仕立て屋クルール4
「──出来れば今回は赤のドレスがいいわ。いえ、でもあまり目立っても良くないし……そうね、ポイントに赤い糸で刺繍を入れるくらいがいいかしら。所詮私は子爵家の令嬢だもの、やりすぎては顰蹙を買ってしまうのよね」
「今度の夜会でお召しになるのですよね? イリスお嬢様であれば赤を全面に出してもよくお似合いになるかと思いますが」
初めてこの店を訪れた時には、まだ少女らしさが際立っていた子爵家の令嬢イリス様。今やすっかり常連客となり、定期的に顔を合わせる間柄である。三年も経てばすっかり幼さも抜け、未だ小柄な私よりずっと身長も伸びてスラリとした美人さんだ。
「いいえ、今回は赤が強すぎても駄目なのよ。高位貴族の令嬢方がこぞって赤を選ぶでしょうしね。まあ、黒は少し使い方が難しいから仕方がないけれど」
「黒と、赤……ですか?」
記憶の中に、何かが引っ掛かる。
「あら、クロエさんはまだ知らないかしら? 今朝の新聞にも載っていたわよ。今度の夜会は、第二王子殿下の帰国を祝って開かれるものなの。ほら……先日王太子妃殿下が問題を起こしたでしょう……? あの事件で、王太子の交代があるそうなのよ。それが第二王子殿下ってわけ。私は年齢が少し下だから、デビュタントの頃には殿下が留学してしまっていて直接お目にかかったことはないのだけれど。なんでもかの方は英雄王オーギュスタンと同じ色を纏っていて、幼い頃からたいそう見目麗しいと評判だったのですって。私、あの英雄王の物語が大好きなのよ。だから殿下のお姿を見られるのがとても楽しみなの!」
そうなのですねと相槌を打ちながら、デザイン帳をめくるイリス様をぼうっと見つめる。
先日、新聞の一面を飾ったのは衝撃的な見出しであった。曰く──王太子妃ヴィクトリア殿下、男爵令嬢を殺害、と。夫である王太子は兼ねてから女癖の悪さを指摘されていたが、この度手を出した男爵令嬢はどうやら火遊びでは済まなかったらしい。公務もほったらかしで熱心に彼女の元へ通いつめ、とうとう城内の敷地に離宮を作り囲おうとしたのだとか。そこまでするなら側妃にすればいいのにと思うが、残念ながら男爵令嬢では身分が足りない。それに、跡継ぎがいないならまだしも現在王太子妃は妊娠中だったのだ。侯爵家の出身である正妃が身籠っているのだから、わざわざ身分の低い令嬢を側妃として迎える利点などひとつもない。周囲からも諫められ、かえって意地になってしまったのだろうか。城にも戻って来なくなった王太子を追いかけ市井の宿に向かった王太子妃は、そこで自らの夫と情事に耽っていた男爵令嬢を自慢の火魔法で焼き殺したという。その際、彼女を庇おうとした夫も瀕死の重傷を負ったらしい。つまりそれは──かつて私の姉であったヴィクトリアが、この国の次期王マルタン殿下を害したということだ。
強い攻撃スキルを求めて婚約者を選んだ王太子はもう、公の場に戻れるような状態ではない。彼が願った通り、ヴィクトリアの火魔法はとても強かったから。この国の貴族が何より尊ぶ強い武力が、国の頂点たる王族に対し文字通り火を吹いたのだ。
皮肉なものだなと思う。戦えないから捨てられた妹と、誰より強い力をもっていたかつての姉。共に暮らしたこともある彼女に関して、良い思い出などひとつも残っていないけれど……それでもやっぱり、ほのかな虚しさが胸の中を占めた。きっと近いうちに、彼女は処刑されるだろう。私に出来ることと言えば、せめて最期の時が心穏やかであるように祈ることくらいだ。
「決めたわ! このデザインにする。それで、裾には赤い糸で刺繍を入れて欲しいの。間に合うかしら?」
イリス様の声に意識が引き戻された。いけない、今は仕事に集中しなければ。
「ええ、かしこまりました。飛び切り素敵なドレスになるよう尽力しますね」
「夜会で第二王子殿下にお会い出来たら、クロエさんにも感想を教えて差し上げるわね!」
「──はい、ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」
黒髪に、赤い目。英雄王オーギュスタンと同じ色味を持つ第二王子殿下……。
確かに私は、その姿をした人物に会ったことがある。




