第435話 深まる謎と新たな仮説 後編
セオドアの口元に心底楽しそうな笑みが浮かぶ。
「恐らく、ドラゴンの保護は他のダンジョンに任せるつもりだったのだろうけど、現にドラゴンが存在してしまっている。この謎は是が非でも解明したいと思っているし、それに……実は仮説だけなら既に浮かんでいるんだ」
何故、本来なら『元素の方舟』に存在しないはずのドラゴンが、第一階層に群れを成すほど棲息しているのか。
セオドアは焦らすことなく――むしろ喋りたくてしょうがないと言わんばかりの様子で、その仮説を俺達に説明し始めた。
「ルーク。君達は第二階層で魔獣スコルとかいう怪物と戦ったそうじゃないか。古代には同じようなものがたくさんいて、神獣とも呼ばれたそうだね」
俺は無言で頷いて肯定した。
冒険者達が第二階層に降り立った当初、あの階層は地下空間の天井の発光機能が喪失しており、いつ明けるとも知れない夜に飲み込まれていた。
管理者フラクシヌスは地上の人間を中立都市アスロポリスに受け入れる条件として、俺達に発光機能の【修復】を要請。
それを受諾し、フラクシヌスから伝えられた塔を登って天井の裏側の空間に足を踏み入れ……そして魔獣スコルと遭遇した。
魔獣スコルは腹から後ろが壁と一体化した巨大な狼の姿をしていて、第二階層から光が失われた原因は、魔獣スコルが肉体を生成するための魔力を吸い上げていたからであった。
「聞いたところによると、魔獣スコルは『メダリオン』というアーティファクトを核に魔力で肉体を構築する存在で、その応用として眷属のフェンリルウルフを生み出していたそうじゃないか」
「……まさか、ドラゴンの発生源は……」
「あくまで僕の仮説だ。僕らの統一見解には至っていない」
セオドアは根拠がある説ではないことを再三強調してから、好奇心と探究心に目を光らせながら、俺に向かって身を乗り出してきた。
「だけど面白い仮説だと思わないかい? 『第四階層には神獣がいて、ダンジョンを維持するための膨大な魔力の一部を利用し、眷属のドラゴンを際限なく生み出し続けている』と考えるのはさ」
「……確かに根拠はない。だけど『できるかどうかの根拠がない』という意味じゃなくて……『メダリオンと神獣が第四階層に存在する根拠がない』という意味だ……」
セオドアに対する返答ではなく、頭の中での思考をそのまま口に出すように呟きながら、魔獣スコルと戦ったときのことを思い出す。
奴はセオドアが言ったとおり、俺達を迎撃するための戦力として、フェンリルウルフを……奴ほどではないにせよ大型の狼の魔物を大量に生み出していた。
なので、もしもドラゴンに近い特性を持つ神獣が第四階層に存在したなら、同様に大量のドラゴンを生み出していてもおかしくはない。
問題はそんな代物が本当に存在しているかという一点であるが、それならば冒険者の探索によって白黒付けることができるだろう。
「だろう? 僕達が首尾よく縦穴の底に行き着いて、そこに広がる階層を探索することができれば、この仮説が正しいかどうかも分かるはずだ!」
俺に仮説の成立を肯定されたからか、セオドアは輪をかけて興奮気味にまくし立てた。
「全ては繋がっているのさ! ダンジョンが自然発生した偶然の産物ではなく、古代魔法文明が生み出した人工物であるなら、大半の事象には合理的な繋がりがあるはずだ! どう考えても、緻密な設計なくして実現不可能な大事業なのだからね!」
「……ええ、ええ! 分かります! そうに違いありません!」
ヒルドがセオドアに協調して声を張り上げる。
頭を隠すフードが外れてはいけないので、体の動きこそ遠慮気味なものだったが、見ているこっちが気圧されるくらいの共鳴っぷりだった。
思えばヒルドは、古代魔法文明の秘密を研究するために北方樹海連合から亡命したようなものだから、その産物であるダンジョンの究明に興奮するのは当然といえる。
まぁ、もう一方のセオドアは、ダンジョンの謎というよりはドラゴンの無限湧き――もちろん比喩表現だ――のメカニズムに目を輝かせているというべきなのだが。
とにかく、このままだと二人がかりの熱い語りで時間が食い潰されそうだったので、もっと火が付く前に口を挟んでおくことにする。
「大変興味深い仮説だと思います。是非ともその方向で探索を続けていただきたい。ところで……その調査にこちらの協力は必要そうですか?」
「ん? ああ、白狼騎士団の……いや、ルーク・ホワイトウルフの協力が必要かどうかだね」
俺はアージェンティア家の内部事情に首を突っ込むため、辺境伯家の嫡子であるセオドアに借りを作っている。
その借りの返し方は『セオドアの探索に俺の力が必要になった場合は進んで協力する』というものだ。
もしも縦穴の探索に俺が必要なら、ホワイトウルフ商店での平穏な生活も商品開発も脇にやって、セオドアに力を貸さなければならなくなる。
これがもしも、トラヴィスやロイを始めとする『友人関係』なら、私情を交えた配慮を求めることも不可能ではなかっただろう。
しかし、俺とセオドアの関係性はそんな類のものではない。
友人関係ではなく利害関係。
ドラゴンの大量発生を教えたり、狩猟したドラゴンの素材を売り渡したり、貴族としての後ろ盾を求めたり、進化したスキルによる貢献を要求したり――そういった類の関係性である。
騎士団の公務だとか、他のAランクとの先約があるとかなら先延ばしもできるだろうが、今はそういった事情もない。
無理に履行を先延ばしにすればするほど、セオドアからの信頼を損ねる結果にしかならないのだ。
「今のところは特に必要を感じていないかな。人間の通過を想定していない縦穴に少しずつ手を加えて、穴の底まで安全に移動できるように作り変える段階だからね」
セオドアはとてもあっさりとした口振りで、俺の懸念を一言で吹き飛ばしてしまった。
「君の力を借りたくなるのは、恐らく最下層に到着してからだ。厳密には君の『右眼』になるだろうけどね。期待しているよ、アルファズルの後裔君」
「その呼び方は止めていただきたいですね」
まさかの呼称に苦笑すると同時に、セオドアも愉快そうに笑った。
セオドアという男はどうにも冗談と本気の区別が付きにくくて困る。
十中八九、まだまだ付き合いが浅くて理解が及んでいないせいなのだろうが。
「ところで、本題が片付いたようなので話を変えるんだが、婚約者殿とはあれからどうなんだい? 一枚噛んだ立場としてはどうしても気になるんだけど」
「……それ今ここで聞かなきゃいけないことですかね!?」
さっきよりも大きな声で笑うセオドア。
本当に、冗談なのか本気なのか分からない男である。




