第11話 勝ったからいい、じゃない
その日は、スカウトが三体続けて来た。
一体目は読めた。二体目も読めた。三体目で、読みが外れた。
三体目のスカウトは、一体目や二体目より動きが速かった。同じ踏み込みだと思っていた。同じ角度で来ると思っていた。
違った。
脇腹を抉られた。
革鎧を通った。
壁に背中をぶつけた。膝をついた。息が詰まる。
視界がぶれた。
スカウトが距離を取った。次の突進を測っている。
立ち上がった。息を整えた。短剣を構え直した。
「戻れ」
鈴音の声が飛んできた。
スカウトが動いた。
前へ出た。
「蓮」
声が低くなった。それでも止まらなかった。
スカウトの踵が外へ向く。右に抜ける。そう思った。
半歩ずれた。
でも、スカウトの体は途中で沈んだ。右へ抜ける動きじゃない。沈んだ反動で、さらに内側へ入ってくる動きだった。
短剣を合わせた。
浅かった。
刃が滑った。スカウトが短剣を弾いた。
次が来る。
見えた。
でも、体が追いつかなかった。
その前に、鈴音が横から出てきた。
「凍れ」
スカウトの足元に白い筋が走った。踏み込んだ足が滑った。体勢が崩れた。
「裂け」
冷たい風が通った。
スカウトが煙になった。
僕の短剣は、まだ届いていなかった。
鈴音がこちらを見た。
怒っていた。
「出るよ」
---
医務室で処置を受けながら、鈴音は壁際に立っていた。
椅子に座りもしなかった。
職員が脇腹の傷を確認して、少し顔をしかめた。革鎧を通った傷は浅くはなかった。
処置が終わると、職員は何も言わずに出ていった。
静かになった。
鈴音がこちらを見た。
「今日、戻れって言った。聞こえてた?」
「聞こえてました」
「なんで前へ出た」
「倒せると思ったので」
鈴音は何も言わなかった。
一秒。
二秒。
三秒。
「……それ、本気で言ってる?」
声が低かった。
「はい」
「傷を受けて、立ち上がって、戻れって言われた。なのに前へ出た」
「まだ動けてたので」
「聞いてない」
鈴音は一歩前に出た。
「私が戻れって言った。聞こえてた。それでも前へ出た。なんで?」
少し間があった。
「倒せると思いました」
「倒したかった」
「……はい」
「それだけ?」
「それだけです」
鈴音は視線を外した。窓の向こうを見た。しばらく黙っていた。
---
「蓮」
また名前を呼んだ。
「はい」
「私がそこにいても、自分で判断して前へ出た」
「……はい」
鈴音はこちらを向いた。
「私はなんのためにここにいるの」
答えられなかった。
倒せると思った。だから前へ出た。
それだけだった。
それ以外の理由がなかった。
「蓮」
また呼んだ。
「勝ったからいい、じゃない」
声が変わった。
静かだけど、今まで聞いたことのない声だった。
「死んだら終わりなの」
間があった。
「強くなることも、今あなたが目指しているものも、全部。死んだら何もない」
胸のあたりが、少し詰まった。
「分かってます」
「分かってない」
鈴音は首を振った。
「分かってたら、戻れって言われて前へ出ない」
返す言葉が出なかった。
鈴音は続けた。
「私が戻れって言ったとき、戻れる?」
「……努力します」
「努力じゃなくて、戻れるかどうかを聞いてる」
少し間があった。
「……一回は、聞きます」
鈴音はしばらく僕を見た。
信じているかどうか分からない顔だった。
でも、それ以上は言わなかった。
「次、撤退って言ったら撤退」
「一回は聞きます」
「一回じゃなくて、毎回」
「……毎回は難しいかもしれないです」
鈴音がため息をついた。
「正直に言うのはいいけど」
椅子を引いて、ようやく座った。
「一回でも聞いたら、その次は二回になる」
また少し間があった。
「信じておく」
声は元に戻っていた。
静かな、いつもの声だった。
---
帰り際、登録証を見た。
宮前 蓮 LV:2 スキル:なし
討伐履歴の末尾。
今日の欄には、ゴブリンスカウトが二件しかなかった。
三体目は鈴音が倒した。
鈴音が前に出なければ、どうなっていたか。
自分では戻れなかった。
それだけは、はっきり分かった。
電車の中で、窓の外を見た。
まだ遠い。
でも、死んだら届かない。
それも分かっている。
分かっているのに、スカウトが目の前に来たとき、体が先に出た。
どうすればいい、と考えた。
答えは出なかった。
ただ、次に鈴音が戻れと言ったとき、一回だけは聞こうと思った。
それだけが、今日のところの答えだった。




