真白の帰省〜新たな志〜
片桐北斗を見送ってからしばらく放心状態だった真白。
しばらく選手が通過していくのを周りに合わせて手を叩いて応援していると、山頂コースのスタートから1時間後にスタートした5号目コースのトップ選手がゴールした。そのタイムよりも山頂に向かった片桐の5号目通過タイムの方が速かった。周りも「あり得ない」「大会新記録が出るんじゃないか」とざわついている。近くにいた人の話を盗み聞いた感じだと、8号目通過も大会新記録だという。山頂を見上げた真白は、彼は間違いなく新記録を出すだろうと思った。その頂きの更に上に広がる雲一つない青く澄み切った空が片桐を待ち侘びているように見えた。
真白は近くで休憩しているスタッフに話しかけていた。
「すみません。どうやったらこの大会に出られるのですか?」
いきなりそんな事を聞かれた若いスタッフは目をぱちくりさせたが、にっこり笑って詳しく教えてくれた。
「来年は待ってますね」
締めくくりにそうエールをくれたスタッフに丁寧にお礼を伝えてその場を後にした。
富士スバルライン。
麓の街から始まるその道の終点は真白が登ってきた富士山山頂への登山道入り口からしばらく歩いた先にある。そこには駐車場や売店、食事処があり、山開きから登山者だけではなく多くの観光客で賑わっている。この時期はマイカー規制中のため駐車場に停まっているのはシャトルバスや観光バスだ。
売店で家族と宵の明星のみんなにお土産を選んでいると、周りには沢山の登山者達がいた。登山者達は木の杖を買っていた。山頂までの間に幾つかある山小屋で焼き印をしてもらえるらしい。スタンプラリーのようなものだろうか。
売店がある富士スバルライン5号目はまるでお祭りみたいだった。馬までいた。普段見ない動物は頭で思い描いているものよりもずっと大きいもので、高尾の山の中で出会った鹿やカモシカは真白がイメージしていたよりもずっと大きなもので、今日も間近でみる馬の大きさに驚いた。
さっき応援した場所に戻ると、沢山の選手がゴールしていて皆やり切った達成感に満ちた顔をしていた。
まだレースの熱気が残っている登山道を下りながら、来年は絶対にここを走りたいと思った。東京に戻ったら宵の明星のみんなに相談してみよう。みんなはこのレースを走ったことがあるのだろうか。そんな事を考えていたらあっという間に馬返しまで来ていた。
片付けをしているスタッフに挨拶をして通り過ぎようとすると、「朝早くに走って行った子だよね?」と話しかけられた。真白の事を覚えていてくれたらしい。雑談の中で片桐の結果を知った。
「優勝はぶっちぎりで片桐さん。従来の記録を2分くらい縮めて大会新記録を出したよ。2位以下のタイムもここ数年で一番速かったけど、片桐さんが速すぎたよね。ここを通り過ぎた時点で後続が全く見えなかったから。でも片桐さんが引っ張ったおかげで他の選手達の勢いが違ったよ。迫力あるレースだったなぁ」
空前絶後の走りをしたらしき片桐やそれに負けじと背中を追った後続の選手達の話を熱く語ってくれたボランティアスタッフの方々にも、来年はお兄さんもチャレンジしてね!と言われた。真白はそんな記録や順位なんかまだまだ意識していないし、意識できるようなレベルではないが、またここでもやる気が上がった。
朝お参りをした神社まで辿り着いた頃には気温が30℃を越えていた。5号目から高度を下げるにつれ気温が上がっていくのを感じていたが、応援中に肌寒さすら感じでウインドシェルを羽織っていたのがまるで夢の中の出来事のようだ。
神社で一休みしながら田坂にメッセージを送った。
「片桐さんの走りを見ました。ぶっちぎりで大会新記録を出して優勝したそうです。来年は俺もチャレンジします」
送信してふうっと息を吐き、覚悟を決めて木陰から飛び出した。暑い…頭上からギラギラと陽の光が照りつけてくる。蝉時雨が上から降り注ぐ。神社から出た真白は何も考えずに走った。目の前から伸びるアスファルトの地面が揺らいでいる。
信号で止まった時に後ろを振り向いた。あの頂で繰り広げられた熱い戦いは終わったが、来年の今頃は自分があのステージに立っていたい。
それだけじゃない。今日片桐の走りを見た真白は完走じゃなくて上位を目指したいという気持ちを持った。あれが国内トップクラスのトレイルランナーの走り。彼は競技場で一緒に走った会坂と同じ目をしていた。その目には真白達と同じ景色が映っているが、その景色に辿り着くまでに歩んできた道が違う。
今日目で見て肌で感じた片桐のような、あんな鬼気迫る走りはまだまだできないけど、30代半ばの彼の年齢になるまでまだ15年以上ある。一歩一歩しっかりと歩いていこう。
この先、彼の年齢になるまでにどんなことがあるだろうか。
卒業、就職、結婚…結婚?
ちょっぴり先走った妄想を膨らます真白だが、プロになる事が競技を続けていく条件ではない。事実として片桐は今でも会社員としてフルタイムで働きながら競技をしている。
自分もトレイルランニングをただの趣味としてではなくて、真剣に研鑽する競技者としてやっていこう。この先どんな道に進んでも続けていこう。
早く宵の明星のみんなにこの気持ちを話したい。
灼熱のロードを走る真白の顔は今までになく引き締まっていた。




