第四話 初デート
七子は部屋に置かれている全身鏡の前で、何度も服を見比べる。
ベッドに置かれていた白いサマーワンピースを手に取れば、胸元に合わせた。
最初は嬉しそうに頬を緩める。だが、鏡を見つめるうちに首を傾げた。
「初めてのデートだし、お気に入りのワンピースにしたいけど、狙いすぎかしら……。ショートパンツの方がいいのかも。うーん、決められない!」
時計を確認すると、お迎えまで三十分を切っている。
焦った七子は勢いよく部屋の扉を開け、一階へ向かって叫ぶ。
「おかーさん! 一緒に服決めしてよー! 早く決めなきゃいけないのに、宙太が喜ぶ服が分からない!」
階段から上がってくる音が聞こえてくる。
母は七子の部屋に入ると、服で散らかってしまった様子に呆れた表情を見せた。
「こんなに散らかして……。宙太くんが見たら驚いちゃうわね」
「帰ったら、ちゃんと片づけるから! それよりこのサマーワンピースか、こっちの水玉シャツとショートパンツの組み合わせなら、どっちがいいか教えてよー!」
七子は二種類のコーデを見せる。母は両方を見比べた後、サマーワンピースの方を指さした。
「私はそのワンピースが似合うと思うわ。七子のお気に入りでしょ?」
「うん、私は好きだけど宙太は好きか分からないから……」
母は微笑ましそうに目を細めた後、優しく諭し始める。
「宙太くんは、ありのままの七子を好きになったから付き合ったのでしょう。彼はそれだけで嫌いになるような男の子なの?」
「……ううん、そうじゃないと思う」
「じゃあ、せっかくの初デートなんだし、好きな服を見てもらいなさい。大丈夫よ。だって今の七子いつも以上に可愛いんだから。それじゃあ、早く着替えなさーい」
七子は大きく頷くと、大切にマーワンピースを抱きしめた。
「ありがとうお母さん! もし宙太が来たら待ってもらっていて!」
「はいはい、分かりましたよー」
母が部屋から出ていくと、七子は大慌てで着替えていく。
――ピンポーン。
チャイムの音が響いた後、一階から話し声が聞こえてきた。
七子は高鳴る胸を抑えながら、最終確認として鏡の前でスカートの裾をつまみ、くるりと一回転する。
「うん、今日の私もかわいい」
最後にレースのシュシュで髪をポニーテールに結ぶと、一階へと降りていく。玄関へ向かうと、母が宙太と話している様子が見えた。
「あら、着替えが終わったみたい。宙太くん、七子をよろしくね」
「あっ、はい。暗くなる前に送るので」
「それじゃあ、二人とも楽しんでね」
母は七子に軽く手を振った後、リビングへと戻っていく。
ようやく姿を見せた宙太は、ワックスで整えた黒髪に白いシャツとジーンズという爽やかな装いだった。
七子は目を奪われ、ぽかんと口を開けたまま動けない。その反応に対して、宙太は気まずそうに目を逸らす。
「えっと、自分なりに調べたんだがもしかして変なのか……?」
「ち、違うのよ! その、いつもはどちらかと言えばチャラいのに、好青年というかなんていうか……。カッコいいと、思う」
宙太が自分の為にオシャレしてくれたことが、嬉しくて心が震える。自然と緩んでいく唇を抑えることは出来なかった。
「……そっか、よかった。ありがとう」
宙太は照れくさそうに、はにかんだ。
――ドクン。
七子の心臓が脈打つ。頭が感情を整理するより先に、言葉が飛び出した。
「さっさと行きましょう! 時間が無くなっちゃうわ!」
サンダルを履き終え、前を向いた時、差し出された手に気が付く。
「恋人は手を繋いで歩くもんだろ?」
「よ、よく分かっているじゃない」
七子は少し戸惑った後、宙太の手を掴んだ。思ったよりも大きく厚い男の子らしい手に驚く。
一緒に玄関を出ると日差しのせいか、宙太が王子様のように輝いて見えた。
「あっ、言い忘れてた」
宙太は思い出したように、七子の方を振り返る。
「まるでお姫様みたいな格好だな。似合っているぞ」
「そ、そう……」
七子はきゅっと唇を噛み締めるも、赤くなっていく頬は隠せなかった。
視線を合わせられない七子を見て、宙太は悪戯っぽく笑う。
「ははっ、予習した甲斐があったや。氷の女王様も可愛らしいとこあるんだな」
恥ずかしさが頂点に達した七子は、観念したように睨みつける。
「うるさい! 海に着いたらソフトクリーム奢りなさいよ!」
