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奴隷商人には逆らうな  作者: ほろよい
3/5

フェンテイの過去

「人間、だった…だと……」


 ロアの口から語られた真実は、にわかには信じがたい内容だった。

 確かにここは異世界なんだろうが、おとぎ話じゃあるまいし、まさか現実に人間が動物に姿を変えられてしまうなんてとても信じがたい。


「そうさ。でもまずは、僕の話をするよりも、フェンテイの、現時点における世界最高の奴隷商人の話から始めようか」



 ロアが語りだした過去。

 それは、アラグアという名の巨大な王国で、最底辺地位にある奴隷から成り上がり、その奴隷を従え、商人の世界を牛耳るまでになった男の話。


 アラグア王国は、複数の国家が覇権を競い合っている広大な大陸のなかでも、ひときわ大きな存在感を放っている巨大な国だ。

 そこには、世界中のあらゆる種族が集まり、思い思いの人生を送っている。


 家庭を築き、安穏を求める者。

 商売を営み、金もうけに興じる者。

 傭兵稼業にのめり込み、血肉舞う世界で生きる者。

 そして、人権すら認められず、生き地獄を味あう者、などそのあり方は様々だ。


 かつては総人口のうち半分はヒューマンだと言われていたが、一時期、移民が急増したことがきっかけで、今ではエルフ、獣人、魔族など、他種族の割合が過半数を占めているという。


 そんな激動のアラグア王国の領土のなかでも、一番光が当たらないエリア。

 貧困街でフェンテイは生まれた。


 親がいないのは当たり前で、毎日がその日を生き抜くのでさえ精一杯の日常。

子どもの頃は同じ境遇の仲間と助け合い、旅人の金品を盗んだり、盗賊の下っ端として働いて生計を立てた。だが、そんな日々すらすぐに終わりを告げた。


 20歳になる頃に、人攫いに拉致され、奴隷商人に売られたのだ。


 本当の意味で地獄が始まったのはここからだった。

 奴隷のことを人はよく家畜以下の存在と言うが、まさにその通りで、牛舎や馬小屋にいる家畜たちの暮らしが羨ましくなるほどの扱いをフェンテイは受け続けた。

 

 浴びせられる暴言と暴力に感情が、心が麻痺し、

 月日が経つ感覚を次第に忘れていき、

 どうすれば痛い思いをしなくて済むのか、

 今度、体内に摂取することが可能な食べ物をもらえるのはいつなのか、


 死なないために息をし、

 殺されないために主に従い続けた。


 

 フェンテイの死人のような日常に、転機が訪れたのは奴隷になってから10年近く経った頃だった。


 ある夜、不思議な夢をみた。

 その夢の中のフェンテイは、一面砂しかない大砂漠に一人立っていた。

 強烈な陽射しが照り付けるその夢の中で、フェンテイは干からびそうになる寸前、

 真っ白な衣装に身を包んだ、一人の女性に出会った。

 そして、会話が生まれる前に、その女性が差し出したミルクの入った皿にフェンテイはとびついた。


 夢の中だということも忘れて、フェンテイは泣いた。

 ただただ、涙し、久しぶりに人間らしい表情を取り戻した。


 何か一言だけでも、ミルクをくれた女性に感謝の想いを伝えたい。

 そう思って、顔を上げた時には、女性は消えていて、その直後に夢は終わった。



 現実にもどったフェンテイの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れ、目元は赤く腫れていた。

 

 そして、フェンテイの身体にある変化が起きていた。

 左手の甲に、どこかで目にした覚えがあるマークが刻まれ、光を放っている。

 忘れるはずもなかった。

 それは、フェンテイをゴミのごとく扱う主の身体に刻まれている「主従紋」と同じだったのだから。


 主従紋とは、その名の通り、他人を支配し、意のままに操る力が宿った紋章のこと。

 主従紋を持つ人間は、自らの体液を摂取した対象を支配することができるのだ。

 この契約を交わすと、支配された側、つまりは奴隷になった側の身体には、主と同じ紋章が身体に浮き 上がり、紋章の中に奴隷としての序列を示す数字が小さく現れる。


 フェンテイの身体には、もともと今の主と契約を交わした際に刻まれた紋章が首筋にあった。

 紋章の中には39という数字があり、自分が39番目の奴隷にだということが示されていた。


 しかし、おかしな夢をみて、目が覚めた今、フェンテイの首もとからその服従の証しともいえる紋章は消え、代わりに左手の甲に、数字が無い主たる者のみがもつ主従紋が刻まれていたのだ。



