第一話:冒険者の日々(レティセラ)
*ここから第二章となります。
*本話は、レティセラ視点のお話です。
「ただいまー」
「おかえりー!レティセラお姉ちゃん!ベルクートお兄ちゃん!」
「ただいまアティアちゃん、タリアちゃん」
帰宅を告げると可愛い姉妹が抱きついてくる。
ふたりの頭をなでればくすぐったそうに笑顔を浮かべる。
「おぅ、お疲れさん。飯くうか?」
マチスさんがこちらを見て、フライパン片手に聞いてくる。
「いただきます。メニューはお任せします」
「私も同じもので」
「おぅ、すぐ作るわ」
このやり取りも慣れたものだ、ここに来てから二週間。
仕事終わりに帰ってきた時の定番のやり取りになっていた。
「今日は何の仕事だったんだ?」
「中級ポーションの材料採取です」
「ポーションの材料?」
怪訝な顔をするマチスさん。
「何ですその顔?」
「もったいないなぁ、先週鎧熊を倒したんだろ?青銀と紅蓮の噂は聞いてるぜ?」
「青銀?紅蓮?」
確かにクマのでっかい魔獣は倒したけど、その呼び名は初耳だった。
「知らないのか?銀氷で制する青銀の槍遣いと、紅炎で殲滅する紅蓮の魔法使いの二人組。
それを聞いてピンと来たね、お前さん達の事だって!」
「えぇ!?なんですそれ」
驚きのあまりに叫びかける。ふ、二つ名ってやつ?
ベルクートも驚いて目がまん丸だ。
驚く私達をよそに、我が事のようにふんすと鼻息荒く説明するマチスさん。
「鎧熊はベテランの冒険者パーティでも勝てるかどうかって相手だ、それをたった二人でのしちまったろ?そりゃ噂にもなるって」
「そ、それはそうと紅蓮はまだしも『殲滅』ってだいぶ言葉が物騒なんですけど」
「それはレティセラのせいだな。
廃屋解体の仕事の時に、中に住み着いてた蜂型魔獣に襲われて、大火力で全部焼き払ったろ?」
「うっ……」
はい焼きました、あまりにも沢山いたから怖くて全部焼きました……廃屋もろとも焼きました……
「は~、やっぱ、見かけによらず強いんだな。
それ程の実力があるならもっと稼ぎの良い仕事もあるだろうに……」
やれやれと肩をすくめるマチスさん、そろそろ止めないと後ろにいるマーサさんからお盆が飛んできそうだ。
「……魔獣退治は危ないじゃないですか、鎧熊を倒したのだって偶然ですよ?」
「そうなのか?」
「そうですよ。それに、あの時は私達だけじゃなかったんです。
先に戦っている人達がいたんです。ね、ベルクート」
「戦っている人と言うか、襲われてましたね。
商人の馬車が狙われて、護衛の人達と一戦交えた後の手負い状態だったんですよ」
倒れる馬車、崩れた積み荷、踏み荒らされた篝火、周りには倒れた冒険者達。
血を流しながら興奮している鎧熊が馬車を殴りつけていた。
「レティセラが、真っ先に飛び出しましてね……」
「……危ないって思ったら、ねぇ?」
あの時は、心が、体が、勝手に反応してしまったのだ。
ただ不思議と怖い感じはしなかった。あの時と違って……
「大丈夫?」
ベルクートが手を握ってくれた。
「うん、ありがとう」
彼がいるおかげかもしれない、私が無茶をしても彼がきっと守ってくれる。
そう信じられるから。
「はぁ、人助けね……それも結構だが……あまり無茶するなよ?現場じゃそんな奴から死んでいくもんだ。まずは自分の命ありきだぞ?」
「…………はい」
マチスさんの言葉が重い。マチスさんも元々冒険者だって聞いた。
奥さんと子供の為に引退したとも……マチスさんにも色々な過去があるのだろう。
「何はともあれ食事だな!へいおまち。オムライスだ」
マチスさんがオムライスを出してくれた。
私達が最初に渡したレシピ。
客に出せるまで練習する!合格ラインかを、お前らがジャッジしてくれ!
と言ってから、三日に一度はこれを作っている。
「……玉子が固い」
卵にナイフを入れるが、パカリと割れずに真っ二つになってしまった。
「火を入れすぎましたね。60点」
ベルクートの辛口評価が飛ぶ。
たしかに、これじゃ卵焼きをのせたチキンライスだ。
味はおいしい。
「くっ、厳しいな」
「前回の50点より大分上がったじゃないですか」
ベルクート、それフォローじゃなくてとどめ。
「……料理って奥深いな」
空を仰ぐマチスさんの眼に光るものが見えた。元気出してほしい。
仕事をし、宿に戻って食事をし、子供達と遊んで、よく眠る。
そんな日を繰り返す。
帰る方法については、いまだに見つからないけれど焦りは無かった。
「なぁ聞いたか、英雄様が降り立ったって」
ふと、テーブル席の常連さんの声が聞こえた。
「おう、聞いた聞いた、なんでも『雷帝』様の再臨だとか」
「雷帝様の?!それが本当なら、魔獣の被害も減るな、ありがたい限りだ」
二人で喜んでいるようだった。
「……英雄?」
何か、心に棘でも刺さったような引っ掛かりがある。
「マチスさん『英雄』って何?」
「うん?英雄を知らんのか?……ってそっか、外国から来たんだもんな、でも英雄を知らないなんてどれだけ田舎で生まれたんだ?」
曖昧な笑顔で返事をしておく。
異世界から来たと言っても信じてもらえないだろうし。
「まぁいいや……こほん」
マチスさんが、咳ばらいをして居住まいを正す。そして朗々と語りだした。
「遥か昔、人々は魔獣の被害にあえいでいた。
一人の男が神代の遺跡にたどり着き神に深い祈りを捧げ奉った」
「おぉ神よ、どうか魔獣を倒す力をお与えください。
私は代わりにこの地を人々が安心して暮らせる豊かな土地にしてみせましょう」
常連さんの一人が、マチスさんに跪いてみせる。
「人の子よ、その思いに答え、貴方に神の使途『英雄』を呼ぶ力を授けます」
「神よありがとうございます。
私は貴方が授けてくれたこの力で、この地に平穏の国を作ると約束します。
さぁ『英雄』よ、力を合わせこの国に平和と繁栄をもたらそう!」
パチパチパチパチ
常連さん達から拍手が起こる。
なぜだろう、私は拍手を送る気にはなれなかった。
ただ違和感が、話の中に現れる英雄に対して違和感だけが残っている。
「この国の建国記の一説だ」
「へぇ、建国の……歴史のあるお話ですね」
ベルクートの歯切れが悪い。
「あぁ、600年代々続く話だからな!
