デート
主人公視点に戻ります
『俺はただ君に会いたくてここへ来ているし、監視のつもりなんて全くなかった。嫌な思いをさせてしまったのなら謝るのはこちらの方だし、邪魔だなんて絶対に思うわけがない』
フェリックス殿下は私の手を握りしめ、真剣な眼差しでそう言った。
思ったより時間がかかってしまって君に不安な思いをさせてしまったけれど、準備が出来たらすぐに伝えたいことがあるのだとも。その言葉の意味については詳しく教えていただけなかったけれど、どうかもう少しだけ待っていて欲しいと乞われて私はこくりと頷いた。
期待しても、良いのだろうか。でも……そう、もしかすると私の色変えのスキルがまた必要になるかもしれないという話かも。殿下は特徴的な色をお持ちだから、きっと苦労されることも多いだろうし。あの時のように色を変えれば、きっとやりやすくなるお仕事だってあるだろう。
ぐるぐると纏まらない思考が脳内を占拠し、刺繍針がちくりと刺さる。指先にぷくりと膨れた血の玉は、彼の瞳の色によく似ていた。
数日後、私宛に大きな荷物が届いた。一体なんだろうかとその立派な箱を開けば、丁寧に梱包された中に赤い生地の美しいドレスが納められていた。
この国では見かけない特徴的な染め模様の生地は、シャルク王国で作られている特産品だったはず。それはフェリックス殿下の母君の生国であり、彼が先日まで留学していた場所でもある。
現地でしか取れない植物を使い、特殊な鉱石を使って色を出すのだというそれは実際に触れてみると独特の質感をしていた。シルクとは違い、撫でるとざらりとした凹凸があるようだ。光の下では角度によって色が変わって、生地を持ち上げ動かしてみるとまるで蝋燭の炎がゆらりと揺らめく様にも見える。
フェリックス殿下と雑談する中で、この生地の話題も聞いたことがあった。仕立て屋をしている私に分かりやすい話題を選んで下さったのだろうと思う。話を聞くだけでも興味深くてとても面白かったけれど、やはり本物に触れてみなければ分からない感動があるのだと知った。
「……なんて素晴らしいのかしら」
どんなものでも色を変えられるという私のスキルでも、きっとこの美しさは再現できないだろう。シャルクの職人たちが糸の一本からこだわって織り、独自の技法で染め上げてこそ出来上がる唯一無二の色なのだから。
そのドレスの仕立ても独特で、四角い生地を繋ぎ合わせたような形で出来ていた。ローブのように羽織り、腰をサッシュで絞めて留めるらしい。どのような体型でも合わせることが出来るし、袖部分にたっぷり使われた生地が優雅に揺れてとても素敵だ。この国ではスカートにボリュームを持たせたドレスが主流なので随分趣向が違うけれど、露出が高いわけでもないし斬新だけど気品を感じさせる。このデザインを参考にすれば、これまでにない新たなドレスだって作れるかもしれない。体型を選ばず採寸を必要としないドレスは、ある程度値段を抑えて作る既製服にうってつけだ。この店に来てくれる常連客たちにもきっと喜んでもらえるだろう。まだまだ世界には私の知らないファッションがあるのだと実感し、興奮に胸が高鳴った。
添えられていたカードを開く。やはり送り主はフェリックス殿下で、流麗な文字で書かれたメッセージは三日後にこの店まで迎えに来て下さるという内容だった。その際にどうかこの衣装を着て欲しい、とも。
この素晴らしいドレスを着こなせる自信は正直あまりないけれど──彼が私の為にこれを選んでくれたのだとしたら、それはとても嬉しいことだと思った。
平民街でも浮かないよう配慮してくれたのだろう、小ぶりな馬車が音もなく停まる。
着慣れないドレスの裾を捌きつつ歩み寄れば、扉が内から静かに開いた。
「ああ……とてもよく似合っている。さあ、まずは乗って」
差し出されたのは、もうすっかり慣れてしまった硬い剣だこのある大きな手。迎えを寄越すとは聞いていたけれど、まさかフェリックス殿下本人がいらっしゃるとは思ってもいなかった。
驚く私を気にもせず、スマートな動作であっという間に馬車の中へと誘われてしまった。
「……お手数をおかけして申し訳ありません」
「クロエと会う時間を負担に思ったことなど一度もないよ。全て俺がやりたくてしていることだから」
狭い車内で、自分の心臓の音が聞こえていなければいいなと思う。そっと彼の方を伺えば、とても柔らかな笑みが返されて余計に胸の鼓動が早まった。今私の頬は、頂いたドレスと同じくらいに赤く染まっているのではないだろうか。
「ああ、やっぱり君には赤が良く似合うね。シャルクのデザインも清楚さを際立たせていてとても素敵だ」
「あっ、あの、本当に素晴らしいものをありがとうございます……! 私、これほど素敵なドレスを初めて拝見しましたわ。正直あまり着こなせている自信はないのですけれど……。フェリックス殿下からお話に聞いていましたし、その後資料も拝見しましたけれど、実際の生地を見て触れて感じるものがたくさんありました。仕立て屋としてもとても勉強になりました」
「君が喜んでくれたなら贈った甲斐があったよ」
がたんとひとつ音がなり、馬車が滑らかに動き出す。今更ながら、今日の目的地さえ知らないことに気が付いた。
「そういえば今日はこれから一体、どちらへ……?」
「ああ、城の庭園の花が見事に咲いているんだ。色々な色を直接目にすることも、君のスキルの役に立つのではないかな。庭師が頑張ってくれていたから、刺繍の図案の参考にもなればと思って誘ったんだ」
「まあ、お城の庭園……! それは確かに、ずっと見てみたいと思っておりました」
いつかヴィクトリアが自慢げに話していたことがあった。城のお茶会に呼ばれた際に見た庭園が、それはそれは美しかったのだと。私の畑を踏み荒らし火で焼き払う彼女でさえも、城の庭園には普通に感動するのだなと感心したことを覚えている。
「何から何までありがとうございます。私は、何もお返し出来ませんのに」
「君には十分助けられたから気にしなくていいんだよ。あの時のお礼だと思って」
殿下が言うのは、きっと三年前に使った色変えのスキルのことだろう。報酬にしても多すぎる金貨だって頂いたのだから、それこそ気にしなくてもいいのに。
音もなく走り続けた馬車は、ゆっくりと減速してその動きを止めた。外から御者の声が掛かる。
「さあ、着いたみたいだ。お嬢様、お手をどうぞ?」
にこりと微笑んだフェリックス殿下が手を差し出してくれる。物語の中に出てくる王子様のように──いや、実際彼は王子様なのだけれど──スマートな仕草は流石の一言だ。令嬢としての所作はフロラが教えてくれたけれど、それだって所詮下位貴族レベルのものだろう。仕立て屋として貴族令嬢たちと数多く接してきたから、自然と見て覚えられたところもあるけれど。今は精一杯背筋を伸ばして、優雅に見えるよう手を重ねた。実際は足りない所ばかりだったとしても、せめて彼の隣に立つ上で見苦しくない自分でありたいから。




