紋章の継承
「___なるほどな。それで、俺を呼んだのか」
フェンテイとロアの過去を聞き終え、ジンはため息をついた。
想像以上に内容が壮絶で、自身が異世界に呼ばれた理由と責任が重かったからだ。
「いかにも。わしがおぬしに頼みたいことはただ一つ。これからわしが授ける力を使って何をしようと構わん。好きな奴隷を手に入れて、稼ぎまくるのもいいだろう。だだし、何年かかってもいい。この主従紋の力を活かして、ロアを元の人間の体に戻してやってほしいのじゃ」
フェンテイは心痛な表情でそう言った。
ロアも先ほどまであれだけお喋りだったというのに、今は口を閉ざしている。
「人間の身体に、ね……」
ジンは目をつぶって、自分の過去を振り返り、行く末を想像した。
元の世界で何もかもうまく行かなくなって、
公園で情けなくうなだれていて、
そしたら奇妙な猫が現れて、人の言葉を喋りだして、
いきなりよく分からん世界に連れてこられたと思ったら、
死にそうなじいさんからめっちゃ重い話を聞かされて、
結論は奴隷商人として登りつめて、
聞く限り化け物級に強いその魔女に会いに行って、呪いを解かせろって、
まあ、控え目にいったとしても、無茶ぶりもいいところだ。
はっきり言って、自分がここで首を縦に振る理由は微塵もない。
だが、どうしても考えてしまう。
ここで自分がフェンテイとロアの願いを拒絶してしまったら、誰がこんな迷惑な話を引き受けるのかと。誰もいなかった場合、この黒猫はどうなるのかと。
ジンは眉間を押さえた。
こういうふうに、必要以上に他者に感情移入してしまうのは自分でも悪い癖だと思う。
同情したところで何かが変わるわけではない。
そんなんでは絶対に誰も救われない。
だが、
感情移入して心配しても、同情しても誰も救えないが、
何もしないことには状況を変えるきっかけすら起こらない。
引き受ける理由はない。
引き受けたとしても、望みをかなえてあげられる保証はない。
仮に自分が断って、ロアが次に依頼する誰かの方が余程自分なんかよりも優秀で役にたつんじゃないか。そうだ、きっとそうに違いない。
いや…
違いなく、ない。
そうじゃないだろうが。
そういう話じゃないんだ。
これは…そうだ。
これは、俺の問題、俺が決める問題だ。
「___悪いが、見て分かる通り、俺はあんたらの過去を背負いきれるほど器の大きい男じゃない。だから全部、俺がしたいようにさせてもらう」
ジンは決断した。
「そんな……頼むよ、君しか___」
断られると思ったのか、焦った様子のロアを制してジンは続ける。
「まあ、待て。いいから聞け」
ジンはフェンテイを見つめた。
「フェンテイ。あんたが言った通りの願いは受けられない」
「どういう意味じゃ…………」
フェンテイは先ほどまでとは打って変わって、刺すような鋭い眼光を向けてくる。
「紋章の力は頂く。あんたの孫の体も取り戻してやろう。ただし、それだけじゃあ終わらせない」
「それはいったい……」
ジンは深く息を吸って、思い切り“俺がしたいこと”を伝える。
「紋章の力でそこの猫の体を元に戻した後、俺は、その魔女とやらを俺の奴隷にする。そして、この場に連れてきて、あんたとあんたの孫の前で土下座させてやる。額を地面に打ちつけてやる全力の土下座をな。だからいいか___」
その発言を聞いて固まるフェンテイとロアを無視して、続ける。
「フェンテイ。お前、それまで絶対に生き抜け。寿命がどうとか、生きる気力がどうとか、そんなのは知らん。いいから生きろ。俺がお前の人生台無しにしたやつをとっ捕まえて、最高の謝罪させてやるから、待ってろ」
フェンテイは目を見開いて驚いていた。
ロアにいたっては何故か瞳に涙を浮かべている。
「何故じゃ…孫の身体を元に戻すだけでなく、何故そこまで……」
「正直な話、大した理由はない。ただ、どうせやるなら、そこまで徹底してやらないと俺がすっきりしないからな。だからさっき言ったろ。俺がしたいようにするって」
事実、その通りだった。
誰がどうとか、こうしたらこうなるんじゃないかとか、そんなことは考えるだけ時間の無駄。
自分がどうしたいか。それだけだ。
ジンは身勝手だと理解しつつ、そうやって決断を下した。
「おぬし……名はなんという?」
「沖田仁、ジンでいい」
「ジン、か……」
フェンテイは噛みしめるように繰り返した。
すると、唐突に深く頭を垂れた。
「ジン、この度の件、深く感謝する」
「……頭をあげてくれ。まだ、何も始まっていないしな」
「違いない。そうじゃな、ではまず、わしのこの力を授けるところから始めるとしよう」
そう言うと、フェンテイは自らの左手を、甲を上にした状態で差し出した。
「わしの甲の上におぬしの手を重ねよ」
「こう、か?」
ジンは言われるがままに、フェンテイの皺だらけの手に自分の左手を重ねる。
すると、フェンテイは口で右手の親指の皮膚を噛み、溢れた血でジンの左手の甲に奇妙な文字のようなものを書き始めた。
異世界の文字か何かだろう。
やや薄気味悪かったが、ジンは黙ってその様子を見守った。
「ジン、少し痛むが我慢じゃ」
「…は?」
何のことか分からずジンが首を傾げていると、フェンテイは、
「___ヴァルガ オル ヒスレシア」
と呪文らしき言葉を呟いた。
その直後だった。
強烈な痛みがジンの左手を襲った。
「ぐあっ、なんだこれ、痛っっ、いってええ___」
その痛みは一分も経たないうちに引いていったが、針で皮膚を抉られるような凄まじい痛みだった。
「あらゆる主従紋の中で、最高位に位置する黒の紋章。確かにおぬしに授けたぞ」
フェンテイの言葉で我に返ったジンは、自分の左手を確認した。
そこには、卍の形をした黒色の紋章が刻まれていた。
しかも、淡く黒色に光っていて、ジンにはその紋章が生き物のように見えてならなかった。
「これが、主従紋か」
手に入れた異世界の力をジンが品定めするように念入りに観察していると、ロアが急に肩に飛び乗ってきた。
「ジン、これでもう引き返せないよ」
どこか嬉しそうに耳元で囁いてくる。
「上等だ。日本の最底辺にいた人間の底力を異世界の連中に見せつけてやるよ」
ジンはそう言って強がってはいたが、もっと深く覚悟を決めなくてはならないと慎重にこの現状を捉えていた。
昔から小説や漫画、新書に古典など、腐るほど読書はしてきたため、こういう未知の世界に主人公が放りこまれる展開の物語を知らないわけではない。
だが、読んで想像するのと、実際に体験するのとでは次元が違う。
その上、ジンの場合は異世界に到着する前からもう大きな課題を背負わされてのスタートだ。
主従紋という特殊な力を入手できたことは大きなアドバンテージだが、甘く考えすぎていると痛い目を見るに決まっている。
異世界とて現実は現実。
冷たく、残酷な事には変わりがないのだから。
「ジン、どうしたの? 深刻そうな顔して、そんなにさっきの痛かった?」
考え事をしていたらロアがからかってきたので、ジンは鼻で笑い、自分に対しても言い聞かせるように言った。
「何の問題ねえよ。痛いのは昔から慣れっこなんでね」
こうして、家出少年ジンは異世界で新しい人生を歩み始めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回、いよいよ物語の舞台となる異世界に渡ります。
宜しくお願いします!




