスキルの出来損ないだから。攻撃力がないから。ろくな令嬢教育を受けていないから。親にも捨てられた平民だから。でも──殿下はそんなこと気にしないのではない? 彼は私のスキルを褒めてくれた。ここにいて欲しいと言ってくれた。せめてもう少しだけ……例えばフェリックス殿下がお后様を決めるまで、お側で彼を見つめることを許しては貰えないだろうか……?




