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真白のキャンバス  作者: フジ


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10/32

寄り道 2

ベンチにどかっと腰掛けて眺めた街の景色は圧巻だった。


方向音痴の真白には、あれが〜で、あっちが〜でなんて景色の楽しみ方はできないけれど、とにかく遠くまで見える。一生懸命歩いてきた後のこの景色はまさにご褒美だった。


火照った顔を撫でる風が心地よい。登る前に買ったお茶を飲んで、ほへーっと息を吐きながら絶景を堪能し、すっかり落ち着いた真白は、スマホでこの先の情報を確認する。この先はさっきみたいな激坂はないらしいので、とりあえず汗だくのタンクトップを脱いでTシャツになることにした。いそいそと近くにあったトイレで着替えてボディーペーパーで体や顔を拭いてスッキリした。


順路に戻り改めて周りを見回すと、まるでどこかの温泉とかの観光地みたいな賑わいだった。お土産屋なんかもあって、なんか良い匂いがする。吸い込まれるように近寄っていくと、団子三兄弟が藁に突き刺さっていた。醤油の香ばしい匂いが食欲をそそる。さらにそれを食べている人達のほふーっとした表情が追い打ちをかけてきた。


手を伸ばしそうになったけど、下山後の楽しみのために懸命に耐えてお土産屋に背を向けて歩き始めた。


猿の動物園らしき施設の前を通り過ぎると、いよいよ参道の雰囲気が濃くなっていく。


幸福を呼ぶタコなるものを真剣な表情でゴシゴシ撫でている人を真似てやってみたり、立派な鳥居を見上げて感嘆の声をあげたり、周りの雰囲気に当てられた真白は、普段とらない行動をとりまくって満喫していた。


みんな思い思いに薬方院であったり山頂であったりする目的地を目指して楽しそうに歩いている。その中に自分がいて、同じく楽しい時間を過ごしている。


なんかいいなぁ。


真白は素直にそう思った。登山どころかハイキングもした事なかったけど、今自分がやっている事がそれらに該当するのなら凄く気持ちのいいもんだ。


今までは勝手な先入観で、仕事や家庭がとりあえず落ち着いた時間にゆとりのある中高年が楽しむものなんて思っていたけど、これからは時間を見つけて歩きにこようかなと思った。結構疲れたから体力作りにもなるだろうし、まだ目的地についてもいないないけど、今日は選ばなかった他のルートも気になるところ。次はどこから登ろうか。気が早いにも程があるが、難所?を通過した真白はいささか油断していた。そんな彼の前にドーンと長い階段が現れた。


男坂…


この階段は迫力があるなぁ。なんて思ってチラッと見た右は女坂。そっちは割と楽そう。でも男坂の階段の段数の由来が真白の気を引いた。108段ある階段を登ると煩悩が晴れるらしい。煩悩の1つや2つ…いや、3つや4つくらいあってもいいじゃないか。なんて思うけど、何となく晴れた方が気分が良くなりそうで、男坂を選んだ。あのエンドレス激坂のあとでは終わりが見えるこの階段はそこまで苦ではなかった。


でもこの階段みたいなのが何回もあったら辛いな。初めての道だし、気を抜かずにいこう。そう反省して歩みを進めていると、再び休憩処が現れた。お土産屋ではさっきの団子を売っていて、周りのベンチではみんなのんびりと休憩している。


その中にある軽食を取れる食堂から、あー食った食った。みたいに、お腹をポンポン叩きながら出てきた人がいた。


その人物はすれ違い際に真白と目が合ったけど、スッと目を逸らして背を向けて先へ進む…と思ったら凄い勢いで回れ右をして真白を指差して「あー!」っと大声を上げた。


桜田主催の駅周辺案内ツアーのサポート役を途中でバックれて、食い意地の張った代役をよこしたニコラだった。


「びっくりしたー!こんな所で何やってるの?桜田のツアーはどうしたの?」


それ一言一句残らずこっちのセリフだよ。


と突っ込みたくなるセリフをでかい声で一気に捲し立てるニコラに、真白は苦笑いを浮かべながらとりあえず状況の説明から始めた。


「桜田先輩のツアーは滞りなく終わりました。僕はその後、入江…参加者の中で一番でかい奴なんですけど、なり行きで彼にアルバイト先を紹介してもらったんです。まだ面接の日取りも決まっていなくて、皮算用も甚だしいとは思うのですが、一度そのお店を見てみようと思いまして。ただ食事をしたばかりだったので、腹ごなしの運動に歩きにきたんです。お店の場所も甲州街道沿いとの事でしたし、小料理屋と聞いていたので、せっかくだから何か食べたいので」


