ガサ入れ
「こんにちは。図書委員です」
倦怠感マシマシな声で、こちらの応答を待たずにずかずかと踏み込む彼女こそ図書委員の仲介人・小枝真沙実である。同級生であるが面識はなく、それどころか顔を見たのもこれが三度目といったほどだ。
「ガサ入れですか!」
「んーん、家宅捜索」
「令状あるんだろうな!令状みせろ、不当捜査反対!」
なぜ強気に出れるのか、こんな恥ずかしい相棒がこの世に存在して言い訳がないので仕方なく昭穂が間に割って入る。手に持っていたノートは目に入ると都合が悪いのでズボンの右太ももにすり込ませる。張り付く拍子の冷たさと歩くときのぎこちなさが残るが致し方ない。
「すまん、面倒な奴が対応してしまって」
「いいですよ、うちにも大概似た奴がいるんで。それにしてもいいですねこんな個室が支給されていて。私たちの事務室はガラス張りなので何をしているか筒抜けで、それに加え図書館内にあるせいでおしゃべりもできないんですよ。これ可愛いね」
さっきまでカップの中で大回転していたマドラーに触れる。慧は自分が褒められたみたいに胸を張る。軽口ついでに部室内を物色されていることにも気づかないで、小物の紹介に移ろうとまでしている。
「ここからだと、校庭も越えて学区内が一望できますね。これは方角でいえば西になるのかな。あ、ここで放送してるんだ。いいな、あたしたちもここ使わせてくれない?最近呼び出しすることが増えててさ、仲介業務で」
ここから本題が始まる。
「大変ですね。最近は派閥間の動きも活発ですから繁盛しているでしょう」
「繁盛だなんて、うちは損ばかりですよ。通常業務もこなしながらなんで人手が足りなくて。それに最近は校内の治安も悪くなる一方で、預かった荷物が盗まれるなんていう事態が発生しちゃって。酷く物騒なもですよ」
やっぱりそのことか。昭穂は不自然がバレないように放送ブース内にある椅子を引っ張り出し腰掛ける。
「なくなったものがここにあるとでもいいたいの?」
少し早く、慧は食らいついてしまった。
「そう。中身は言えないけど、とっても大事なもの」
「それは大変だね。でも、そんな責任まで負ってどうして仲介業務なんてやっているんだい」
純粋な疑問と話を逸らす気持ちが半々の質問を投げかけると、やっと彼女は真剣に考える素振りを見せた。
「やっぱりサービスの向上が目的かな。図書館の利用者が減ってるからさ、新しいことやっていかないとただの箱になっちゃう。こう見えても文学少女なもので」
「私もファーブル昆虫記なら読破しましたよ」
「どうだった?」
「カラフルで読みやすかったね」
それはきっとファーブル昆虫記ではないなにかだ。
「有坂さんみたいに本に興味のある子も多いけど、それだと図書館のユーザーは固定化されたままじゃない。だったらまずは図書館になれてもらう必要があるって事になってね」
「なるほど。俺はてっきりなにかをもらってるんじゃないかと思ってたんで良かったです」
「まさか!悪いけどここの生徒はお金じゃ動かないし、学校内でそんなおおそれたことできないよ」
長い髪を掻き上げ、顔が隠れた一瞬に彼女の表情がなにか証拠を掴んだ探偵のように鋭い眼光を携えたものになっていたのを昭穂は見逃さなかった。互いが詮索をいれる歪な会話の中で、決定的なものは何もなかったはずなのに、昭穂は冷や汗が背中に滲んでいた。
「じゃあ、なんで匿名化したんだい。これだと記録に残さずいろいろ取引ができるようになる。生徒会やこちらとしては非常に不都合だ」
「番号はこちらで管理しているので、問題が起きれば開示できます。それに私たちはあなたたちとは違って完全に公平なので、どこに肩入れすることなく、敵対することもなく平等に対応しますよ。白のお頭さん」
「ぼくたちも公平公正を目指しているんだけどな」
「結局第三勢力として、生徒を分断することを加速させるよね。それよりも自分たちの利益を優先せず、ただ言われたとおりに学校生活の利便性向上を図っているうちらのほうが、よほど理想的な姿だと思うけどな」
弁が立つ奴はこれだか嫌である。昭穂は両手を挙げて降参のポーズをとる。これ以上話し合いをしても負かされる気しかしない。
「好きなだけ探してもらっていいよ。奥の部屋にへんなものがあるけど気にしないでいただけると助かるな」
監視カメラのアーカイブなんてほとんど価値のないものだが、あの出来事を詮索していることがバレるのは避けたい。理由は特にないのだが。
小枝は道端に咲く草花を眺めるように簡単に室内を一周すると、納得いったみたいに頷いた。あくまでこちらはなにを探しているのかは知らない体である。下手に口出しはせず、慧も自分の口下手さを自覚しているのか外を眺めては目につくもの全てに反応をして誤魔化していた。
「特になさそうね」
「そう。それは良かった。でも、いきなり押しかけて疑いかけるのはどうなのかな。なにか根拠があって私たちの部室に来たんでしょ。それくらいは教えてよ」
「そうねえ、まあ、いってもいいか。実はなくなったのがノートなんだけど、それがなくなった日がちょうど書架の入れ替え作業中でさ。そういった大きな仕事の時は図書委員以外からも人手を借りることになっているんだけど、そこで誰かが持って行ったんじゃないかって。今回協力してもらったのが白の生徒だったわけ。そこで白のトップ様方に献上されたのではないかというのがうちらの推理。ごめんね、勘違いだったわ」
去って行く嵐は階段を駆けていき、そして散らかった我々の感情なんてものには一瞥もくれなかった。安堵と、そして苛立ちが徐々に込み上げてくる。
「ギャルだ」
慧の言葉に頷く。
「…とりあえず一安心だね。コーヒー飲みます?飲みかけですけど」
一気に飲み干してカップを返す。
「もう少しドギマギしたどうなの」
「それはそれで嫌だろ」
「それはそう」
慧は呆れたため息をこぼして、カップを受け取る。中途半端な笑みを浮かべ、褒められたマドラーを大事そうに明かりにかざして眺めていた。




