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あなたの色に染まりたい~ハズレスキルでしたが王子様に見初められました  作者: 伊織ライ


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諦めた夢

視点が変わります

 最近下位貴族の令嬢たちを中心に人気だと評判の仕立て屋は、数年前までは高位貴族の婦人方が集う老舗だったはずだ。確か、前王妃殿下お抱えの仕立て職人が城を下がって開いた店だとか。だが以前の店主は高齢を理由に店を閉めて息子の住む街に引っ越し、残った店舗ごと弟子に譲り渡したらしい。

 新たな店主はまだ年若い女性で、「色変え」という珍しいスキルを持っていた。仕立てスキルを持つ師匠とはまた違った意味での才能があるようで、明るい色の布地で仕立てた軽やかなドレスは社交の場でもぱっと目を引いた。老婆が経営していた時は彼女の名を取ってアガットの店と呼ばれていたが、今では仕立て屋クルールという名前に看板を掛け変え、客層も随分若者向けに方針を変えたらしい。教わったことをただ闇雲に引きずるのではなく、自分らしさを出しつつ利益を得るための創意工夫を凝らす姿勢には純粋に経営の才を感じた。

 既に貴族夫人たちとの強固な繋がりをもつアガット夫人と彼女とではそもそもの基盤が違うのだから、なかなか上手いやり方だろう。彼女のスキルの効果についてはまだ調べ切れていないのだが、小手先の技で誤魔化すような商売はしていないだろうことは確かだ。開店して数年も経たず、目の肥えた貴族女性が繰り返し足を運ぶ店にまで育て上げる手腕。

 まだ見ぬ店主に対する期待は自然と高まっていた。


 しつこく差し向けられる敵対勢力からの妨害にもいい加減うんざりで、兄の治世が安定するまではしばらく外国に留学しようと前々から考えていた。一応父にはその意思を伝え了承を得ているが、()()()はきっとそれでも納得しないだろう。痛くない腹を探られ、毒だの刺客だのを送られるのにはいい加減疲れてしまう。だから向こうを刺激しないよう、出来る限りギリギリまで内密に計画を進めるつもりだ。出立の際にはきっと、今回見付けた彼女のスキルが役に立つだろう。

 

 そうしていよいよ本格的な準備が整い、切り札となりうる存在として再度詳しい身元調査を依頼したところ──なんとあの仕立て屋の店主は、デュラン侯爵の娘であった。貴族の系譜においてはことさら攻撃力のあるスキルを重要視するこの国において、確かに彼女のスキルは認められ難かったのだろう。五歳の洗礼式の後すぐ別邸とは名ばかりの小屋に追いやられた彼女は、ただひとり付き添った侍女と二人で工夫と努力を重ねて生きてきた。侯爵家の敷地から出ることも禁じられ軟禁状態だったというから、社交界でも顔を合わせたことがなかったのだろう。何を隠そう彼女の姉であるヴィクトリア・デュラン侯爵令嬢は我が兄の婚約者なのだ。普通に考えれば、その妹と顔を合わせたことがないなどありえないことだったのに。

 それでも彼女は逞しく生き抜き、とうとう家の籍から抜かれても自分の足で大地を踏みしめ前に進み続けているのだ。

 その姿が己のものと重なって見えたから……なのだろうか。そのクロエという名の女性のことを、いつの間にか随分近しい存在に感じていた。まだ直接会ったこともないというのに、妙な事だとは分かっている。向こうは俺のことを認識してさえいない。けれど、彼女のスキルが思っていたものと違ってもいいから──どうしても、会ってみたかった。そして俺がこの国を離れる前に一度聞いてみたい。

 スキルによって捻じ曲げられた己の運命を、彼女は一体どう思っているのかと。


 母の祖国へ留学する手続きを済ませ、秘密裏に城を出る。結局最後まで俺を憎々しそうに睨み付けていた正妃には知らせぬままだ。父がそのうち適当に伝えるだろう。流石に他国まで追いかけて刺客を送るような馬鹿な真似はしないだろうと信じたい。

 お望み通り国を離れてやるのだから、これ以上俺などに構わずさっさと息子(マルタン)の足場固めを進めて欲しい。最初から母も俺も一貫して継承権を争うつもりはないと表明してきたのに、一体何が気に食わないというのだろうか。いや、俺が持って生まれたこの色が気に食わないのだろう。気持ちは理解できるが……決して俺自身が望んだ結果ではないし、実際はこれのおかげで苦労したことだって数多い。だがそんなことをいくら伝えても、妄執にとり憑かれたあの方には届かなかったということだろう。決して好きにはなれないけれど、輿入れの際の事情も含めて可哀そうな方なのだとも思う。

 

 今から向かうのは、(くだん)の仕立て屋だ。混み合う城下の商店街。深くフードを被って黒髪を隠し、視線を下げて目立たないよう注意して歩く。俺のこの見た目は、英雄譚だの絵本だの吟遊詩人の語りだの様々な作品に描かれてしまっているからどこにいても目立ってしまう。これも本当に不便なことのひとつだ。金髪なら染めてしまえばいいが、最初から真っ黒なこの髪は染料も使えないのだから。きっと変えられる者がいるとしたら、今から会う彼女だけだろう。