「はいはい、分かりましたよーだ」
「何よその態度! 宙太のくせに生意気よ!」
木漏れ日の中を吹き抜ける潮風が、七子の頬を優しく撫でた。
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蝉の鳴き声が暑さを煽っている坂道。
七子はじんわりと汗をかきながらも、海へと向かう。
隣にいる宙太はぐったりとした様子で、七子に話しかけた。
「あっつい……。本当にこの先に海があるのか?」
「もうすぐ着くわよ。ほら、見えてきたわ!」
視界の先で、キラリと日差しが海面に反射する。潮風の冷たさが、火照った体を冷ます。
二人は近づく海への期待で、無意識に駆け足へとなっていく。
近づきにつれかすかに聞こえていた波の音が、だんだんとはっきり聞こえてくる。
そして辿り着いた時、視界いっぱいに透き通る青い海が広がっていた。
目を丸くして立ち尽くす宙太を見て、七子は自慢げにピースをする。
「ほら、あったでしょ。あまり知られてないみたいで人がいないのよ。どう? 綺麗でしょ?」
「宇宙から海は見てたけど、近くで見たことはなかったな。本当に何処までも続いているみたいだ」
「逆に私は宇宙から見た海を見たことないや。いつか見に行ってみたいわ」
「じゃあ地上の海を見せてくれたお礼に、今度宇宙の海を見せてやるよ。宇宙デート、地球じゃ俺しか出来ないぞ」
宙太からの誘いに、七子は無邪気に目を輝かせた。
「本当? 後から無しって言っても受け付けないんだからね」
「嘘つかないよ。約束破ったら、針を千本飲まされるし」
「よく覚えているじゃない。勉強熱心なのはいいことよ」
「褒めていただき光栄です。せっかくだし、足だけでも海に入ろうぜ」
宙太は七子の手を軽く引き、海へと指さす。
七子は宙太に導かれるまま、海へと足を進めていった。
そしてサンダルを履いたまま、一緒に海の中へ浸かる。
海の冷たさで足は冷えていくのに、宙太と繋がった手は温かくて心地がいい。
白い砂浜、青い海なんて見慣れたはずなのに、隣に宙太がいるだけで特別に感じられた。
「綺麗ね……」
息を吐くように零れた言葉。風が七子の黒髪を揺らす。
太陽の光を受けた七子の姿は、思わず見とれてしまうほどに眩しかった。
宙太はその光景を目に焼き付けるように、見つめながら静かに呟く。
「あぁ、きれいだ」
七子は好きな場所を褒められたことが、嬉しくて幸せそうに目を細める。
「ふふっ、宙太にとってお気に入りの場所になれば嬉しいわ。せっかくだし歩きましょう? 貝がらとかあるかも」
「貝がら?」
「拾ってアクセサリーにしたら、思い出になるでしょ?」
「ふーん、じゃあ、一緒に探すか」
二人は手を繋いだまま、海辺で散歩をしていく。ゆっくりと時間が経っていく穏やかな時間に、七子はこのまま続けばいいと願う。
その時、宙太からするりと手を離され、七子は見つめた。
「どうしたの?」
「あっ、ごめん。ちょっと連絡がきてさ。確認してきていい?」
「いいわよ。気にしないで」
「ありがとう。すぐに戻るよ」
宙太はスマホを取り出すと、その場から離れていく。
「学校の友人からかしらね」
七子は寂しさを感じながらも、貝がらを探していると真っ白な貝がらを見つける。
見失わないように手に取ると、欠けた様子もなく、手触りもいい。
「これ、宙太にあげようかしら」
大切に鞄の中へとしまうと、宙太が戻ってくる。
「おかえり。連絡できた?」
「あぁ、ただいま。……そろそろ海から上がろうぜ。俺にソフトクリーム奢ってもらう予定だろ?」
「そうだったわ。夏はやっぱりソフトクリームよね」
七子は海からあがった。
一瞬、見つめ合った宙太の瞳が、どこか寂しげに揺らいだ気がした。
だが、それ以外で変わった様子はない。きっと自分の気のせいだと片づけた。
「さっき真っ白な貝がらを見つけたのよ。加工して宙太にあげるわね」
「へー、どんなものか楽しみにしているよ」
先ほどまで優しく見えていた黄昏は、紫色が滲み、どこか怪しげな雰囲気を纏っている。
七子は空から視線を逸らし、無意識に宙太の手を握った。
「どうした?」
「ううん、なんでもないわ」
遠ざかっていく波の音に、足を引っ張られそうになりながら、海に別れを告げる。




