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奴隷商人には逆らうな  作者: ほろよい
5/5

商人のはずが商品に

「___では、早くアラグアへ向かうとよい。ここは世界と世界の狭間にある特別な空間じゃ。未来ある若者が長居をするような場所ではない。ロア、あとは頼んだぞ」


「うん。その……じいも元気でね」


 フェンテイから主従紋を授かったジンは、フェンテイに急かされるままに本命の異世界へと飛ぶことになった。ジンとしてはもっと聞きたいことがあったのだが、ロアもフェンテイの意見に同意の様子で、またあとで説明するから、といってひとまずフェンテイの隠れ家を離れることになった。

 

 そして、ジンは日本を離れた時と同様に不思議な光にのみ込まれた。

 激しい眩暈とともに、軽い衝撃がジンを襲う。


「___ふう、やっと着いたね」


 ジンは気がつくと、木々が生い茂った森のなかにいた。

 辺りは緑と土の匂いが満ちていて、遠くから種類は不明だが鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。


「ここは……どこだ?」


 やっと本命の異世界に来れたのだ。

 中世風の街なみが広がる都市につくのか、それとも奴隷商人というからには商人が行き来するような大通りにつくのか、魔法使いなんかが箒で空を飛んでいるような世界につくのか、ジンはひそかに楽しみにしていた。


 それがどうしたことか。

 何故か、ジンは日本の田舎の山奥に普通にありそうな森?らしき場所に立っていた。


「ええっとね……ここは見ての通り、山の中だね。うん」


「はい? え? ここ異世界だよな? 何で山の中? あれか、そういう設定なのか? この場所が転移ポイント、みたいな」


 日本やその他の世界からこの世界へ転移すると、必然的にこの山中に到着してしまう、という風に決まっているのかもしれない。


「いやあ、それがね……まあ簡単に言うとね、僕の魔力が底をついてしまって、通常の着地点に辿りつけなかったんだ。疲れて手元が狂ったみたいな感じだよ」


「手元が狂った……だと…じゃあ何か、こんな、どことも分からない場所から俺は異世界での暮らしを始めることになるのか?」


「うん、そうだね」


「はあ……人がせっかくフェンテイの過去やら何やらを聞いて珍しく真面目に決意していたってのに、早速のアクシデントかよ」


 言ってしまえば、今の状況は遭難に等しい。

 当然だが、包囲磁石も地図もないのだ。

 どうやって街まで辿りつけばいいのだろうか。


「ま、まあ大丈夫さ。ここが樹海とかならさすがに僕も命の危険を感じたけど、山なら麓を目指して下ればじきに山道かどこかに出るはずだから」


 ロアの言う事は確かに最もだ。

 だが、ここでジンはある疑問に行き着いた。


「いや待て。そもそも、もう一回お前の魔力が溜まるまで待って、それから本来着地する予定だったポイントまで飛べばいいんじゃないか?」


 下手に得体の知れない山中を彷徨うよりも、その方が断然リスクが少なくて済むはずだ。

 そう、ジンは不要な苦労は避ける主義なのだ。


「それは無理なんだ。君が思っている以上に、転移の術は高難易度で消費魔力が膨大でね、少なくとも3、4日は待つ必要がある。今回は、君のいた日本からじいの隠れ家まで、そして、じいの隠れ家からこの世界までの2回も使用したからね。僕の魔力はもうほぼ底をついてしまっているんだ」


 もう降参だよ、と言わんばかりに両手を大袈裟にあげてロアは説明する。


「まじか…」


「まじなのさ…もし、食料や水があったらここで何日か野宿してもよかったんだけどね、今はそれすらないから、どれだけかかるか分からないけど山を下るしかないね」



 ジンは盛大にため息をつき、宙を仰いだ。


 まあ、やむをえまい。

 ロアだって悪気があってやったのではないのだ。


「仕方ないな。じゃあ、さっさと行くか」


「あっ、そうだ。君のその不思議な服のそれ、そこにはいってもいいかい? 猫の身体は小さいからね、人間よりも歩く速度が遅いんだ」


「それって、フードのことか? 別にいいけど」


 なるほど。異世界にはパーカーなんてないだろうしな、珍しがるのも無理はない。

 

