第436話 悩むなら二人一緒に
セオドアとの情報共有を終え、俺達は自宅へ戻ることにした。
ちょうどホワイトウルフ商店の営業時間が終わる直前で、片付けに取り掛かろうとしていたエリカ達と一緒に店を閉めて皆を店から送り出す。
そうしてから、俺とガーネットは自宅のリビングに入り、ようやく一息つくことにしたのだが……。
「ふぃー、ようやく休めるぜ。体を使わねぇ仕事ってのは疲れ方が違っていけねぇや」
ソファーに腰掛けて脱力するガーネット。
普段と変わらないその素振りを眺めながら、俺は白狼騎士団本部からホワイトウルフ商店までの道すがらのことを思い出した。
ガーネットは一言も発さず、何か真剣に考え込むような顔をして、黙々と坂道を歩き続けていた。
つい最近にも、ガーネットがこんな表情を浮かべた姿を見た覚えがある。
あれは確か……チャンドラーとユリシーズの二人が早朝に訪問してきたときのことだったか。
「ん……どうした白狼の。オレの顔に何か付いてんのか?」
ガーネットがソファーに座ったまま、傍らで立ち続ける俺を見上げてくる。
何でもない――そう誤魔化すのは簡単だ。
けれど、ここで誤魔化しを入れてもいいことはないように感じられた。
お互いに完全な赤の他人というわけでもないのだから、とりあえず聞くだけ聞いてみて、話したくないと言われたら退けばいいだけのことである。
「いや、このところ、悩みでも抱えてるみたいに見えてさ」
「はぁ? 俺が悩み?」
身を乗り出しかけたのを途中で止め、ガーネットはソファーにどっかりと座り込み直した。
そして金色の髪を片手でわしわしと掻き乱し、ふぅと短く息を吐く。
「……どうしてそう思ったんだ?」
「最初はユリシーズ達が店に来たときだ。ユリシーズの方を見て何か考え込んでたのが気になったんだ。で……さっき帰ってるときにも同じ顔をしてたから、さすがにな」
「そうか……やっぱお前にゃ隠し事はできねぇな」
ガーネットは観念した様子で、心の底に溜め込んでいたことをぽつりぽつりと語り始めた。
「アスロポリスで自動人形共とやり合った件……原因はアレだよ。結局、ブランは連中がアガート・ラムを自称していたのと、第三階層から送り込まれたことくらいしか把握してなかったわけだが……」
「地上のミスリル密売組織との繋がりも知らなかったみたいだな」
「ああ。だけどその辺は別にいいんだ。連中がアガート・ラムと名乗っていて、第三階層を根城にしている……これだけでも充分だ」
その表情は悲しげというよりも悔しげに見える。
まるで、自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれているかのような。
「オレ一人だと、ハダリーに……アガート・ラムの幹部にまるで刃が立たなかった。まともに戦える気がしたのは奴が手を抜いていた間だけで、本気を出されたら文字通りに鎧袖一触だったんだぜ。アガート・ラムをぶっ潰すだなんて息巻いてたくせによ」
ガーネットの口元に自嘲が浮かぶ。
歯を強く食いしばりそうになるのを誤魔化すように。
「だけど最終的には勝てたじゃないか」
「他の連中が戦ってる間に、テメェの【修復】でぶった斬られた両腕を何とかして、思いっきり不意打ちを仕掛けてな」
「それでも勝ちは勝ちだ。お前も一人だけで復讐しなきゃ満足できないわけじゃないんだろ」
「分かってる! だけど……だけどよ……」
膝の上で組まれた指にぎゅうっと力が籠もる。
「……これから先、オレが足を引っ張ることになるんじゃねぇかって……そんな気がしちまったんだ」
「お前が? ……一体どうして」
「周りの連中を見てたら、誰だってそうなると思うぜ」
ガーネットはソファーの背もたれに体重を預けたまま、首を後ろに傾けて天井を仰いだ。
「サクラは神降ろしでハダリーともやり合える。エゼルも凄ぇ武器を手に入れて頭一つ抜けちまった。チャンドラーはオレより才能のある奴が十年長く鍛えたような代物だ」
「…………」
「んでもって、Aランク連中が人間離れしてやがるのは、お前が一番良く知ってるだろ? トラヴィスやダスティンは下手すりゃハダリーをぶっ倒しかねないし、セオドアはドラゴン狩りを娯楽としか思っちゃいねぇんだ」
咄嗟に言葉を口にすることができなかった。
個人的な思い入れや贔屓感情を度外視すれば、確かにグリーンホロウ駐在のAランク連中の戦闘能力は、間違いなくガーネットを上回っている。
仮に魔王ガンダルフを最強クラスとするなら、魔王軍四魔将やアガート・ラム幹部のハダリーはそれに継ぐ実力を持つと言える。
そして、Aランク連中は四人とも魔将クラスに位置すると断言できる。
ガーネットが名前を挙げなかったロイも、大量の精霊獣を召喚するスキルの全出力を戦闘に注ぎ込めば、トラヴィス達と同様にそのクラスに位置づけられるだろう。
ロイが戦闘面で目立った結果を残すことが少ないのは、あいつのスキルが偵察や斥候にも極めて高い効果を発揮するため、いつもそちらに力を割り振っているからだ。
「(……ガーネットを同じ基準に当てはめるなら、魔将やAランクよりも一段下ってことになるな……)」
もちろん並の人間は更にその下や更に下であり、全体的に見ればガーネットの実力は低くとも上の下には位置している。
ロイも精霊獣を使わなければおおよそこの辺りだろう。
サクラとエゼルもガーネットと同程度と評価できると思うが、それぞれ神降ろしとイーヴァルディの剣を加味すれば、魔将クラスに指が掛かるくらいには底上げされるはずだ。
「な? 白狼のもそう思うだろ? いつもの面子の中じゃ、オレは一歩も二歩も格落ちするってさ」
「それは……」
――そんなことはない。お前は充分に強いんだ。
こいつの悩みを否定して慰めの言葉を贈ることは簡単だ。
けれど、本当にそれが望まれているのかと考えれば、やはり首を横に振るしかない。
「……ごめんな、そんなに悩んでると気付いてやれなくって」
だから俺はガーネットの前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせてその細い肩に手を置いた。
「俺はお前が弱いとは思わない。だけどお前自身が『まだ足りない』と考えているなら、それを否定すべきだとも思わない」
「ルーク……」
「一緒に考えよう。何をすればお前自身が満足できるくらいに強くなれるのか。二人で一緒にさ」
答えが見つかるのかどうかは分からない。
ひょっとしたら、手段を見つける前にこのまま復讐を果たし終えてしまうかもしれない。
その上で俺は二人で悩もうと告げ、ガーネットはホッとしたような微笑でそれに答えたのだった。




