寄り道 1
真白は家までの道をすっ飛んでいた。
すっ飛んでいる途中で、わざわざ一度帰宅しなくてもそのまま向かえば良いと気づいて急ブレーキ。
確か甲州街道沿いにあるという店(宵の明星)に向かうため、まずは高尾駅に向かうことにした。最短距離で行きたいけど、田舎から出てきたばかりの真白は土地勘が全くない。先日もスーパーに行くのに何となくショートカットになりそうな道に入ったら、誤って民家の敷地に入ってしまい、庭掃除をしていた家主に近道を教えてもらったところだ。だからスタート地点はとても重要なのである。
真白は病的な方向音痴でもあるのだ。
さっき入江が言っていた小料理店は、瀬尾によると平日の14:00〜17:00くらいまでが割と空いていて狙い目らしい。決してアクセスが良いとは言えない立地にも関わらず、昼時や夕方以降は混み合っており、地元民だけでなく高尾山やその外輪山のハイキングを楽しんだ人達が評判を聞きつけて訪れるとの事。
広告宣伝に全く興味がなく、SNS等も一切やっていない店主夫婦は、オープンしてすぐにこんな状況になった事に首を傾げた。
訪れたお客さんと話なんかしながらのんびりと商売をしていきたいとの思惑から、最初は夫婦と以前働いていた職場から2人を慕って付いてきたバイトの3人で回そうとしていたが、話を楽しむどころか、ピーク時は一瞬で時が過ぎたと思えるほどの目の回る忙しさに根を上げた。
入江母や入江が駆り出されたのはこのタイミング。
店主夫人は入江母の8つ違いの妹らしい。
お店が回らないと妹に泣きつかれた姉は、息子を連れて応援に入った。そして今でも繁忙期や人手が必要な時には手伝いに行っているらしい。
そのまま軌道に乗った店は数名のアルバイトを雇い、まだ開店して6年目だが、地元では割と有名店として名を上げちゃってるらしい。
今の時刻は13:30。高尾駅からあるいて15分くらいと聞いているからここからゆっくり歩いても14:00前には着くか。わざわざ面接前に行かなくてもと言われるかもしれないが、これから働くかもしれない店。店主夫婦、アルバイトの雰囲気や人柄とかは客として行って見てみたい。
高尾駅に向かうことにした真白は昼飯を食べたばかりだった事を思い出した。
せっかく小料理店に行くのだから何か食べたい。小柄な真白とはいえ育ち盛りの18歳男子。今行っても一人前の定食くらいなら食べられるが、どうせならお腹が空いた状態で楽しみたい。それに夕方に行ってしっかり食べれば晩飯とする事もできる。どこか時間を潰すところはないかなと歩きながら考えていたら駅まで来てしまった。また多摩御陵に行こうかと思った真白の目に、でっかい登山ザックを背負った人たちがバスから降りてくるのか目に入った。
そういえばしばらく自然を愛でていないな。と感じた真白はまだ実家を出てから1週間ちょっとしか経っていないものの、多摩御陵で巨木を見てから自然に飢えている事を実感していた。
そんなこんなで腹ごなしと自然と戯れるという目的で高尾山に行ってみることにした。高尾山の入り口までは京王線で近くまで行けるが、せっかくだから道を覚える意味も込めて歩いて向かう。
落ち着いたら行ってみようと、事前に調べていた情報によると複数の登山道や山道以外にケーブルカーとリフトがあるらしい。
うんうん考えたけど、なにしろ山登りって奴も初めての真白には全くイメージが湧かない。高尾山の直下にあるケーブルカー乗り場に着いたら、大きな地図に経路とざっくりした所要時間が書いてあった。今日は山頂までは行くつもりはなく、山頂手前にある薬方院にお参りをして戻ろうと思っている。登山というよりは参拝だろうか。
検討した結果、登りは舗装されている参道の1号路、帰りはケーブルカーと洒落込むことにした真白は久々の自然と戯れる機会に胸を弾ませて高尾山1号路に向かった。
高尾山1号路は登山道というよりは参道。そう聞いていたが、なるほどその通りだった。
登り口にいかつい可動式の柵があり、その脇からちょこちょこと入る。
道は石畳から少し進むと石が埋まった舗装路になる。想像していた登山道と違い、荒いものの舗装されていて歩きやすい。
登り始めた真白の横を軽のワゴンが追い越して行った。車も通るんだ。だから柵があるんだ。そんな事を思ったが、今日の真白の目的地である薬方院なるお寺に向かう途中にはお土産屋や食堂もあるらしい。下調べをしている時にマウント高尾ビアガーデンという言葉を見つけた時にはデパートの屋上かよ!って驚いたものだが、それらを営むための物資を運搬するには車を使うしかないのだろう。
山の物資運搬といえば、重さも大きさも大型冷蔵庫くらいのボリュームがある荷を背負って、えっちらおっちらと山小屋目指して歩いていく歩荷という作業があるとテレビで見たことがあるが、ビアガーデンなんてやったらそれじゃ間に合わないだろうし。
道は両サイドに灯篭があったり、一休みするベンチがあったり。なんか楽しくなってきた真白の目に、天高く聳え立つそれがあった。
圧巻だった。
旅行に行ったり、外食をしたりしても写真なんか撮らないくせに、サッとスマホを出してパシャパシャ撮ってしまった。
苔むした太い幹、一直線に伸びた佇まい。それは真白が大好きだった神社の巨木と同等の貫禄だ。
さっき見た多摩御陵の木も凄かったけど、やっぱり自然の中にあると迫力が違う。それがそこら中にあるもので、登り始めてまだ15分も経ってないけど真白のテンションは振り切っていた。
これはこの先の道中も期待できるんじゃないか?しかも参道ならゼエゼエいうような厳しい道じゃなさそうだし、腹ごなしの適度な運動になりそうだ。そんな事を思いながら鼻歌なんか口ずさみ始めん勢いで歩を進める真白の前に、激坂が現れた。
道といって良いのかというような斜度。
そりゃこれくらいの斜度の道は地元にもあるし、何度も歩いたり、部活の練習で走った事だってある。でもこんなに長く登るならそれなりの覚悟ってやつが事前に必要だ。
そんな真白に試練を与えるかのように斜度はどんどん急になっていく。いま前から押されたら下まで転がり落ちるんじゃないかな。なんて想像しちゃうくらいに感じる。
まだ続くのか…と、何度目かの葛折のカーブを曲がると少しだけ景色が変わった。これはあと少しなのでは!そう思ったのも束の間。斜度はさらにキツくなる。
今日は晴れているものの、時期の割に比較的気温も低い。でも羽織っていた薄手のパーカーはとうに脱いでいる。今はタンクトップにTシャツという出立ちだがそれでも暑い。堪らずTシャツも脱ぎ、タンクトップ一枚になる。真白は地肌にシャツを着るのが嫌いだ。必ず肌着代わりのタンクトップを季節問わず身につける。その習慣があって良かったと思った。これは汗だくになる。上まで行ったらタンクトップを脱いでTシャツを着よう。汗だくになって食事に行くわけにもいかないし。
街歩きツアーで歩き回る事を想定した真白は着替えまでは用意していなかったものの、タオルとボディペーパーはリュックに入れてきていた。備えあれば憂いなしってのは今の自分のためにある言葉だな。
なんて事を考えながら歩いていると、リフト乗り場が現れた。そこから坂が急に緩やかになり、間も無くケーブルカー乗り場に着いた。
街を見下ろすような場所にあるベンチにどかっと座り込んだ真白の眼前には絶景が広がっていた。




