真白の帰省〜日向家の団欒〜
汗だくで帰宅した真白。出発前に用意しておいた着替えとバスタオルを取りに居間に入ると、冷房が効いた室内のソファーで妹がタオルケットに包まって寝ていた。
シャワーを浴びてスッキリした真白が居間に戻ると、妹は起きていて、真白が買ってきたお土産の外袋をビリビリ破いていた。完全に昨日のデジャブだ。日向家の面々は外袋を綺麗に剥がすという事をしない。真白がせっかちなのは遺伝的要因もあるのだろう。まぁ宵の明星に買った方は破られていなかったのが幸いだった。
「お母さん!お兄ちゃんがまたお土産買ってきたよ。富士山の形したクッキーだ」
そんな事をギャーギャー言いながら母と真白に個包装のクッキーを放り投げてきた。
「お前はどっかに遊びに行ったりしないの?せっかくの夏休みだろ。部活とかもないのかよ?」
尋ねた真白に妹は「はー…」と呆れ顔でため息をつくと、当たり前のように答えた。
「知ってる?夏休みは休むためにあるんだよ」
!!!
真白は驚愕した。妹にあの金髪ちんちくりんの姿が重なって見えたからだ。
ブンブンと頭を振って幻を消し去った真白は、
「休むのは悪いと言わないから、その言い方だけはやめておけ」
と忠告した。
「それでどうだったの?他人が走ってるのを応援するだけなんて楽しかったの?」
ボリボリとクッキーを齧っている妹からの質問。まぁ当然の反応だ。知り合いが出ているわけでもない個人スポーツを見てるだけなんて楽しいのか。
でも、
「そうだなぁ。それは演奏会を見に行った音楽家に他人が演奏している音を聞いているだけなんて楽しいの?って聞いているのと同じだろ」
ドヤ顔で答えた真白。我ながら上手い事言った。
「なにそれ?答えになってないじゃん」
反応が薄い妹。伝わってない。
「うーん。楽しいというのとは違うって事を伝えたいんだけど言語化が難しいな。お前の言ってることはもっともだから」
「楽しくないの?」
「楽しい、楽しくないじゃなくて…俺は最近になって走るのを楽しみというよりも研鑽に近くなってると感じるんだ。今はまだ周りに真剣に上を目指している人達がいて、その背中を追いかけてるだけなんだけど。会坂さんも力が付くともっと楽しくなるって言っていたけど、やればやるほど、知れば知るほど深みにハマっていくんだ。こんな気持ちは初めてだから上手く言えないんだけど…」
「私は"楽しいの?"って聞いたんだけど。気持ちよく話してるとこ悪いけど、ちょっと何言ってるか分からない」
「参考になる。が答えに一番近いかな。どう?」
「うん。腹落ちした」
話が逸れていくのに気づかず、関係ない事をペラペラ話していた事を恥ずかしく感じた真白。
ちょっと前の仕事中の出来事を思い出した。
何らかのイチャモンをつけているんだろうけど、何が言いたいのか全く分からない客の対応をした灯が「バカと話すとすぐに話が逸れるから会話が成立しない」と言っていた。気をつけよう…
「しかし相変わらずお前は口が悪いね」
「お兄ちゃんがそういう言い方をさせてるんだよ」
むぅ…
真白は妹に口喧嘩で勝ったことがない。彼女はめちゃくちゃ頭がいいのだ。しかも空気を読む事にも長けていて、これ以上はダメだという絶妙なタイミングを正確に見極める。
「で?一人暮らしはどう?」
その点に関しては母も大いに興味があるらしく、台所からリビングにやってきて会話に混じってきた。
「あんたカップラーメンとかばかり食べてるんじゃないでしょうね?洗濯とかもちゃんとしてるの?」
実家にいた頃は家事なんか何にもしていなかったから心配されて当然だろう。
「家事は割とやれていると思うよ。料理もバイト先で教えてもらってるから最近は楽しいって感じてるし」
「お兄ちゃんが料理って。でも昨日の野菜炒めは美味しかったし。一人暮らしは人を成長させるね」
ニヤニヤしながらも一応褒めているつもりらしき妹が子憎たらしい。母もうんうんと頷いている。
「とりあえず昼ごはん食べて休んだら?素麺できてるよ」
「夏休みは休むためにあるんだよ」
2人に促され、昼食を食べて少し横になることにした真白は、体感以上に疲れていたらしく、そのまま夕方まで寝てしまった。
「あ、起きたね。ちょうどご飯が出来たところだよ」
目を擦りながら2階の部屋から1階の居間に降りていくと、母と妹が夕食の準備をしていた。
「なんか昼飯を食べてからすぐに夕食になっちゃったな」
冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎながらそう言うと、
「素麺を食べただけじゃもうお腹空いてるでしょ。準備はいいから座って待ってな」
料理の最後の仕上げをしている母にそう促されるまま椅子に座り、待つことしばし。風呂に入っていたらしき父がやってきたタイミングで夕食が出揃った。
夕食を食べながら昨日話し足りなかった事をたくさん話した。母と妹からは質問責めだった。
「あんた、会坂さんと友達になったんでしょ。今度うちにも遊びにおいでって言っておきなよ」
「お兄ちゃん、この写真に写ってるカッコいい人だれ?え?40歳!?うそ!?で、でも大丈夫!全然いける!」
「会坂さんとは一度会っただけだし、向こうはもう俺の事なんて覚えてないよ。あとそのカッコいいって言ってる人、浅川さんはファンがめちゃくちゃ多いからやめときな」
その後も主にバイトに関する事でギャーギャー騒ぐ日向家の女子2人。父は「楽しくやってるんだな。ちゃんと勉強をしているならそれで良しだ」と呟いてニコニコしながら騒がしい2人を見つめていた。
「お母さん、今度お兄ちゃんの働いてるお店に行ってみようよ。料理もだけど、お店の人に会ってみたい」
「お前は浅川さんに会いたいだけだろ」
「それもあるけど、お兄ちゃんが好きな人にも会ってみたい」
「?」
「この超絶美人な人だよ」
「あ!田坂さん!いやいやいや。美人だけど…」
それから一生懸命にそんな事はないと説明したが、焼石に水とはこの事だろうと言えるくらい女子ズは色めき立っている。
「ま、まあ、店には来て欲しいからいつでも連絡してよ。狭いけど、うちに泊まってもいいし」
「それいい!お母さん!いつ行く?」
夏休み中に行くという事で話が決まったらしい。
真白にとっても楽しみができた。家族にあの店の人達を自慢したかったから。
それから数日実家に滞在したのち真白は帰路に着いた。
久々の実家は家事をしなくていいから楽ちんで、賑やかでリフレッシュできた。
早速明日からバイトが入っている。
持っていくお土産を忘れないように準備して床についた。