ふむふむと説明を聞いていたニコラは、小料理屋と聞いて目を見開いた。


「それってもしかして宵の明星?」


「はい。そうですけど。ご存じなんですか?」


「知ってるよ!さっき行ってきたもん!私の師匠の店!小料理屋って言うか定食屋だけどね。あのデカい彼ってもしかしてそこで働いていた子?君が新しく入るバイト?」


さっき行ったとか師匠とか情報過多に陥って何から反応したら良いか悩んだけど、要領が良いという言葉とは全くもって無縁な真白は一番簡単な答えに飛びつく事にした。


「まだ面接の日取りも決まってないですが、入江くんが紹介してくれるとの事です」


「そっかそっか。うんうん。入江くんも良いところに目をつけたね。君なら大丈夫だよ。あ、そういえば名前は?」


「日向真白です。経済学部です。改めてよろしくお願いします」


「こちらこそ。足を止めちゃって悪かったね。今から山頂まで行くの?」


「いえ、薬方院?まで行ってお店に向かいます。ニコラ先輩は帰るんですか?」


「そうなんだけど…うん!私も一緒に行くよ!お店にもまた行かないといけないし。薬方院ならすぐそこだし」


「いいんですか?何か用事があって帰ったんじゃ」


「その用事の真っ最中なんだって」


「食堂で?」


「知ってる?人間って何をやっていてもお腹は空くんだよ」


真白はドヤ顔でそう言って歩き始めたニコラに慌ててついて行った。


間も無くして見慣れぬ光景が目に飛び込んできた。


「これは。人の名前?なんでこんな所に?」


参道の脇には看板みたいなのに人や会社の名前が書いてある木札がズラーっと並んでいた。100m以上は続いているだろうか。よく見ると木札の大きさも進むにつれて大きくなっている。これだけ漢字が並んでいるとなんかお経みたいだな。なんて思っていたらニコラが待ってましたとばかりに説明を始めた


「これはね。高尾山に杉の苗木を納めた人の名前なの。ここに参って、願いが叶ったら杉の苗木を納めるのが伝統なんだって。まぁ金額は色々あるから、納めた人全員じゃなくて、一定額以上納めた人や会社や団体の名前がここに掲出されるわけ。木札の大きさは納めた金額の違いだよ。ふふっ。去年私の叔父一家が日本に遊びにきた時にここを歩いたんだ。そしたらみんなこれをみてお経が書いてある!って。お寺に向かう道沿いに漢字がこれだけ並んでいるからそう思ったんだろうね。おかしいよね!」


ニコラはつらつらと説明して笑った。説明はともかく、最後のニコラ叔父達のエピソードがなんとなくこそばゆかった真白は俯きながら「詳しいですね」と返した。


「ここは何回通ったか分からないからね。もうすぐ着くよ。私は済ませたから、真白くんはお参りしてきなよ」


階段を登ると立派な門があり、その先に大きなお寺にある線香がたくさん刺さっていてそこから煙がモクモク上がっている。真白も何となく煙を頭にすりすりっとしてみた。


その奥には立派な本堂があった。戸が閉まっていて中は見えなかったが、相当広そうだ。いざお賽銭箱の前に立って作法が分からない事に気づいたが、今更調べるわけにもいかないから、申し訳ないけど我流で許してもらうことにした。お賽銭をして手を合わせ、階段を降りて振り返り、改めて本堂を見るとなんだか達成感みたいなものを感じた。


山頂まで行ったわけじゃないけど、そこまでは辿り着こうという目的地に辿り着いた。小さな目標を達成した気がしてホクホクした顔をしている真白をみたニコラが嬉しそうに近付いてきた


「なんかやり切った顔してるね」


「はい。達成感がありますね。登山ってこんな感じなのかな」


そんな真白の言葉を聞いたニコラは


「まさにそうだと思うよ。自分の足で険しい道を登って目的地に行く。登山したんだよ君は」


満面の笑みでそう言うと


「さあ!では宵の明星に向けて出発!帰りも1号路でいいよね?」


そう言って歩き始めたマイペースな先輩の背を見ながら、真白は呟いた。


「帰りはケーブルカーなんて言える雰囲気じゃないよな…」


苦笑いする真白。


しかし、この日のこの気持ちがこの先の真白の世界を広げるきっかけになるのだった。

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