 仕立て屋クルールと刻まれた真鍮の看板を確認し、重厚な飴色の扉を押し開ける。扉のベルがカラランと軽やかな音を立てた。明るい声の挨拶と共に店の奥から顔を出した女性は、想像していたよりもずっと可愛らしい姿をしていた。資料に記されていた年齢よりも小柄に見えるからだろうか。栗色の髪は艶やかで、緩く後ろで束ねたそれが歩くたびにふわふわと揺れる。


「──貴女がこの店の店主だろうか?」

「はい、さようでございます」


 その声は思ったよりも落ち着いていて、凛とした芯の強さを感じさせた。いくら年若くとも、彼女はこの店の主人として立派に自活しているのだから当然なのかもしれない。

 その後、半ば無理矢理言いくるめて彼女に使わせた色変えのスキルは予想した通り俺の髪と瞳の色を変化させた。漆黒の髪は艶やかな栗色に、そして赤い瞳もまた柔らかな茶色に。顔立ちは何も変わっていないのに、誰もが誉めそやすその色を無くしただけで随分と印象が違って見えるのだから本当に不思議だ。自分にそんな力があるとは気付きもしなかったのだろう、彼女自身が最も驚いていたと思う。ぽかんと口を開け茫然とするその表情もまた可愛らしかった。

 きっとこのスキルが持つ本当の力を、まだ誰も理解していない。けれど──そんなこと、彼女は知らなくていい。

 ただ布を綺麗な色に変え、ドレスを求める令嬢たちの笑顔と勇気を引き出すため懸命に手を動かす。どこまでも平和なスキルの使い方は、僕が憧れてやまない理想の姿に思えた。


 ──もし、彼女が僕の横に立ってくれたなら……。想像せずにはいられない。強い攻撃スキルのみに価値を見出すこの国の貴族たちは、一歩国を出た時自分たちが外からどう見られているか知っているのだろうか。

 国外へ出てみて初めて知ったことがたくさんあった。戦争が盛んだったのはもうはるか昔のことで、壊して奪う時代は既に終わっている。美しい街並みや清潔な環境、歌や絵画などの芸術にスポーツによる交流。文化は発展し、貴族だろうが平民だろうが関係なく日々の暮らしを楽しんでいる。

 ただ単純な武力にのみ価値を見出す我が国は、さながら暴力主義の蛮族だろう。英雄王オーギュスタンは大事な物を守るためにその力を使った。だが、その遺志を継ぐ我々の誇りとは一体なんだというのか? 弱き者を守るために女神様が与えた力でもって、その弱き者を痛めつける。きっと女神様が今の我々の姿を見れば、さぞがっかりされるのではないだろうか。

 曲がりなりにも、俺は王族だ。この国をこんな歪んだ状態にしてしまった元凶とも言える。そんな俺の横に並び立つことは、きっと彼女の望む未来ではないだろう。両親から縁を切られ、家を追い出され、それでも平民として懸命に仕事をし自らの居場所を作って生きてきた彼女は今楽しそうに働き笑っている。この穏やかな日々こそが、彼女の幸せなのではないか。


 相反する思いを胸の中に押し込める。留学の名目で国を出た時、もしかしたらもう二度と、母国には帰らないかもしれないと覚悟を決めたのだ。そうなれば、どちらにしても彼女に再会する機会は永遠に来ない。

 それでも、せめて……夢を見るくらいなら許されるだろうか。


 そう、確かに夢は夢のまま諦めるつもりだったのだ。

 それなのに──己が求めた強力な攻撃スキルを持つ妻の暴走により、兄である王太子は廃されてしまった。まあ、そもそもの原因が自らの不貞行為のせいなのだから少しも同情は出来ないが。結局のところ、このまま国から離れて生きようと思っていた俺はこの場所へ戻されてしまった。

 今ならば、この攻撃スキル第一主義の思想を変えられるかもしれない。むしろ、今変えられなければこのまま国は滅びの道を辿るだろう。そんな瀬戸際にいるのだと、気付いている国民はどれほどいるか。長年にわたり凝り固まった価値観を壊すのは難しいけれど──でももし、それが叶ったとしたら。


 あの日諦めたはずの夢が、胸の奥から再び溢れ出してくる。

 そうだ、色を戻さなければ。彼女はまだ、あの店にいるだろうか。三年の時を経て、少女らしく瑞々しかったあの姿はどのように成長しているだろうか。俺のことを、憶えていてくれるだろうか。

 会いに行こう。話をしよう。今度はもっとたくさんの時間を共に過ごしたい。留学先の思い出を、この目で見てきた色鮮やかな景色を伝えよう。彼女が見たもの感じたこと、経験してきた全てを教えて欲しい。


 生きる場所を選べないことは、もう受け入れた。その代わり俺がどう生きるか、そして誰と生きるかくらいは自分で決めさせて欲しい。

 彼女がそれを受け入れてくれるかはまだ分からないけれど……せっかく機会がめぐってきたなら、もう逃すつもりなんて微塵もないのだから。

 願わくは──この手を取って。

 


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