 それは、二つのことを意味していた。

 一つは、フェンテイが奴隷の身分から解放されたということ。

 もう一つは、他者を支配することができる主従紋という新しい力を獲得したということ。


 他の種族に比べ、ヒューマンは基本的に非力で、特別な能力もなく、不利な存在だ。

 その状況を覆せる唯一の力がこの紋章だった。


 紋章が身体に出現するかどうかは、先天的要因が大きいさいうのが現時点での各国の見解で、20歳になるまでに現れなかった場合は、その人は生涯紋章の力を宿す事は無いと言われている。


 フェンテイもとうの昔にその可能性は諦めていた。

 それがどうしたことか。一体何の宿命か。


 突然、その力を手に入れてしまった。

 しかも、皮肉なことに入手したのは、主従紋。

 主従紋を持つ者は、貴族や奴隷商人がほとんどだった。



 フェンテイはその晩のうちに主の下から逃げ出し、新しい人生を生きることを決意した。

 そして、その人生とは、奴隷商人として生きる道だった。


 自らが奴隷だった時の最悪の記憶を活かして、奴隷というシステムをもっと価値あるものに、少なくとも奴隷が家畜以下の存在などと言われないようなものにできないか考え、紋章の力を駆使して、奴隷商人の世界を駆け上がっていった。


 その過程でトラウマになるほどの経験をいくつも重ねながらも、紋章の力を強化し、商人としてかつて自分を雇っていた主を遥かに凌ぐほどの結果をだした。


 そしていつの間にかフェンテイの手腕に勝る商人はいなくなっていて、

 フェンテイは、奴隷商人の王たる奴隷王の名で呼ばれるようになった。



 やがて時は流れ、家庭を持ち、孫も生まれた。その間、力のある若い奴隷商が台頭して来たり、フェンテイをよく思っていない奴隷商たちが結託したりするなど、争い事が絶えない日々だったが、それでもフェンテイの地位と未来が揺らぐことは皆無だった。


 そう、一人の魔女と出会うまでは。



「魔女って、それは人間なのか?」



 フェンテイの壮絶な過去を聞いて、まだあまり頭の整理がついていないジンだったが、魔女という映画や漫画によく出てくる単語が気になり、ついつい質問してしまった。


「人間さ、一応ね。ただ、種族の分類的にはそうだけど、人間と呼ぶにはあいつらはあまりにも人の道を外れすぎている」


 ロアの言葉に憎悪の感情が垣間見える。

 察するに、この魔女とやらが話の核になるのだろう。


「すまない。少し取り乱した。続きを話そうか」


 ロアは話を再開した。

 


 その日、フェンテイは奴隷商人としての仕事を部下に任せて、娘とその婿が住む町はずれの家を訪れていた。

 仕事で王都に行った際の土産を持っていき、他愛もない会話を楽しむ。

 こんな平凡な時間がフェンテイは何より好きだった。


 昼食を終え、娘と婿が夕飯の食材の買い出しに出ることになり、フェンテイは家で孫であるロアを預かることになった。ロアもフェンテイになついていたので、夫婦は安心して街へ出かけた。


 事件が起きたのはその直後のことだった。


 二人が買い物に出かけて少しして、遠くから大きな爆音が聞こえたのだ。

 何をして遊ぼうか話していたフェンテイとロアは、その音が街のある方向から聞こえてきたことに気づき、すぐさま家を飛び出した。



 瞬間、フェンテイはわが目を疑った。

 のどかな自然が広がっているはずの家周辺の風景が、どす黒い炎に塗り潰されていたのだ。

 それもフェンテイの娘夫婦が住む家を取り囲むようにして、大きな炎の輪が包囲網をなしていた。


 驚愕したフェンテイはロアの身の安全を確保しながらも、いち早くこの炎の円から抜け出さなくてはと考えた。

 娘夫婦の無事も確認しなくてはいけない。

 

