第10話 防げる傷は防げ
# 第10話 速いなら、速いまま見ればいい
翌朝、センターへ向かうと、鈴音がロビーで待っていた。
昨日の「その話は明日する」を、覚えていたらしかった。
椅子に座ったまま、こちらが来るのを見た。立ち上がりもしなかった。
「座って」
向かいの椅子に座った。
鈴音は少しの間、何も言わなかった。
それからゆっくり口を開いた。
「昨日の戦い方で、何回斬られた?」
「三回です」
「そのうち、防げたのは?」
少し考えた。
「……二回は、読めてたかもしれない」
「じゃあ、なんで防がなかったの」
「防ぎながら戦うと、倒すまでに時間がかかります」
「長引けば、その分だけ斬られる回数も増える」
鈴音は少し目を細めた。
「だから浅い傷なら受ける?」
「はい」
「それが、勝ったからいい、ってこと」
「でも、倒せました」
「倒せたね」
鈴音の声は変わらなかった。
「傷を受けながら覚えるやり方で、今日も明日も勝ち続けられると思ってる?」
答えられなかった。
「累積するの」
短く言った。
「昨日の傷は今日に残る。今日の傷は明日に残る。それが積み重なって、ある日突然動けなくなる。そのとき死ぬ」
理屈は分かった。
でも。
「防ぎながら戦ったら、倒すまでに時間がかかります」
「そうね」
鈴音は頷いた。
「時間がかかる方が生きてる」
返す言葉が出なかった。
鈴音は続けた。
「傷を情報として使うのはいい。でも、防げる傷は防いで。防げない傷だけ受けなさい」
それだけ言って、立ち上がった。
「行くよ」
鈴音はそれだけ言って歩き出した。
僕は少しだけ遅れて立ち上がった。
言い返したいことはあった。でも、昨日はそのやり方で三回斬られている。
鈴音の声がなければ、もっと増えていたかもしれない。
それも分かっている。
だから黙ってついていった。
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一層奥へ入った。
通路の様子は昨日と変わらない。細い通路。広い影。発光石の薄明かり。
今日はゴブリンスカウトを複数倒せるまで帰らないつもりだった。
鈴音には言わなかった。
最初のゴブリンは通路の正面から来た。もう止まらない。踏み込んで押し込んだ。黒い煙。石。
奥へ進んだ。
スカウトが来た。
昨日と同じ動きだった。
スカウトは通路の壁に体を寄せたまま走る。
正面からは来ない。壁に沿って横へ流れて、視界の端に入ったまま距離を詰めてくる。
一度通り過ぎる。
そのまま背中側へ抜ける。
そこで終わらない。
次の瞬間、体の向きだけを反転させて、すぐに踏み込んでくる。
その直前、ほんの一瞬だけ動きが変わる。
足が止まる。
体が沈む。
踏み込む方向に、重心が乗る。
その瞬間だけ、分かる。
昨日は、その一瞬が分からなかった。
今日は違う。
止まる。
沈む。
来る。
半歩だけ先へ動いた。
短剣が脇腹に入った。
黒い煙。石。
傷はなかった。
「今のは良かった」
鈴音が言った。
褒められたのが少し照れくさかったが、顔には出さなかった。
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もう少し奥へ進んだ。
次のスカウトは、最初から壁と壁の間を跳ねるように動いた。
昨日のやつとは違う動き方だった。
左の壁から来た。避けた。右の壁から来た。そこはまだ読めなかった。
腕を裂かれた。
「追わないで」
鈴音の声が飛んできた。
追わなかった。
止まって、スカウトの動きを見た。
左右を跳ねている。踵の向きは昨日と同じだ。でも今日のは、踵が向く前に一瞬肩が下がる。
次に右の壁から来た。肩が下がるのを見た。踵が向く前に半歩動いた。
短剣が当たった。浅かった。でも当たった。
スカウトが止まった。
そこへ踏み込んで押し込んだ。
黒い煙。石。
腕が熱い。裂かれた箇所から血が滲んでいる。
「防げた?」
鈴音が聞いた。
「一回目は防げなかった。二回目は防げました」
「一回目は?」
「動き方が昨日と違って、最初は読めなかった」
鈴音は少し間を置いた。
「なら、形で覚えないで」
「形?」
「昨日と同じ動きを待つから遅れる。速い敵は、速いまま見なさい」
その言葉を、少しの間噛み砕いた。
速さに合わせるんじゃない。
速さを前提にして、その中の変化を見る。
「……やってみます」
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もう一体来た。
左右の壁を跳ねる動き方だった。さっきと同じパターン。
速いまま見る。
それは、目で追いつこうとすることじゃなかった。
速いものを、遅く見ようとしない。
速いなら、速いまま。
全部を追うんじゃない。
動き出す前の一瞬だけを見る。
肩が下がる。
踵が外へ向く。
体が跳ぶ方向へ、ほんの少しだけ傾く。
そこだけ拾えばいい。
スカウトが右の壁を蹴った。
視線で追いかけない。
次に来る場所を見る。
肩が下がった。
踵が外へ向いた。
左。
先に動いた。
短剣が入った。
今度は深く。
黒い煙。石。
傷はなかった。
呼吸が荒い。腕の傷が熱い。でも、さっきより前に読めた。
口の端が上がっていた。
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「戻る」
鈴音が言った。
「もう少し——」
「今日はここまで」
有無を言わせない声だった。
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受付で処置を受けながら、登録証を見た。
宮前 蓮 LV:2 スキル:なし
討伐履歴:全25件
直近10件
2026/04/26 15:21 ゴブリン
2026/04/26 15:47 ゴブリンスカウト
2026/04/27 09:47 ゴブリン
2026/04/27 10:03 ゴブリンスカウト
2026/04/27 10:21 ゴブリンスカウト
2026/04/27 10:39 ゴブリンスカウト
昨日の履歴の下に、今日の分が並んでいた。
スカウトが三件。
昨日は一件だった。
一日で変わる。それが分かっていると、前への足が止まらない。
「次は、速いまま見る」
声に出ていた。
鈴音が少し目を細めた。
「それで傷が減ったら、奥へ行くことを考える」
「条件付きですか」
「当たり前でしょ」
鈴音はため息をついて、腕の包帯の端を確認した。
「腕、ちゃんと動く?」
「動きます」
「痛みが引かなかったら言いなさい」
「言いません」
「言いなさい」
また静かな声だった。
今度は答えなかった。
鈴音は何も言わず、ため息を一つついて、視線を外した。
登録証を見た。
スカウトが三件。
昨日より、速い動きが読めるようになった。
それだけは確かだった。