 ロアはジンの肩に飛び乗って、フードの中に器用に滑り込んだ。

 猫の中でも体格の小さい子猫サイズのため、大して重くもなかった。


「この服の素材、何ていうのかな? すごく肌触りがいいね」


「これは、綿だな」


 ロアは大層フードの中が気に入ったらしく、これからまともな道もない山の斜面を下るジンのことを忘れて、盛大にくつろいでいた。


 その光景だけみていると、可愛らしいただの猫なんだが、こいつ人間なんだよな。

 ジンは柔らかそうなその猫耳を触りたくなる衝動を抑え込む。



 こうして、ジンの異世界での最初の課題はこの山を脱出して、人がいる街に辿りつくことに決まった。


 木の枝や泥で体を汚しながら道なき道を何とか進み続けること2時間半。

 ようやくジンとロアは平らにならされた幅の広い道にでた。


 ジンは道端の岩に腰を下ろし、一息ついた。


「あとはこの道に沿って下りていけばいいだろう。けもの道を行くよりは疲れなくてすみそうだ」


「まって、ジン! 向うからなにか……あれ、もしかして馬車じゃないかな?」


 ロアの射した方向を見ると、大きな荷物を積んでいる馬車が一台、こちらに向かってきていた。


「助かったな! 俺達もあの荷馬車に乗せてもらおう! 方向も一緒みたいだ」


「でも、待って。大丈夫かな? 山賊のたぐいじゃないよね……」


「山賊って、そんなのいるのかよ。まあ、とにかく声をかけてみよう。もし危ない感じがしたらすぐに逃げればいい」


 そう言って、道の中央でジンは荷馬車を迎えた。

 ロアはまだ不安げな顔をしていたが、ここで臆病になって楽に街まで連れて行ってもらえる可能性を捨てるのは馬鹿馬鹿しい。行動あるのみだ。


「おーい! ちょっといいかー!」


 大きく両手を振り、荷馬車の馬の手綱を握っている人に聞こえるように叫ぶ。

 すると、徐々に減速してジンたちの横で止まってくれた。


「おやおや、こんな山奥に一人でどうしたんだい?」


 そう話しかけきた荷馬車の運転手は、物腰柔らかい中年くらいのおじいさんだった。

 どこからどうみても、賊には見えない。


 ジンは内心ほっとして、事情を説明した。

 山奥で仲間とはぐれて、遭難して困っていると。

 口からデマかせを言うのは昔から得意だったので、べらべらと相手の気を引く単語が出てきた。


「そうかそうか、それは大変だったね……ところで君は、珍しい格好をしているけど、どこの国の出身なんだい?」


「えっと、この国ではないことは確かですね……ここから東の遠い国から来ました」


「ほほう、遠い国か。じゃあ、家族と離れて、今は一人で暮らしているということかい?」


 中年男の人を鑑定するかのようなじっとりとした目線は気になったが、ジンは質問に応じた。


「そうですね、今は一人で暮らしていますけどそれがどうかしましたか?」


「いやいや、何でもないよ。それより、君の話は分かったから、早く乗るといい。後ろの積荷と一緒でよければだがね」


 中年男のその台詞を聞き、ひと安心したジンは荷馬車の最後尾に回って、中に入ろうとカーテンのように閉じられていた幕を開けた___その時だった。


 不意に何か太い棒のようなものが現れたのと同時に、強い衝撃がジンの頭部を襲った。


「があっ!」


 呻き声をあげてジンは地面に転がる。

 頭が割れるのではないかと疑ってしまうほどの痛みがこめかみに残る。

 こめかみを手で押さえると、ぬちゃっと生温かい血が大量に溢れていた。

 

 何だ。何が起こった。

 

 地面に横たわったまま、荷馬車の積荷のあたりを見ると、二メートルほどもある、巨体で厳つい男が樹の幹ほどもありそうな大きな棍棒を握って立っていた。


「ゴル! とっとと仕留めて、積んじまえ!」


 荷馬車の前の方からさっきの中年男の声が聞こえてきた。


「へい。了解した」


 その声に反応して、その大男はジン近づいてくる。


 ジンはようやく理解した。

 自らが、一見優しそうなあの中年男の罠にはまったことに。


「ジン! 大丈夫かい? 血が、凄い量の血が」


「くそっ、嵌められた! 全然大丈夫じゃねえけど、とりあえず逃げ___」


 頭がくらくらするのを我慢して、何とかジンは立ち上がり、この場から逃げようとした。

 だが、そんな暇を与えてくれるような生易しい相手ではなかった。


 大男は、その体格には似あわない俊敏な動きをみせ、瞬時にジンとの距離を詰めると、手にしている棍棒を横に振った。

 その棍棒はジンの横っ腹を直撃し、ジンは再び転倒。回数など分からなくなるほど地面を転がり続け、止まったはいいものの、強烈な吐き気に襲われその場に思い切り嘔吐した。


 そんなジンの様子に少しも関心を示すことなく歩み寄る大男は、ジンを掴まえようしたのだろう。首元に手を伸ばすが、フードに器用に隠れていたロアに手を引っ掻かれ、怯んで一歩後ずさる。


 だが、魔力が尽きてしまったロアの抵抗など大男前では何の役にも立たず、次の瞬間、棍棒の餌食にとなったロアは茂みの中へと吹き飛ばされてしまった。


「ガル! 猫が一匹ついてたが、これも積荷か?」


「猫は大した金にならないからいらん! その小僧だけでいい」


「はいよ!」


 頭と腹に強力な一撃をくらったジンは悶絶して身動きがとれない。

 

 何だよ。何なんだよこれ。

 まだ何も始まってないっていうのに、こんな仕打ちあるかよ。

 そうだ、主従紋。

 これを使えばこの状況を切り抜けられるんじゃ…


 しかし、それは叶わなかった。

 第一に、ジンは主従紋の詳しい使い方をまだ教わっていない。

 そして、ジンがそんなことを考えているうちに、大男の手はジンの首元を掴んで、ジンの体は荷台へと放りこまれていた。


 荷台の固い床に体を打ちつけ、意識が朦朧とするなかで、ジンは見たものは、手足を拘束された薄汚い人々が身を寄せ合う光景だった。

 

「いやあ、まさかな。こんな所でまた一人捕まえられるとは思わなかったぜ。これは今日の儲けは期待できそうだ」


 山道でジンが声をかけた荷馬車。

 何とその積荷は、ジンの目の前にいる人々、即ち奴隷だったのだ。

 山賊よりも性質が悪い連中に捕まってしまった。


 馬鹿な。何ということだ。

 奴隷商人になるためにここに来たってのに、どうして俺が奴隷に……

 このまま、このまま終わるわけには……

 



 自分の不幸な運命を呪いながらジンは意識を手放した。

 フェンテイに威勢のいい台詞を叫んでいたジンは、何の皮肉か、運命のイタズラか、呆気なく若き日のフェンテイと同じ奴隷になってしまったのであった。


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