 そんな焦りと苛立ちに追い込まれたフェンテイを追撃するように、そいつは現れた。

 黒いローブを身に纏った何者かが、どす黒い炎の中から現れ、こちらに近づいてきた。

 

 そいつこそが魔女だったのだ。

 当時の光景は今でも夢にみると、ロアは言う。


 その魔女は歩み寄るとすぐに、何かを唱えた。

 直後、炎の中から大きな塊がふたつ飛んできて、フェンテイとロアの前に転がった。


 それは、ロアの両親であり、フェンテイの娘の焼死体だった。

 フェンテイは咄嗟に手でロアの目を覆ったらしいが、ロアはしっかりと見てしまっていた。

 焼けただれて、原形を失った親の姿を。


 その姿を目の当たりにし、ロアは涙を流す余裕もなく、気絶した。


 フェンテイはそんなロアを支え、命の底からこみ上げる激情を言葉にした。

 声にならない叫びをあげ、魔女と対峙した。

 魔女に襲撃の理由を尋ねることもせずに、ただ愛する娘を、その家庭を壊した敵を殺すために全神経を注いだ。


 だが、結果は目に見えていた。

 何故なら、主従紋の使い手は一人では戦えないのだ。

 誰かを従えることによってのみ、初めて強力な戦力を手に入れることができる。

 無論、魔女を従えるという方法はあったが、それを容易に許すような敵ではなかった。


 奴隷王は、一人では無力だった。

 誰一人、守れないほどに、弱かった。


 魔女は語った。

 あなたの全てを奪うように、ある人物に頼まれたと。

 あなた自身には何も手を出さずに、あなたが所有する全てを奪うように、頼まれたと。


 そう言って、魔女は気を失って横たわるロアに手をかざした。

 体の自由を奪われたフェンテイはただ愛する孫が殺されることを見ていることしかできない。


 そこで、フェンテイは交渉を持ちかけた。

 自らが所有する奴隷、財産、その全てを差し出すから、ロアの命だけは助けてくれと。


 それを聞くと、魔女はにやりと笑い、交渉を受け入れた。

 藁にもすがる思いで、フェンテイはすぐに全奴隷との主従契約を解除した。

 だが、魔女は非常だった。

 確かに、ロアの命までは奪わなかったが、一つロアに呪いをかけたのだ。


 それこそが、ロアが猫の姿になった原因。

 「人堕ちの呪い」と呼ばれるその呪いは、中身以外は完全なる獣の姿になり、術者が解かない限り、永遠に消えることのない呪いだった。


 フェンテイは再び嘆き、絶望した。

 魔女はその様子をみて満足したのか、家を囲んでいた黒炎と共に消えるようにいなくなった。



 この日を境に、フェンテイは急速に衰弱していった。

 数々の苦労を重ね、長年積み上げてきた全てを一日にして失ったのだ。

 せめてもの救いと言えば、ロアが猫の姿になったにもかかわらず、自分を失うことなく粘り強く生きてくれていることだけだ。


 奴隷を失っただけで、主従紋は厳然と左手の甲に残っていたが、もうかつてのように一から商人として働いていくほどの気力は残っていなかった。

 


 体はやせ細り、残された時間がほとんど無いことを悟った時、フェンテイはロアの未来が気になって、心配で心配でしょうがなかった。

 自分はもう死んでもいい。もう終わってもいい。

 でも、孫の人生はまだ始まったばかりだ。

 それなのに、猫の姿に変えられ、ここで自分が死んでしまったら一人取り残されたロアはどうなるのか。過酷な人生を歩むことになるのは容易に想像できた。

 

 それゆえ、フェンテイはある計画を練った。

 すべては孫であるロアの未来のために。


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