再会2
──第二王子フェリックス殿下帰国! 国の危機に立ち上がる勇姿はまさに英雄王の再来か──
今朝早くに届いた新聞を捲る。先日イリス様が参加した夜会は、大盛況で幕を閉じたようだ。幼い頃よりその色彩と美貌をもてはやされていた第二王子殿下は、三年の留学期間を経ていっそう精悍になりお戻りになられたと。
まあ、確かに否定は出来ない。この手が触れ合う距離で拝謁した殿下は、まだ二十代前半というその若さに見合わぬほどの落ち着きと貫禄を身に纏っていた。
正妃様は第一子であるマルタン殿下をお産みになった際に体調を崩され、それ以降の妊娠が難しくなったのだという。王族には、その尊き血を継いでいく義務がある。王子がひとりでは心もとないと周囲からの声が上がらなかったのは、ほとんど時期を同じくして側妃様が、第二王子フェリックス殿下をお産みになったからだ。
ここで話がややこしくなるのだが、実は公爵家の出身である正妃様よりも側妃様の方が先に王妃候補として名前が挙がっていたそうなのだ。側妃様は元々この国から見て東方に位置するシャルク王国の第四王女であったのだけれど、陛下との婚姻直前にシャルク国内での継承問題が起きたために一旦話が止まってしまったのだ。輿入れ時期の見通しが立たない婚約者をいつまでも待つことは出来ず、結局代わりに選ばれたのが現在の正妃様であり……その数年後、順番が入れ替わる形でシャルクの王女様が側妃として迎えられることとなったそうだ。一国の王女が側妃などと反対の声も上がったらしいけれど、他でもなくご本人が強く望まれた。陛下のお側にいられるなら、その立場などどのようなものでも構いませんと。おそらく、婚約者として交流を深めている段階から育まれた絆や愛があったのではないか……。
そのような事情から、正妃様のお産みになったマルタン殿下と側妃様がお産みになったフェリックス殿下のお立場はかなり微妙な状態であった。生まれ月も半年ほどしか変わらず、何よりフェリックス殿下は英雄王オーギュスタンと同じ色彩を持って生まれてしまったからだ。
けれども、側妃様とフェリックス殿下は最初から一貫して継承権を争うつもりはないという姿勢を崩さなかった。何事もなければそのまま外交官になっていた可能性もあるし、元より剣の腕も抜群だったフェリックス殿下なら騎士団を率いる立場も目指せたはずだ。
でも、事件は起こってしまった。自身の浮気を発端にひとりの令嬢が命を落とし、そして己も公の場へ出るのが難しいほどの怪我を負ったマルタン殿下。いくら正妃様が国内貴族を掌握していたとしても、もはや彼が王太子の立場に居続けるのは不可能だろう。
小国とはいえ一国の王女であり、元々正妃になるはずだった側妃様が生んだフェリックス殿下。随分遠回りをしたけれど、英雄王の再来ともいえるフェリックス殿下が正しい巡りの立場に戻ってきたからにはこの国の未来も安泰だろう──。
新聞の記事は、当時の出来事を大変ドラマチックに描いていた。国王陛下とお后様方の間にある確執と、そのご子息である王子殿下方の複雑な立場。特徴的な色を受け継いだばかりに難しい立場に置かれつつも、国を乱さぬようひっそり表舞台から引いたフェリックス殿下。三年前に見た彼の、愁いを帯びた表情の影にはきっとそのような事情が関係していたのかもしれない。何も知らずに色変えのスキルを使った私の行動が合っていたのか間違っていたのか、知りようもないけれど……。この国に帰ってきた彼の表情が随分明るいものになっていたことだけは確かだ。
読み終えた新聞を丁寧にたたみ、棚の中にそっと仕舞う。朝食に使った食器を手早く片付け、今日もしっかり働かなければとひとつ気合を入れた。
そう、気を取り直して集中するつもりであったのに──店にやって来る令嬢たちの話題はもっぱら夜会で拝見したフェリックス殿下についてだった。彼がどれほど素敵だったか、黒髪の美しさや赤い瞳の神秘的な様子を耳にタコができるほど繰り返し聞かされる。
「──フェリックス殿下は三年間、シャルク王国に留学しておられたそうですけれど。側妃殿下が継承問題で苦労なされたからこそ、息子にはその苦しみを味わわせないようあえて身を引き国政の中心部から距離をお取りになったのですって!」
「はぁ……王族というのは、大変なのですねぇ……」
「なんと、それだけではなくって! これは内密な話よ? 側妃様とフェリックス殿下はマルタン殿下を推す姿勢を一切崩さなかったというのに、正妃様はずうっとフェリックス殿下に対して刺客を送っていたらしいの! やっぱりフェリックス殿下は、英雄王オーギュスタンと同じお色を纏ってらっしゃるでしょ? きっと脅威に感じてしまったのでしょうねぇ……。お気持ちは分からなくもないけれど、それにしたって幼い王子様の命を狙うだなんて酷すぎるわよね」
「まぁ……ご苦労をなされてきたのですねぇ……」
「そう、そうなのよ。そうやってひっそりと暮らしていたというのに、今回の事件でしょう? 急に国へ戻されて、さぞ混乱されているかと思っていたの。けれど、久々に表舞台へ立たれたフェリックス殿下ときたらとても堂々としてらして! 次々と挨拶に来る貴族家当主の顔も完璧に覚えていてね、各領の名産品の話やなんかをさらっとされるのよ。あれは付け焼き刃で身につく知識ではないわ。他国へ行かれてからも、長年ずっと研鑽を積んで来られたのでしょうね」
「へぇ……噂通り優秀な方なのですねぇ……」
それが事実なら、確かにすごいことだ。余計な争いを生まないよう一線を引きつつも、王族として求められる教養はしっかり身につけておられるとは。
改めてそんなすごい方がこの店に来て私のスキルを使ったことなど、夢の中の話に思えてしまう。けれど無意識に触れた胸元で揺れるチャームが、ずっしりと現実の重さを感じさせてくれた。
話したいことを存分に話してスッキリしたらしいお客様がお帰りになり、再び私は仕立て屋の店主に戻る。王侯貴族の陰謀や栄枯盛衰になど関わりのない、ただ日々の暮らしを懸命に繋ぐ平凡な一般市民だ。
そう、私はもう正真正銘ただの平民なのである。それなのに──なぜこんなことになっているのだろう?