建国以来、歴代の王様が神から授かった秘術で、英雄様を呼んでくださり。
魔獣討伐に尽力してくれているという訳だ」
「歴代の……と言う事は、英雄は一人ではないのですか?」
ベルクートが問う、マチスさんは嬉しそうに語りだした。
「そうだなぁ、力も年齢も性別も様々らしいんだが、
どんな怪我や病でも治したと言われる『癒しの英雄エリカ』様、
青と赤二つの炎で魔獣を消し飛ばした『双炎の英雄ヒロト』様、
そしてやっぱり、初代国王が最初に呼び出した『雷を操る英雄、雷帝トオル』様
この辺りが子供に聞かせる英雄様のお話では人気の話だな。
んー、自国の英雄譚に興味を持ってもらえるのは嬉しいもんだな!ははは」
英雄……英雄か……その言葉に忘れようとした声がよぎる。
――これが『英雄』の炎!
ぶるり
あぁだめだ、思い出すよりも先に震えがくる。
そっと、ベルクートが手を握ってくれる。
言葉は無かった、けど、ちゃんと伝わるよ。
「ありがとう、ベルクート」
「あぁ」
あの時とは違う、今ここは大丈夫。心が落ち着いてくる。
だから少しだけ勇気をだして思い出す。
『英雄』……あの男が言ってた、私の魔法を『英雄』の炎だと。
「ねぇ、ベルクート『英雄』って……」
「帰る糸口になるかもしれないな」
ベルクートが握る手にわずかに力がこもる。
「マチスさん、『英雄』は今はどうしているんですか?」
「え?いや、俺に聞かれても分からんよ。
王都の魔法騎士団と一緒に活動しているとは思うが……」
そう言うとマチスさんは頭を掻いた。
難しそうな顔をしていたベルクートが顔を上げた。
「以前いた『英雄』は、まだ健在ですか?」
「前の英雄様?神の国に帰ったと聞いているぞ」
「帰った?」
英雄の帰還、その言葉にほんの小さな希望が芽生える。
私達の帰り道を照らす小さな灯り。
「あぁ、役目を終えた英雄様は光になって神の国へ帰るんだそうだ」
小さな灯りは掻き消える。
「えっ……そ、それって……」
「……戦死をなさったと言う事ですか?」
言葉が震えてうまく出ない、ベルクートがズバリと質問を投げかける。
「ちがうちがう、神の国から遣わされた英雄様は、
ご自身のお役目を果たすと文字通り光になって神の国へ帰るらしいんだ。
実際に見た事は無いが、王都の公式発表だぞ?」
「そう……ですか」
これ以上は聞けない……怖くて聞けない。
戦死でないなら……希望はあるのか?
それとも消滅……
「どうしようベルクート……」
「そうだな……」
ベルクートも言葉は続かなかった、必死で考えているのは伝わってくる。
「おぉ!ここにいたのか『青銀』と『紅蓮』のお二方!」
「えっ?」
突然の声に驚き振り返ると人のよさそうな笑顔を浮かべた人がいた、この顔は確か……
「ゴードンさんじゃないか、二人をご存じで?」
「久しいねマチスさん、今回は王都行商帰りに寄らせてもらったよ。
先日この二人に助けてもらってね、直接お礼をしたくて探していたんだ」
そうか、思い出した、鎧熊に襲われていた商人さんだ。
「あの時の商人さんですか、お礼なんていいですよ」
「いやいや、今私の命があるのは、お二人が助けて下さったからです。
命あっての物種ですからな、お二人には感謝をしてもしきれませんよ。
はっはっはっは」
なぜだろう、しゃべり方や笑顔の雰囲気は良いのだけれど、いまいち信用しきれない。
嘘ついてる?
「……ゴードンさん、それだけじゃないでしょう?なにか別のお話があるのでは?」
ベルクートの指摘にゴードンさんは目を丸くした。
「流石ですね……
実は、折り入ってお二人に直接お願いしたい仕事がありまして……」
「仕事?危険なのは嫌ですよ?」
さっき感じた違和感はこれか?
……お礼よりも仕事のお話だったと、実に商人らしくはある。
「お願いしたい仕事は、素材集めの護衛なんです」
素材集め……なら大丈夫かな?
「何の素材を取るんです?」
「魔銀鉱『ミスリル』の採取です」




